レインと偽者
何十何百、何千ものレイン・シュドーが何重にも取り囲む中で、今まで一度も起きた事がない、ある意味悪夢のような事態が勃発していた。
「偽者は貴方でしょ!!」
「偽者に言われたくないわ!!」
ビキニ衣装の美女が放つ不安そうな視線が集中する先には、彼女たちと同じ純白のビキニ衣装を纏う全く同じ姿形の2人の女性が、相手に怒りの目つきを向けながら言葉をぶつけ合う光景が繰り広げられていた。双方とも、自分が『本物』のレイン・シュドーで、相手は外部からここに侵入してきた『偽者』である、と言い張っていたのだ。
「ふざけないで!」
「それはこっちの言葉よ、偽者!」
「貴方こそ!!」
事の発端は、あまりに唐突な攻撃だった。
これまで、レイン・シュドーは1度たりとも仲間割れを起こした事がなかった。確かに互いの意見に食い違いが生じたり、鍛錬の際に相手の自分を討つ覚悟で挑む場合が度々あったが、それはレインの心の中で生じた悩みがそのまま本人の考えとなって現れたか、自分同士の同意の上での決断であり、決して本気で自分を憎むような事は無かったのである。レイン・シュドー全員が同じ思考判断をする心を有していた事もあるが、かつての勇者仲間を含む全ての人間を憎み、自分を救ってくれた魔王以外の存在を哀れむ彼女にとって、レイン・シュドーこそが唯一にして絶対な心の拠り所であり、裏切るような真似はしたくないという思いも大きかったかもしれない。
ところが、今回起きた「1人のレイン」による攻撃は、明らかに別のレインを憎しみの心で貫こうとしたと見てもおかしくないものであった。あまりに突然の事態のため未だに修復が行われていない町の一角にはそこに並んでいたはずの建物は無く、無数の瓦礫と成り果てていた。もしレインが自分たちとの会話を楽しみながら気を緩め、この攻撃をもろに受けていれば、怪我では済まない事態になっていたのは間違いないだろう。
「絶対に、私を殺そうとしたわね……」
怒りを込めながらも静かに放った一方のレインの言葉に、もう一方のレインは動じるどころか全く同じ口調で切り替えした。
「当然よ、貴方みたいな『偽者』を生かしておくわけにはいかないもの」
苛立ちを募らせる双方のレインは、姿形に一切の違いを見つけることが出来ないほど良く似ていた。その豊満な胸も滑らかな腰つきも、それらを包み込む純白のビキニ衣装の艶やかさも、そして美しい顔も声も、全てが全く同じだったのである。そして、互いに怒りのまま見せ付ける『漆黒のオーラ』も、そのレベルに全く違いを見出す事が出来なかった。もし相手が偽者だとしても、ここまで似せる事が出来たのを褒めてあげたいぐらいだ、と2人のレインが互いに言葉をぶつけ合うほどである。
ここまで自分自身と限りなく似た姿の相手に、ここまで怒りの声を荒げる自分は誰も見たことが無かった、と言いたげなように、周りのレイン・シュドーは凄まじい言い争いに口を挟むことができなかった。だが、やがて彼女たちもまた、次第にどちらが本物なのかと言う話題でざわつき始めた。
「ねえ、どっちが本物だと思う……?」
「分からない……私は右側のレインかと……」
「え、左側じゃない?」
そして、時間が経つ中でそのざわつきは喧騒となり――。
「右よ絶対」
「いいえ、左よ左!」
「右に決まってるわ!」
「右よ!」左よ!」右よ!」左よ!」右よ!」左よ!」右よ!」左よ!」右よ!」左よ!」右よ!」左よ!」右よ!」左よ!」右よ!」左よ!」右よ!」左よ!」右よ!」左よ!」右よ!」左よ!」右よ!」左よ!」右よ!」左よ!」右よ!」左よ!」右よ!」左よ!」右よ!」左よ!」右よ!」左よ!」右よ!」左よ!」右よ!」左よ!」右よ!」左よ!」右よ!」左よ!」右よ!」左よ!」右よ!」左よ!」右よ!」左よ!」右よ!」左よ!」右よ!」左よ!」右よ!」左よ!」右よ!」左よ!」右よ!」左よ!」右よ!」左よ!」右よ!」左よ!」右よ!」左よ!」…
――目の前で起きている同じ姿の美女同士の争いと似たような状況に変貌してしまった。まるで彼女の心の中の迷いが現出したかのように、レインたちは意見が食い違う自分を睨みつけ、自らの従えと押し付けるかのごとく大声を張り上げ始めたのである。中にはこの凄まじい争いに耐えられなくなったかのように空へと飛び立ち、この場から離れるレインまで現れる始末であった。しかし残された『レイン・シュドー』たちはそのことに気づかないかのように言い争いを続けていた。
