レイン、現状
「それでは今回の配給分は以上となります」
「ははぁ、ありがとうございますだ……」
「お陰様で無事生活が成り立っております……」
その日も、とある村で各地に配給物資を届ける男性役人――に変装したレイン・シュドーは、そこに住む人々に感謝の言葉を受けていた。
『魔物』による侵攻をまだ受けていない他の場所同様、この村もあの決戦の日までダミーレインに頼りきり、自分たちで農作物を造る事すら億劫になっていた人々で満ち溢れていた。いつまで経ってもダミーたちが戻ってこない状況下でも、一度知ってしまった堕落と言う名の快楽から抜け出せた人々はおらず、レインが分け与える様々な物資を頼って生き続けるしかない状態になってしまったのである。勿論、レイン側もそれをしっかり認識しており、敢えて必要よりも僅かながら多めの飲食物や書籍、衣類、数々の日用品を漆黒のオーラから創造し、まるで人間が家畜にあげる餌のように分け与えていた。少しだけ必要量を超える事で贅沢の味をそのまま維持させつつ、もしこの配給物資が消えた時、魔物が襲って来た時に自分たちはどうなってしまうのだろうか、と言う不安も継続させるためである。
そんな人々の不安が形となった出来事を、レインは役人の姿を借りて村人たちから聞く事となった。
「……え、トーリス……ですか?」
「そうです。あの勇者トーリス様の名を語る男が……」
「……あぁ、あの……!」
その身を純白のビキニ衣装の美女の面影が残らないものに変え、心も何重にも覆い隠していた彼女であったが、その時の声は素の心を露わにするものだった。今の今まで、このレインは人々に慕われていたらしい勇者、トーリス・キルメンの存在をすっかり忘れていたのだ。いや、むしろ敢えて忘れ続けていたのかもしれない。魔王を倒し、世界に平和をもたらすと言う高い志を持っていたレインを裏切り、見捨て、絶望の淵に陥れた挙句、彼女が得るはずだった地位も名誉も報酬も、全てを奪い取った憎き男の名前だったからである。そして、彼はダミーレインと言う資産をも利用し、人々から絶対的な支持を集めるまでに至ったのだ。
しかし、この村の人々が語ったのは、そんな男とは思えない惨めな姿だった。みすぼらしい服にしわくちゃになった金髪、虚ろな瞳にだらしなく開く口――とてもその姿がトーリス・キルメンに思えなかった事も大きかったかもしれないが、悪い事に彼はその尊大な心を未だに持ち合わせていた。その結果、村に押しかけた彼は配給品を自分に渡すよう人々に『命令』し、さらに宿屋まで無料で貸し切るよう頼み込んだのである。
「そんな事があったのですか……確か、昨日の出来事ですよね?」
「ええ、トーリス様の名を使うなど失礼極まりないですだ」
「当然追い出しましたよ。あんな威張り散らす奴に与える物資などないですし」
それでもなお、自分はトーリスだ、お前たちも一度会った事があるだろう、と喚くその男に対して人々はとうとう我慢の限界に達し、近くにあった石を投げたり様々な道具を取り出してその体を滅多打ちにしようと襲いかかったのだ。そして男は近くにあったパンや野菜などを盗み取り、そのまま逃げ出してしまった――村人は呆れ交じりの声で、役人に顛末を語った。
「なるほど……」
それは大変でしたね、と人々に同情の言葉を告げた役人であったが、それは自らの発する声に漆黒のオーラを混ぜた偽りの優しさであった。
もし近くに別のレイン・シュドーがいれば、この役人=レインが変身している存在が発した言葉はこのように聞こえただろう。
『……ふふ、愉快な目に遭ってるみたいね、トーリス♪』
村から追い出されたその泥棒が、かつて人々から尊敬を集めていた本物の勇者の成れの果てである事を、レインは確信していた。魔物を恐れて引き籠ったり、ただビキニ衣装を纏う美女に寄りすがる事でしか安心を得る事が出来ない今の人々に、余所の町や村で堂々と自分の地位を誇示するような根性ややる気は無い。だがただ1人、どこまでも地位と名誉を追い求め続け、その美味に酔い潰れた男なら、十分あのような醜態は有り得る、と考えたのである。さらに、念のためこっそり人々の記憶を覗き、昨日の村の出来事を確認した所、そこに刻まれていた男がどう見てもトーリス・キルメンそのものにしか見えなかったのも大きかった。
