レインと女性議長(3)
自らの権限の全てを行使し、秘密裏のままこの世界の全ての命運をレイン・シュドーに託した女性議長は、ここに全ての任務を終えた。ようやくこれで落ち着いて眠る事が出来る、と呟きながらそっと立ち上がり、ゆっくりと豪華なベッドの方へと向かうのを見ていた6人のレイン・シュドーの足も、静かにその動きに合わせて動き出していた。無数の自分たちに囲まれながら日々目標に向かってまい進し続ける自分たちとは異なり、女性議長はたった1人で世界を覆う堕落に耐え続けてきたのだ。せめて彼女の最期だけはひとりぼっちにさせたくない、と言う、彼女なりの最大限の尊敬の念が現れたが故の行動だった。
しかし、その途中で女性議長は何かを思い出したかのように歩みを止めた。そして、別の方向にある大きな入れ物から、1枚の絵を取り出した。心も体も若々しいままのレイン・シュドーを見ているうち、自らの過去を思い出したと言うのだ。
暗くてよく見えないだろう、と苦笑いをする議長の言葉を受け、レインは困っている人を救うと言う自らの信念を光のオーラによる『魔術』で表現した。6つの掌に浮かばせた光の球は、この部屋をまるで昼間のような明るさに変えたのである。だが、それによって見えた絵を見て、レインは驚きを隠せなかった。
「「「これは……」」」
「「「……誰の絵、なんですか……?」」」
「昔の私だ……もうずっと前、議長になるなど思いもよらなかった頃だ」
肌の色は白く、大切に育てられてきた箱入り娘を思わせるようなものであり、その髪もまたたくさんの金を動かす貴族を思わせる様相だった。しかし、女性議長が自らの若い頃だと告げた絵の中の女性の顔つきは、彼女たちの傍にいるレイン・シュドーとよく似たものだったのである。
驚く6人のビキニ衣装の美女に対し、議長は何故あのような決断を行ったのか、絵の中に映る若い頃の自分自身を眺めながら言った。この絵をわざわざ描いてもらう前の自分自身は、当時の世界に対して反感を抱いていた。まだ魔物と言う存在が現れていなかったずっと前、町や村は互いに緩いつながりしか持っておらず、様々な考えがぶつかりあい、時に出血沙汰の小競り合いも起きるほどだったのである。そんな世界をどうにかできないものか、とこの頃の女性議長は何度も悩み、何とかできないかと周りの人々に相談していたと言う。
「だが、私だけの手で、世界を動かす事など出来なかった。力があっても資金があっても、『人間』には世界に抗う事など不可能だった……」
その事実を知った諦めの表情だ、と指差した絵の中の女性は、一見すると真剣そうな顔をしていた。しかし、その目には生気がほとんどなく、もうどうにでもなれ、と言わんばかりの虚しさが存分に現れているようにレインたちは感じたのである。
「レイン、覚えているか?私たちが会った時の話を……」
「「「ええ……あの時、私を羨ましいと言った理由が分かった気がします」」」
「「「『勇者』であった頃の私を……」」」
やがて、魔王の襲来がきっかけとなり、女性議長の願いは予想だにしない形で叶った。魔物と言う脅威がきっかけとなり彼女を仮初の頂点にした『議会』が作られ、各地の村や町は1つに繋がったのである。だが、結局それは女性議長を世界と言う名の抗えない存在に呑み込む過程に過ぎなかった。どれだけ聡明だろうと、たった1人の『人間』であるしがらみから抜け出せなかった彼女は、世界が堕落し続ける事を止められなかったのである。
だからこそ、女性議長は若い頃の自分の理想が形と成したような存在、レイン・シュドーを羨ましがったのかもしれない。いくつもの硬い雰囲気の服を着込まざるを得ない自分とは対照的に、健康的な肌を大胆に露出し、そこに一切傷を負わせない力の現れである純白のビキニ衣装の実を身につける彼女は、議長にとってもまさに理想的な存在だったのだから。
「……愚かな人間の言葉だ。素直に受け取らない方が良いだろう」
「「「いえ、真剣に私を尊敬する理由を述べてくれた事は、決して愚かではないです」」」
