レイン、配給
朝起きては増え、ご飯を食べてる合間に増え、日頃の鍛錬を兼ねて増え、さらに日々実り続ける果実からもどんどん増える――数限りなく増殖し続けるレイン・シュドーに、かつて幾度となく経験した絶望や苦悩は一切感じられなかった。自分自身で見出した課題や今後に向けた鍛錬など、こなさなければならない事も日々生まれ続けていると言う現状もあるが、今の彼女たちにとってはその試練は決して苦痛ではなく、それを乗り越えた後に待つ嬉しさを味わうための快楽に近いものになっていた。
日々前向きな彼女たちの姿勢は、その外見にも現れ始めていた。暇を見つけては新たな自分を産み出し、『もっと増えたい』と言う欲望を上手く制御しながら溢れさせているレイン・シュドーの普段の衣装は、今や純白のビキニ衣装1枚のみになっていたのである。肩は勿論、脛も腹も腕も掌も、あらゆる場所からその元気さや健康さを示すように程良く色づいた肌を露出させ、ほぼ全裸に近い格好で日常を過ごすようになっていた彼女たちだが、勿論それにもちゃんとした理由があった。敢えて無防備のような姿を曝け出す事で、逆にとっさの時により素早い対応が出来るようにする、日々の鍛錬の一環なのである。もし魔王が何の前触れもなく襲いかかって来た時、肩のアーマーや足元の靴などの『防具』に頼りきっていたとしたら、あの魔王の攻撃に対し瞬時に反応できるだろうか――考えられるだけの可能性は憂慮する、と言うレインの慎重さも、この大胆な格好から露わになっていたのかもしれない。
とは言え、やはり一番の理由は、純白のビキニ衣装1枚と言う、破廉恥さと勇敢さの絶妙な境目の外見を露わにするレイン・シュドーが美しく、麗しく、そして可愛らしいと言う事だったのかもしれないが。
「ふふ、レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」…
真の平和をもたらす者の名を呼び合いながら、上空を飛び回ったり道端に佇んだりしている自分と笑顔を向けあう――今や、世界はレイン・シュドーにとって最高の環境になろうとしていた。
残された人間たちの『幸福』や『希望』を、その代償として。
「毎度のことながらありがたい限りで……」
「本当です。貴方がたがいなければ私たちは……」
ダミーレインに扮したレイン・シュドーの侵攻により、各地の代表者が集まる会議場を擁していた世界最大の都市を含んだ大半の町や村がレイン――人間たちから見ると『魔物』にしか見えない存在に支配された後も、残された場所で一部の人間たちは命を長らえていた。しかし、そこに暮らす人々には、かつての傲慢な自信や自分勝手な喜びはほとんど消え去り、毎日何かに脅えながら過ごさざるを得なかった。
しかも、残された町や村に住む人間たちには、ある致命的な弱点があった。
レイン・シュドーの紛い物であるダミーレインが現れた際、これらの町や村の住民は彼女たちを積極的に導入し、町や村の至る所に配備していた。一家に1人と言うのは当たり前、酷い場所では1人に100人単位のダミーレインが付くほどにまでビキニ衣装の人間の女性に似た存在が溢れかえっていたのである。そして、あらゆる物事を文句も言わず、しかも一切飲食も睡眠も行わずにやってくれる彼女たちに住民たちは全てを任せ、堕落の一途を辿って行った。気付いた時には、彼らはダミーレイン無しでの生活が考えられなくなっていたのだ。
その結果の1つが、食料や日用品を『配給』しに訪れた、世界最大の都市の配達員、いや――。
「いえいえ……気にしないでください。これが『私』の任務ですから」
――丁寧な物腰の配達員に身も心も変装した1人のレイン・シュドー相手にへりくだる、贅肉が体全体に溜まったような体型をした、この町で最も偉い人々であった。
食料生産までダミーレインに頼りきっていた彼らは、ダミーたちがいつまで経っても帰還する事が無いと言う事態の中で、次第に飢えに苦しみ始めていた。自力で畑を作ったり獲物を見つけたりすると言う気力も体力もすっかり消え失せた彼らは、最早余所から持ってきた食料に頼って生活するしか無くなっていたのである。そしてそれは、日々の暮らしを支える日用品でさえも同じだった。世界最大の都市から各地の支援のためにやって来たと称し、何でも『配給』してくる存在に頼りきる事で、さらに人々の堕落は続いた、と言う訳だ。
勿論、それこそがレイン・シュドーの狙い目であった。
