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女勇者対魔物

 かつて、世界中は恐るべき脅威に晒されていた。

 魔王と名乗る強大な力を持つ存在が現れ、その手下である無数の怪物「魔物」が世界を蹂躙し、人々をおびやかしていたのだ。

 だが、その脅威を打ち破る者たちが現れた。純白のビキニアーマー衣装と比類なき剣術を備えた女勇者『レイン・シュドー』率いる5人の勇者たちが、人々の幸せと平穏を取り戻すべく立ち上がったのだ。


 彼らは世界を救うべく、次々に現れる魔物たちを打ち倒し続けた。

 そして、レインを含む2人の勇者の尊い犠牲を払いながら、魔物の黒幕・魔王もついに敗れ去った。

 こうして世界に平和が訪れた――。


 



 ――その『魔王』が蘇り、魔物が再び現れたという情報が、世界中に伝わるまでは。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 ここは、海に面したとある商業の町。世界各地に点在する「村」や「町」と同じようにたくさんの人々が住み、特産品の様々な魚介類や周辺の森から得た木材や食糧など、様々な物資のやり取りで大いに栄えていた。他の村や町とも貿易で繋がっていたこの場所は古くから賑やかであり、特に勇者たちのお陰で魔物が壊滅した後は、平和の嬉しさを満喫する人たちのお陰でさらに盛り上がっていた。


 だが、そんな夢のような日々は、突如終わりを告げた。

 悪夢の再来を告げるかのように、町のど真ん中に突如『魔物』たちが姿を現したのだ。



「きゃあああ!」「た、助けてくれええ!!」「や、やめろおおお!!」



 つい先程まで平和そのものだった海辺の商業の町は、あっという間に阿鼻叫喚の大混乱に陥った。

 頭に大きな一本角を生やすもの、トカゲを大きくしたようなもの、頑丈な爪を持つもの――魔物の姿は様々であったが、どれもその目的は同じ、この町を破壊し、世界を恐怖に陥れると言うものである事を人々は知っていた。魔法陣も現れず、一切の前触れも無く現れた魔物たちの猛攻に、人々は悲鳴を上げながら逃げることしか出来ず、建物を壊しながら襲い掛かる魔物に右往左往するばかりであったのである。


 勿論、暴れる魔物のたち果敢に立ち向かう人々もいた。町にもしもの事態があったときに動く自警団は、町や人々を守るため必死に任務を遂行しようとしていた。だが、それでも苦戦を免れる事は出来なかった。


「うわああああ!!!」「い、いてええええ!!」「う、腕があああ!!」


 かつて勇者一行が訪れたとき、自警団の面々は武器の扱いや効果的な陣形など、彼らから様々なノウハウを教えてもらっていた。だが、それを活かすことは出来なかった。魔物たちはまるでその裏をつくかのように自警団の面々に襲い掛かり、必死の反撃もまるで効かなかったのである。口から放つ熱い火球、大きく鋭い爪――魔物たちの凄まじい猛攻の前に自警団は自分たちのみを守るだけでも精一杯。中にはそれすら出来ず、あまりの恐怖に意識を失うものまで現れる始末であった。


 そして、1体の魔物によって、数人の自警団の男はとうとう家の壁際まで追い詰められた。このままでは命は無いも同然だが、逃げようにも最早どこにもそんな場所は無い。

 獲物を追い詰めたような狂喜に満ちた笑みを浮かべた魔物を見て、男たちが覚悟を決めた次の瞬間であった。突如辺り一帯に眩い光が包み、その直後男たちを始め町の人々は皆耳をつんざくような轟音を聞いた。一体何が起こったのか、男たちや町の人々が気づいたのは、眩んだ目が視力を取り戻してからであった。男たちに襲いかかろうとした魔物の背中を巨大な穴が貫き、息の根を止めていたのだ。そして、そのまま動きを止めた魔物は仮初の命を失い、元の姿である砂の塊に戻り崩れ落ちた。


  一体誰が、魔物の背中に『雷』を落としたのだろうか。その答えは、この町の誰もが知っていた。


「……あ、貴方は!!」


「下がってくれ。ここからは私の仕事だ」


 緑がかった長い髪に、悪を睨む凛々しい表情。かつて魔王を倒した勇者の生き残りにして、この世界最強の魔法術――略して「魔術」の使い手、女勇者キリカ・シューダリアである。この町に魔物が現れたという情報を得て、自らの魔術の力で瞬間移動をして駆けつけたのだ。


 彼女が構えるや否や、他の魔物たちは一斉にキリカの方を向き、目を赤く光らせながら襲い掛かってきた。まるで彼女が、自分たちの恐るべき脅威であるという事を知っているかのように。そしてそれはある意味正しかった。