「「「曖昧に崇拝されるよりも、そちらの方が嬉しいですし」」」
「そうか……ありがとう」
もし私が生まれるのがもっと後ならば、今頃レイン・シュドーに憧れて、純白のビキニ衣装を着込んであちこちを走りまわっていただろう、と述べる女性議長には、他の人間には無い内面も含めた優しさが込められていた。6人のレインも、その言葉を聞いて自然に笑みがこぼれてきた。やはり彼女は尊敬に値する人物である、そう感じたのである。
そして、議長はその絵をもう一度引き出しに閉まった上で、レインたちが灯した明かりを消してもらうよう頼んだ。全ての思い出話を語った彼女には、もう一切の悔いは残されていないようだった。
やがて、今度こそ静かにベッドの上で横になった女性議長は、6人のレインたちをじっと見ながら感謝の言葉を述べた。歪みきった世界の中、こうやって本音をぶつける相手に巡り合う事が出来て本当に嬉しかった、と。勿論、レインたちも同じ気持ちだった。だが、6人の彼女たちの方にも、女性議長を惜しむ気持ちは無かった。むしろそのような心を抱いてしまっては、世界を託される者として覚悟が出来ていない事の現れになってしまうからである。
そして明かりを消し、完全に全てが闇に包まれる直前だった。せめて最後に1つだけ、わがままを聞いて欲しい、と女性議長はレインたちにお願いをしたのである。それは、彼女たちにとって少々意外な内容だった。
「「「「「「え……そんな願いで大丈夫なんですか?」」」」」」
「無理なのか……ならば、良いが……」
「「「いえ、その心配は無いですが……」」」
「「「今までも『ダミー』たちが何度も見せましたよね?」」」
その困惑の声を、女性議長はきっぱりと否定した。あれは魂がこもっていない入れ物に過ぎないもの、自分自身が最後に見たいのは、理想が形と成して現れたレイン・シュドーがこの世界を取り囲むと言う、レインが望むであろう最終目標である、と。その言葉を聞いて、彼女の真意を納得したレインはすぐに謝罪し、準備に取り掛かろうとした。しかし、女性議長にそのような光景を見せるのならば今のままではどこか物足りないと感じた彼女は、逆に自分たちのわがままも聞いてほしい、と議長に伝えた。
「……そのような事も、可能なのか?」
「「「「「ええ、でも議長が無理だと言われるのでしたら……」」」」」」
「ふふ……その心配は無い。ダミーには、一度も頼んでいないからな」
先程のレインの言葉を言い返すような発言には、部屋に入った時に溢れていた重く辛い雰囲気は感じられなかった。今の女性議長は、自分自身が永遠に姿を消すと言う事態に対して、一切の恐れは無かった。むしろ、これから世界を待っているであろう真の平和、本当の幸福に加わる事が出来るのを楽しみにしていたのかもしれない。
そして、まず6人のレインたちの『我がまま』が先に叶えられた。ベッドを取り囲んだ彼女たちが静かに女性議長の方へ手を伸ばし、そこから魔術を使う者が用いていたと言う『オーラ』を議長の体へ流し込んだのである。直後、光に包まれたその体は――。
「……!」
「「「いかがでしょうか、議長?」」」
「「「こちらの方が、より楽しめますよね」」」
――あの絵画に残されていた若い頃の肉体を取り戻していたのである。しかも、レイン・シュドーたちと全く同じ、純白のビキニ衣装と言うスタイルで。
改めて見ると、若い頃の議長は本当にレインに似ていた。貴族ぶった形を解いたその髪は、彼女に負けず劣らず美しく長い黒髪であった。その肉体は、レインには及ばないとはいえ非常に健康的なものであり、僅かながら腹も割れていた。あの絵に刻まれていた、全てを諦めた1人の女性になる前の彼女は、まさにレインそのものになっていたかもしれないとレイン自身が感じるほどだった。
ただ、レインにどこまでも近い体に戻る事が出来た事を何よりも嬉しがっていたのは、女性議長の方だった。
