表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/248

レイン、侵攻(後)

【補足】今回の話も、第1話「町、終焉」とリンクした内容になっています。

 レイン・シュドーが毎日着用している衣装は、人々から「ビキニアーマー」と呼ばれる非常に大胆な衣装である。健康的な色の彼女の肌のうち、たわわに膨らんだ胸や滑らかな腰、そして引き締まった尻などの急所のみを純白の布で覆い、それ以外は靴を履いた足回りや背中に背負った鞘、そして肩を包む防御用のアーマー以外、ほぼ全裸に等しい姿だ。

 しかも彼女の場合、身につけている衣装には装甲も何も無く、ただ単に布が肌に覆いかぶさっているに過ぎない代物である。


 当然、そのような衣装を身に付けて戦えば普通の人ならビキニがずたずたに引き裂かれるだろう。それ以前に、このような非常に破廉恥な衣装で戦うなど、様々な人から邪な目で見られるだけである。

 しかし、レイン・シュドーが身につける、一寸の曇りも無い純白のビキニ衣装だけは別であった。装甲すら持たない衣装こそが、彼女の持つ凄まじい剣の腕の表れでもあったからだ。勇者のリーダーとして人々を救い、平和に導くために奮闘する中でも、彼女は一切の攻撃をも許さず、ビキニ衣装は勿論そこから大胆に露出した腕や腹、腰、太股、そして顔に至るまで一切傷を負うことなく、どんな戦いでも勝ちを収めてきたのである。


 そして、再び魔王が世界を手に入れんと動き出し、各地に魔物が現れる中で、かつて世界を救った無敵の勇者レイン・シュドーを崇める動きが出るのは、ある意味当然だった。



(……とは言え、入れ込みすぎよね、これは……)



