偽名
日曜日。
昼食の後ログイン――
予想より早く事態が沈静化したのかメッセージ欄が大変なことになっている様子ではなかった。とはいえ折角色々してもらったので今日もしっかり変装します。
武器の補充のためにスミフさんのところへと向かう。
「お、ナギちゃんじゃないか」
スミフさんはそういった後顔を近づけてヒソヒソ話をし始める。…コールじゃだめなんだろうか。
「実はな、これを作ってみたんだ、今のナギちゃんにはぴったりだと思う」
と、あるものを渡される。
【偽名の仮面】
装備カテゴリー:仮面
DEF+5
効果:装備時名前変更
変装用の仮面。これで別人になれる。
デザインとしては普通の鉄の仮面で、口まで覆われているタイプだ。
「なんでこんなものを?」
昨日までのスミフさんのレパートリーにはなかったはずだ。
「昨日仮面をつけたNPCが来たんだ、最初プレイヤーと思って普通に仮面のことで話しかけたんだ、それで俺が仮面を作る理由を話すことになって話したら、面白そうだ、とか言って役に立つからと素材をくれたんだ」
それで作ってみたらしい。その素材を使えばデザインや鉄製か木製かに関係なく装備した時に名前を変えられる効果がつくらしい。
それにしても仮面のNPC…と言われると「ジョーカー」が頭に浮かぶけど。
スミフさんによるとその仮面のNPCは無表情の仮面をつけていたということなので、とりあえずは知らない人のようだ。
早速受け取った――お金は取られた――仮面を身に着ける。すると名前変更画面が出て来た。これで他のプレイヤーと同じ名前になったらどうなるんだろうか、と考えたけどもしかぶりが可能で、一度設定したら変更不可能とかだと問題になりそうなので意図的にかぶせるのは避ける。
…しかしここで私の絶望的なネーミングセンスでは被りそうにない名前が思いつかなかった。そこでスミフさんに相談する。
スミフさんはしばらく考える。私は店の邪魔にならないように立ってその回答を待つ。
「よし! スミフの店の看板娘でいこう!」
「入らないです」
「…あれ、大丈夫だと思ったんだが」
入力欄に入らなかった。キャラネームの文字制限を覚えてないのでスミフさんの「大丈夫」が通用しなかった理由は分からない。
「あ、思いつきました」
「そ、そうか」
下手をするとスミフさんの宣伝に利用されそうだったので自分で考えたら多分何の問題もないはずの名前を思いついた。クゥちゃんと名前を合体させて【クナ】だ。これなら他の人と被る心配もないだろう。
偽名を手に入れた私はスミフさんのところを後にする。
カッサは午前中ログインしていたみたいだけど、午後から用事があるらしく次のログインは夕方くらいになる、とメッセージが来ていた。
クゥちゃんはログインしているけど、以前所属していた格闘系プレイヤーのギルドの人達に誘われてダンジョンに入ってしまったらしい。ニアミスだった。ちなみにこの仮面だとコールもメッセージも偽名が使われるようで最初クゥちゃんから「誰?」と聞かれて少し傷ついた。
破壊のダンジョンに潜らなくてもいいわけだし、と思って何か珍しい物とか新しい物とかが売ってないかと露店群を見て回る。
その途中。
「ナギさん?」
不意に後ろから声が掛けられ、ばっと振り返ると舞浜君だった。思わずその手を引いて人目に付かないところへと走る。
「な、なんでわかったの!?」
仮面で顔を覆っているし、背中には斧を携え、装備も初心者装備で破壊のダンジョンに挑んでいる人ならばまだ珍しくはない服装なのに。それとも初心者装備で仮面をつけるような人が私しかいないのだろうか。
「うーん、歩き方?」
どうやら私の予想とは違うアプローチで判別したらしい。
「え、そんなもので分かるの?」
歩き方で分かるって、舞浜君にそんな能力があるなんて。
「え、わからない? 現実と大体同じ容姿で、現実でもまぁ歩いてる後姿見ることぐらいあるし、VRでも行動することが多いから何となく見慣れてる? というか…あ、あくまでナギさんかも、って言うくらいだから確信は持ってなかったから」
うーん、確かに見慣れてれば動きで「あの人かも」と予想することもある気はする。
「確信は持てなかったけどナギさんが装備を変える理由に心当たりがあったから、装備変えてるだけかなっと思って、それで声かけたらそうですと言わんばかりの態度だったし」
舞浜君によると「違います」と言われたら謝って通り過ぎていくところだったそうだ。まぁ舞浜君だからばれたというところだろうし、舞浜君をだます意味はほぼないので問題ない。…ていうか舞浜君?
