表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
220/248

レイン対魔王(2)

 オーラを濃縮した『見えない壁』を延々と作り続け、心を折らせるという『臆病者』が取る手法は、より強くなった自分には通用しない――根拠も何もなく自信だけに裏打ちされた挑発をしたことに対して、レインは全く後悔の念を抱かなかった。もしここで自分の心をはっきりと口に出さず、ただ内部だけに留めたままただひたすら魔王の掌の中で暴れ続けていれば、戦いどころか魔王に近づくことすらできないまま敗北するという無様な結果が待っていたかもしれない、と考えたからである。何より、そのような鬱陶しい魔術を使わず1対1の戦いを行う事を、魔王のほうから直々に告げてもらった事が、レインにとってとても嬉しかったのも大きかったかもしれない。


 だが、その余韻に浸ることができる時間はほんの僅かであった。


「はあっ……ぐっ……んっ……!!」

「……」


 当然だろう、レインが放つ全ての攻撃は、魔王の右腕1つによって悉く払いのけられていたのだから。

 

 禍々しい漆黒の存在との接近戦に際し、彼女は引き続き自身の体から放つオーラで切れ味をどこまでも高めた剣を武器に魔王に挑むことにした。ずっと昔、この場所で魔王と雌雄を決そうとし無様な敗北を喫した時のリベンジという意識も勿論あった。だが、今回もまた魔王は漆黒の右腕をさらにどす黒くさせるオーラを大量に纏い、レインの斬撃をものともせず、その場にずっと居続けているのだ。

 勿論、攻撃が通用しないというだけで慌てふためいたり諦めたりするレインではなかった。剣が通じなければこれを使うに限る、と言わんばかりに、魔王が自身の一打を弾き返した直後わざとその衝撃に乗って大きく後退し、そこから多数の眩く輝くオーラを放ったのである。かつての戦いの際、これを使いこなせさえすれば自分を倒すことができる、と豪語した『光のオーラ』だ。しかし、その言葉自体が魔王のついた大嘘であると言う事が、その場でまたも証明された。右腕に纏わりついた漆黒のオーラの中に、レインの攻撃と同じ輝きを持つ光のオーラが現れ、飛んできた光の球を反射するどころか吸収してしまったのだ。


「……!」


 そして、この決戦の中で魔王は初めてレイン・シュドーに対して『攻撃』と言う行動を取った。ただし正確には魔王自身の力をそのまま使ったものではなく、一旦腕の中にとどめたあの光のオーラの球を再現してレインにそっくりそのまま送り返すという、鏡の反射のような行為だったのだが。

 当然レインもそれに怯むことなく、自分の体に大穴が開いてしまう前にその場から瞬間移動を行い、魔王との間合いを瞬時に狭めたうえで一気に剣を振りかざそうとした。だが、例え死角と思われるような場所に現れても魔王は即座にその攻撃に反応し、レインが狙っていた場所だけ的確にオーラを広げて逆に彼女を弾き飛ばしてしまった。

 


「……ふう……」


 大きな胸を揺らしつつ、レインは大きく息を吐きながらじっと魔王を睨みつけた。彼女の心にはどこまでも熱い闘志が燃え続けていた。


「……どうした?休みたいのか?」

「……まだまだっ!!」


 嘲りの言葉にも動じないその心に応えるかのように、今度は正真正銘、魔王は自らの力を用いた攻撃を繰り出した。まるで無数の針を絶え間なく飛ばすかの如く、濃淡が乱雑に混ざり合ったオーラを純白のビキニ衣装の美女めがけて放ったのである。今度はレインの方が自身の体にオーラを纏い、相手からの猛打を防ぐ番となった。当然ながら魔王の魔術の方が威力は上であり、彼女は露出した体全体に頑丈な棒が突き刺さったり芯から引き裂かれたりするような感覚を覚え続ける事態になってしまった。

 

 すでにこの世界から消え去った『人間』と言う愚かな存在たちなら、ここで猛烈な痛みに耐えきれず戦いから逃げ出し、魔王に命乞いでも何でもしていたかもしれない。だが、レインは苦痛こそ覚え続けながらも決して諦めたりはしなかった。痛みを感じた部位をその都度消去しつつ新たに再生し続けるという、人間には決して真似できなかった方法で耐え凌ぎ続けていたのもあったが、それ以上に彼女にはこれくらいの痛みで魔王との戦いを放棄したくない、と言う思いが強かったのだ。ここで勝たなければ、自分の未来はすべて失われてしまうかもしれない――その強い意志の元、彼女は無数のオーラの勢いに飲み込まれかけながら何とか体勢を立て直し、一転攻勢に打って出た。



