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レインと女性議長(2)

 世界中の町や村の代表者たちが集う会議を仕切る役割を担う女性議長には、毎日各地から届く情報が寄せられ続けていた。海辺の町の漁獲量、商業で栄える村の名産品、木材の出来など様々な情報を収集しそれらを纏める事で、人々の意見の出し合いをより円滑に進めるための助言を行い、議長としての仕事を全うするべく日々努力を重ね続けてきた。だが、どれだけ各地から情報を集めようと、彼女の元に届くのは『ごく普通の人間』として知る事が出来るもののみであった。魔物との戦いの最前線で懸命に戦う勇者たちがどのような行動をしているかまでは把握できても、その中でどのような思いを抱いているかと言う所までは認識出来なかったのだ。



「……そうか……貴方もライラも……」

「ライラの事、覚えてくれていたんですね……ありがとうございます……」

「当然だ。あの者も、小さいながら立派な『勇者』であったからな……しかし……」



 レイン・シュドーを敵地へとたった1人で向かわせ、彼女と共に最後の戦いに挑もうとしたライラ・ハリーナの命を奪ったのが、他ならぬ残りの勇者3人であったと言う事実を、ここでようやく女性議長は知る事となったのである。人々から祝福を受け、永遠の栄光を手に入れたトーリス・キルメン、キリカ・シューダリア、そして力の勇者フレム・ダンガク。この3人こそが人間たちを長い間欺き続けた大悪人であると、レインははっきりと訴えた。

 しばらくの間、女性議長は黙り込んで何かを考えるような仕草をし続けた。その顔をじっと眺めていたレインは、やがて議長がどこか納得したような、安心したかのような表情を見せた。自分の考えはやはり正しかった、と言う言葉と共に。だが、同時に彼女はレインに対して謝罪の言葉も述べた。そのような事態が起きていたと言う事、3人の言動の何かがおかしいと察するまでに、かなりの時間を費やしてしまった事を。


「いえ……謝る必要などありません。議長がその事実を察していただけでも……」

「だが、結局愚かな人間である以上、彼らを止める事は……」


「構いません。ライラの事を覚えてくれていただけで、私は嬉しいんです」

「……そうか……」


 明かりに照らされた深刻そうな顔から、きっと女性議長も自分と同じ事を考えているのだろうとレインは察した。平和のための大いなる犠牲として盛大な葬式が行われ、ばかでかい墓標が立てられた後、か弱い浄化の勇者であったライラ・ハリーナを顧みる人間はあっという間に減り、やがてダミーレインと言う存在に押されて誰もその活躍を思い出す事は無かったのだから。もし議長が『議長』で無かったとしたら、懸命にその存在を忘れさせないよう奔走したに違いないだろう、と仮定したレインであったが、それでも結局は人間の愚かさに呑み込まれる末路しか思い浮かべる事が出来なかった。

 そんな彼女の心を読みとったかのように――。


「……この世界は、一度滅び去った方が良いのかもしれんな……」

「……議長……」

「いや、議長では無く『私』自身の個人的な発言だと取ってくれ」

「分かりました……」


 ――議長は、心の奥底に眠っていた本音をぶちまけた。


 そして、議長自身がそれを望んでいるような言葉を受け、レインはもう1つの『真実』についても、ある程度語る決意を固めた。この場所に至るまで自分自身が何をしていたのか、何故今になってレイン・シュドーがここに戻って来たのかを。だが、その全てを明かす訳にはいかない、ともレインは考えていた。世界を救うために奔走し続けていた『勇者』が『魔王』の手先になったと分かれば、この最後のやり取りが不幸な形で終わってしまう可能性があるからである。

 その危険も踏まえ、レインは女性議長が個人的な発言として漏らした言葉をもう一度問いただした。本当にこの世界は滅んだ方が良いと考えているのか、自分自身を含めて消し去った方がより平和に近付くのだろうか、と。それに対して、議長は逆に質問で返した。何故その言葉を重点的に尋ねるのか、と。当然レインも黙っておらず、その質問に答えるまでは次の段階に話を進める事は出来ない、と告げた。売り言葉に買い言葉と言う、どこかの町の言葉が良く似合う状況だった。


 そして、観念したのは女性議長の方だった。しわだらけの顔にどこか悲しさをにじませた苦笑いを見せ、自らの言葉を肯定したのである。それをしっかりと心に焼き付けたレインは、まず今回の話の冒頭で嘘――自分が世界の情勢について何も知らなかった、と言う大きな虚言を謝った。そして椅子から立ち上がり、部屋の中に入って来た時と同じように一礼をした後、改めて自らの名を名乗った。この場所にやってきた目的を、はっきりと女性議長に告げるために。



「私の名前は、レイン・シュドー。この世界に、真の平和をもたらすために戦う者です」



 あの日――人間たちの愚かさ、町や村に満ちた堕落、そして修復不可能なほどにまで劣化した世界の有様を知った時から、レインは日々世界を本当の平和に導くために戦い続けた。それまで『禁忌』とされてきた事も厭わず、とにかく自らの目標のために日々邁進した。勿論、その道のりは非常に厳しく困難なものであり、幾度となく『同胞』が消える様子、『仲間』が悔し涙を流す光景を目にし続けてきた。だが、着実に世界は真の平和に向けて近付きつつある。そして今、世界の至る場所が、レイン・シュドーによって救われようとしている――彼女は敢えて自らの協力者の名を隠しつつも、出来る限りの事実を女性議長に伝えた。


