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男と魔物の宴

 ゴンノーの瞬間移動により、代表者たちが『世界の果て』にあるダミーレインの生産拠点を去ってしばらく経った後――。


「……よっと」

『ふう……』


 ――レインのビキニ衣装と同じ純白の壁に包まれた空間に、トーリスとゴンノーが戻ってきた。ゴンノーの姿はあの老婆ではなく、元のトカゲ頭の魔物スタイルである。

 無知な代表者との絡みや突っ込んだ質問ばかりする女性議長とのやりとりのせいで少し疲れた様子を見せてしまったが、すぐに2人は自分たちを奮い立たせ、笑顔を見せた。何度も辛酸を舐めさせられた魔王やレイン・シュドーに、ついに勝利する事ができたからだ。


「ゴンノー、君は本当に優秀だよ♪」

『いえいえ、トーリス殿こそ♪』


 互いにその功績を褒めあいながら、2人はこの四角い空間の外に広がる光景を改めてじっくり眺めていた。

 先程も代表者たちを前に一方の壁を透明にしながらその外の様子を見せていたのだが、今の2人の目に入ったのは、その時にゴンノーの魔術によって覆い隠されていた場所も含めたものだった。数万人どころではない、下手すれば億単位を余裕で超えるだろう、レイン・シュドーと同じ姿をしたビキニ衣装の美女が埋め尽くす、壮観な光景である。


「本当に……よくここまで量産したね」

『念には念を入れまして、大量に生産しておいたのです』

「そうか……相手が相手だからか」


 そういうゴンノーが指差した先には、大量の木の実が大量に連なり、遥か上にある天井から何千何万とぶら下っていた。勿論これは木の実ではなく、透明になっている内部でビキニ衣装の美女を無数に生産する、人智を超えた魔物が創り出した施設である。以前トーリスともう1人の女性に見せたこのレインのような物体こそが、今回見事勝利を収めた人間側の最強の戦力にして最強の勇者『ダミーレイン』だったのである。

 この空間にいる無数のダミーレインのほとんどは、その液体の中で眠り続けている状態だった。今回代表者たちに見せた数万人や、各地の町や村を奪還するために出撃した者たちはあくまで顔見世程度で、それらの結果を元に最終的な改良を加えたものを各地の村や町に導入する予定である、とゴンノーは告げた。


「なるほど……これでようやく軍師っぽい事が出来るようになったね」

『ありがとうございます。勿論、トーリス殿の元にも配備させて頂きますよ』


 出来る限り多めにして欲しい、とトーリスは満面の笑みで告げた。

 確かに、彼は今までレインをずっと憎み続けていた。勇者としての信念だけで動き現実を見ない彼女に愛想を尽かし、その後も人々から信仰される彼女に苛立ちを重ね、そして彼女の逆襲に何の手出しも出来ず信頼を奪われると言う事態に怒りを募らせていたのである。しかし、だからこそ彼は、このようにレインとそっくりの紛い物が無限に作り出される事を喜んでいた。自分が自分に追い込まれると言う悪夢のような光景を、あの憎たらしい破廉恥な衣装の女剣士が味わい続ける事を考えると、どんなご飯でも美味しく感じてしまうような気分になるからである。


 そしてもう1つ、彼にはダミーレインを気に入る理由があった。


『お待たせしました、「トーリス様」に「ゴンノー様」』

『飲み物を持ってきました』


 丁寧にお辞儀をしながら彼らのいる部屋にやって来たのは、2人のダミーレインだった。純白のビキニ衣装や健康的な肌は本物のレインと全く変わらないが、トーリスとゴンノーを敬語で呼び、甲斐甲斐しく飲み物を渡すその姿は、勇者や剣士と言うよりもまるでメイドや召し使いのようであった。そして礼を言いながら一緒に飲み物を味わい始めた時、突然トーリスの手から陶器で出来た器が落ち、破片が飲み物ごと床に飛び散ってしまったのだ。


『『い、今すぐ拭かせて頂きます!』』


 そう言いながら大きな胸を揺らし、2人のダミーレインはビキニ衣装のまま急いで床の掃除を始めた。

 その様子を見つめていたゴンノーは何かに気づき、こっそりトーリスの心の中に問いかけた。どうして「わざと」コップを床に落としたのか、と。


『見てみたかったのさ……レインの哀れな姿を、ね』


 確かに、ビキニ衣装のまま必死に後片付けをして、自分たちの不注意だったと謝る彼女たちの姿は、どう見てもあの勇猛な女勇者とはかけ離れたものだった。その勇猛さに苛立ちを覚えていれば、セクシーさを通り越して惨めや哀れにも見える光景に快楽を覚えるのは間違いないだろう。