やがて、この乱れまくる状況の発端となった2人のレインは、次第に怒りから呆れのような表情を作り始めた。大量のビキニ衣装の美女の凄まじい言い争いの前に、自分たちの声がかき消され、いつの間にか誰も話に乗っていないという事実に気づいたようである。もしこのまま大騒ぎが続いてしまえば、本物か偽者かの騒ぎどころではなくなってしまう、と考えたからかもしれない。
こうなっては仕方ないと一時休戦を決意した2人のレインは、寸分違わぬタイミングで腕を高く上げ――。
「「はあっ!!」」
――同時に空中に漆黒のオーラを放ち、耳をつんざくような爆音を作り出した。その効果は、大量のレインたちによる言い争いをを強制的に終了させ、自分たちの方へ視線を戻すのには十分すぎるほどだった。
一斉に他の自分がこちらを向いたのを確認した2人の彼女は、同時に質問を投げた。ここにいる2人のどちらが『本物』のレイン・シュドーに見えるか、と。しかし、誰もそれに対してはっきりとした答えを言える者はいなかった。先程までずっとその旨で意見が分かれ続けていたのだから当然だろう。だが、1人のレインが、この方法なら間違なく見分けられるかもしれない、とある提案を出してきた。この場所で、新しいレイン・シュドーを創りだすことは出来るか、と。もし偽者なら、創りだしても『偽者』のレインしか生み出せないだろう、そう告げたのである。
「「でも、『偽者』も本物を作り出せたら……」」
「その時は、両方とも『レイン・シュドー』になるわね」
もしそのような結果になれば、先程までの争いは単なる勘違いが発端という事になる。そちらの方がレインにとっては非常にありがたいのではないか、と言う1人のレインの言葉に、騒動の発端である2人や周りを取り囲む数千人のレインたち全員が賛同した。元々全員の心は全く同じであり、レイン・シュドーを更に増やしたいと言う願望もまた同じだったからかもしれない。
そして、大量の自分たちが見守る中、2人のレインは掛け声と共に自分の周りに漆黒のオーラを放った。幾多もの筋が地面に現れた直後、あっという間にその全てが姿を変え――。
「ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」…
――空いた空間を埋め尽くしながら笑顔を見せる、何十人ものレインに姿を変えた。
その数は偶数、つまり2人のレイン・シュドーは全く同じ数の自分自身を一気に生み出したことになる。つまり双方とも力も考えも全く同じ、一切の見分けがつかない、と言う事だ。さらに、彼女たちは皆全く同じレベルの漆黒のオーラを放ち、純白のビキニ衣装の艶やかさや胸の大きさもまったく一緒である。
それが示す意味を、誕生したばかりのレインを含めたここにいる全ての彼女は知っているような素振りを見せた。やがて、この場に居たレイン・シュドーは全員揃ってにこやかな笑顔を見せ始めた。
ただ、その思いは、ある意味非常に危ういものだった。
「……そうか、レイン、貴方は『本物』だったのね」
「そっちこそ、『本物』だったのね……ごめんね、疑ったりして」
「こっちこそ、いきなり攻撃しちゃったりして……」
互いに先程の無礼を謝り、2人の自分は双方とも本物である事を認識したように振る舞うレインたちの中から、相手を疑うと言う気持ちは全く感じられなかった。確かに、どちらとも全く同じようにレイン・シュドーを繰り出し、同じ美貌、同じ姿形、そして同じビキニ衣装を身に付けている。だが、彼女の心には魔王から忠告された、絶対に油断をしてはならないと言う心が抜けていたのだ。
そう、『本物』のレインなら、いくらこのような状況でも決して油断せず、より相手の本性を見抜こうとしていたはずである――。
「「「「「「茶番はそこまでよ!!」」」」」」
「「「「「「!?」」」」」」」
――その言葉と共に突如現れ、何千人ものレインたちを四方八方、陸も空も関係なく取り囲んだ、何万人ものレイン・シュドーならば……。