女勇者、決心
「――着いたぞ、2人とも」
偽善や俗悪が渦巻く汚れた地上から、レイン・シュドーは無事に帰還した。魔王から与えられた任務を遂行するために向かった時には『1人』だけであった彼女は、帰りには『2人』に増え、魔王の黒い腕にしがみついていた。どちらとも純白のビキニ衣装、全く見分けがつかない。一方がかつて地上の人間――レインとは似ても似つかぬ、絶望にやつれ果てた存在だったとは思えないだろう。
「「ねえ、魔王……」」
地下空間に続く長い道を進む中、2人のレインは魔王に同時に尋ねた。今回魔王が彼女に渡したあの『薬』の創り方を、ぜひ早めに伝授させて欲しい、と。
それを口に含んだ者は、一つに結った長く黒い髪と健康的な肌、そして胸の谷間や腰つき、そして整った体を大胆に見せつける純白のビキニ衣装に身を包んだ女剣士『レイン・シュドー』に変貌してしまう――レイン本人にとって、それはまさに自らの理想が現実になったような効果だったのである。自分が増え続けるのみならず、腐れ切った人間たちを自分に返ることすら可能になったのだから。
そして、魔王にとっても敵対する人間が自らの味方になるのは非常に好都合であった。
「良いだろう、お前たちに言われなくとも、そのうち成分を伝授するつもりだったがな」
「え、本当!?」「ありがとう、魔王!」
礼を言うのは早すぎる、と釘を刺されながらも、2人のレインには魔王がどこか嬉しそうに見えた。自分たちと同じく、この時を心待ちにしていたかのように。とは言え、仮面の下をに隠された魔王の真の心を見抜くには、まだまだ遠い事も同時に実感していた。
もっと鍛錬を重ねて、魔王に追いつき、地上を救済する――2人のレインは、決意を新たにした。
そして、大広間にたどり着いた3人の目に飛び込んで来たのは――。
「おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」おかえりー!」……
大広間の床はおろか、その上に広がる空間、果ては天井まで覆い尽くしながら帰還者たちに嬉しさを見せつける、レイン・シュドーの大群であった。お揃いの純白のビキニ衣装に包まれた胸を大きく震わせ、整った腰や太ももを見せつけ、彼女たちは『自分』に向けて喜びを存分に示し続けていた。
そんな中で、早速この大量のレインたちは、帰還したレインに疑問を投げかけた。行きは『1人』だけだったはずなのに、どうやって『2人』に増えたのか、魔王の任務とは具体的に何だったのか、と。それを説明しようとした2人の彼女を制止した魔王は、部屋全体に向けて呼び掛けた。今日は早めに『記憶の統一』作業を行う、と。
「そうした方が手間が省けるからな。口に出すのは面倒くさい」
「そうだよねー」「うんうん」「口に出さなくてもいいもんね」「私の頭の中に勝手に入るから」「ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」…
魔王が右手を部屋の中央に向けた瞬間、この大広間を埋め尽くす合計10000人のレイン・シュドーの群衆から、一切の違いが消え去った。外見は勿論、2人が外で体験した記憶――例の錠剤の真相、ライラの母の最期、そして自分自身に向けた決意、全てが刻み込まれたのである。
そして、同時にこの部屋の中で帰りを待ちわびていた9998人分の記憶も、全員が共有することとなった。
「あ、そうか!」「だから今回実った『私』の数が」「なるほど、999人だった訳か……」「中途半端だと思ったよ……」
毎日新しいレイン・シュドーが実り続ける『レイン・ツリー』。普段は1日につき1000個の実が熟し、そこから新たな彼女が誕生するのだが、今日は何故かいつもより1個足りず、レインたちはずっと疑問に思っていたのである。
ただ、その理由は意外にあっけないもので、魔王自身の手で『レイン・ツリー』に細工を加え、彼女の数をきり良くするためにあえて数を減らした、と言うものであった。
「中途半端は油断の元だからな」
「なんか意外…」「魔王って意外に几帳面なんだ」「真面目?」
「……ふん」
とは言え、地下と地上を合わせると、レイン・シュドーの数はとうとう10000人になった。20000個のたわわな胸を揺らしつつ、改めてこれほどまでに増えた自分自身の嬉しさを堪能する彼女だが、同時にあの時の決意も同じように秘めていた。自分はおろか、大事な存在までその運命を狂わせられ、そして知らんぷりを決め込む地上は、自分たちの手でしっかりと『浄化』させないといけない。ライラが望む、平和な世界を作り上げないといけない――。
真剣な顔になったレインたちの握る10000個の拳からは、魔王直伝の漆黒のオーラが溢れつづけていた。
「……言っておくが、まだ焦るな。本格的な侵攻のためには、順を追う必要があるからな」
「……そっか、了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」了解!」……
そして、そのまま10000人のレインは、自らの力で創造した大盛りの夕食を思いっきり食べ始めた。
焦っても何も生まれない。慎重に土台を崩していけば、きっと――。
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「……」
10000人に増えたレイン・シュドーが、何千もの寝室をぎっしりと埋め尽くしながら眠りに就いた頃、地下空間に広がる巨大な泉の前で、魔王は静かに佇んでいた。
青く輝く水面に静かに手をかざすと、3人の屈強な男たちが山道を進み続けている様子が映し出された。この泉は、魔王の持つ常識外れの魔力によって思い通りの光景を映し出すことが出来るのである。
そのまま魔王は無言で、3人の男の様子を見続けた。霧が立ち込める山を歩く彼らの言葉が、水面を通して響いてくる。
『あいつには散々酷い目に遭わされたからな……』
『ほんと、思い出しても腹が立つぜ……で・も?』
『今回は……なぁ!がはははは!』
歪んだ笑み、そこから発せられる下品な笑い声、そして男たちが持つ様々な凶器――この後3人が何をするのかは、既に魔王は把握していた。ここに映し出されているのは、過去の光景だからである。そう、魔王を倒す切り札であった浄化の勇者『ライラ・ハリーナ』が、醜い人間の欲望により、志半ばで――。
「……」
魔王が泉に手をかざすと、水面は水色に輝く状態に戻った。
仮面の中で、魔王が何を考えているかを知る手段は無い。だが、手をかざした際の動きは、まるで目の前の汚物を消し去ろうとするかのようでった。
あの3人の男は『魔王』の配下であった魔物が暴れた後を狙い、略奪を繰り返す盗賊団の一員であった。魔物相手に警備が薄くなった隙を突いては、人々に危害を加え続けたのである。当然かつての勇者たちもそれを許すことはなく、何度も戦いを繰り広げていた。だが、そんな彼らは今――。
――やがて、何かを決意したかのように魔王は頷き、その場を後にした。
残されたのは、先程まで汚れた光景を見せつけていたとは思えないほどに美しい青色で包まれた泉だけであった……。