「ありがとう……ありがとう、レイン……!この体で……レインを見ることができるなんて……!」
「あはは、そんなに抱きつかなくても……」
「「「「「そうですよ、議長……」」」」」
『平和の礎』にする以前から既にレインになり始めているようだ、と今まで無かった経験にほんの僅かの戸惑いとそれを遥かに上回る楽しさを感じた彼女に対し、『議長』はさらに提案をした。せっかくこの姿になって終わりを迎えるのだから、最後ぐらい同等の立場になって会話をしたい、と。もうそこに、ただ世界に振り回されたままの生涯であった女性議長の姿は無かったのである。
「「「「「「……それもそうね」」」」」」
「ありがとう、何から何まで……」
「「「気にしないで。貴方はこれまで大変な目に遭い続けてきた……」」」
「「「だから最後ぐらいは……ね?」」」
幸せな形で終わっても良いのではないか、いや幸せに終わらせてあげよう。その言葉の直後、レイン・シュドーは自らの魔術を最大限に発揮し、僅かながらの明かりが灯る壁を遥か彼方まで追いやった。そして、地平線が見えてしまうほど遠くへと消えた壁をさらに覆い隠すかのように――。
「どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」どうかしら?」…
――何千何万、何億ものレイン・シュドーが世界の全てを覆い尽す、『真の平和』を体現したのである。
暖かい光が包む空間は、どこを見ても純白のビキニ衣装やそこから大胆に覗く健康的な肌、そしてたわわに実る大きな胸で埋め尽くされていた。その持ち主もまた、皆全く同じ顔で嬉しそうな微笑みを見せ続けていた。その光景に、『元・議長』が満足しない訳は無かった。抑えていた欲望を丸出しにした彼女の顔は、光悦そのものだったのである。
「あぁ……どこを見てもレイン……右を見ても左を見ても……♪」
「「「「ふふ、上にもいるわよ♪」」」」
「「「「「下にだって♪」」」」」
「「「「「「前にも、ほーら♪」」」」」」
「「「「「「「後ろにだっているわよー♪」」」」」」」
「あぁん……みんなレインしかいない世界……なんて幸せなの……!!」
空間を自在に操り、四方八方から次々と現れるレイン・シュドーの大群に覆い尽された『元・議長』は、気付けばベッドを飛びだし、無数のレインの肉体の中に沈もうとしていた。その柔らかい胸やビキニ衣装の心地でさらに全身を赤く染め、同時に溢れ続ける喜びで包もうとしていた彼女は、改めてレインたちに全てを託す事を伝えた。
そして、念のためある最後の確認を行った。ここに至るまでの流れからして、そのような経緯を辿ったのは間違いないだろうが――。
「ねえ、『ゴンノー』はちゃんと倒してくれたの……?」
「「「ええ、勿論よ」」」
「「「「だから、私たちはこうしてここに集えた」」」」
「「「「「心配する事は、何一つ無いわ」」」」」
「……良かった……ふふ……あぁ、これが真の平和……素晴らしすぎるわ……♪」
――レインたちとお揃いの肉体やお揃いの衣装をまとった『元・議長』は、最後の本心をたっぷりと吐き、自分の周りに集うレインの感触を確かめるかのように抱きつき、そして静かに目を瞑り始めた。次に目覚める時、もうそこにいるのは自分では無く、レイン・シュドーであると言う事実に、恐怖や覚悟では無く幸福と言う感情を抱きながら、彼女は静かに眠ろうとしていたのである。
「……じゃあ、後はよろしくね」
「「「「分かった……ありがとう、私と話してくれて」」」」
「こちらこそ、ありがとう……」
そして、純白のビキニ衣装をまとった美女たちで埋め尽くされた空間は、全ての終わりであると同時に新たな始まりである『暗闇』へと還っていった。
「おやすみなさい、レイン・シュドー」
その空間の中で最後に響いたのは、互いの存在を決して忘れない事を誓い合うかのような挨拶と、それぞれの本名だった……。
「「「「「「「おやすみなさい、議長……いえ、『リーゼ・シューザ』……」」」」」」」