異様
火曜日。
今日もクゥちゃんはログインしてるけど一緒に行動できないみたいだ。シンセさんによると私がテスト勉強で頑張っているころリアルの知り合いが始めるかもとか言ってたらしいのでその面倒を見てるのかもしれない。
始めた当初リアルの知り合いから放置された身としては、リアルの知り合いにかまってあげるクゥちゃんは聖人に映るだろう。だけどそのせいで私がないがしろにされるのはなんだか少し寂しい気もする。
でも昨日から所々言動がおかしかったことを考えると、クゥちゃんにとってはいろんな意味で大きな存在なのかもしれないので、落ち着くまでは我慢しよう。っていうかこの様子だと明日からの期間限定ダンジョンは下手すればカッサと二人だけになってしまうのだろうか。
一人でビギをふらつく。最近は必要な素材を集める時に蔑ろにしがちな弱いエリアのモンスターのドロップを収集しながら、新規のプレイヤー達の面倒を見る人もいる。なので私も新規の人に先輩風を吹かせようかとも思ったけどクゥちゃんに遭遇するかもしれない可能性を考えてやめた。
クゥちゃん自身が隠しているんだから偶然にあってしまわない限りは触れるべきではないだろうし、その確率が上がりそうな行動は避けるべきだろう。
初心者が多いビギの東側には寄り付かず中心街へと足を運ぶ。期間限定ダンジョンがビギの南門を出た先、第三エリアに出現するという情報が出されたこともあってビギに戻ってきた生産者や、ギルド入りした新規の生産者などなどで活気にあふれている。
しかし、その中でも周りが目線を集中させる異様な空気がそこにはあった。
その視線を集める人は男性で、装備は軽鎧だろうか、といっても騎士と言った感じではなく少しワイルドだ。金属製の胸当てや腕、脚、腰の装備に、所々毛皮が使われ外見は強そうだ。
ただ彼が周囲の注目を集めているのはどうやら彼の外見、というか彼自身ではなく彼が後ろに連れているモンスターのようだ。
桃色の毛色で四足状態で大人の男性と大体同じくらいの大きさのゴリラ。町中で大きなモンスター連れてるなんて邪魔じゃないか、という空気ではないことはなんとなくだけどわかる。それに驚愕の表情とともにゴリラを見つめてるのは強そうなプレイヤーが多く、また昨日見かけた聖樹から死に戻ってくる人っぽい姿も含まれている。
それの意味することはおそらく…というかウィキで画像を見たことがあったけど別な存在と思ってたのにその想像していたことが事実だと物語っていた。
彼が連れているゴリラモンスターは最強説があるモンスター「バラオー」だ。その体から放たれる威圧感というべきか聖樹の25階で刻まれたトラウマというべきか、で固まる人々の視線も気にせず主人の男性の後ろをついていく。
「すげぇ…バラオーって調教で使役できるんだ」
どこからともなく誰かの呟きが聞こえてくる。すでに各地に情報が伝播しているのか人がどんどん集まってくる。彼の周りだけぽっかりと空けて…まるで撮影会の時みたいだ、もしかして油断したらかぼちゃ頭が出てこないだろうか、と別のところに注意が行く辺り私はあのモンスターのすごさが分かっていないんだろう。実際戦ったことないし。
これは聖樹の方も調教スキル持ちの人々が無謀な特攻をしてデスペナルティを受けて慎ましい生活を繰り返す姿が容易に想像できる。
「お…おう、フランダート…やけにすげぇ奴連れてるじゃねぇか」
その男性が立ち止った店の店主が男性に声をかける。どうやらバラオーの主人はフランダートというらしい、どこかで聞いたような…忘れた。
「ああ、聖樹の40階で調教に成功してな、でも戦闘じゃ言うこと聞かないからどうすれば忠誠度が上がるかと思ってとりあえず連れまわしてる」
フランダートと言う男性は店主の質問に答えながらバラオーの方を見て呆れたような表情になる。バラオーの方は気にしてないのか俯せるような体勢になってあくびをし始めた。
フランダートさんの話を聞いた人々が「何!? 25階のバラオーじゃだめなのか!?」とかそんな感じの話をしている。連れまわしたければ相当強くなければだめだと。でも調教持ちの人にとっては目標になるんじゃないだろうか。クゥちゃんじゃないけどこれは聖樹25階のボス「バラオー」と戦うのが楽しみになってきた。