「あれ? 舞浜君なんでここにいるの?」
確かピーチさんと修行の旅に出て行った記憶が。
「え!? 今更!? …じゃなくて、えーと及第点まで来たから後は自分で経験重ねていくしかないみたいなこと言われて、修業は終わりかな」
一度突っ込むも舞浜君はきちんと答えてくれる。
「そうなんだ」
「それで破壊のダンジョンに一度は行きたいと思って」
それでビギに来たらしい。
「でもタンカーつらいよ?」
「カッサが素材集めて破壊無効の盾をラズベリーさん達に依頼してくれてたみたいでね、だからその辺は大丈夫だと思う」
とのこと。カッサは案内役みたいなことをしながらちゃっかり舞浜君のために素材を集めていたようだ。
「それで破壊のダンジョンに一緒に行っていただけるとありがたいのですが」
「なぜ急に言葉遣いが…」
急に言葉づかいが丁寧になった舞浜君がおかしくて笑いながら私は頷く。
「そういえばさ、なんで直接話しかけたの?」
おそらく仮面によってコールするにも偽名宛てでないとコールできないとかだと踏んでいるけど一応確認してみる。
「ん? コールで確認しようと思ったらつながらなくて…だから」
とどうやら私の予想通りだったらしい。ちなみに舞浜君に協力してもらってメッセージを送ってもらったところこちらは本来の名前宛てでないと機能しないようだ。
あとパーティを組んでも偽名の方で名前が記載されるようだ。
「とりあえずここからはクナです」
「了解」
確認を行い、破壊のダンジョンへ向けて出発。もう少し待ってたらクゥちゃん帰ってこないだろうか…あ、順調でボス戦行きそうだから時間は不確定ですか。
ということで二人。ではさすがにきついので人を募集しなければ。ビギの南門で募集している人達のところに向かう。昨日のうちに三人パーティのボスも撃破されたとかで、野良では五人や四人パーティになるための募集が多い。
私達が求めているのはカッサのような斥候というか、最低限松明係。光源に関しては舞浜君の光魔法で何とかなる部分もあるけど戦闘中に光がなくなると舞浜君が戦えなくなってしまう。
見たところ斥候ができそうなプレイヤーはいない。
「一緒に行きませんか?」
振り返ると男女のペアが私達に話しかけていた。
「わかります、あなたもタンカーだから、タンカーとかこのダンジョン来んなよwwとか言われたんですよね!? 私達と同じく!」
女性は目を潤ませながら話す。その横で男性は目元を手で拭って泣いているようなしぐさを見せる。
「え? 俺達は別に」
「行きましょう! そしてタンカーの名誉を取り戻しましょう!」
女性は舞浜君の声が聞こえないのか力強く拳を握り力説する。
『どうする…』
『お断りしよ』
『了解』
舞浜君の問いかけに即答する。
「俺達松明持ってくれる人とか、罠解除できる人捜してるから」
「松明なら普段盾持つ手で持てば問題ないでしょう! 罠は気合で何とかなります!」
やっと男性がしゃべった。
何を言っても食い下がるので結局折れて二人とパーティを組んだ。
その時の二人はものすごく喜んでいた。その喜びように、不遇とはいえタンカーってそこまでのけ者にされてたっけ? という疑問が頭に浮かぶもすぐに消えた。
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NAME:ナギ
【ブーメラン初心者】Lv17【STR増加】Lv39【ATK上昇】Lv30【SPD増加】Lv36【言語学】Lv41【遠目】Lv8【体術】Lv32【二刀流】Lv49【幸運】Lv50【水泳】Lv28
控え
【スーパーアイドル】Lv7
SP15
称号 ゴブリン族のアイドル 恋に惑わされる者 ホマレの惚れ人 ファルカナンドの救世主