レイン、始動 (※挿絵注意)
無数の光に包まれた夜が終わり、町は新たな朝を迎えた。
町を覆っていた霧や、夕暮れ時に迫っていたどす黒い雲はすっかり消え、青空の中で再び太陽はさんさんと照り、町に心地よい暖かさを届け続けていた。やがてその光は、町の中で眠りに就く者たちを、心地よい夢から目覚めさせ始めた。
「ん、んっ……」
町を守る任務が終わり、早めに床に就いた3人の兵士が眠っていた兵舎の中にも、太陽の光が差し込み始めた。それに応えるかのように、3つのベッドから毛布を跳ね除けながら、3つの人影が起き上がった。だが、そこにいた彼らは、昨日までの彼らとは全く異なる姿をしていた。
「ふわぁ……」
男性にはついていないはずの大きく柔らかな胸を震わせ、1人があくびと共に大きく背伸びをした。心地よい太陽の光をたっぷりと浴びるその肌は、健康的な褐色に包まれていた。やがて残る2人もその動きに合わせるかのように背伸びをし、こちらも大きく柔らかな胸をぷるんと震わせた。
そして、彼ら、いや『彼女』たち3人は、自分以外の存在を見つめ、やがて笑顔で挨拶を交わした。
「おはよう、レイン」
「おはよう、レイン」
「おはよう、レイン」
彼女たちの顔をもし例の3人の兵士が見たとしたら、間違いなく驚いたであろう。昨日、近くの村からこの町を訪れようとしていた1人の女性と同じ瞳、同じ鼻、同じ口、そしてあらゆるところが同じ顔つきをしていたのだから。
だが、今この場にいる女性の数は1人ではなかった。3人とも全く同じ名前――『レイン』と名乗る女性たちは、全く同じ口から全く同じ声を発し、全く同じ響きで部屋の中を包みこんだ――。
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町の夜を包み込んだ霧の中、3人の男性の兵士の体は眩い光の中で全く別の姿に変化を遂げた。いや、遂げさせられたと言った方が正しいだろう。
昨晩まで屈強な男たちだった3人の女性はそれぞれのベッドに座り込み、口元に笑みを見せながら、それぞれの顔を見つめ続けていた。そのにこやかな表情には一寸の違いもなかった。双子や三つ子でもあり得ないほど、口から覗かせる歯の一本に至るまで全く見分けがつかないのだ。
しかし、彼女たちが同じなのは顔つきや表情だけではなかった。長く黒い髪を1つに束ね、ポニーテール状に整えられている髪型、健康的に色づいている褐色の肌、大きく膨らんだ胸、そして体を申し訳程度に包み込む、『ビキニアーマー』とも呼ばれる純白のビキニ衣装――それらの全てが、衣装についた僅かな皺1本、ほんの少しの癖毛1本も含めて、3人全員が全く同一の特徴を有していたのだ。
そして、青い瞳を持つ美しい顔に秘められた感情や記憶もまた、一寸の狂いも無く同一だった。
「うふふ、レイン♪」「うふふ、レイン♪」「うふふ、レイン♪」
『レイン』と言う自分の名前を呼ぶ度に、彼女たちは笑顔を見せ続けた。目の前にいる別の自分自身に対する嬉しさもまた、3人の彼女の持つ共通の記憶や感情なのである。
昨日まで個性豊かだった3人の兵士たちは、今や何もかも全て同一の3人の女性に取って代わられていた。
やがて、3人の『彼女』――『レイン』は、無言で一斉に頷いた後、扉を開けて外へと歩き出した。大胆な純白のビキニ衣装で覆われた全身に、レインたちは一切の羞恥心は無いようだった。
それは、扉の外で彼女たちを待っていた者もまた同様であった。
「おはよう!」「おはよう!」
「おはよう!」「おはよう!」
「おはよう!」「おはよう!」……
大胆な衣装の3人の女性が廊下を進むたびに、横にある別の寝室のドアが次々と開き、中から出てきた人々が朝の挨拶をかけ始めた。だが、その声はどこまで進んでも、どのドアが開いても全く同じ響きのままであった。昨日までそれらの部屋を寝床にしていた町を守る兵士たちの声ではなく、色っぽさと勇猛さを併せ持つ、女性特有のものだ。
