帰ってきた二人
「嫌です」
「そこを何とか」
「無理です」
「そこを何とか」
「しつこいです!」
「そこを何とか」
手を合わせ、まるで私を拝むかのようにしてお願いごとをしてきて、拒絶する私に「そこを何とか」しか言わなくなってしまったのはラズベリーさんだ。
「ベリーワーカーズ」の二人は海が実装されたあの日以来一度もログインしておらず、今日帰ってきただけでも一大ニュースのように瞬く間にプレイヤーに広まり、「Berry Workers」も武具の修理や注文に訪れる人で溢れていた。
――はずなんだけど。
今こうしてラズベリーさんは私に食い下がるだけの余裕がある。注文の方はブルーベリーさんが一人で作業しているようだ。
今日ログインしてすぐに久しぶりに「ベリーワーカーズ」の二人がログイン状態であることを確認した私はラズベリーさんから防具の件で呼び出され、「Berry Workers」の作業場にやってきた。
修復した防具を渡された時にローエスさんの装備になっていたことを突っ込まれて事情を説明すると、新しい防具を作ってあげると言われた。までは普通の会話だった気がするけど。
【画像珠】【映像珠】が実装されて「Berry Workers」のプロモーションビデオを作ろう、という話が持ち上がっているらしく、その中に「従業員紹介PV」と「新作紹介PV」とがあり後者は新たに募集する形でモデルさんを募っているみたいだ。
しかし前者の「従業員紹介PV」の方では、作品紹介の部分があって以前モデルをやってくれた人に出演を依頼する形がほとんどなんだそうだ。
見つからないから新たにモデルを募集してる人もいるけど、鎧系の装備ならまだしも衣服系の方で「ベリーワーカーズ」に新規は見つからず、こうして彼らのモデル経験者である私が頼みこまれている。
「っていうかなんで水着じゃないとだめなんですか?」
そう、問題はここなわけで、修復に出していて今日戻ってきたあの腰のリボンが印象的なあの装備ならまだ許せる。でも水着は無理。
「そこを何とか」
ラズベリーさん、このゲームではNPCだって同じセリフばかり吐くわけじゃないんですよ…。
「あ、画像でもいいから」
「いえ、それでも嫌ですから」
私の考えが表情に出ていたのか久しぶりに違う言葉を使うラズベリーさん。しかしそんなものでも無理なものは無理。
【画像珠】【映像珠】は編集やリンクができる。リンクというのは一つの珠に保存されている画像あるいは映像をもう一つの珠に送ることができるというもの。
【映像珠】は【画像珠】とリンクすることで、画像珠に保存されている画像を映像の一部として使うこともできるようになる。同珠でリンクすると量産なんかもできる。
「Berry Workers」のPVも基本は【映像珠】を使うらしい。でも画像とか映像とかは関係なくて。
念のために言っておくと、これらのアイテムはゲーム内において「も」、画像や映像の撮影、編集、公開ができるようになるアイテムなので、ゲーム外にも公開できる。そしておそらく「Berry Workers」のサイトで公開するに違いない。
「ナギちゃん人気にあやからせて!」
「人気者は他にもいると思いますけど?」
「くぅ…」
ラズベリーさんは悔しそうな表情を浮かべている。
「よし、分かったわ…ナギちゃんがそういう態度に出るなら仕方ないわね、こうなったらポルトマリアで水着コンテストをやるわよ!」
「え?」
悔しそうな表情がなくなったと思ったら突拍子もないことを言い出した。
「提供するのはすべて私達の水着、順位に応じて賞品でも出しとけば人は集まるはずよ」
あ、つまりモデルが新規でいないなら何かを餌に着せればいいじゃんってことか。悪人だぁ。
「それで…ナギちゃん?」
「参加しませんよ!?」
ラズベリーさんからの鋭い視線が刺さるので強く拒絶する。