この町を含めた、生き残った町や村――ごく僅かな例外を除く――には、黒づくめの衣装の配達員になり済ましたレインたちが、漆黒のオーラの力で無から創造した様々な食料や日用品を数日おきに配給するようにしていた。そして、敢えてその分量はそれぞれの町の人々が最低限暮らせるよりも少し多めに設定した。ダミーレインを失った人々がそれらの物資に頼りっきりになり、堕落していく様をのんびり眺めながら嘲り笑いつつ、気が向いた時にそれらの町や村に蔓延した『悪』を浄化させるためである。もはや、人間はレインたちにとって守るべき存在ではなく、自分たちの好きなように楽をさせた後、その気力ごと思い通りの存在に作り替えてしまう『家畜』のような存在になっていたのかもしれない。
とは言え、そのためにはある程度人間たちの依頼も承諾する必要があった。彼らに頼まれた品物を用意する事で、信頼を売るためである。そして、この町でよく頼まれるのは――。
「……それにしても、これだけ沢山あって、大丈夫なんですか?」
――伝説の勇者、レイン・シュドーが身に纏っていた、純白のビキニ衣装だった。
確かに、この町は比較的暖かい場所にあるため、薄着でも毎日を過ごす事が出来る。だが、レインが配達員になり済ましてここにやってくる度に、そのビキニ衣装1枚のみを着続ける女性、あちこちの家の玄関近くに飾られたビキニ衣装、そしてまるでお守りのように道に並べられたビキニ衣装の数が、日々増え続けていた。そして、今回もまた彼女は、町の偉い人々から新たな純白の衣装を持ってきて欲しいと頼まれたのである。
わざとその事実について疑問を投げたレインへの返答は、予想通りのものだった。この町の人々は、昔からレイン・シュドーと言う存在をずっと信じている。それは、彼女の姿を模したと言うダミーレインであっても同じ。本物でも偽者でも、自分たちはいつかレイン・シュドーが世界を平和にしてくれると信じている。だからこそ、その強さと勇敢さ、そして美しさの象徴である『ビキニ衣装』が欲しいのだ、と。
「……分かりました。それでしたら、また用意しますね」
彼らの言葉に対し笑顔で答えた『配達員』の心は、相手の馬鹿馬鹿しさへの笑いに満ち溢れていた。彼らが願っている平和とは、所詮人間たちが毎日怠惰なままやりたい放題できる自分勝手な世界。レイン・シュドーがもたらす『平和』とは全く異なるものである事を未だに理解していない彼らが、逆に情けなさ過ぎて笑えてきたのである。幸い、そのような嘲りの心が表情に出ないよう、レインは念を入れて自分に魔術をかけていたため、愚かな人間たちはその本心に最後まで気づく事は無かった。
そして、町の偉い人たちにお礼を言い、怠惰に溢れるこの町を去ろうとした『配達員』に、町の女性たちが揃って挨拶をした。
「「「「「「ありがとうございました!」」」」」」
まだ僅かながらお礼を言うという礼儀が残っている事実に少しだけ驚きながらも、それ以上にレインは情けなさを覚え、心の中で苦笑した。
どの女性も、レイン・シュドーの純白のビキニ衣装がまるで似合っていなかったからである。
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「ふう……」」」」」」」」」」」」」
町を抜け、どこまでも広がる草原に出た後、レインは自らの変装を解くと同時に、心の中の鬱憤を晴らすかのように自分の数を増やした。あっという間に、辺り一面が純白のビキニ衣装以外何も身につけていない絶世の美女に埋め尽くされ始めた。
服を脱ぐ感覚で溢れ出る自分に酔いしれつつ、同じ記憶を持つ数百、数千、いや数万人の彼女たちが一斉にあの町の現状について語り合い始めた、その時だった。突然、彼女の心の中に別の場所にいるレインの嬉しそうな声が響いてきたのである。
一体何事か、と尋ねたレインに、別のレインは自らの記憶を飛ばし、これを共有して確認して欲しい、と告げた。ここにいる自分たちとは別の経験をしたレイン・シュドーの記憶を手に入れる、と言う背徳感混じりの快楽を味わった直後、彼女たちの顔は興奮した笑顔に満ち溢れ始めた。
「「「「「やった……やったのね、レイン!」」」」」
「「「「「「今すぐ行こう、ねぇ!」」」」」」
「「「「「「「勿論、善は急げって言うし、ね!」」」」」」」
そして、ビキニ衣装のみに包まれた豊かな胸を揺らしながら、レインたちは一斉にこの場所から遥か遠く、『世界の果て』へと瞬間移動した。
彼女たちの手により復元し、新たなダミーレインの創造が始まった『生産施設』が待つ場所へ……。