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女勇者、鍛錬

  たった1人の例外を除き、誰もその足を伸ばす事がなかった、世界の果てにある未開の荒野。枯れ木と枯れ草以外何も無い大地の下に『魔王』の根城で、人間たちから忘れ去られようとしている真の勇者、そしてたった1人の例外でもある『レイン・シュドー』は、日を追うごとに自らの強さを増し続けていた。

 自らの得意とする剣の腕のみを強調するだけでは無い。『仲間』との連携を重点に置いていたために敢えて鍛えると言う事をしなかった『魔術』の腕も、少しづつ伸ばし続けていたのである。毎日のように増え続ける自分自身と共に、彼女は大きな目標――真の世界平和に向け、魔王の下で準備を重ねていたからだった。

 

 しかし、彼女が魔王から習得し続ける『魔術』――漆黒のオーラを基にした力が、魔術を少しでも掻い摘んだ人間たちからすると非情に異質、そして常識では考えられないものであると言う事を、レインは一切感じていなかった。そしてそれが、かつて自分が憎み、退治し続けていた魔物と同じオーラであるという事すら、彼女は意識しなくなっていたのである。


 レイン・シュドーは、人間の常識や約束とはかけ離れた存在になりつつあった。




 ――おぉ、素晴らしい!

 ――さすが勇者様!凄い力だ!


 ――いえ、それほどでもないですよ。



 レインと協力関係になった『魔王』の根城に、青く澄んだ巨大な泉がある。漆黒の闇や争いを好む魔王には似合わないような場所だが、漆黒のオーラを用いた魔術によってこの泉は巨大な『鏡』へと変貌する。だが映し出されるのは周りの光景ではなく、その泉を見るものが望んだ、ここから遠く離れた彼方の光景なのだ。

 そして、レインたちは今日も魔王によって、地上の風景を眺めていた。そこは、魔物が一切現れなくなり、堕落した平和を貪り食う者たちと、それを良い事に自らの偽りの実力で鼻を高く伸ばし続けるかつての仲間――今のレインにとっての最も憎むべき相手が住む場所であった。


 緑色のオーラを用い、次々に的を瞬時に狙い撃ちする、魔術の使い手である眼鏡の凛々しい女性。その真面目な性格を表すかのように、口調や態度はとても丁寧で、自らの実力にうぬぼれない、『勇者』の理想の姿を見せ付けていた。当然、その実力を目の当たりにした一般市民や、会場になった町の偉い人たちは、その実力に感嘆し、勇者を褒め称えていた。彼らは帰還した『勇者』の言葉を完全に信じ切っていた。尊い犠牲を払いながらも、彼らが『魔王』を倒して世界に平和をもたらした、と。


 ――だが、その様子を密かに眺めていたレインは既に気づいていた。その眼鏡の奥に眠る瞳から、自分の実力にうぬぼれ、勇者と言う身分を堪能し続ける一人の魔術師の感情が溢れている事に。敢えて丁寧な口調を交え、自らが理想の勇者を演じるという事自体を味わっているようにしか、レインには見えなかったのである。

 しかし、それに気づく一般市民は誰一人としていなかった。彼らには真実を見定めるだけの知恵も能力も無い、だからきっと自分たちのような事は出来ないのだろう。彼女は、心の中で一斉にそう感じていた。



――あまり褒めないで下さいよ。

――私も、色々と苦戦したり、仲間の足手まといになった事もあるんですから。



「何が足手まといよ……」「全く……」


 純白のビキニ衣装に身を包みながら眺めていた800人の観衆は、一様に苛立ちを募らせていた。久しぶりに地上の様子を見てみたい、少しは何かが変わっているかもしれない、と考え、魔王に頼んだのだが、やはりその考えは甘かったようである。


「……やっぱりね」「私はもう、」「あの連中とは違う」「『人間』じゃない存在なのね」

「ふん、今更分かり切った事を」


 魔王の冷たい言葉に、レインは悪い意味で言ったのではない、と返した。自分たちこそが、理想的な真の平和をもたらす存在である、と。少なくとも、地上で蠢く、愚かで腐りきった人間と言う名前の『魔物』ではない、とも付け加えて――。




