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女勇者の焦燥

 勇者たちによって倒されたと思われていた魔王が蘇り、再び世界を手に入れんと動き出した世界で、日を追うごとに絶望に呑みこまれる人間たちが増え始めていた。

 彼らが信じていたのは、多大な犠牲を払いながら魔王を倒したはずの3人の勇者たちであった。彼らなら、今度こそ魔王を打ち倒し、世界に真の平和を取り戻してくれる、と信じていた。だが、その願いは残酷な形で裏切られる事となった。奮戦を嘲笑うかのような魔王の圧倒的な力の前に、勇者たちは連戦連敗を重ね続けたのだ。町に襲い掛かる魔物を幾ら倒しても、次の日にはその町は魔王に乗っ取られて漆黒のドームに封印され、人間たちが二度と入れない場所になってしまうのである。

 そして勇者たちも、既に1人が不意を突かれる形で犠牲になった――と語られているが、その言葉を信じる人間は、少しづつ減り始めた。日々負け戦を続ける勇者たちへの信頼が薄れる中で、力の勇者と称されたフレム・ダンガクが敗れ去った理由は、ずっと思い上がってきた彼の自業自得が原因だろう、と考える者が増えてきたのである。

  

 食べるだけ食べ、遊ぶだけ遊び、日を追うごとに太っていった勇者。

 そんなのが、本気を出した魔王に勝てるはずが無い。


 人々は、少しづつ勇者を見捨て始めたのだ。



「……くそう……畜生!!」

「……はぁ……」


 その事に一番苛立っていたのは、やはりその勇者本人たちであった。


 幸い、過去の功績やその実力を評価する一般の人々はまだ多数存在し、残された2人の勇者は世界で一番大きな要塞都市の「城」に住み、多くの部下に囲まれる贅沢な暮らしを続ける事が出来ていた。だが、毎回各地の町や村の有力者たちに活動を報告する度に、勇者は怒りや失望、からかいの言葉を浴びせられるようになったのである。


 先程も、トーリス・キルメンとキリカ・シューダリアは、多くの有力者から能無し、ただ飯食らい、役立たず、と罵られた。大事な仲間を何故守れなかった、と言う声も、何度も浴びせられ続けた。キリカの掌には、その時に投げつけられた果物の芯が握られていた。

 だが、彼らはただ文句を聞き続け、じっと耐えることしか出来なかった。今の彼らの力で勝てる相手ではない事を、2人は知っていたのだ。魔王が率いる恐ろしい魔物の中に、かつて犠牲になった――いや、彼らが見捨てて捨て石にした勇者たちのリーダー、レイン・シュドーがいると言う、恐ろしい情報を。

 


「魔王もレインも……そこまで世界を奪いたいのかよ!!畜生!!」

「だろうな。魔王もだが、あいつがそこまで征服に協力するとは……」


 勇者の名を捨て、世界を破滅に導こうとする彼女の姿勢は、昔と全く逆であった。純白のビキニアーマーを着たレイン・シュドーは、地位も名誉も気にせず、ただ世界を平和にするために邁進し続けたのだ。あの時も、彼女はその後に待つであろう運命を全く気にせず、ただ戦いに身を投じ続けていた。その愚直なまでの姿勢は、今もなお変わっていないだろう――そう考えたキリカが、ふと彼女と自身を嘲笑する笑みをこぼした瞬間、トーリスがキリカに飛び掛った。


「何で笑うんだよ、お前は!!!レインだぞ!!今世界はレインに!!!」

「落ち着け……そんな事は……」


「事態は急を要するんだ!!町の連中も、レインに操られてるんだぞ!!言っただろ!!!」


 焦燥感に満ちたトーリスからのあの報告を、キリカはしっかりと覚えていた。人間たちの中に、自分たち生存している勇者ではなく、魔王と戦い『犠牲』となったはずのレイン・シュドーをまるで神様のように祭る町や村が現れ始めたのだ。あちこちにレインを模した像や絵が飾られ、レインが着込んだものと同じ純白のビキニ衣装がぶら下げられ、人々もレインと同じビキニ衣装を着込む――かつて彼女を見捨てた2人の勇者にとって、それは悪夢に等しい光景だった。