「参加なんてしなくていいわよ、その代り裏方と進行をやってもらうから、何せあなたの代わりに他の人が『犠牲』になるんだからね?」
ラズベリーさんはやけに「犠牲」を強調して、禍々しきオーラが見える満面の笑みで私を脅迫してくる。
「ででででも、そういうのは見せても平気なステキな女性がやってこそ意味があるじゃないですかぁ?」
「ふぅ、冗談よ、水着コンテストは面白そうだけど…PVの方は元から断れるだろうなぁって思ってたからこっちで何とかするしかないわね、あっ新しい防具は少し時間がかかると思うから、それまではローエスのその冒険服? で我慢しててね」
穏やかな表情になったラズベリーさんは作業をしているブルーベリーさんの方に歩いて行った。
怖かったぁ。
ほぅ、と息を吐く私のところに今度はブルーベリーさんが近寄ってきた。
「別に俺達の服を着てもいいんだぞ、性能は落ちるけどな」
「どうせなら強化をお願いすればよかったですかね?」
「一から作った方がいい場合もある」
相変わらず豊かではない表情で淡々とブルーベリーさんは話す。
「ところでナギ嬢、海の衣を持ってるんだろう? 売ってくれないか?」
「売る、ですか?」
ブルーベリーさんの提案に驚く。海の衣を誰に渡すべきかで悩み、様子見状態だっただけで売るという考えがなかった。
「ああ、使い方がよく分かってないからナギ嬢からもらったものでそのまま何か作って返すってことができない可能性があるからな」
研究素材として無駄になるかもしれないけどほしい。だから「売ってくれ」なのか。
「うーん、どんなものができるかわからない今じゃ、売れないです」
一応ボスを倒した報酬(?)としてもらえるアイテムだし、海中戦でまともに戦えない私じゃ進んで周回なんてできないし。
「嫌なら仕方ない」
そう言ってブルーベリーさんは表情を綻ばせてるつもりなのかニヒルな笑みを浮かべる。ブルーベリーさんによると最近ログインしてなかったせいでギルドの持っていた海の衣は他の人に回ってしまっているそうで、新素材の研究ができないらしい。
海中戦と【投擲】の相性の悪さからギルドのメンバーは周回に乗り気ではないこともあって、ギルドのメンバーじゃなくても、すでに海の衣を持っている私のような人に頼っている…じゃなくて頼るつもりだそうだ。
海の衣を売ることを断った私は、ブルーベリーさんから「売ってもいい」って人を見つけたら教えてほしいと頼まれた。
「そういえば昨日ジェットとデートだったんだろ? どうだった?」
海の衣の話が一段落したところでブルーベリーさんは昨日のことを聞いてきた。
「別にデートってわけじゃ」
「そうか、ジェットもデートって言わなきゃアカウントの心配されると思ってるのかもな」
どうやらジェットさんがデートと言いふらしていたらしい。ジェットさんが私と一緒に行動するって言った時に、ギルドメンバーから「大丈夫なのか!?」て目で見られたらしく咄嗟にデートと言って仲睦まじいアピールでごまかしたんだろう、とはブルーベリーさんの分析。
こんな風にのんきな会話をしていたせいか、元々溢れていた「ベリーワーカーズ」の二人目当ての人で「Berry Workers」はたちまち他のことに手が回らないくらい忙しくなり、ちゃっかり私も手伝わされた。
海の衣も二人が頼めば売ってくれる人は結構いて、十分な数を確保できて二人は喜んでいた。
結局「アルバイト」に一日を費やすことになった。もちろんお礼は「今度」だそうだ。
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NAME:ナギ
【ブーメラン】Lv28【STR増加】Lv4【幸運】Lv42【SPD上昇】Lv39【言語学】Lv41【視力】Lv40【アイドル】Lv12【体術】Lv19【二刀流】Lv30【水泳】Lv20
SP23
称号 ゴブリン族のアイドル 恋に惑わされる者