 そんな人々が住む『町』の様子を眺めながら、レイン・シュドー――いや、彼女が変装した『貧乏な女性の旅人』は、そっと苦笑いを漏らした。


~~~~~~~~~~~~~~~~~


 魔王から指示を受けたレインは同時に2つの『町』を攻め落とす作戦に出ていた。別のレインが『壁』を作りその中に篭った閉鎖的な町を訪れた一方、こちらのレインは賑やかな開放的な町の中を歩いていたのである。

 魔物から守るために建てた巨大な建造物など一切無く、貧乏そうな旅人に姿を変えて訪れても、町の人たちはすぐに彼女を暖かく迎えてくれた。それだけここには、心の余裕があるという事なのかもしれない。


 その理由は、町の至る所にある純白のビキニ衣装が示していた。


「この町が平和なのは、『レイン』が護ってくれているからですよ」

「レイン……あの勇者ですか?」


 自らの身を犠牲に、一時だが世界に平和を取り戻してくれた勇者レイン・シュドーの加護のお陰で、この町の平穏は保たれている――自慢げに話す町の男性は、話の相手となっているボロ切れを纏った女性こそがそのレイン・シュドーが変装した姿である事など微塵も気づいていないようだった。

 魔王の指示の元、念には念を入れて変装を強化したレインだが、少なくともこの男に対してはそういった過剰な防衛手段をとらなくても良いかもしれない、と感じた。ただしそれは油断ではなく、何も気づいていない男に対する哀れみの気分からくる感情だった。


「強くて優しくて、そして美しい。俺たち男性ばかりじゃない、女性からも支持を集めてるんです」

「そのようですね……町の人たちも、どこか安心しきった様子で……」

「ええ、『町』のあちこちに、レインの証がありますから」


 彼が言う『レインの証』が何を意味するのか、レイン本人はこの町に潜入する以前から既に認知していた。


 この町以外にも増え続けているレイン・シュドーを崇める町や村では、家や商店、集会場など至る所に彼女が着ているビキニ衣装がぶら下げられていた。レインに対して特別な心情を持たない人たちから見るとあまりに異質な光景だが、彼らにとっては非常に真面目な儀式であった。女性の胸や腰周りを包む非常に大胆な衣装こそが、かつて自分たちを守ってくれた無敵の勇者の力を再び借りる事ができる最良の手段だ、と考えていたのである。

 そして、住民の男が言うとおり、その光景は男女問わず受け入れられていた。この町全体が一丸となって、レインに救いを求めていたのである。


 その様子を実際に見たレインには、1つの感想しか湧かなかった。

 本当に人間は愚かだ、と。


 そして、住民の男に挨拶をして別れたレインは、変装した状態のままこの町のあちこちを巡り続けた。



 以前、魔王からの報告でレインを信仰する人々が増えたと報告があった後、彼女たちはその町の様子に羨望を感じ、既に征服し自分たちで多い尽くした町を似たようなレイアウトで飾ろうとした事があった。確かに見栄えは非常に良く、あらゆる場所に自分の面影が残る光景はレインにとって理想的なものであった。ところが、そんな状況にも関わらず、いざ上空から見上げると、彼女が思ったよりも町が華やかではないように感じたのである。

 あの時のレインは、単に人間のセンスが悪いからだと考えていた。しかし、いざ実物を見てみると、それ以外にも大きな要因がある事が分かってきた。


(……好き勝手に私に助けを求めてるのね)


 あらゆる場所にぶら下がるビキニ衣装に加え、町の中にはレインを模したらしい置き物や、レインを描いたように思える壁画があちこちにあった。しかし、どれもレイン本人にはあまり似ておらず、まるで自分の中にあるレイン・シュドーの理想をそのまま形にしたようなものばかりであった。確かに彼女を信仰の題材にする人々にとってはそれで良いかもしれないが、本人にとっては不愉快なものであった。結局、この町の人たちはそれぞれの中のレイン・シュドーを愛でているだけではないか、と彼女は考えたのだ。


 勇者は皆の心の中にいるという言葉が、レインにとっては痛烈な皮肉に聞こえた。

 町の人々の心の中で、勇者レイン・シュドーは様々に歪まされながら、決定権を持たされない命なき道具のように利用され続けているのだ。


 

 そんな『町』の中で、レインは決定的な歪みを目の当たりにした。



「「「こんにちは!」」」


 貧乏な旅人に変装したレインに挨拶をしてきたのは、3人の少女だった。全員ともレインの外見年齢より年下で、まだまだ育ち盛りと言った風貌であったが、その髪型や衣装はあまりにも異質なものであった。彼女たちは皆、町をあげて崇める女勇者と全く同じように髪を後ろで1つに結い、服装もあの純白のビキニ衣装をそのまま纏っていたのである。

 この町は年中暖かいのでこの衣装で居ても大丈夫だ、と言いながら、少女たちは自信満々にこの服装について語った。


「私達、『勇者』に憧れているんです!」

「へぇ、そうなんだ……でも、どうして?その服装、恥ずかしくないの?」


「確かに恥ずかしいかもしれないですが、でもレインさんの強さの証なんです」

「私たちもレインさんみたいに強くなって、魔物をやっつけたい!」

「だから、毎日頑張ってるんです」


 姿形も心も違うが、この少女たちは本心でレインに憧れ、彼女と同じビキニ衣装を着て、世界を救おうと頑張っていたのだ。

 その様子に、変装していたレインにも嬉しい感情が溢れた。自分の戦いは無駄ではなかったのだ、という事を実感できたからである。しかし、だからと言ってこの『町』やこの少女たちを自らの手中に収めるのを諦める、という事はしなかった。一般の人間が純粋そうに見えるのは上辺だけだと言う事実をレインは嫌と言うほど認識していたからである。


