ホレイーズ前準備
来週から全員強制参加で行われるイベントについての憶測が飛び交う中、それについていけない私のような人間は少しでも苦労しないように鍛えるので精一杯だ。
「狭…」
私が今クゥちゃんとともにいるのは第七エリア。現在唯一の砂漠地帯で、予想屋さんによると拡張されるエリアのカギを握っているスポットだそうだ。理由は一つ、今私が言ったようにとにかく狭いからだ。
広大に見える砂漠。しかし少し歩けば見えない壁に阻まれる見た目詐欺。一応ここにもモンスターは出現する。目の前に映るは背の高いのっぽなサボテン。それは全て「サボテンオー」というモンスターだ。アクティブモンスターだけど動けないので、攻撃範囲内に入らなければ襲われることもない。
実力の方は一応そこそこあるらしい。第六エリアの普通のモンスターよりも純粋な数値では強いそうだけど、移動できない分「そこそこ強い」の評価で落ち着いてしまっている。
背の真ん中あたりから枝分かれし「山」の字みたいな姿になっている。戦う時には体を振り回しながらこの二本の腕を使って攻撃してくる。
要するに注意すればいい鴨になるということでこのエリアまでやってきた。第七エリアは一応第六エリアと第三エリアから行けるので今回は第三エリアから安全に来ることができた。
ただ、同様にイベント前にLv上げを考える人は多いようで、目の前に映るサボテン達には他のプレイヤーが群がっていて私達が入り込む余裕はなさそうだ。
「どうする? おとなしく聖樹でやる?」
クゥちゃんもこの光景を見てここでは無理だと考えているらしい。
「うーん」
「あ、でもあそこでずっと立ちっぱなしの人もいるね、何やってるか聞いてくる」
私が悩んでいるうちにクゥちゃんは颯爽と立ちっぱなしのPTのもとへと向かっていく。
「なんか順番待ちって言ってたけど…」
帰ってきたクゥちゃんは何か納得いかない様子で戻ってきた。
「順番待ち?」
「うん、一度戦った人は次の人に譲るんだって」
「へぇ」
言われてみれば戦ってる人の後ろに立ってる人がちらほらといる。てっきりレイドでも組んでいたのかと思ってたけど順番待ちの人のようだ。
「聖樹に行こっか」
「そうだね」
順番待ちのPTが後ろにいる人達の「後ろで待ってるやつら早くどっかいかないかなぁ」オーラが見えたので私達もそう思われないように聖樹に向かうことにした。
聖樹も人が多くて結局満足に鍛えることはできなかった。
それからイベントまでの数日間様々な狩場を探して歩いてきたけど結局落ち着けるようなところがなくて半ばやけくそ状態になる。
ポルトマリアの漁港クエスト。これならば誰からも邪魔されずに狩りに没頭することができると考えて乗り込む船の前で人を待つ。いよいよ明日からイベントが始まるということで各地では最終準備が各自で行われている。
今回のイベントは持ち込むアイテムは自由。ただし倉庫が使えなくなってしまうため必要なものは余分に所持していた方がよさそうで、生産プレイヤーは何を持っていくかでそれぞれ報告して極力幅広いニーズに応えられるように準備しているらしい。
その結果戦闘用のアイテムなんか持ち込む余裕もないようで、ここ数日間鍛えてきた戦闘スキルは使う場面がないのでは? と後悔している人もいるみたいだ。
そうやって戦闘スキルを鍛えていた生産プレイヤーが数を減らしたところで私達にとっての狩場は相変わらず人が多く満足に狩りはできない。
第六エリアはモンスターの数が多いので何とかなると思っていたけど、その数の多さと優勢な方に味方するという特殊な性質を持つ「ハイエナ」は誰の獲物なのかということでトラブルが頻発。ここ数日は使用禁止令がプレイヤー間で出された。
もちろん懲りずに使っている人もいるみたいだけど、その人達も結局は第六エリアの洞窟に流れている。あそこだと一応他のPTとの接触はないみたいだしね。
そういう状況だからこそ第六エリアそのものに今は人が少なく、私達では洞窟に着く前に消耗が激しくなってしまうので、ポルトマリアで受けられるクエストに挑戦することになった。
内容は最近漁を行う海域に巨大モンスターが出てくるので、その退治というわけだ。一応周回もできるので終われば街に帰ってきて物資の調達そしてまた受けて…を繰り返すことができる。
「遅いね」
「そうだね」
クゥちゃんと二人で待ってるのは舞浜君とルーナさんだ。このクエストは受けた人が「出発」と言えば出発する。そしてクエストに人員制限がないので待ってれば人が大量によってくることもあるらしい。もちろん別口でクエストを受けることができ、ブッキングすることはない。
ルーナさんはポルトマリアに着いたことだけは分かっている。舞浜君も一応ログインしてるはずだけど返事がない。…寝落ちかな?
ルーナさんに至っては現れてもいい頃なのに、と思いながら来るであろう方向を眺めていると一人の人影が映る。確実にルーナさんではない。
口元だけ出ている銀色の洋風の兜を被り、上半身はローブのようにゆったりとしたもので豪華な文様が描かれ、そこから下半身にかけて余った布が垂れチャイナドレスのように前と後ろで二分され、横の切れ目からは生脚ではなく長ズボンを穿いた脚が時折姿を現す。
そしてそのような露出の少ない服装にもかかわらずその存在を主張するバストサイズが、その人が女性であるということを教えてくれる。
その女性は着実に私達の方に近づいてくる。クエストを別口で受ける場合は船も乗り場も違うのでここに来ているということは私達と一緒に行動するということになる。もちろんクエストの仕様上待ち続ける限り人が増えていくわけだけど、まったく知らない人がここに来るとは思っていなかった。
「どう、対応したらいいかな?」
私はこちらにやってくる女性を見ながらクゥちゃんに尋ねる。しかし返事が来ない。
「クゥちゃん?」
そうやってクゥちゃんの方を見ると驚きのあまり言葉が出ないといった表情だ。
「ふ、『二人組』の人だよ!」
クゥちゃんが興奮しながらやっと言葉を発する。『二人組』って確かクゥちゃんが探していた格闘家プレイヤーだっけ。
「そのキョウっていう女の人だよ、風貌が噂通り」
クゥちゃんは『二人組』に会ったことがなかったのでは? と思ったけどこの様子だとどこかでこの人が写っているスクショでも見たのかな。
「キョウ」さんが私達の前に立つ。
「どうも、ナギ様」
「ナギちゃん知り合い!?」
知り合いではないはずだけど…。「キョウ」さんは真っ先に私に話しかけてきた。だけどどこかで聞き覚えのある声だった。
「し、知らないかな」
「そうなの?」
クゥちゃんとやり取りする私を見て「キョウ」さんは何かをこらえようとしている。私が気付いてないと思って楽しんでる姿はおそらくあの人で確定だろう。
「そうね…初めまして、ナギ様?」
最後の疑問形はなんかからかうかのような感じだ。
「クゥちゃん…やっぱり知り合いだったみたい、気づいてるからね?」
後半は「キョウ」さん向けだ。
奥からルーナさんが来るのが映りながらも、私は「キョウ」さんに鋭い視線を向ける。
――――――――――
NAME:ナギ
【ブーメラン使い】Lv17【STR増加】Lv18【幸運】Lv48【SPD増加】Lv14【言語学】Lv41【視力】Lv41【アイドル】Lv21【体術】Lv27【二刀流】Lv36【水泳】Lv22
SP21
称号 ゴブリン族のアイドル 恋に惑わされる者 ホマレの惚れ人
はたして彼女は何者なのか!