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レイン対魔王(0)

 『魔物』と呼ばれる恐ろしい存在がこの世界に現れたのは、ずっと前の事だった。


 土塊、石、水、枯れ木と言った命を持たない物体に仮初の魂が宿った時、それらは狂暴な魔物に変貌し、世界に牙をむいた。街を襲い、畑を荒らし、そして人々を混乱と絶望に陥れ続けた。

 やがて、大量に現れ続ける魔物たちの裏に『魔王』と言う存在がいる事が明らかになり始めた。どんな魔術師でも敵わないほどの凄まじい魔術を駆使し、魔王は次々に仮初の魂を作り出し、命を持たない物体に授けては配下である魔物を増やし続けた。時は町を闇で覆い、農作物を全滅させ、そして魔物に抵抗する人間の軍勢を一瞬にして消し去ってしまった。


 もはや誰も『魔王』と手下の魔物たちの勢いを止める事は出来ない――誰もが絶望に打ちひしがれたとき、勇敢にも立ち上がった者たちが現れた。


 たった5人と言うちっぽけな軍勢だったが、次々に魔王の配下の魔物たちを蹴散らす彼らの活躍は、次第に各地で評判と共感を呼び、そして多くの人々に勇気の心を芽吹かせた。彼らに協力する者もいれば、彼らに憧れて魔物へ戦いに挑む者も現れ始めた。

 やがてこの5人は『勇者』と人々から呼ばれるようになり、この世界を救う事が出来るただ一つ存在として、人々から尊敬の念を向けられるようになった。



 そして、長い長い月日が流れた。




「……遅かったな、レイン・シュドー」

「……ごめん、魔王」


 命の気配を一切感じない、世界の果てに無限に広がる荒れ果てた大地で、すべての悪の元凶とされた存在――魔王は、あの日と同じように佇んでいた。空から静かに舞い降り、色々とやらなければいけない用事が立て込んでしまった、と苦笑交じりに謝罪した相手に対しても、普段と変わらぬ無表情の仮面を覗かせ続けていた。


 だが、そんな魔王に対するレインの心は、あの日――この世界の果ての荒野で初めて魔王と対峙し、手も足も出ないまま敗れた日とは全く異なっていた。あの時の彼女は、仲間であったはずの『勇者』3人と仲間割れを起こした挙句、最後までついてきてくれた『仲間』の行方すら掴めないという絶望的な事態の中、それでも自身の心の中で何とか燃やし続けてきた正義の心を糧に魔王に挑むという、どうあがいても勝利など掴めない状態だった。そしてレインは魔王のみならず、自分の孤独、無力さにも負けてしまったのである。


 それから時が経ち、再びこの場所にやってきたレイン・シュドーは、敗北の日と同じようにたった1人だけだった。


「……貴様だけか?」

「うん……『私』だけ」


 世界を覆いつくし、日々無限に増え続ける純白のビキニ衣装の美女へと変わり果てたはずなのに、何故それを捨ててこの場所に赴いたのか。魔王は冷たい声を突き刺すかのようにレインに問いただした。しかし、過去の自分とは異なる確固たる信念を持つ彼女は、そんな魔王に怯むことなくはっきりとその理由を告げた。確かに無数の自分で一斉に挑むというのも手段の1つかもしれないし、レイン・シュドー本人としてもそちらの戦法のほうが楽しいし面白いかもしれない。だが、目の前にいる漆黒の存在に対してその戦法がどれほど通用するか、彼女は嫌というほど思い知らせた過去があるのだ。



「……例え無数でかかろうが、貴方には勝てない。私ははっきりと覚えてる……」

「ならば『1人』のほうがまし、そう言いたいのだな?」



 短絡的で愚かな考えだ、と釘を刺すような言葉に加え、魔王は更にレインを揺れ動かすような言葉をかけた。

 これから始まる戦い――自分たち2人以外、全ての命が一旦消え去った世界を舞台にした決戦は、これまでのような『ぬるい』戦いや実力を高めるための鍛錬とは全く異なる、自分たちは勿論世界そのものの命運をかけた戦いだ。そして、レイン・シュドーは『魔王』に勝てないということを今まで何度も思い知らされている。にも拘らず、一度でも敗れればその時点で完全に未来が閉ざされるような方法で挑む事にしたのは、何の理由があるのだろうか、と。



