女勇者、襲来
「Zzzz……」「ぐわぁ……」「ごぉぉ……」
夜の帳が下りた山奥に、いくつもの下品ないびきが響いていた。人々も滅多に通らない場所にそびえるやたら大きな豪邸の中で、屈強な男たちがぐっすりと眠り続けていたのである。彼らの体には、先程まで続いた宴の美食や酒がたっぷりと染みこんでいた。かつて『盗賊団』と呼ばれて恐れられ、世界のあちこちでやりたい放題をし尽くていた男たちは、今や誰もが羨みそうな贅沢三昧を尽くしていたのである。
ただ、それは見方を変えると、贅沢三昧を『尽くされ』、飼い慣らされていると言う状況でもあった。辛酸を舐めさせられ続けた勇者たちから和平を求められ、彼らの願いを聞いてもらう代わりに、男達はこの場所での栄光を手に入れたのだ。しかし、それはこの巨大な豪邸から出ることができない、と言う条件付きで。
ぐっすりと眠る彼らの体に宿っていたはずの筋肉は、今や贅肉へと変貌し始めていた。使う機会がない武器も少しづつ脆くなり、様々な外敵――ほとんどは勇者たちだったが――相手に養ってきた頭脳も失い続けていた。平和が訪れた世界で牙を抜かれた『盗賊団』の男達は、もはや一日中隙だらけの状態になっていた。
「……ん?」
この、酒を飲みすぎて意識を朦朧とさせていた男も、もし昔のように毎日あちこちを彷徨い、略奪を繰り返す生活を続けていれば――。
「……なんだぁ夢か……へ?」
――目の前に現れた『敵』に対して、少しは反撃できたかもしれない。
「「「「「うふふ♪」」」」」
彼らの『楽園』が崩壊するのは、もはや時間の問題だったのである――。
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「く、くそおおおっ!!」「うわあああああ!!」「来るな来るなああああ!!」
外敵が来たことを示す鐘が初めて鳴り響いてから僅か数分後、山奥の豪邸はあっという間に阿鼻叫喚の図に包まれた。
あっという間に酔いが覚めた男たちは様々な叫び声をあげ、この楽園を脅かす存在に必死に立ち向かっていた。しかし、それらの声は昔のような蛮勇や下劣な優越感に浸ったものではなく、悲鳴や恐怖に満ちたものであった。自らが辿る運命を否応にも認識しなければならなかったからもしれない。
誰も自分たちを襲う存在がいない、一生思い通りの生活が出来る。その喜びからた美味しい飯をたらふく食べ、思う存分酒を飲む日々を送っていた男達に、外敵に立ち向かえる余力が残っていなかった事もあるだろう。だが一番の要因は、その外敵の正体――彼らの生活に終止符を打つべく現れた『女性』であった。
「ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」ふふふ♪」……
暗闇の中で黙々と輝き続ける『屋敷』のランプが映し出したのは、その広大な敷地を埋め尽くすような勢いで現れ続ける、何十、いや何百もの女性たちであった。全員とも黒いポニーテールに健康的な色合いの肌、大きな胸に整った体、そして純白のビキニアーマー一枚と言う、一寸の違いも無く全く同じ姿形の。
その美しくも大胆な女性は、ここにいる屈強で下品な男たちにとってはまさに天国のような存在に見えるかもしれない。だが、実際は真逆の反応だった。彼らがその女性たちの姿をまじまじと見てしまったために、全員の体から酔いが消え、底知れぬ恐怖が代わりに彼らの体を覆い尽くしてしまったのである。
「な、何でお前が生きているん……だ……」
「しかも何でこんな……に……」
「うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」…
あの衣装、あの顔、そしてあの体を持つ者は、既にこの世から消えたはずの存在だと彼らは信じていた。あの時、霧の中で絶望の中を歩き回っていたはずの彼女――魔王征伐に向かった勇者の中で最後に残った存在『レイン・シュドー』は魔王と相撃ちになり、自らの身を犠牲として世界に平和をもたらした、そう彼らは解釈していたのだ。
そんな彼女が何故この場に現れたのか。そして何故何十、何百にも増殖しているのか。彼らの疑問に対して返ってきたのは、大量のレインの返事と、彼女が放った黒いオーラの『魔術』であった。
「残念、私は元気だよ♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」ねー♪」…
放たれたオーラが直撃した男は一瞬で生気を失い、その場に倒れこんだ。その様子に愕然とし、引きつった表情の男たちを嘲り笑うかのようにレイン・シュドーは次々にその数を増やし、豪邸を自らの体で覆い続けていた。
「このまま終わるかあああ!!」
そんな彼女たちめがけ、1人の男が刃物を突きつけた。このまま命を失うなら、いっそ目の前の存在に傷でもつけないと気がすまない、と考えたからかもしれない。しかし、手ごたえがあったと男が確信した直後、そこにいたはずのレインの体は突然霧のように消え失せ、彼はバランスを崩して倒れてしまった。そして、そのまま彼の体に猛烈な一打が加えられ、そのまま他の連中のように意識を失ってしまった。
「うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」……
ビキニ衣装に包まれた大きな胸を震わせ、艶やかな腰を揺らしながら、増え続けるレインはとうとう屋敷全てを覆い尽くしていた。その数は100人、200人、300人――いや、次々に増え続ける彼女を計測するのは愚かな事だろう。純白のビキニ衣装のレイン・シュドーが現れた場所に、また新たなレインが純白のビキニ衣装で現れ、そして再びそこに新しいレインが――の繰り返しが起きていたのである。
この場にいるレインの数は、気づけば1000人を超える規模になっていた。
「ゆ、許してくれ!!」「助けてーー!!」
もはやこの豪邸で繰り広げられていたのは『戦闘』では無く、一方的な侵略であった。必死に反抗しようにも、男たちの力は彼女の元に届く事無く、大胆な服装の女性たちによって次々にその意識を失わせられていたのである。
そして、ついに残されたのはたった1人の男だけになってしまった。
「ひ、ひええええ!お、お助けー!」
人々を傷つけ、財宝を奪い、傍若無人に暴れ回っていたと言う実績や実力はどこへやら、彼は目の前に迫りくる全く同じ姿形の女性たちに向けて涙ながらに謝罪の言葉を叫び続けていた。だが、目の前の女性――『レイン・シュドー』は、かつて自分たちと幾度と無く対立し続け、挙句の果てに仲間の命をも奪われた相手、もはやいくら謝ろうとも命が奪われる事になるのは目に見えていた。
だが、豪邸を覆い尽す女性たちから出たのは、彼にとってあまりに意外な言葉だった。
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「……ここから出て行きなさい」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
「……へぇ?」
信じられないといった表情で固まってしまった彼を見て、一斉にレインは怒鳴り付けた。はやくこの豪邸から出て行け、そして町へ向かえ、と。
「ひ、ひえええ!わ、分かった!出て行く!出て行きますって!!」
武器も持たず、自分の身を守るものは一切持たないまま、倒れ込んだ仲間たちを尻目に、『盗賊団』の最後の生き残りは、ビキニ姿の女性――完全に『豪邸』を征服しきったレイン・シュドーから全速力で逃げ出していった。
「じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」じゃあねー♪」……
「ひええええ!!!」
凄まじい数に膨れ上がった、爽やかで美しい笑顔を向けるレイン・シュドーの大群に見送られながら――。