女勇者、決起
「「「「何これ……」」」」
レイン・シュドーの第一声は、目の前に映っている真実を理解し切れていない事を示す、困惑の声だった。当然だろう、かつて自分たちと何度も戦い、忌み嫌っていたはずの敵が、かつての自分の仲間と深い関係を築き上げていたと言う事実をまざまざと見せ付けられたのだから。
魔王が無言で見つめる中、彼女たちは自分たちでその『現実』を整理し直した。
魔物の爪痕が残る村を襲撃し、次々に様々な物品を強奪してきた『盗賊団』の男たちが、山奥にある巨大な建物の中で悠々自適、そして自堕落な生活をしている。
美味しい食べ物を毎日食べ、たっぷりの酒を毎晩飲み、豪華な部屋や綺麗な風景の中で騒がしく日々を過ごしている。
彼らをそのような生活に導いたのは、レインたちを裏切り、彼女たちを見放した3人の『勇者』である。
彼らとの口約束によって、『盗賊団』の面々は外に出ることができないと言う条件の代わりに、なんでも思い通りに出来る生活を手に入れている――。
――レイン・シュドーの最後の仲間、大事な友人の命を無残に奪った連中が、楽しい日々を過ごしている。
彼女はようやく、魔王が映した『盗賊団』の今の様子を理解した。そして次の瞬間、一万人以上の彼女たちが一斉に吼えた。地下空間に、怒りの声が響いたのだ。
「何でよ!!」「どうして!?」「あいつら!!」「……絶対に!!」「「許さない!!」」
レインの心には、憎悪に満ちた炎が赤々と燃えていた。だが、その色は正義に満ちた紅蓮色とは大きく異なっていた。絶対に許さないと言う恨みの気持ちや、ライラと同じ目に遭わせるという殺気の気持ちが混ざった、どす黒い闇の炎が、彼女には宿っていたのだ。それはまさに、かつて忌み嫌い続けていた『魔物』の心であった。
そして、怒りが悲しみに変わり始め、大量のレインの目から悔し涙がにじみ始めたときであった。
「お前たちに、『第一』の宣戦布告の内容を伝える」
あまりに唐突な魔王の発言に、あっという間にレインの怒りの炎や悔し涙は引っ込んでしまった。全員とも、魔王の言葉に耳を傾け始めたのだ。
そして、地下空間に静けさが戻ったのを見計らって、魔王は改めて15000人のレイン・シュドー全員に伝えた。世界征服をするための最初の段階として、先程まで映した元『盗賊団』の男達を1人残して全て消し去る、と言う――。
「「「「「え……1人残して……?」」」」」
「そうだ」
決して聞き間違いではないのは、魔王の口からも明らかであった。大量の男達を全員消し去るのではなく、敢えて1人だけ逃がさせろ、と彼女たちに指令を出してきたのである。当然、レインたちは訳が分からず、魔王にその理由を説明するように問いただした。別に命令が嫌だと言う事ではなく、むしろ大いに従いたい内容だったのだが、一点だけが妙に心に引っかかり、完全に納得する事は出来なかったのだ。
普段は冷酷にそういう類の質問を跳ね除ける魔王だが、今回は違った。
「思い出してみろ。あの男たちと『勇者』の関係は、良好だったか?」
「「「…ううん、全然…」」」「「「互いに利用しあっているみたいな…」」」
そう、彼らは和解し仲良くしているのではなく、表面上は互いに良い言葉を投げかけつつ、心の中では憎悪し合っていると言う微妙な関係なのだ。
「そのような状態で全員消し去れば、むしろ『勇者』にとって有益だろう。違うか?」
何が起こったのか分からないが、『盗賊団』が全員消え去った。きっと良い事が起こったのだろう――例え怪しんだとしても、きっとその嬉しさの方が勝り、すぐに忘れてしまう。魔王はレインたちに、自分の考えや作戦の意図をしっかりと伝えた。だが、レインはそれでもまだ納得しかねていた。確かに魔王の考えは大いに理解できるし、実際にそうなると言うのは目に見えている。しかし、それでは自分たちの侵略がばれてしまうのではないか、人間たちに準備を整えさせてしまう事にはならないか、彼女は再び疑問を投げかけた。
次の瞬間、彼女たちは初めて魔王の心からの笑い声を聞いた。ただ、残念ながらそれは喜びや楽しみではなく、レインたちを小馬鹿にするような嘲りの笑いであった。苛立った彼女たちだが、その次に出た魔王の言葉を聞いてすぐに気持ちは鎮まった。あの疑問を口にしたの自分たちの方が愚かであった事、そして魔王がしっかりと作戦を練る思慮深い存在である事を、身に染みて感じたからである――。
「お前たちは、『勇者』を震え上がらせたくはないのか?