「『予備がいるから、私はいくらでも貴方に立ち向かえる』」

「……!」


 レイン自身の声色を真似しながら、魔王は彼女がとったであろう別の可能性を示した。

 だが、それに対してレイン本人が行った行動は、普段からずっと魔王が示していた質問に対する回答――相手を蔑むかのように鼻で笑う、と言うものだった。



「……何のつもりだ?」



 不満げな声色を覗かせた事をはっきりと掴んだレインは、敢えてたった1人で挑む決意を固めたもう1つの理由を語った。

 そうやって何度も何度も挑めば、確かにいつかは魔王に勝てるかもしれない。だけど、今回ばかりはそのような行動をとってしまうと真剣勝負が全く面白くなくなってしまう。それに敢えて自分自身に不利な条件を付けることで、より魔王を倒す、という思いは強くなる、と。



「……大した考えだ。だが、所詮は『思い』だけだろう?」

「……ううん。悪いけど、今回だけは違う」

「何?」


 そして、レインははっきりと魔王に告げた。

 今の自分は、魔王よりも『強い』、と。


 勿論、その言葉の真偽についてはレイン本人も自信を持てない状態だった。すぐに自虐めいた笑みを零したのも、そんなハッタリめいた言葉をつい投げつけてしまった自分自身を笑い飛ばす意図があったのかもしれない。だが、魔王はそれに対して怒ったり呆れたりするどころか、良い心掛けだ、とはっきりと誉め言葉を返した。当然ながらその中に、自分の強さに自信を持つ者を容赦なく痛めつけて絶望的な敗北に追い込みたい、という魔王の意思が込められている事をレインは承知済みだったのは言うまでもないかもしれない。



 まるで互いに挑戦状を叩きつけるかのようなやり取りを終えたのち、純白のビキニ衣装の美女は表情を変え、そっと魔王を見つめた。突然気持ち悪い目線を送るな、と魔王が苦言を示した通り、彼女はどこか哀愁を込めた思いをその瞳に込めていたのである。



「……ごめん、なんか、これで何もかも決まっちゃうんだなって……」



 あの日――勇者レイン・シュドーの心を繋ぎとめていたすべての思いが崩れ、絶望の中に沈み込んだ時から、彼女の傍にはいつも『魔王』という存在がいた。健康的な肌色をどこまでも露にする自分自身とは真逆の、漆黒の衣装と銀色の仮面で全身を覆う、底知れぬ強さと不気味さ、そして畏怖を露にするかのような、恐ろしい人物だった――いや、『人』なのか、それとも魔物なのかすら、レインは全く正体が分からなかった。それでも彼女は、圧倒的な力で敵対するものを捻じ伏せる一方、まるで自分を思い通りの手駒に仕立て上げるかの如く様々な魔術を教え続ける魔王に従い続けた。逆らうとどのような事になるか分からないという恐怖もあったが、それと同時に彼女は魔王に『憧れ』や『尊敬』の念も抱いていたのである。これまで何度も否定し続けてきた感情であったが、今のレインにはそれをはっきりと認める勇気があった。



「……正直、寂しい。これで、何もかも変わるって考えると……」



 例え勝ったとしても負けたとしても、今までのような関係はもう維持できない。それを考えると、どこか切なくもなる――つい本音を漏らしてしまったレインに対し、魔王は蔑むような笑いと共に告げた。こちらとしては、これ以上貴様に余計な真似をされずに済むのは喜ばしい、と。



「それに、貴様は最早、『手駒』ではない。『敵』だ」



 あのような奇妙な関係は既にこの場には存在しない――どこまでも貶し続ける魔王の言葉を聞いたレインの顔は、逆に安心したような、そして吹っ切れたかのような笑顔に変わった。魔王にはっきりと自分の考えを否定してもらった事で、逆に彼女の心に残っていた蟠りが一気に消え去ったからである。これで、心おきなく魔王と戦うことができる、と。



 やがて、レインは大きく息を吐き、背中に武器となる剣を創造した。これからの時間、彼女がずっとお世話になるであろう体の一部だ。そんな彼女の動きを見計らったかのように漆黒の存在もまたそっと動き出し、レインと距離を取り始めた。もう、両者の間で事前に語り合うべき内容は無かった。




 そして、どこまでも続く灰色の空が見下ろす荒野の下で――。

 



「……魔王……覚悟しなさい!!」




 ――世界の命運をかけた、最後の戦いが始まった……。

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