 だが、それが「勇者」のする事かどうか、となれば、間違いなく『否』だろう。そのことを踏まえ、念のためゴンノーは釘を刺した。


『あまりやり過ぎないようにお願いしますよ。一応彼女たちは……』

『失礼失礼、これ以上酷い事はしないよ……一応、ね』


 しかし、にやりと笑うトーリスの行動に溜息をついたゴンノーもまた、ある意味共犯であった。人間たちに牙を向ける事が出来ず、自分たち「勇者」や「軍師」にも絶対に逆らえない、と言う心を植えつけたのは、他でもないゴンノー自身なのだから。

 しばらく何も喋らないまま、近い将来世界各地に配備されるであろう新たな勇者たちの大群を眺めた後、トーリスは改めてこのダミーレインたちの強さを称えた。彼女の力の源が、ゴンノーが盗んできた現時点での「レイン・シュドーの力」だけではない、と言う事を踏まえながら。


「魔物もそれなりに戦力を固めていたんだね……勇者の力を複製していたなんて」

『ええ。丁度良い機会なのでライラの力も重点的に利用させて頂きましたよ』


 流石の魔王やレインでも、ライラ・ハリーナが有していた「光のオーラ」をこのダミーレインが放つ力を持つ事など予想できなかっただろう、とゴンノーは自慢げに語った。事実、ダミーたちが光のオーラを放ち始めた途端形勢は一気に逆転し、レインは那須術も無く撤退を余儀なくされてしまったのだから。。

 勿論それ以外にも、力の勇者「フレム・ダンガク」や勇者の名を持つ最後の存在「トーリス・キルメン」の力も保持している、と語っていた時だった。ある者の名前を口に出す寸前、ゴンノーは一瞬言葉に詰まったのである。その理由は、トーリスもはっきりと分かっていた。今回、敢えて彼女の力はこのダミーたちには加えていなかったのだ。その理由には――。


『残念ですね、あの方がおられないと言うのは……』

「仕方ないよ、逃げたのはキリカだ。悪いのはキリカなんだよ」


 ――「勇者」の職を退きたい、と言う置き手紙を残し、キリカが僅かな部下を引き連れて行方不明になってしまった事もあった。

 レインと同じ姿形の存在が大量に生産され、やがて世界に行き渡ると言う現実を突きつけられた彼女はそれを拒否し、トーリスやゴンノーとは別の道を歩む決意を固めてしまったのである。勿論突然姿をくらました事で大騒ぎにはなったものの、すぐにゴンノーはこのダミーレインの話題を匂わせ、代表者の注目をこちらに向けさせる事に成功した。その結果が、キリカが行方不明になったことを忘れたかのように無数のビキニ衣装の美女の活躍を一喜一憂して見つめる代表者たち、と言う訳である。


 そしてもう1つ、キリカの力を使わなかった理由があった。


「それにしても、キリカは哀れだよ。今の自分のレベルが……」

『ええ、レイン・シュドーより劣ると言う現実ですねぇ』


 ゴンノーが利用した『レイン・シュドーの力』には、人間の範疇でしか強くなれなかったキリカを遥かに超える魔術の力が含まれていたのである。

 2人にとって、キリカはいわば完全に「用無し」と言う状態になっていたのだ。


「……ぐふふふ……」

『……ふぅふふ……』


 勝利、嘲り、余裕――様々な思いが渦巻く中、自然にゴンノーもトーリスも口から笑い声が漏れ始めた。だが、その気持ちが高ぶる前にトーリスはある事を思いつき、ゴンノーにある事を頼んだ。それを了承したゴンノーの白い骨のような指が鳴る音が響いた瞬間、彼らの周りに広がるレインたちは一斉に表情を変え、満面の笑みを創り出した。

 ダミーとは言え、君たちこそこの世界に必要な本当の『レイン・シュドー』。憎たらしい存在を倒し、世界を喜びと楽しみに包み込む幸せを共に分かち合おう――そのような事を考えながら、トーリスとゴンノーは、無数のダミーレインたちに「笑う」よう指示を与えたのだ。

 

 やがて、無数の清らかな笑い声と共に、2つの卑しき笑い声が地下空間に広がっていった……。


「あははははは!」

『がぁっはははははは!!』

『ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』ふふふ…♪』…

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