そして、その姿形もまた、完全に『女性』のものへと変わっていた。ポニーテールの黒く長い髪、健康的な褐色の肌、たわわに膨らむ胸、そして全身を僅かに包み込む純白のビキニ衣装、全員とも、頭の先から足先まで、何もかも全く区別することが出来ないほど同じ。それどころか、彼女たちの名前さえも――
「うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」
――全員、『レイン』と言う名と同一の姿で統一されていた。
あの夜に町を襲った異変は、3人の兵士たちだけを襲っただけではなかった。黒い雲と一緒に押し寄せ、夜の帳にまぎれて町をすっぽりと包んだ黒い霧は、この町を守る任務に就いていた兵士全員を呑み込んだ。寝室で眠っている者は勿論、夜の守備に就くものも容赦なく強烈な眠気に晒され、誰もそれを我慢することが出来なかったのである。
そして全員の意識が眠りの中に消え、死んでいるも同然の状態になった時、兵士たちの体は眩い光に包まれた。目も開けられないほどの閃光の中で、彼らは次々に変化を起こした。兵士たちの体だけではなく、身に着けていた服や防具までもが、まるで粘土のように形が歪み始め、別の姿へと作り直されていった。屈強な体も細い体も、老若男女関係なく、光に包まれた兵士は全員とも全く同じ姿へと変化を遂げたのである。
その結果が、大胆な姿で自らの肌を晒す、褐色肌の美女の大群であった。
そして、この美しくも恐ろしい変化が起きたのは、兵士だけに留まらなかった。
「うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」……
何十もの笑顔に満ち溢れた美女『レイン』の行列は、足並み揃えて『壁』の一番高い場所へと向かっていた。周りを見れば、歩く度に大きく揺れる豊かな胸や足の動きにそろえるかのようにくねり続ける綺麗な腰つきが前後左右に数限りなく並ぶという状況だ。しかも、新たな扉を通り過ぎるたびにその中から新しい『レイン』が何人も現れ続け、次々に列に合流していく。
自分と全く同じ、綺麗かつ大胆な女性がたくさんいることを実感した『レイン』の顔は自然に微笑み、それを見た別の『レイン』もまた自分の笑顔の可愛さや美しさに見とれ、次々と笑顔が広がっていった。
やがて彼女たちの足の速さは次第に上がり始めた。早く一番見晴らしが良い場所に行って、この町の様子を眺めてみたい。大量のビキニ衣装の女性たちの心も、その足音にも、やはり一寸も違いは無かった。
そして、町を囲むようにそびえ立つ『壁』の頂上に集まった何百人ものレインは、町に広がる様子に満面の笑みを見せた。
壁の内側に広がっていたのは、昨日の町と同じ建物や同じ木々――
「あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」……
――昨日の町とは全く異なる、数百、いや数千もの純白のビキニ衣装の女性たち、『レイン』であった。
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昨日と同じように晴れ渡る空の下にあるこの町だが、その中身は昨日とは完全に異なるものになっていた。
「うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」
立ち並ぶ家々の窓からは、お揃いの純白のビキニ衣装を着こなした女性たちが笑顔で顔を覗き、互いに自分の名を呼び合っていた。幾多もの同じ顔からは全く同じ声がいくつも響き渡り、巨大な音の雲が辺り一面を覆い尽くすかのようだった。そして家々の中だけではなく、それらを囲むあらゆる道や庭先、果ては立ち並ぶ家の屋根までもが同じ女性たちで覆い尽くされていた。
「あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」あはは♪」……
