レイン、嘲笑
「えーと……」「確かこの村って……」
「覚えていないのか?お前がかつて訪れた村の1つだ。
まだこの場へ勇者たちは動いていない。余裕を持って計画が実行できるだろう」
魔王の言葉によって、レインたちの頭に過去の嫌な思い出が蘇ってきた。
今回彼女たちが侵略する対象になったのは、『世界の果て』から遠く離れた、大きな川の傍にある村であった。
かつて、レイン・シュドーが剣の勇者として訪れたとき、この村も他の場所と同様に魔物の脅威に晒され、人々は外出すらままならない危機的な状況だった。川にある石や砂利が集まり、仮初の命を持って人々を襲っていたのだ。ただ、どんなに恐ろしい魔物でも勇者たちの敵ではなく、体を構築していた石や砂利の繋がりが解かれた事で呆気なく倒され、思ったよりも早く平和を取り戻すことが出来たのである。
ただ、問題はその後であった。
「……またあのエロジジイたちと?」「付き合わなきゃいけないの?」
レイン・シュドーの衣装は、健康的な肌を大胆に露出させた『ビキニアーマー』と呼ばれる純白の服である。流石に寒い場所に行く時には様々な重ね着をしていたのだが、どんな場所でも基本的に彼女はこのスタイルを崩すことが無い。
普通の人なら滅多に着ない、下手すると破廉恥にも見られかねない衣装だが、彼女だけは例外的に世界中の多くの人から良い意味で認知され、世界平和の象徴にまでされていた。その理由は、ビキニ衣装から露出した肌にあった。どれだけ困難な戦いを繰り広げても、彼女の並外れた剣の腕は、その肌に傷一つ負わせなかった。防具を着る必要自体が無かったのだ。
そしてレイン自身も、勇者の実力を見せ付ける事が出来るその服装に誇りと自信を持っていた。魔王と一緒に暮らし始めて以降も、そこから醸し出される自らの色気や大胆さ、そして美しさに惹かれ、純白のビキニ衣装のみを着た健康的な肌の女剣士『レイン・シュドー』が、ますます大好きになっていたのである。
だが、そんな彼女のプライドを傷つける連中はやはり存在した。
平和が戻った後、レイン・シュドーはこの村に住む男たちに、嫌がらせを受けてしまったのである。それも、他の勇者たちにばれることなく行うと言う、非常に卑怯な形で。
「思い出すだけでもぞっとするわね……」「私のこの服の上から……」
忌々しい記憶が呼び起こされたレインたちの体全体を、次第に悪寒が走り始めた。あの時の男たちの視線や手つきを、それを体のあちこちに浴びせられ続けた事が、どんどん脳裏に浮かび始めたのだ。
祝賀会の最中に、レイン・シュドーは村長やその付き人を前に様々な破廉恥な質問を浴びせられ、卑しい目線で四方八方から見つめられ、そして嫌がる素振りをしても完全に無視され様々な部位を触られてしまったのである。すぐこの村を後にしよう、と理由も言わずに他の勇者に告げたのは、そのためだった。
強さを誇示する自慢の胸や腰つき、そして無敵の象徴である純白のビキニアーマーが苦悩の原因になったのは、あの時の村が唯一であった。だが、当時の彼女にはその事を皆に打ち明ける勇気や余裕はなかった。世界を平和にするためには、これくらいの苦悩は我慢しなければならない、と考えていたのだ。レインの脳裏に嫌と言うほどその出来事が刻まれてしまったのは、それが理由かもしれない。
絶対に許せない、と言う気持ちは勿論あったが、あの時の男たちがまだ村に留まっている事を考えたレインは、魔王からの侵略命令に躊躇してしまう気持ちが強くなってしまった。だが、そんな彼女を後押しするかのように魔王は言った。
「直接あの男たちとお前が会うことは無い」
「え?」「どういう事……?」「だって、今から私があの村に向かうんでしょ?」「まだ人住んでるみたいだし……」
少し考えれば簡単なことだ、と言う魔王からの問いに答える事は、この時のレインたちには出来なかった。