「はああっ!!!」


 濁流を斬るかの如く剣を一直線に魔王の方向に向け、駆け始めたレインであったが、その攻略法はすぐに放棄せざるを得なかった。一瞬その流れが止まったと思った直後、彼女の体目掛けてあの攻撃が飛び込んできたからである。


「……!!」


  その結果魔王の傍に瞬間移動することには成功したものの、準備不足のまま魔王の近くにやってきたに等しい状況だったこともあり、2発の足蹴りはまたも弾き飛ばされ、何の打撃も与えられないままレインは先程の位置に戻る羽目になってしまった。

 正面から受け止めず、その場から逃げるという消極的な対応をしてしまった事に、彼女は歯がゆい思いを抱いた。猪突猛進のまま魔王に挑みたい、と言う威勢の良い心が彼女を奮い立たせようとしていたのだが、今の状況では出来るだけそうするしかない、と言う考えも同時に存在していた。魔王が放ったあの攻撃に巻き込まれれば、レインはその肉体どころか意識までもが全て『無』に還され、この世界から消滅してしまうのである。


 しかし、その『恐れ』のような心は――。



「……『逃げてばかりじゃ、決戦にならないわよ、レイン』」

「……!!」



 ――1対1の決戦を促した時の自分の声を模しながら挑発する魔王に、完全に読まれていた。

 そして、更に闘志を燃やしながら自分の方にもう一度駆け出し、そして漆黒のオーラで生み出した巨大な矢の攻撃を再度瞬間移動でかわし、間合いを縮めたレインの腹を――。



「があああっ……!!」



 ――魔王は、オーラを込めた拳で殴りつけた。

 何度打撃を受けてもその部位を元の状態に再生させるレインにとって、その強烈な痛みはほんの僅かな時間のものに過ぎなかったが、それでも魔王の眼下で体制を崩させるには十分の力であった。再び拳を振りかざす魔王の攻撃をレインは自身の剣を使って受け止め続けたのだが、先程のオーラの攻撃を受け続けた状態とは異なり、文字通りの猛打の中でレインは反撃の体制をとれない状態に陥ってしまった。顔、胸、腹、腕――純白のビキニ衣装から露出した部分を狙うかのような魔王の拳を防ぎ続けている中で、彼女はその剣を魔王の体に当てる隙を見つけられなかったのである。当然ながら、拳を切り裂こうとしても逆に自分の方が撥ね返されるのは目に見えていた。



「うぅ……ぐううっ……!!」

「どうした、先程までの威勢はどこへ行った?」

「まだ……残ってるわよ……!!」



 そんな彼女の動きを封じるかの如く、魔王は大きく広げた左腕を剣に当てながらレインに迫った。所詮この程度の力では傷一つ付けられるわけがないと言う現実を思い知ったか、早く敗北を認めた方が身のためだ――無表情の仮面から聞こえるのは、底知れぬ恐ろしさに加えて、生理的な部分を刺激するような気持ち悪さを秘めた、嘗め回すかのような声だった。だが、鳥肌が全身に立つのを感じながらもレインは懸命にその甘い誘いを耐えようとした。ここで楽になると言う事が何を意味するのかなど、既に何度も思い知らされているからだ。

 そして、必死に侵攻を抑え続ける純白のビキニ衣装をじっと見つめた魔王は、まるで地面を氷漬けにするかのような大きな息を吐き、はっきりと告げた。ならば、ここで楽に『してやる』、と。その直後に放たれたあの全てのものを消し去るオーラの渦を、レインは急いで避け切ることに成功した。


 そう、その一発『だけ』は逃れる事が出来たのだ。


「……!!!」



 もう一発、レインが移動した方向目掛けて既に放たれていたもう1発の『渦』を避け切る隙は、彼女に与えられていなかった。


 あれだけ恐れ続けていたその攻撃を体に受けた時、レインは不思議と痛みを感じることはなかった。むしろ、体の中に溜まり切った様々な汚物が除去され、そこに爽やかな風が通り抜けるような、そんな感触すら覚えた。だが、そのように考える事ができる時間はほんの僅かであった。全身の感覚がなくなり、物事を考える心も失われ、やがて自分がその場にいるという『概念』すら荒れ狂う渦の中に溶け込んでいった。


 そして、オーラの色が薄まり、周りに広がる虚空の中に消え去っていくのと共に――。



「……ふん……」




 ――純白のビキニ衣装のみに身を包んでいた『レイン・シュドー』と言う存在は、この世界から完全に無くなった……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