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女勇者とトカゲ頭

「……もう一度確認する。お前が来た目的は何だ?」

『ですから……貴方達勇者に協力をお願いしたいと……』

「……そ、そんな……」


 世界一大きな建物である、城塞都市の中央に築かれた『城』。その地下深くにある、罪人を閉じ込めておく牢獄の中で、トーリス・キルメンとキリカ・シューダリアという2人の勇者が、頑丈な檻の中に幽閉された不法侵入者と対峙していた。

 自分たちだけで対処する、と言う名目でこの場から離れるように兵士たちは指示され、全員ともそれに従っていたが、もしそれを無視する兵士がいたら、勇者たちは侵入者である老婆に対してやけに深刻な顔をしているように見えただろう。だが、その勇者たちの目には、檻の中にいる存在は老婆どころか、人間にすら見えていなかった。トカゲの頭蓋骨のような頭、鹿のように鋭い角、鈍く光る頑丈な鎧、そしてマントから覗く骨の尻尾――明らかにそれは、人間と敵対し、かつてこの世界に恐怖をもたらした存在、『魔物』以外の何者でもなかったのである。


 さらに、勇者たちは目の前の魔物が、自分たち以外には単なる老婆にしか見えていなかったという事実にも驚きを隠せなかった。他人に自分自身は人間であると錯覚させると言う『魔術』を、目の前のトカゲ頭の魔物は容易く使用できるということになるのだから。そんな力を持っていながら、何故わざわざ城に侵入し、何の抵抗もせずにこうやって自分たちの目の前に現れ、しかも協力したいと申し出たのか。感情的になりやすいトーリスは勿論、冷静なキリカですらさっぱり意味が分からなかった。


 そして、トーリスは自らの剣を背中から取り出し、檻越しに魔物のトカゲ頭に近づけ、こう言った。訳をちゃんと嘘偽り無く説明しろ、さもなければこの剣が動き、魔物の命を奪う事になる、と。とても勇者とは思えない、あまりにも物騒な脅しであったが、魔物はやはり一切の抵抗もせず、自分の目的を語り始めたのである。


「魔王から逃げてきた……?」

『はい、私は魔王の元から逃亡した、上位の魔物で……』


「ちょっと待て!!!その口調からすると、魔王は生きていたのか!???」


 唾を散らしながらトーリスが喚くのも無理は無かった。女勇者レイン・シュドーらが犠牲となる形でこの世界から姿を消したはずの魔王が生きている、と言う恐ろしい事実が、さらりとこのトカゲ頭の言葉から明らかになったからである。しかも、真実は全く逆であり、魔王にレインは敗れ去った、と言う事も。

 やはり、そうだったのか――そう心の中で思うキリカも、畜生、あの女め――そう悔しがるトーリスも、自らの考えを口に出す事は無かった。当然だろう、目の前の相手が例え魔物であっても、自分たちが彼女を裏切り、たった1人で魔王との決戦に向かわせ、そして死なせたと言う事実がばれてはならないからだ。


「……それで、お前は何故この場に……?」

『今の魔王は、レイン・シュドーさんばかりを愛しています。他の魔物は、ただ彼女たちの言いなりになるばかり……』


「おい待て!レインばかり愛する!?どういうことだよ!!」


 トカゲ頭の証言は、再びトーリスによって遮られてしまった。あまりの事実に気が動転し、またもや感情的になっているもう1人の勇者に呆れつつ、魔術の勇者であるキリカは改めてその言葉の真意を、そして自らの疑問を尋ねた。


「お前の言う『レイン』は、本物なのか?魔物なのか?」


 魔物が自ら囚われの身となるより前、彼女たちは別の信じがたい情報を入手していた。彼らと密かに協力をしていたならず者の集団『盗賊団』が、女勇者レイン・シュドーと非常に良く似た何かによって一夜にして壊滅させられてしまった、と言うものである。その時はまだ半信半疑、恐怖で別の何かをレインと見間違えたのではないか、と楽観的な説も心の中にあった。だが、魔物が復活し、勇者の仲間であるフレム・ダンガクが生死不明となり、さらに村1つが消え去ったという事実を踏まえると、そのような甘い考えは一切通用しないというのは明らかであった。

