番外編:長髪メガネ
10万ユニーク突破いたしました。
「っと、遅れる遅れる」
気が付いたら待ち合わせの時刻になっていたので慌ててVRメットを被り「俺記」の世界にログイン。
「俺記」――元々の名前は『○○記』――はそこそこ人気のVRMMOだ。これまで新規は受付期間が決まっていたけれど一周年記念を機に常時受け付け状態になった。俺はその頃にこのゲームを始めた。きっかけは同じクラスの女の子がやっているというからだ。
「遅かったな!」
待ち合わせ場所にギリギリ相手より先に来た俺は偉そうな態度をとる。
「今ログインしてきたばっかりのくせに」
睨まれた。フレンド登録をしているのでログインしているか否かは一目瞭然なのでばれて当然だ。しかし裏を返せばフレンドリストの俺のところを確認してくれたということで、俺のことが気になっているみたいだな。
「俺の行動をいちいち監視しているなんて…クゥちゃんの愛が重いわぁ」
乙女チックな雰囲気で言うと、あからさまに向こうはひきつった顔になる。俺記では違う性別になることはできないので、俺の姿は完全に男になっているのでそれも当然だろう。
「監視されてるのはこっちの気もするけど…行くよ」
と鋭い視線で促されるのでついていく。あれだ、飼い犬に引っ張られるのとよく似ている。まぁ俺の家は犬飼ってないんだけどね。
普段の俺はこの女の子から「長髪メガネ」と呼ばれている。れっきとした「笠原吉雄」という名前があるのにもかかわらずだ。それはひとまずおいといて、現在の俺の風貌は「長髪メガネ」と呼びやすいように髪は長く、メガネをかけている。
イケメンになってもよかったが、彼女が普段通り話せるようにと現実の顔をベースにいじったので「母ちゃんにとっての一番」ですらなくなってしまった。
今日行くのは聖樹とかいう大きな樹でできたダンジョンだ。最初はビギとかいう町の東側を主体に戦っていたのに卒業となるとすぐに聖樹に場所を移すとか言われた。ルージュナへは自分じゃ護衛して行けないから他の人を雇え、と金を渡されて強い人にお願いして連れてきてもらった。
これで将来ヒモになっても問題ないな! でもヒモって大事だよな、猛獣はヒモでつないでないと危ないしな!
変なことを考えているのがばれてしまったようで睨まれていた。女の子と二人でのデートなんだから余計なことは考えない、と。
彼女はこっちの世界で友人がいるみたいだが、俺の面倒を見る時はなぜかマンツーマンだ。理由を聞けば俺を友人に会わせるとその友人の身が危ないとか何とか言っていた。聖樹での狩りも今第三エリアに狩場を移せば知り合いと鉢合わせると危ないからだそうだ。
今度行ってやろうと画策しているから問題ない。
さて、この女の子は末吉…じゃなくてこっちの世界じゃクゥと言う名前で、現実でのクラスメイトだ。
彼女と親しくなったのはまだ末吉を「さん」付けで呼んでいたというか、認識していた頃の事件がきっかけだった。
まず彼女と初めて会ったのは塾で、ボクっ娘なんて本当にいたんだというところから彼女に興味を持った。何度か話すと、VRゲームをやっていたこともあったみたいなので俺から誘って一緒にVRのオンラインゲームをプレイした時期もあった。
しかし彼女は受験の1~2か月前くらいには引退し、そもそも始めた当初は一緒に行動していたけれど途中からは同じギルドでもほとんど一緒に行動することはなくなっていたので、同じ高校、しかも同じクラスになった、といっても疎遠になっていて特に話をすることはなかった。
そういうわけで「末吉さん」と「認識していた」頃。とある休み時間、俺はその時定規をシーソーのようにして消しゴムを飛ばすカタパルト(投石機)になぜか夢中になって一人で遊んでいた。誰だ! 寂しい奴とか言ったのは!