 普段なら冷静に突き放すはずのキリカが唾を飛び散らせながら叫ぶトーリスを止める事が出来なかったのはまさにそれが理由だった。彼女もまた、このままいけば自分たちは破滅に向かってしまう事を、嫌でも認識していたのである。そして同時に、最良の生活を送るために様々な予測を立て、仲間を見捨てる事も辞さない冷酷さを見せ付けた自分の判断が間違っているかもしれない、と言う事実も、たっぷりと見せ付けられていたのだ。


 このままではいけない、だが一体どうすれば良いのか。

 そんな時、騒ぎ続けていたトーリスの体が、紫色の雷のようなものに包まれた。まるで痺れたかのような顔を見せながら、彼はようやく沈黙した。何が起こったのかは、既にキリカは承知していた。



『遅くなりました、お二人とも……』


 腰が曲がった老婆の姿を取りながらも、その本質である上級の魔物の力を惜しげもなく披露している、『軍師』と名乗る存在・ゴンノーであった。


 その姿を見て、キリカは軽蔑の心を思う存分顔に出した。正直に言って、この状況の中で一番役に立っていないのは他でもない、この魔物軍師なのだ。これまで立てた作戦は大半が失敗に終わり、一度は成功した作戦も魔王の手によって数日後には捻り潰され、町や村が乗っ取られてしまってばかりだったのである。当然、この軍師にもたくさんの罵声が日々かけられていた。


「……役立たずが、この部屋に集合していると言う訳か」

『それは、キリカさんも含む言葉ですか?』

「当然だ。そしてお前もな」


 魔王の力、そして配下であるレイン・シュドーの勢力は予想以上のものだった、と軍師は告げた。

 上級の魔物と名乗るだけの力を持つこの軍師が魔王ではなく人間の味方についた要因は、魔王があまりにもレインを重宝するからだ、と以前本人の口から語られていた。その言葉が正しいというのは、軍師は勿論、キリカもトーリスも承知せざるを得なかった。最強の『悪』と最強の『正義』が手を組むという、まさに悪夢のような構図が生まれていたのだ。

 自分たちが役立たずになるのも当然だ、と言う軍師の言葉に、キリカは苛立ちを抑えながらもはっきりと言った。


「……お前、『準備』の方はどうなった?魔王に対抗する戦力とか言う……」

『え、ええ。予想以上に時間が……それが何か?』


「一体何の『準備』をしているのだ?」


 その言葉がキリカの口から出た途端、軍師――いや、魔物の口が不気味な笑みで歪み始めた。まさにその質問を待っていた、と言う心を、口に出さずに伝えたのだ。

 ところが、魔物はその内容を今は伝える事ができない、と告げた。その途端、キリカは冷静さを捨て、怒りの表情を露にしながら魔物に詰め寄った。あれだけ散々時間がかかる、と言いながら準備をしていて、その内容を明かさずにただにやけるだけというその態度に、とうとう我慢が限界に達したのである。

 冷や汗をかきながら、今にも自身の命を奪いそうな彼女の顔を見つめ続けた魔物は、何とかその怒りを宥めようとした。


『で、ですから……不確定要素が多くて、準備が……』

「ふざけるな。何もいえない不確定要素などいらん。早く準備をしろ。今すぐだ。早く」

『そ、そんな滅茶苦茶な……。で、で、でもこれだけは確かですよ、魔王は分かりませんが、「レイン・シュドー」には確実に勝てる存在です』


 その言葉を聞いた直後、矢継ぎ早に文句を撃ち続けていたキリカの口が閉じた。


「どう言う事だ……レインになら、勝てるのか?」

『ええ。ですが、そのためにはまだ準備が必要です』


 しかし、そのための時間をもう少し貰う事ができれば、人間たちの平和も、勇者たちの勝利も約束できる、と軍師は告げた。以前ならその言葉を突っぱねる自信があったキリカだが、何度も敗北を重ね人間たちからの信頼もどんどん薄れている以上、出来るのはこの軍師の言葉を信じる事だけであった。

 魔王の末端器官であろうレイン・シュドーの動きさえ封じれば、恐るべき魔王を自分たちの手で討ち取れる可能性は大いにあがるかもしれないのだ。今は、この可能性に賭けるしかない。



「……分かった。だが、最大限にまで時間を切り詰めろ」

『ありがとうございます、キリカさん。

 これで、世界の平和は約束されますよ……』


 不気味な笑いを見せながら、老婆の姿を模した魔物の軍師は、静かにその場から消え去った。

 何度も何度も勇者たちに告げていた『準備』とやらを、即急に完成させるために……。

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