ビギの空気の異様さに嫌気がさしたのかフランダートさんは店で用事を済ませると転移ポータルに乗ってどこかへ行ってしまった。
「あら? 遅かった?」
シンセさんが来たのはその直後だ。シンセさんもバラオーと戦ったことはないらしいけど珍しいから見て見たかったそうだ。
「今さっきまでいたんだけど」
と言う私の手のあたりに白豹の「クゥ」ちゃんが擦り寄ってくるので、なでる。
「あらぁ…そう言えばナギちゃん」
「ん?」
一瞬残念そうな顔をしたシンセさんはすぐに不敵な笑みを浮かべて私の方を見る。
「さっき、ハロウィンイベントで使った衣装がオークションに出されてたけどぉ? どうせなら私がほしかったなぁ」
「ええ!? それ本当ですか!?」
あの変態野郎! 最近おとなしく商売してると思ったら…。
私の驚きの声でさっきまでバラオーに釘付けだった視線が今度は私の方に集まるけど気にせずシンセさんを問い詰める。やっぱりあの変態野郎ことローエスさんがオークションに出していたらしい。
急いでローエスさんの露店へと向かう。
「ローエスさん!」
「待て! 事情があるんだ!」
私が露店に着くとローエスさんがぎょっと跳び上がる。
「今度こそアカウントがなくなりますね!」
「ひぃ! 女神様、どうかわたくしめの弁解を聞いては頂けぬでしょうか!」
アカウントと言う言葉はローエスさんに絶大な威力を発揮するらしい。今まで見たことがないキャラのローエスさんが現れた。
「まぁいいでしょう…聞きましょう」
アカウントを消す前にどうしてこんな愚行に及んだのか聞いても遅くはあるまい。
「は! 最初は作り直したり改造してそこそこの性能にしたり女性用を男性でも装備できるようにしようと思ってました」
「それで?」
私は笑顔で促すとローエスさんが顔を青くしながら続ける。
「そしたらですね…ナ、女神様からそれらの衣装を買い取るところを見られたみたいで売ってほしいとしつこく迫られまして…そしたらそれを聞きつけた人々が集まって大変なことになったんです」
…どうやらローエスさんをもってしてもそのすさまじさを抑えることができず、オークション形式で売りさばくことにしたらしい。それがシンセさんに見られたところだろう。
「壮絶な戦いとなり、冷静になると自分のアカウントの危機を感じましたので提案したのです」
ローエスさんが冷静さを取り戻し…たのかわからないけど表情は普段の表情に戻ってうんうんと頷く。
なんか嫌な予感が…。
「そう! ギルドを作ってギルドの所有物とするのはどうか、と提案したのです!」
「うげ!」
何故最悪な方向に提案したのだろうか。
「そうすると丸く収まりました、すでにギルドホームもできているそうで、特に女神様がイベント中着用していらした衣装は厳重に宝として保存されたそうです」
早! もうそこまで
「さぁ、あとは女神様がギルドに入るだけです、あとこれはそのためのお布施と、衣装買っていった信者の皆様が置いて行かれました」
と言ってローエスさんは大量のお金と数個の蘇生薬を私に渡す。
「ちょ、これは受け取れないです!」
「は? 嬢ちゃんの装備を売った金なんだから受け取れよ、俺が粛正されるだろ」
受け取りを拒否するとローエスさんから脅される。まぁ自分の売った装備が高く売れたと考えればいいのか。と受け取る。
そうしてやっと一息ついて助かったと漏らすローエスさんにこれ以上変なことはしないように誓わせた後、落ち着かない私はそのままログアウトした。
この日、「ナギ教」と言うギルドが設立された。そのギルドホームはそれなりに広く、ギルドメンバー以外も入れる領域にはハロウィンイベントで私が所持していた衣装が飾られ、入会の儀式で使われる一室にはハロウィンイベント中着ていたゴスロリ衣装が飾れれているそうだ。
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NAME:ナギ
【ブーメラン初心者】Lv9【STR増加】Lv35【ATK上昇】Lv26【SPD増加】Lv30【言語学】Lv41【視力】Lv47【スーパーアイドル】Lv3【体術】Lv30【二刀流】Lv46【幸運】Lv50
控え
【水泳】Lv28
SP12
称号 ゴブリン族のアイドル 恋に惑わされる者 ホマレの惚れ人 ファルカナンドの救世主