上空を見上げれば、屋根に座っていたビキニ衣装の女性が文字通り次々に飛び立ち、大空を自在に舞っていた。あっという間に青空の半分は女性の体を彩る褐色や頭を彩る黒、そして身体を申し訳程度に覆う白で覆い隠されてしまっていた。それはまるで、イナゴの大群のようであった。
何百、何千、いや何万だろうか。この町に住んでいた老若男女、あらゆる住民は、たった一夜の間にその姿も記憶も消され、新たに同一の女性たち――『レイン』へと生まれ変わってしまった。
どこを見ても寸分違わぬ自分自身でいっぱいと言う状況を喜ぶ感情、自由自在に空を飛びまわるという魔術、そして大胆な衣装。確かにその姿は人間そのものだったが、内面はもはや『人間』とは異なる存在になっていた。そう、世界中の人々が恐れる『魔物』と同一の存在に。
彼女が魔物であると言う証拠はいくつかある。
町の中から見れば、上空は雲ひとつも無い綺麗な青空で、そこを大量の『レイン』が飛び回るという状況であった。だが、町の外からは、昨日まで商業都市として栄えていたこの場所は、巨大な半球状の黒い何かに覆われていた。まるで闇に呑み込まれたかのようなこの場所には、普通の人間は一切立ち入ることが不可能になったどころか、内部で何が起きているのかすら分からなくなっていた。
それこそまさに、魔王の部下である魔物たちに襲われ、一切の抵抗も出来ずに侵略されてしまった場所と同じ状況である。
そしてもう一つの証拠は――
「……どうだ、今の状況は」
「「「「「「「「「「「あ、魔王!」」」」」」」」」……
突如として町の中に現れた、全身を黒の衣装で包み、顔を銀色の仮面で隠した人物を、『レイン』たちが慣れた様に魔王と呼んだ事である。
この町も手中に収めることができた、と大きな胸を揺らしながら喜ぶ大量の部下とは対照的に、魔王は一切の表情も見せず、冷静さを保った声で、この場所を好きにして良い、と告げた。勿論『レイン』たちもそのつもりだったようで、魔王に嬉しそうに様々なことを語り始めた。
この町の近くにある村も軽々と自分自身の掌に収めることが出来た事、ふらりと立ち寄った自分自身の行動で哀れな兵士たちが振り回された事、そして愚かなる町の住民たちは、今やすべてビキニ衣装の女性――レインに統一された事を。
世界の全てを手に入れようと暗躍する魔王の下、次々に増殖を続けるビキニ衣装の女性『レイン』。しかし、魔物と同一の存在に成り果てようとしていた彼女は、元から魔王によって生み出された存在では無かった。以前の彼女は、たった1人のごく普通の人間に過ぎなかったのだ。
それどころか、彼女は魔王と敵対し、次々に魔物を蹴散らす存在でもあった。そう、レイン、本名『レイン・シュドー』こそ、かつて魔王の討伐のために立ち上がった勇者のリーダーだったのである。
だが、今の彼女は、魔王の策略に協力しつつ、自分と全く同じ姿形の人物を増やし続けたい、と言う限りない欲望を叶え続ける、人間の姿をした人間とは別の存在に成り果てようとしていた。
「……?」
無表情の仮面を被った魔王に纏わりつく大量のレインの輪から外れた1人のレインが、昨日まで集会場だった建物の壁にある絵を見つけた。そこには、人々を脅かした魔物を蹴散らし、魔王の討伐に成功した勇者たちの姿が描かれていた。だが、そこに彼女――レイン・シュドー――の姿は無かった。
「……ふん」
彼女はすぐにその絵を自らの魔術で消し去った。手から放たれたどす黒いオーラを浴びせられた絵は、あっという間に焦げ跡に姿を変えてしまった。忌まわしい存在へ、今回も復讐を遂げたことを告げるかのように。
勇者であったはずのレイン・シュドーは、何故魔王の味方になってしまったのだろうか。
彼女の過去に、一体何があったのだろうか。
そして、何故レインは、数限りなく増え続けているのだろうか。
――物語は、レイン・シュドーが人類を救う『勇者』であった最後の日から始まる……。