 そして、最後に一番重要な事実を、彼女に告げたのである。



「……議長、私がこの場所にやってきた本当の目的は、たった1つです」

「……」

「貴方もまた、私が目指す『平和の礎』にさせて頂きます」



 全てを語り終えた後、レインは女性議長の視線に促されるかのように、もう1度ゆっくりと椅子に座った。

 何度目になるか分からない沈黙が続いた後、議長はじっとレインの目を見据えたまま、意外な言葉を投げかけた。それはまるで、レイン・シュドーの決意を問いただすかのようなものだった。


「レイン……1つ聞いても良いか?」

「構いません」


「貴方は……『勇者』になるつもりか?それとも『魔王』か?」

「……!」


 ずっと隠し通していた『魔王』と言う単語が出てしまった事に一瞬恐れ戦いてしまったレインであったが、そこから続いたこの質問の理由を聞くうち、彼女の思いは変わり始めた。『魔王』であろうと『勇者』であろうと、目指すべき真の平和は万人が望むものではない。魔王として突き進むのであれば間違いなく人間たちの不満や恐怖、反発が待ち構えているであろうし、勇者になった場合でもどのような道を進んでも必ずそのやり方に批判的な意見を持つ者が現れると言うのは身に染みて分かっているはず。ならば、レイン・シュドーはどのような心を持って世界を真の平和に導こうとしているのか――その問いは、まさしくレイン自身が抱いてしまった初歩的な疑問そのものだった。

 どれだけあがいても魔王を超えられないという焦りがまたも生まれてしまったその日、彼女はダミーレインの振りをしながらも自分の立ち位置について悩み続けていた。ここから先魔王に従ったまま進めば良いのか、反発したまま行けばよいのか、正しい道が分からなくなっていたのである。だが、改めてその心を突きつけられた途端、呆気なくその答えは見つかってしまった。


 そうか、そう言う事だったのか。私は幾度となく同じ事を考えては同じ答えに行きついていた。ならばそれに従い、そのまま突き進めば良いのではないか――。



「……私は、『勇者』にも『魔王』にもなりません」

「ほう?」


 ――例えその道が間違っていたとしても、強引にそれを正しい方向に折り曲げるか、最悪『正しい道』に作り直せば良いのだから。それが、レイン・シュドーが目指している真の平和なのではないか。


「……私は、『レイン・シュドー』。それ以上でも、それ以下でもありませんから」


 結局翌日の会議でもう一度ぶり返し、再び考察せざるを得なくなる悩みであったが、それでもレインはこの言葉で創り上げた自らの心の芯を曲げる事は無かった。聡明な女性議長の前ではっきりと断言した以上、『レイン』として挑むしかないのだ。世界を真の平和に導くのは魔王でも勇者でもない、レイン・シュドーだ――その決意を込めた言葉を伝えた瞬間、レインの耳に入ったのは彼女の決意を称えるような拍手だった。もしここで悩んでしまうようならば、平和など到底目指せるものではないと喝を入れるつもりだった、と言う裏話と共に。


「レイン・シュドーとして平和を目指す、か……面白い事を言う」

「ありがとうございます……」


「だが、それでも疑問がある。言って良いか?」

「何でしょうか……」


「貴方が望む『平和』とは何か、ここで聞くつもりはない。だが、勇者であろうと魔王であろうと、反発する声は必ずあるだろう。それに対しては……」


「いえ、その事については心配いりません」


 魔王や勇者は、様々な異なる考えの人々を従えるからこそ、そのような歪な平和を生み出してしまう。ならば、全ての存在をたった1つの目標に向けて突き進む存在にしてしまえば、この世界は真の平和に近付くのではないか――。


「……!」

「「「「「「……私には、それをこなせる力があります」」」」」」



 ――その言葉と共に、彼女は自らの崇高な目標が決して夢物語ではない事を、自らの数を増やす事で証明した。女性議長の目の前で、1人のレイン・シュドーが座る椅子の周りに全く同じ姿形をした5人の美女が姿を現したのである。あの忌まわしきダミーレインと全く同じ事を『本物』がやってのけた事に対して、今度は議長の方が驚く番となった。しかし、それはダミーや人間たちの動きのように嫌悪感をまとった行動では無く、むしろ自らの予想を良い方向に超えた事を喜ぶようなものだった。

 これならば、例え望まない者がいても完全に納得させる事が出来るし、抗えない力が襲い掛かろうとも払いのける自信や実力が宿っている。だから、心配しないで欲しい。この世界を永遠に明るい声や笑い声、信頼、友情で覆い尽くす日は必ず訪れる――レインたちは、自分たちの『本性』を包み隠さず告げた。



「……それで、私を『平和の礎』に……」

「「「「「「……はい」」」」」」


 

 全く同じ姿形をしたビキニ衣装の美女を、女性議長はその目に焼き付けるかのように見つめ続けていた。ダミーレインとは似て異なる、まだ盤石とは言い難いものの、未来を目指すためのしっかりとした心を持ち続ける存在たちを。そして、彼女は静かに頷いた。



「……どうやら、私はこれから最高の『眠り』に就けるようだな」

「「「「「「議長……」」」」」」


「どうした?ここに来て、怖気づいたか?」

「「「いえ、違います……」」」

「「「私たちは、嬉しいんです……」」」


 そして、レインは最後の確認をした。今の言葉は、個人的な発言なのかそれとも『女性議長』としての発言なのか、と。

 それに対しての答えは、『両方』だった。議長もまた、レインと同様に全ての良い所を自らの手で決めると言う選択肢を取ったのである。同時にそれは、彼女が最初で最後に犯した、議会を経ずに自らの権限を駆使して世界の命運を決める、と言う大罪だった……。

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