==========================================



 ――そんな世界を変えるため、今日もレインは鍛錬を重ねていた。


「はあっ!」ふんっ!」ほっ!」やあっ!」おっと!」ふんっ!」ほっ!」やあっ!」はあっ!」ふんっ!」ほっ!」やあっ!」はあっ!」ふんっ!」ほっ!」やあっ!」はあっ!」くっ!」ほっ!」やあっ!」はあっ!」ふんっ!」ほっ!」やあっ!」はあっ!」ふんっ!」ほっ!」やあっ!」はあっ!」ふんっ!」ほっ!」やあっ!」くっ!」ふんっ!」ほっ!」やあっ!」はあっ!」おっと!」ほっ!」やあっ!」はあっ!」ふんっ!」ほっ!」やあっ!」はあっ!」ふんっ!」くっ!」やあっ!」はあっ!」ふんっ!」ほっ!」やあっ!」はあっ!」ふんっ!」ほっ!」やあっ!」はあっ!」ふんっ!」ほっ!」やあっ!」はあっ!」ふんっ!」ほっ!」やあっ!」はあっ!」ふんっ!」ほっ!」やあっ!」はあっ!」ふんっ!」おっと!」やあっ!」はあっ!」ふんっ!」ほっ!」やあっ!」はあっ!」ふんっ!」ほっ!」やあっ!」はあっ!」ふんっ!」ほっ!」やあっ!」はあっ!」ふんっ!」くっ!」やあっ!」はあっ!」ふんっ!」ほっ!」やあっ!」はあっ!」ふんっ!」ほっ!」やあっ!」……


 得意の剣術を磨くレインたちの戦いは、今までの一対一のものから、大量の自分を相手にする集団戦へと移行し始めていた。純白のビキニ服に包まれた胸を大きく揺らし、黒い長髪のポニーテールをなびかせながら、レインは隙を狙い、別のレインを打ち倒そうとしていたのだ。勿論、直接体を狙う訳ではなく、彼女の『武器』である剣を撃ち落とし、目的である剣の技が使えないようにするのが目標である。そもそも、レインの剣の腕なら、自分自身と同じ力をもってしても体に傷を付ける事など出来ないだろう。


 彼女が身に纏うビキニアーマーは、その凄まじい実力の表れなのだ。



「おっと!」「甘い!」「こっちよ!」

「くっ……なかなかやるね」「でも、後ろががら空きよ!」「心配無用!」

「これくらいの攻撃なら!」「魔物相手に何度も対処してる!」

「さすがレインね!」「ええ、レイン!」「本当にやるわね、レイン!」


 そして、戦いはどこも互角の状態であった。

 この闘技場にいる400人のレイン・シュドーは、自ら腕はおろか、相手の動きの予測状態、そしてどう対処するかと言う考えすら全く同じである。そのため、長い時間をかけて戦いを続けても、決着はなかなかつかなかった。鍛錬のために用いる専用の剣には既にたくさんの傷がついていたが、それも一寸の違いも無く、全く同じ場所についている。純白のビキニ衣装の彼女は、あらゆるものが全て同一だった。


 そして、全員とも体に疲労を感じ、一旦休憩に入ろうと考える時間も、全く同じだった。



「あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」あ、レイン!」……

「お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」お疲れー!」……


 巨大な闘技場の休憩室には、別の場所で同じ集団戦の特訓を続けていた別の400人のレイン・シュドーが待っていた。少し狭い部屋の中は、あっという間に800人ものビキニ衣装の美女が流した汗の熱気に包まれ、自らの心地よい匂いでレインは良い気分になっていた。


「うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」うふふ、レイン♪」……


 互いに労わりあいつつ絡み合う肌の感触や大きな胸の気持ちよさ、そして部屋に響く無数の自分の名前が、彼女たちにとっては互いに健闘を称える言葉の代わりになっていた。


 とは言え、彼女の特訓はまだここでは終わらない。しっかりと休息をとり、自分同士で絡み合って疲れを発散し合ったら、今度は400人と400人、先程の二倍の数でチーム戦の特訓である。


 頭のてっぺんからつま先まで全く同じ姿形のレイン・シュドーとは言え、この特訓の時ばかりは、自らの持つ剣の色を変えて特訓に挑む必要がある。赤い輝きと青い輝き、対照的な色を見せる剣の色は、全てレイン・シュドーの操る、光の屈折を変える『魔術』によって生み出されたものだ。これもまた、日頃から彼女が鍛えている魔術の賜物である。

  今の彼女は、剣術のみならず、魔術の腕も着々と伸ばし続けていた。そしてその腕は、今や並大抵の地上の魔術師をも凌ぐほどになっていたのである。だが、彼女はそれにまだ気づいていなかった。いや、敢えて気づかない事にしたのかもしれない。

 地上にいる、奢り高ぶったかつての『勇者』のような真似は、絶対にしたくないから……。

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