「ねえ、もし『本物』のレイン・シュドーになれたら嬉しいかな?」


「本物のレインさん……はい、勿論です!」

「私もなりたいです!」

「私も!」


 ビキニ衣装に包まれた胸を揺らしながら嬉しがる少女たちに、そうこなくちゃ、と一瞬喜んだレインだが、突然ある事に気がついた。


 確かにこの少女たちは、自分に対して絶対の信仰心を覚え、最強の勇者として憧れの念を抱いている。だが、それはレイン1人の活躍ではなく、彼女を支えた仲間たち――特にもう1人の犠牲者、魔物に対して絶大な効果を発揮する『光のオーラ』の使い手である勇者、ライラ・ハリーナの存在あってのものである。それなのに、どうしてこの少女たちは自分の事ばかり話すのだろうか。

 あっという間に心が冷たい感情で覆われながら、レインはそれを抑えて笑顔を作り、少女たちに尋ねた。ライラ・ハリーナという勇者も居たはずだが、彼女の事はどうするのか、と。そして、戻ってきたのは――。


「……ライラ……ハリーナ……?」

「……ああ、勇者にいたよ!ライラさんって言う人」

「そうか、私すっかり忘れてた……ごめんなさい」


 ――残酷な返事だった。


「ううん、いいよ。大丈夫」


 貴方達の憧れとか言う気持ちも、ただの自己満足に過ぎない事が分かったから――レインは心の中でそう呟き、少女たちを思い切り嘲笑った。そして同時に、彼女たちを一瞬でも信頼し、油断してしまった自分の態度を反省した。

 人々の中では、ライラ・ハリーナは巨大な墓標の中に眠る勇者の一員、と言う認識しかなかった。世界を救った勇者の1人であるにも関わらず、生き残った3人やリーダーと言う称号を持つレインとは異なり、ライラの存在は完全に忘れ去られようとしていたのである。


 レインはもう一度思った。本当に人間は愚か過ぎる存在だ、と。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 その後、旅人である彼女を格安の値段で泊めてくれた宿屋に入ったレインは、自分の部屋にある硬いベッドの上で体を休めた。ずっと神経を張り詰め変装がばれないようにし続けたことに加え、ライラのことを完全に忘れていた少女や、自分を思う存分に利用していた町の人たちに対する怒りや哀れみの心が、彼女を疲れさせていたのである。

 早く作戦を実行して、この町を本物のレイン・シュドーで埋め尽くしたい、そう考えながらうとうとし始めた時だった。彼女の耳に、外を歩く住民の話が聞こえてきた。やたら興奮したような大声になっていた理由は、その内容から理解する事ができた。彼らは怒りを込めた愚痴を言い合っていたのだ。


「ったく、何が『壁』だよ。俺たちのレインを馬鹿にしやがって」

「全くだぜー。町長さん悲しそうだったもんな」

「あんなちんけな『壁』なんて、魔物にぶっ壊されりゃいいんだ」


 今回の作戦に入る前に、魔王はレイン・シュドーを信仰する人々と『壁』を作る人々の間で、様々な対立が生まれ始めていると説明していた。その時にレインたちが見たのは、双方の意見を持つ者たちが殴り合いの喧嘩になっている光景だった。それに比べればこちらの愚痴は一方的なものだったが、その内容を聞く限り、もはや対立は人々の間ではなく、『町』や『村』をあげてのものになり始めていることは明白であった。

 

 愚かな人間が自滅し始めようとしていると言う事を間近で感じることが出来たレインの心から苛立ちが薄れ、代わりに嬉しさが宿り始めた。


(ふふ、ほんといい気味だよね♪)


 そして、レインはここまでの様子を、『壁』の町に潜入しているであろうもう1人のレインに伝える事にした。漆黒のオーラを利用して心を繋ぎ記憶を交換し合う事で、互いの様子が分かるだけではなく、別のレインと記憶が共有できると言う嬉しさを味わう事ができるのである。

 とは言え、その前に指示された作戦を完了させなければいけない。レインはそっと宿屋のベッドに、全ての動物をレイン・シュドーに変化させる『雲』を創りだすための漆黒のオーラを流し込んだ。夜が更けた頃、この町から星空は消え、全てを平和に導く暖かい雨に包まれることだろう。



(……よし、と)


 ようやく全ての任務が完了したレインの中に、別の声が響き始めた。誰かがこの部屋に入ってきたのではなく、遠い場所から自分と同じ声の持ち主が漆黒のオーラを使い、思考をそのまま送りつけていたのである。どうやら、こちら側のレインが情報を飛ばす必要は無かったようである。

 そして、彼女はベッドの上で横になりながら、別の自分との会話を楽しみ始めた。勿論、『貧乏な女性の旅人』と言う変装はそのままで。


『良かったわね、レイン♪』

『ありがとう、レイン。それで、そっちの状況はどうなってるの?』


『うん……説明すると長くなっちゃうし、魔術で記憶を送信するわね』

『じゃ、私もそうしようかな。確認しておいてねー』


『了解♪』


 心の中で嬉しそうに呟いた後、レインは自分の記憶を遠くに居る別の自分へと送り、そして自らも相手の記憶を受け取った。その瞬間、彼女の頭の中に自分が経験した事がない様々な事柄がどっと流れ込んだ。最初派妙な心地であったものの、乱雑な記憶が形となる中で、レインはもう1つの記憶をたっぷりと味わい始めた。


 そして、遠くに居る別の自分と同様、彼女もまた苦笑いをした。

 結局、どういう思想であれ人間たちが愚かな事には変わらない、と……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