複雑な思いを抱えながら、レインの1人が布切れを纏った貧しい旅人に変身し、目的地へと瞬間移動した――。
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「……あれ?」
――そして彼女が見たものは、かつての村とはどこか違う光景だった。
ずっと前にやって来た時と比べて、村の佇まい自体は何ら変わることはなく、あの時の嫌な思い出がまた蘇りそうな村長の大きな屋敷も、その周辺にある農家の人たちの家も、そして川沿いの水車小屋も、彼女の記憶そのままの姿として残っていた。
だが、あの時訪れた村はもっと賑わっていたはずだという事に、彼女は気づき始めた。確かに大規模な町と比べると小さな場所だが、それでも平和が戻った後は人々が行き交い、無邪気な笑顔を自分たちに見せてくれた。しかし今、そのような笑顔は一切なかった。それどころか、そもそも人影すらこの町の中で一切見ることが出来なくなっていたのだ。
その様子に、何となくレインは魔王の問いの答えが分かったような気がしてきた。それでもまだ確信が持てなかった彼女は、試しに宿屋を訪ねてみることにした。今の姿は絶対にあの時の純白のビキニ衣装の勇者だとは分からないもの、変な事はされないだろう、そう考えて2、3度叩くとそっと扉が開き、中から女性のような姿が現れた。
すいません、泊めて頂けますか。そう訪ねようとしたとき、突然女性は何かを取っ手にぶら下げ、凄まじい勢いで扉を閉めてしまった。しかも、決して開けられないよう施錠付きで。
もしかして、と感じたレインは、そこにある表記を呼んで、魔王と自分自身の答えが正しい事を確信した。
『余 所 者 お 断 り』
今、この村はかつてと全く同じ、人々が外に出ることすらままならない状態になっているのだ。その証拠に、旅人に化けたレインがそっと周りの建物の様子を見てみると、自分自身を恐る恐る見つめる様々な視線を感じた。そして、見つめられていることに気づくとそれらの視線はあっという間に姿を消した。
(……あははは、やっぱりそうか~!あはははははは!!!)
レインは心の底で、この村の臆病さに大笑いした。
魔物に一切手出しできなかったのに、それよりも強いはずの純白のビキニ衣装の女勇者にやりたい放題したのは、自分が『ビキニ衣装の女勇者』だからであった事に、ようやくレインは気づいた。村人、特に破廉恥な男どもには、恐ろしい姿形の魔物と比べてレインがか弱い存在に見えていたのだ。そして今、再び恐ろしい魔物が出たと言う情報を聞いた彼らは、外に出ることすらままならない情けない状態になっている――レインが予想していなかった最高の展開が、彼女を待っていたのである。
しばらくこの村を悠々と歩き、自分に手出しすら出来ない村の様子をたっぷりと楽しんだ後、レインはそっと村の外れの地面に手をつけた。漆黒のオーラを流し込み、この村を我が物にするためだ。
(ふふ、あの村もこれで救われるわね♪)
そして翌日、レインのオーラから変貌し夜通し包み込んだ漆黒の霧がすっかり晴れた村――いや、昨日まで村だった場所を訪れた5人のレインを待っていたのは――。
「あ、レイン♪」うふふ♪」レイン♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」レイン♪」うふふ♪」レイン♪」…
――建物の屋根や上空まで埋め尽くした、純白のビキニ衣装を身に纏ったかつての勇者、レイン・シュドーの嬉しさに満ちた大群であった。
もうそこには一切の臆病者も卑屈な破廉恥男も存在しなかった。ただ一様に、世界で最も美しく、勇気と新年に満ち溢れた美女のみが広がっていたのである。
今回もまた、レインたちは真の平和に向けて一歩前進する事が出来た。