末吉は俺の左隣の席で、その時は本を読んでいた。定規でできたシーソーの、俺から見て右側に消しゴムをセットし、左側を叩いて消しゴムを飛ばしていたため下手すれば左側に飛んでしまうが「末吉さんがいるから」と控えめに飛ばしていた。
だが俺は気づいてしまった。飛距離ではなく高さならば「末吉さん」の邪魔にはならないと。そして新品の未だ長方形の端っこが丸みを帯びてきただけのような消しゴムで満足できなかった俺はやや丸みを帯びて小さくなってきたベテラン消しゴムを使い上へ飛ばした。
思ったより高く飛んだのを見て俺は満足した。しかし消しゴムはシーソーの左側に落下するとイレギュラーバウンドで「末吉さん」の方に飛び込んでいった。
――まずい!
そう思った俺は消しゴムを追いかけて右腕を突き出した。消しゴムは本を読んでいる彼女の脇の下を通り懐に入って行く。当然俺はそれを追いかけた。
その時に何か…言葉では言い表すことができない何かが背筋に走ったような気がしたがもう止まることができない俺の右腕が彼女の脇の下に来た時だった――
「いったああああああぁぁぁぁぁ!!!」
教室中に俺の叫び声が轟く。俺の腕が脇の下に来たことを察知した彼女はそのまま腕をたたむのではなく明確な意思を持って俺の右手の甲に肘を突き刺した。
椅子に座った状態で前傾姿勢になっている俺は涙目になりながら彼女の顔を見上げた。すると彼女はさげすむような目で俺を見下ろし、
「最低」
と冷たく言い放った。俺からすれば消しゴムを取ろうと思っただけなのに肘打ちをされた挙句最低と言われても訳が分からない。
「何が最低だよ!?」
俺は叫んだあと、周囲に気を回せるようになると周りも騒然としていることに気づく。そこで俺はふと冷静になった。
考えてみてほしい、両手を前に出している人が腕をたたむと肘の位置が大体どこに来るかを…。俺の手は彼女の胸にあった。
「胸触ってそれ?」
俺は頭が真っ白になっていくのが分かった。周りもひそひそとこの手のことをしゃべっているだろう。俺の中で人生の終わりと言う文字が躍った。その中でもあがく俺の頭脳。諦めたらダメだと言い続けるメンタルが俺に希望の光をもたらす。
胸を触ってる? 待て、俺は消しゴムを取ろうとしただけだ…よく見ろ俺、目の前の光景は俺が胸を触っているんじゃなくて、胸に手を押し付けられているだけじゃないか! 彼女に押し付けられているんだ!
その歪んだ考えが俺に活力を与える。
「はぁ? 胸を触ってる? 俺は消しゴム取ろうとしただけだろ! むしろお前が俺の手を挟んで押し付けてるんだろうが!」
「え、ち、違う!」
俺の開き直りに末吉はそう言って、腕をたたんだ状態だった彼女は俺から距離を取る。やっと俺の右手は解放された。
その後必死だった俺はあらゆる言葉を言い放ち、周りに誤解であることを認識させることに成功したのか先生にチクられることはなかった。
頭が冷えた後はひたすら謝った。とりあえず色々言ったことに対してのみの反撃で許してくださった。
ただその激しさにクラス中が震えあがった。
その後、痛みで数日使えなかった俺の右手に罪悪感があったのか末吉はその分のノートを見せてくれた。それがきっかけとなり特に男子が末吉に用事がある時に俺を介するようになって、今につながる。
「何ぼーっとしてるの?」
「いやちょっと、二人の馴れ初めをね」
いかんいかん、デートの最中だった。肉食獣の眼が俺を睨み付けていた。
「やる気ないんなら他のとこ行くよ?」
「これからやる気出しますとも! ね、クゥちゃん♡」
「ひっ!」
俺の満面の笑顔に彼女の表情はひきつっている。どうやら俺の自慢の笑顔はVRでも健在のようだ。