全てを察したレインは、心の底で思いっきり彼を笑い飛ばした。散々自分を苦しめ続けてきた存在が絶望の底に追いやられ始めていると言う事実を知った事で、これまで幾度となく味わってきた屈辱や絶望、それを退けるための懸命な努力がとうとう報われているような嬉しい気分が溢れて来たのかもしれない。勿論、これらの感情は一切人々に見せる事は無かった。人々もまた、『役人』の心の奥底を見る術を持ち合わせていなかった。
そして、役人は人々から感謝の声を受けながら村を去り――。
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「あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」あははははは!!」…
――近くの『村』で待っていた数億人のレイン・シュドーたちと記憶を共有し、思いっきり笑い合った。今度は心の底から思う存分愉快な声を響かせる事が出来た。
この場所で増え続けながら『村』を整備していたビキニ衣装の美女たちもまた、トーリス・キルメンと言う存在をすっかり忘れていた。無敵の魔王をどうやって攻略するか、味方に就いてくれたダミーレインとどのような鍛錬を行うか、そしてどう町や村を自分好みの姿にするか――様々な事に気を取られ、勇者の肩書きだけを持つこの男にまで気が回らなかったのだ。だが、人々から散々な目に遭わされているのを一度聞いたレインたちは、トーリスをどう扱うか考えずにはいられなくなった。
「「「ここまで生き続けてるのは凄いわね……」」」
「「「てっきりもういなくなってるって思ったわよ」」」
「「「「気をつけないとね、レイン……」」」」」
例え力なき者でもその最期まで目を配らせないと、世界を真の平和に導く事が出来ない、と反省しつつ、レインたちはトーリスの執念深さにある意味感銘を覚えた。人間たちが喜ぶ地位も名誉もこの世界で間もなく無意味なものになるにもかかわらず、未だにそれに寄りすがる根性は見上げたものだ、と。しかし、だからこそこれを有効活用しないと面白くない、と彼女は考え始めた。上手く彼を扱えば、惨めな姿を晒し続ける人間たちよりも面白いものが見れるかもしれないからだ。
ただ、それを実行するにはここにいる数億人だけでは勿体ない、とレインは一斉に思った。トーリスがまだ生きていた、と言う情報も含め、他のレイン・シュドーと情報を共有し合えば、さらに面白い発想が飛び出すかもしれない――そうと決まればすぐに動かなれば損だ、と考えた彼女は、早速新たなビキニ衣装の美女を創造し、かつての世界最大の都市にそびえ立つ巨大な会議場へ向かう使命を託した。
「「「「ふふ、確かあそこまた大きくなったのよね♪」」」」
「「「「「そうそう、10000000000000000000人のレインが入れるくらいに広げたのよね♪」」」」」」
「「「「「「「でももう一杯になりそうよねー♪」」」」」」」」」」
ビキニ衣装の美女がぎっしり埋めつくしながら会議を行うと言う快楽もぜひ味わって欲しいと告げ、数万人の使者の自分を送りだした後、残った数億人のレインたちも行動を開始した。優良な情報を教えてくれたあの場所に、レイン・シュドーからお礼をあげる必要があったからである。
そして、数日後――。
「「「「「「レイン、準備できた?」」」」」」
「「「「「「「大丈夫よー、レイン♪」」」」」」」」
――黒く暖かい雨に塗られ、全ての命が純白のビキニ衣装の美女に変わる事で真の平和が訪れた『村』の中は、レイン・シュドーの可愛らしさと美しさ、凛々しさ全てを極限まで突き詰めたような神秘的な声で満たされていた。会議によって世界中全てのレイン・シュドーが同意した、トーリス・キルメンを好きなように扱う策を実行する準備が整ったのである。
そして、明るい掛け声と共に――。
「「それじゃ、行こうか!」」」
「おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」おー!」…
――空は黒、肌色、そしてビキニの純白に満たされた……。