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女勇者、転生

 仲間たちに裏切られ、魔王と共に暗躍を始めようとしているかつての勇者『レイン・シュドー』は、これまで様々な形で自分自身の数が増えていく、と言う非現実的だが非常に美しい光景を目にしてきた。


 ある時は、彼女を囚われの身としている『魔王』の凄まじい魔術によって。

 ある時は、レインが自ら身に付けた魔術によって。

 そしてまたある時は、『魔王』が用意した凄まじい大きさの樹木に実る事によって――。


 ありとあらゆる形で、純白のビキニに身を包んだ女剣士は、数千数万とその数を増やし、地下の広大な空間を自分自身で埋め尽くし続けていた。そして、毎日彼女は新しく自分が生まれ、レイン・シュドーの数が増大する事を、非常に嬉しく、楽しく思っていた。



 だが、そんなレインでも、今回ばかりは完全に驚きの表情を見せていた。


「ほ、本当に貴方、レイン……なの?」


 暗闇の中、静かに尋ねたレインだけではない。質問を投げかけられた方――ライラの母親が眠っていたはずのベッドの上に座っていた、もう1人のレイン・シュドーも。


「う、うん……私も、レインだけど……」


 彼女の言うとおり、どちらのレインも全く同じ姿形、そして同じ声を持つ存在であった。白いビキニ衣装にたわわな大きな胸、そして一つに結われた長い髪、どこからどう見ても、双方ともレイン・シュドーである事は間違いなかった。だが、こうやって『2人』になった、と言う事実が、彼女たちを驚かせていたのである。


 つい先程まで、この空間にはレイン・シュドーとは別の存在――かつて彼女にずっと寄り添い、最後まで味方をしてくれた浄化の勇者『ライラ・ハリーナ』の母が存在していた。大事な一人娘が命を落とし、平和が戻った歓喜に酔いしれ続ける世間とは正反対に、絶望の中で生きざるを得ない状況に陥っていた彼女の姿を、レインは直視する事ができなかったのである。だからこそ、あの不思議な薬を使い、ライラの母の苦しみを解こうとしていたのだ。

 ただ、その結果は――。


「まさか、ライラのお母さんが『レイン』になるなんて……」

「うん、信じられない……」


 ――薬を飲ませたレインは勿論、ライラの母親から変身したもう1人のレインでさえも、予想していなかったようである。

 先程も述べたが、2人のレインは姿形も、声も全く同じ存在である。それに加え、頭の中に刻まれた記憶までもが一切の区別が出来ない状態である事を、互いに話す中でレインは認識しあっていた。そう、最早ここにライラの母の面影は一切残されていなかったのである。



「……ねえ、これってもしかして……」

「……うん、私も同じ事を考えていた」


 そして、しばしの沈黙の後、2人のレインは魔王がどういう意図であの薬を自分たちに与えたのか、ようやく理解し始めていた。


 確かに、ライラの母親は長い絶望の淵から完全に救われたのかもしれない。現在この場に存在してい確証は一切無いが、彼女が変身する事で生まれた新たなレイン・シュドーの心には、一切の『苦しみ』も『悲しみ』も存在していない。そして、同時に双方のレインに生まれていた感情は、目の前にいる自分自身に対しての愛情や慈しみ、そして嬉しさであった。

 彼女の目指す『平和な世界』を作るためには、魔物よりも遥かに汚れた人間たちが蠢くこの地上世界を浄化する必要がある。自分たちを無き者にして手柄を独り占めにし、邪魔になったライラの命すら奪った『勇者』三人と、それらに一切の疑いを向けずに完全に信頼している人間たち。彼らを一掃しなければ、目標は達成できない。


「……そうか、じゃああの薬って……!」

「『私』を新たに創るものだったんだ……!」


 2人のレインの心は、喜びに満ちた晴れやかな物に変わり始めた。

 ライラも、ライラの母親も、誰かの命を奪うと言う事を躊躇し続けていた。凶暴な魔物相手でも『浄化』と言う方法で、仮初の命による暴走から救っていた。だが、この『薬』を使えば、人の命を奪う事無く、自らの理想郷を創り出す事が出来るのだ。レインを支え続けてきた盟友の誇りを傷つける事無く――。


「うん、そうだよね、レイン!!」

「絶対にそうだよ、レイン!!」



 やった、ばんざい、と互いに喜びの声を出したその時、空にかかっていた雲が晴れ、ずっと隠れていた月が顔を覗かせた。その光が映し出した光景を見て、2人のレインは静まり返った。

 そこにあったのは、かつての親愛なる友人が眠る、大きな墓であった。


「……行こうか」「うん」


 そして、2人のレインは、ライラの母がずっと住んでいた家を離れ、ライラの墓の前に立った。

 旅の途中で犠牲になった勇者を祭るのにふさわしいほど大きく豪勢な墓には、お供え物どころか、誰かが訪れたような形跡すら無かった。最初の式典以来、訪れるのは彼女の母親くらいしかいなかったのである。成功の裏で散っていった犠牲に対する世間の眼は、あまりにも冷たかった。



 巨大な石に押しつぶされるように眠りに就く友人の前で、2人のレインは静かに誓った。ライラ、そしてライラの母が待ち望んでいた平和な世界を、自分たちの手で創り上げて見せる、と。それが、夢半ばに散ったかつての友に対する、彼女が出来るただ1つの(はなむけ)かもしれない、そう彼女たちは考えていた。



「……行こう、レイン」


「そうだね、レイン」



 そして、永遠の静寂に包まれ始めたライラの母の窓の外に、『魔物』を思わせる漆黒のオーラに包まれた二人のビキニ姿の女性が、静かに姿を消す様子が見えた。


 彼女たちがこの場に戻ってくる時は、ずっと未来になるだろう。

 世界が完全に『平和』で満たされるその日まで……。

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