レイン、行動
かつて、レイン・シュドーは『勇者』だった。
自らの卓越した剣の腕や、一切傷を負う事がないビキニアーマーとそこから大胆に露出した肌は、人々の大きな希望となった。彼女自身もそれに応え、仲間たちと共に世界を脅かす魔物に立ち向かい続けた。自らの正義と、明日の輝かしい未来を信じながら。
その信念は、時が経っても決して変わる事がなかった。そう、信念「だけ」は。
「結果は、聞かずとも分かる」
「まあねー♪」今回も大成功よ、魔王♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」…
何千何万、いや何億何兆、数える事も億劫になりそうなほど無尽蔵に増え続けるビキニ1枚のレイン・シュドーに囲まれていたのは、人間たちにとって最も忌まわしき存在のはずの『魔王』だった。
勿論、レインもかつてはこの存在を倒すべく、正義の怒りをたわわな胸に詰め込み戦いを挑んだ事があった。だが今、彼女はその魔王と結託していた。魔王の指示に従いながら、次々に各地の『町』や『村』を自らの領域にし続けていた。その理由は1つ、醜く愚かで、自分たちの事しか考えない人間や勇者よりも、世界で最も美しく清らかな存在である「レイン・シュドー」こそが、世界に真の平和をもたらす存在である、と考えたからである。そして魔王も、彼女の考えを受け入れるかのように様々な形で力を与え、純白のビキニ1枚の美女を無尽蔵に増やし続けていた。
その結果が、人間や勇者たちに対する、魔王とレインの圧倒的な勝利の連続であった。
「勿論、油断はしてないわ」でも人間がねー」そうそう、油断しすぎてつまらないのよ」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」…
魔王から普段通りに言われるであろう忠告――油断をしすぎると人間に足元をすくわれることになる――を、無数のレインたちは先に自分たちの口から言った。
毎回彼女たちは魔王からの指示を受け、対象となる村や町の中に潜伏していた。勿論ビキニ1枚と言うそのままの姿で向かうというわけではなく、自らの体をみすぼらしい布で覆った貧しそうな旅人や、綺麗なローブで体全体を包んだ美女、時には青年など様々な姿に「魔術」の力で変装し、密かに人々の中に紛れ込むのである。
そして、密かにその町の地面や空に、人々や動物など生きとし生ける存在の全てをレイン・シュドーや彼女の好きな姿に作り変えてしまう魔術をかけるのだ。この恐ろしくも美しい力が注ぎ込まれた場所は、夜のうちに非常に濃い雲や霧に覆われ、全ての人間や動物は眠りに就き、そして翌日にはその体や心はビキニ1枚の美女に変わってしまうのである。
魔王のもとに寄り添っているレインたちの多くも、そのような課程を経て誕生した新たな『レイン・シュドー』であった。だが、彼女たちが自分の出生に悩む事は一切無かった。むしろ、汚らわしい人間から麗しき存在に生まれ変わった事を嬉しく、そして誇りに思っていたのだ。
「それにしても、流石魔王ね」「魔物を囮に使うなんて」「キリカも上手く撹乱されたみたいだし」「ねー」
今回も、レインは魔王の指示に従い、目標とした海辺の町の中に密かに潜入していた。しかし今回はそれに加えて、魔王自身の力でその町に大量の魔物を送り込む事を宣言した。普段は人間たちが一切気づかない間に町や村を征服することが多いのだが、同じ手段ばかり繰り返しているとやがて人間たち、そして彼らの側に付く『勇者』たちが反撃を行う可能性もある。そこで、敢えて魔物に大暴れさせて人間を絶望させ、加えてそれらが退治された後にレインたちが征服する事で勇者たちも追い詰めるという二重の作戦に出たのである。
その作戦の結果は、満面の笑みを浮かべながら、自身の武勇伝を語ったり魔王を褒め称えたりするレインの大群から見て取れるだろう。ただ、彼女とは対照的に魔王は一切動じる事無く、銀色の無表情の仮面を被ったままであった。
そして、魔王はその手に杖を出し、地面を叩いて大きな音をあたりに響かせた。はしゃぎ続けるビキニ1枚の美女の集団を黙らせ、次の指令を伝えるためである。
「次は、この町を狙う。命令だ」
そう言うと、魔王は自らの左手を前に突き出した。その瞬間、魔王の周りを無数に取り囲んでいたレインの中に、次に襲う町の詳細や作戦内容など様々な事柄が一気に刻み込まれた。魔王の常識を逸した魔術の力は、何も言葉に出さなくても一気に大量の情報を相手に送りつけるという技も容易く行えてしまうのである。
その町の事を、レインたちははっきり覚えていた。
かつて彼女が『勇者』だった時、他の町のようにただ魔物に怯えて身を潜めてばかりなのではなく、一般市民も含めて自ら率先してレインたち勇者一行を助けてくれたのだ。そして完全に倒すまでは至らなかったものの、彼らの努力や連携は強靭な岩の魔物を追い詰めるまでに至ったのである。
「確かあの町は……」「そうよね、力押しだけじゃ絶対に攻略できない……」
非常に面倒で鬱陶しい場所であった、と魔王すらはっきり言うほど、あの町の人々は屈強だった。そして、レインたち勇者に対してとても優しい場所であった。
それ故に、人間たちを侵略する側に回ったレインたちにとって、あの町はある意味非常に面倒な場所になってしまっていた。
「本当に征服するんだよね……」「うん、ちょっと迷う……」「そうだよね、レイン……」「うーん……」「うーん……」「うーん……」「うーん……」「うーん……」「うーん……」「うーん……」「うーん……」「うーん……」「うーん……」「うーん……」「うーん……」「うーん……」「うーん……」「うーん……」「うーん……」「うーん……」「うーん……」「うーん……」「うーん……」「うーん……」「うーん……」「うーん……」「うーん……」「うーん……」「うーん……」「うーん……」「うーん……」…
町で味わった美味しいご飯や様々なもてなし、ふかふかのベッド、そして屈強かつ暑苦しいながらも優しかった人々――印象深い場所だからこそ、レインの心には征服活動を躊躇する気持ちが生まれ始めてしまったのである。
そんな彼女たちに対し、魔王は意外にも一切怒ったり彼女を罰したりする行動を見せなかった。その代わり、すぐに1人レインの代表を選び、あの町に向かうように命令を下したのである。レインが征服をしたくないと考えているのはあくまで過去の町、現状を見ればその気持ちはすぐに変わるだろう、そう述べながら。
その言葉に、レインは次第に戸惑っていた心を改め始めた。かつて自分が魔王の言葉通りの光景を目の当たりにしたのを思い出したからである。あの時も、人間たちは誰1人としてレインを見捨てた勇者たちの言葉を疑おうともせず、ただ大きな墓標を立て、尊い犠牲と言う綺麗な思い出話としてしか彼女を扱っていなかった。ただ自分たちの思い通りにレイン・シュドーという存在をもてはやし続けるその惨状を見て、彼女は魔王に協力する事を思い立ったのである。
そして、無数のレインたちの心が1つになった瞬間、魔王の傍にもう1人新しいレイン・シュドーが誕生した。
彼女たちの持つ魔術によって生み出された、今回の作戦の代表である。
「……では、行くぞ」
「お願い、魔王」
その言葉の直後、代表のレインの体は魔王の手から放たれた漆黒のオーラに包まれた。
そして、まるで泡がはじけるかのようにそのオーラは消え失せ、レインをこの場所から遠く離れた目的地へと一瞬で移動させた。
また新たに、世界を平和に近づけるために……。