 そして、キリカは2つの説を立てた。『盗賊団』を壊滅させたレイン・シュドーは魔王と結託した本物であると言うものと、魔物が化けた偽りの存在である、と言うものである。


 一体どちらが真実なのか。

 トカゲ頭からの回答は、キリカの考えはどちらとも正解、だがどちらとも間違い、と言う曖昧なものであった。


『あのレインさんは本物であり、魔物でもあります……魔王の操り人形になった、勇者の成れの果てなのです……』

「勇者の……成れの果て……」

「そうか……」


 キリカは勿論、流石のトーリスでも、その言葉の恐ろしさは理解できた。生きていた魔王はレインを破ったばかりか、彼女をも戦力に加えていたのだ。並みの魔物なら余裕で対処可能な彼らでも、かつての自分たちの仲間が敵にまわったとなれば、かなりの苦戦を強いられるのは間違いなかった。下手すれば自分たちの命も危ない、そう彼らは危惧していたのである――ただ彼らにとっては、彼女が敵に回った事実よりも、魔王が凄まじい力を手に入れたという事実の方がより衝撃が大きいようだが。


 恐怖に言葉も出ないトーリスの一方、キリカは恐怖に怯えながらも冷静さを保ち、トカゲ頭がなぜそこまで暴露するのかの理由を考えた。


「……なるほど、そこまで明らかにするとは、自分たちを蔑ろにした魔王に相当恨みがあるようだな」

『お、おぉ、よくご存知で……』

「魔物にとって忌々しいはずの勇者の名を、お前は敬称で呼んだ。すぐに分かる」


 そうだろ、と彼女はトーリスにも問いただした。一応彼の面子も立てておかないと、後々文句を言われる事になるのは目に見えていたからである。彼が必死に肯定の頷きを返したのは言うまでも無かったかもしれない。


「で、何が目的なんだ?」


 その勢いのまま、トーリスは剣をトカゲ頭から離して鞘に収めながら問いただした。まさかと思うが、自分たちに協力をしたいと申し出たいのか、と。魔物が勇者を忌々しく思うように、勇者である彼もまた魔物のことを忌々しく思い続けていたのである。だが、よりによってトカゲ頭が考えていた事が、冗談や脅しめいたその発言どおりであるとは、彼は一切思いもしなかった。魔王を倒すために力を貸して欲しい、こちらも最善の策を尽くす、目の前のトカゲ頭の魔物ははっきりと言ってきたのである。


「ふ、ふ、ふざけんな!!!な、何でお前なんかと!!!なあ、そうだろキリカ!!おいキリカ!!!」


 だが、いくら先程の真似をしても、相変わらず冷静さの欠片も無いトーリスの叫びは空回りするだけであった。彼に呆れ返っていた

キリカ本人は、完全に彼を無視してトカゲ頭の近くに向かい、そしてこう告げた。その力を、借り受けよう、と。


「な、な、何でだよ!!!!!」


「考えてみろ、奴の命を奪ってしまえば、魔王の息の根を完全に止める方法は分からなくなるかもしれん。

 それに、奴と我々の考えは同じだ」


 魔王を倒すという事は、すなわちトーリスやキリカがレインたちを置いてその場を逃げ去り、彼女たちの功績や名誉を則ったという事実を永遠に隠蔽できると言う事にもなる。そうなれば自分たちは死ぬまでこの優雅な暮らしを続ける事が出来るし、メンツも永遠に保たれる事になるだろう。

 さすがにその事実を言葉にはしなかったものの、2人の勇者はトカゲ頭と共闘する意味をしっかり理解していた。トーリスは最初よく分かっていなかったようだが、イライラが限度に達したキリカが無理やり分からせたので問題は無かった。


「……お前の願い、聞き入れよう」

『ほ、本当ですか!ありがたい……!これでレインさんたちも浮かばれるでしょう……』


「分かったな?トーリス」

「分かったよ……ま、足手まといになるなよ、魔物さん」



 あの老婆――自分たち以外にトカゲ頭の魔物が見せる偽りの姿――は自分たちが呼び寄せた有能な軍師、檻の中に閉じ込めておくのは持っての外だ。兵士たちにそう伝え、このトカゲ頭の身柄を自分たちの元へ受け渡してもらうべく、キリカは外部の兵士に魔術で連絡を行う事にした。確かに協力するとは申し出たが、トーリスの言うとおり奴は魔物、この牢獄を一旦離れるなどの油断は出来ないからである。

 そして、無事連絡が通り、檻を開く鍵を用意するという返事が戻ってきた後、その『軍師』の名前を聞きたい、と言う兵士の声が響き渡った。一応名前を聞いておいたほうが、今後の連絡もしやすいだろう。


「お前、名前はなんていうんだ?」

『名前……そうですね……「ゴンノー」とでも……』


 


 こうして、復活した魔王を迎え撃つ、新たな『勇者』のパーティーが出来上がった。

 『技の勇者』トーリス・キルメン、『魔術の勇者』キリカ・シューダリア、そして『魔物軍師』ゴンノー。




 だが、彼らは知らなかった。既にこの時点で、世界の運命は決まっていたという事を……。

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