「はあっ!!」


 たった一声気合を入れただけで、その場にいた魔物全員に対して攻撃用の魔術を放ち、瞬時に粉砕するほどの実力は、いまだに健在だったのである。土手っ腹に大穴を開けられたトカゲ型の魔物や全身にひびが入った岩の魔物たちは、そのまま元の小さなトカゲや大量の小石に戻り、辺りには再び静けさが戻ってきた。

 自分たちをはるかに凌ぐ圧倒的な力を持つ『勇者』の姿を、自警団の男たちもしっかりと目に焼き付けた。だが、彼女よりも力がない男たちの体は傷だらけ、彼女を労おうと歩き出すこともままならなかった。そんな彼らの元に、キリカとともにこの場所に現れた別の者たちがやってきた。彼らがそっと男たちの傷に手をかざすと、そこから暖かい光が放たれ――。


「……い、痛みが……!」

「大丈夫ですか、皆様?」


 ――男たちの傷や、体に蓄積された疲労が、ほんの僅かな時間で消え去ったのである。

 感謝をする男たちに、キリカと似たような衣装を着た青年たちは気にしないでください、と返した。彼らもまた、師匠であるキリカと同様に高度な魔術を操ることができるのだ。



 こうして再び海辺の商業の町に平和が訪れた。

 めでたし、めでたし――。

 



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 


 ――過去の戦いでは、これで終わりのはずだった。勇者たちに対して人々は感謝の気持ちを伝え、彼らの功績をたたえ続けていた。

 だが、今の人々の反応は異なっていた。魔物を倒したはずの勇者とその仲間たちに対して、怪訝さや不安を一切隠さずに見せ付けていたのだ。最早、彼らは無条件に勇者たちに感謝をすることができなくなっていたのだ。


「本当に大丈夫なんですか……?」

「わしらの人生、保障してくれるんじゃろうか……?」


 当然だろう、勇者たちがあれだけ苦戦しながらも魔王を倒し、世界に平和を取り戻したはずなのに、こうやって再び魔物たちが大暴れする日々が戻ってきてしまったのだから。しかも彼らの暴れ方はこれまでよりも巧妙になっており、勇者たちですら被害を食い止められない事態も何度か起きているのである。

 そんな人々の不安な気持ちは、キリカにも嫌というほど伝わっていた。人々から得た信頼が、日を追うごとになくなり続けていると言う事実にも。今の魔王は闇雲に攻撃を仕掛けているというわけではなく、明らかに勇者たちを嘲笑うかのように魔物に町や村を襲わせ、人々を苦しめているのだ。そして、彼女がどれだけ急いでたどり着こうとも、それが無駄に終わってしまうことも何度か起きてしまっていたのである。


 次にこういう事態が起きたときは、速やかに知らせてほしい。絶対に、この町を守ってみせる。


 今のキリカに出来るのは、自分の部下たちとともに確証の無いアドバイスを町の人たちに伝える事だけだった。


 



(……魔王……いや、レインめ……)


 誰にも気づかれないようにほんの少し顔を歪めながら、キリカは心の中で悔しがった。彼女たちが真に倒すべき相手は、魔王ではなく、その下僕に成り下がったと言うかつての勇者にして自分たちのリーダーだった美女『レイン・シュドー』である事を知っていたからである。だが、同時にキリカはレインがどれほど恐るべき相手なのか嫌と言うほど知っていた。純白のビキニアーマー1枚のみを着込んだ体に一切傷をつけさせない剣の実力だけではない。最終的に見切りをつけたとはいえ、キリカたち勇者一行を空虚な理想へ導くだけの知略やカリスマ性も持ち合わせていたからだ。


 ただ、今その真実を知っているのは、キリカも含めて3名だけであった。自分ともう1人の勇者、そして情報を教えてくれた高位の魔物軍師『ゴンノー』だけである。勇者たちのリーダーであるはずのレイン・シュドーが魔王の手先になった、と言う事が世間に知れ渡れば、どれだけ悪影響が及ぶか想像も付かないからである。


(……皮肉だな、レイン・シュドー。一番嫌がっていた復讐にお前のような『勇者』が手を染めるとは……)


 キリカ・シューダリアに出来る唯一の反抗手段は、レインに対する皮肉を心の奥底で述べる事だけだった。




 

「……凄い雲ですね」

「……本当だな」


 再び瞬間移動を用いて町から去ろうとした時、キリカの部下の1人が街の近くに現れた大きな黒い雲に気がついた。今日は天候があまり良くなく、青い空もほとんど覗いていなかったのだが、ここまで黒い雲は異様である。大雨が降ったり海が荒れたりしなければよいですね、と言う部下の言葉に、キリカは頷いた。これ以上、あそこの街の人々に被害が起きないように、そう願いながら――。





 ――次の日、その願いは見事に裏切られた。巨大な黒い雲、そしてどす黒い霧に覆われた海辺の商業の町は、人間が一切入ることが出来ない空間に変わってしまったのだ。

 今回もまた、勇者と人間は敗北を喫したのである……。

 

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