こちらの宣戦布告を、無視されて良いのか?」
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――そして、次の日の朝。
普段よりもさらに白いビキニ衣装を着込み、背中に剣を背負い、胸を大きく震わせながら、100人のレイン・シュドーが魔王の元に集まっていた。大量のレインを代表して、彼女たちが最初の宣戦布告を兼ねた『侵略』に向かう事になったのだ。
「あれ、魔王?」「いつもと違う場所に行くの?」
「丁度あそこの『水』が溜まってきたからな。全く、いつまで経っても溜まらない……」
愚痴を言いながらも、無表情の仮面に阻まれて表情が分からないままの魔王と共にレインが到着したのは、巨大な地下空間の一角にある、小さな『池』であった。勿論地上によくある汚い池ではなく、不気味なほどに明るい黄緑色の光を放つ水のような何かが溜まっている、異様な場所である。
好奇心からつい近づき、『水』に触れてしまった数人のレインは、突然凄まじい激痛に襲われた。すぐに引き離されて平謝りをする彼女に対して一切の文句も言わないまま、魔王はこの『泉』について話し始めた。
「え、じゃあこの『池』の中に入れば!?」「昨日にも明日にも自由に行けるの!?」
「その通りだ。私に勝つことが出来るほどの力を手に入れればの話だがな」
先程の激痛の原因もまさにそれであった。黒いオーラを使って自分を生み出したり、何も無い空間に食べ物や飲み物を作り出すほどの力を得たレインをもってしても、時間を自在に越えるこの『池』の力を利用する段階には遥かに遠いのである。だが、魔王の力ですら完全に黄緑色に輝く『水』――時間を越える道を作る物質を思い通りに操るのは難しいらしく、一度使用すると『池』の中身が再び満たされるまでに凄まじい時間を費やしてしまうようだ。
そのような貴重な『池』を、いきなり使っても大丈夫なのかと言う彼女に、魔王は前日見た光景を思い出すように指示を出した。かつてのレインの仲間であり、彼女を裏切った勇者の1人によって大量の食べ物や飲み物を与えられ、ぐうたらな宴を繰り広げる元『盗賊団』の男達を――。
「あの直後に『襲撃』すれば、確実に作戦は成功する。そうは思わないか?」
「……なるほど……」「そうか……!」
次第に100人のレインの顔を、自信に溢れた笑顔が包み始めた。先程の痛みを魔術で鎮めたレインたちも、純白のビキニ衣装に包まれた大きな胸を揺らしつつ、これからの自分たちの任務を楽しみにしていた。ある意味これほど成功を約束され、失敗が一切許されない作戦はないだろう。
「…作戦は覚えているか?
失敗すれば、『レイン・シュドー』の存在は全て消し去る事もな」
「心配しないで、魔王!」「大丈夫、私は絶対に成功させる」「夢を叶えるためだもん!」「頑張らないと!」「ね!」ね!」ね!」ね!」ね!」ね!」ね!」ね!」ね!」ね!」ね!」ね!」ね!」ね!」ね!」ね!」ね!」ね!」ね!」ね!」ね!」ね!」ね!」ね!」……
再び彼女は、魔王の笑い声を聞いた。昨日と同じように彼女たちを上から目線で笑うような格好であったが、嘲りの気持ちが一切含まれていない事を、レインは僅かながら気づいた。
もしかしたら、魔王が自分たちに絶大な期待を寄せている事を示す、『応援』の笑いかもしれない。100人のレインはそっと思った。
そして、魔王は静かに右手を上げ、『池』の水を噴きあがらせた。黄緑色に輝く水はまるで鏡のように楕円形になり、レイン・シュドーを過去へといざなう巨大な物体へと変わっていった。
魔王と無数の配下――魔物『レイン・シュドー』による侵略行動が、再び始まった……。