レイン、反省(前)
「まず、今回の勝利を祝して……」
「おめでとう!!」おめでとう!!」おめでとう!!」おめでとう!!」おめでとう!!」おめでとう!!」おめでとう!!」おめでとう!!」おめでとう!!」おめでとう!!」おめでとう!!」おめでとう!!」おめでとう!!」おめでとう!!」おめでとう!!」おめでとう!!」おめでとう!!」おめでとう!!」おめでとう!!」おめでとう!!」おめでとう!!」おめでとう!!」おめでとう!!」おめでとう!!」おめでとう!!」…
レイン・シュドーによる長い戦いが一段落した事を確認し合う会議は、麗しく元気な声による祝杯によって始まった。
昨日まで世界最大の町であった場所にそびえ立つ、世界で最も大きな建物である会議場の内部は、異様な光景に変貌していた。世界中から次々に押し寄せるレインたちが自分たちの場所を確保するべく容赦無く空間をゆがませた結果、どこまでも全く同じゆったりと座れる椅子が並び、その傍に純白のビキニ衣装の美女が何千億人と佇む異様な場所になってしまったのである。しかし、その事態に恐怖を感じたり怯えたり、敵意を持つ者はこの空間、そしてこの町には誰一人としていなかった。星空を覆い隠した黒い雲と黒い霧によって、世界最大の町は一晩にして『レイン・シュドー』だけが住む場所に変わり果てたのだ。
この世界を真の平和に導くため、懸命に活動をし続けてきたレインにとって、この場所を手に入れる事が出来たという事実は大きな嬉しさとなった。世界中の人々の愚かさや哀れさが凝縮していた町を真の平和に導き、愚かな人類たちに大きな痛手を与えたと言う事は、この世界の全てを手に入れる大きな一歩に等しいのだ。何億人もの彼女たちは、その喜びを確かめ合うかのように周りにいる自分たちに感謝の言葉を述べたり、互いに抱きつきあったり、ビキニ衣装に包まれた自分自身の存在を堪能し続けた。
しかし、そのような楽しい時間を、彼女たちは長く続けるつもりは無かった。自分を味わうのも腹八分目で十分、と言いたげな意志を無言で共有し合った彼女は、大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせた上でゆっくりと椅子に座った。無限に広がりそうなほど巨大なすり鉢状の室内の中央にいる、『議長』役を務めるレイン・シュドーを除いて。
今回の勝利は、ただ闇雲に喜ぶことばかりではないのを、彼女たちは嫌というほど認識していたからである。
「……じゃあ、改めて昨日までの様子を確認しようか」
「「「うん……ゴンノーとの一件ね……」」」」
「「「「「本当に大変だったわね、レイン……」」」」」
それなりに対策は立てていたとはいえ、あそこまで勝負が二転三転するとは思わなかった、とレイン・シュドーの誰もが感じていた。彼女を模した存在である『ダミーレイン』が、裏切り者の魔物ゴンノーによって本物のレインに限りなく近い存在へと生まれ変わってしまい、互角の戦いを強いられた事。奇策で何とかすり抜けてもなお、際限無く生み出される純白のビキニ衣装の美女の前に攻めの一手を見いだせなかった事。そして、その一手を彼女に与えたのはレイン自身ではなく、この世界に残された最後にして最大の壁、『魔王』であった事、などである。
結局、今回も相手に対して決定的な打撃を与えたのは魔王だった。自分たちが奥手を突かれ、何度も敗北や苦戦を余儀なくされた相手を、魔王は呆気なく倒してしまった。ゴンノーを相手に懸命に戦い続けていた彼女たちは、それを黙って見ている事しか出来なかったのだ。
「「「やっぱり、まだ思い出すだけで悔しいよね……」」」
「「「「あの場所を破壊されたって言うのもあるけど……」」」」
「「「「「うん、それ以外に……」」」」」
戦いが終わり勝利を掴む事が出来た今、レインたちには魔王に手柄を取られたという悔しさと同時に、自分たちと戦い続けてきたレイン・シュドー――ゴンノーによって自分の持つ要素を埋めこまれ、本物に限りなく近い存在となったビキニ衣装の美女たちを、救い出す事が出来ないまま魔王によって壊滅させられてしまったという切なさ、寂しさが宿っていた。確かにあの時は目の前の敵を倒す事だけに集中していたため、彼女たちと言う存在が消える事に対してある程度の覚悟は出来ていたものの、自分以外の誰かに消されてしまうと、虚しさが心に残ってしまうものである。
もしかしたら、あの時レインたちに涙を流させ、何も考えず必死に目の前の敵を倒そうとしたのは、あの悔しさと同時にこの虚しさを払うためだったのかもしれない、と彼女たちは回想した。そして、その事をゴンノーはすぐに見抜いていたのだろう、と言う事を。
まさかあの時、これまで何度も何度もレインを苦しめてきた裏切り者の魔物、そして人間たちに味方を続けていた軍師ゴンノーが、自分たちに協力を要請するなんて、思いもしなかったのである。
「「「今だから白状しちゃうけど……ちょっぴりだけ心動いちゃった……」」」
「「「「私もレインだから凄い分かる……今思うとあれじゃ人間たちはゴンノーを尊敬しちゃうわよね……」」」」
「「「「「弱さに付け込んで、それを癒すような発言をする……」」」」」
そう考えながら、レインたちは改めて『ゴンノー』と言う存在の恐ろしさを振り返った。あのトカゲの頭蓋骨から発せられる非常に腹立たしく不気味でねちっこい声、全身を包み込む魔王を真似したかのような漆黒の衣装、そして何度倒してもすぐに蘇り何としても生き続けようとする凄まじい執念――これらにどれほど自分たちが苦しめられてきたか、正直な所レインたちはあまり思い出したくは無かったが、この存在を心の中に残しておかなければ、今後の自分たちのためにならない、と言う強い意志で何とかその拒否反応を乗り越えた。
それに、今の彼女たちにとって、この非常に鬱陶しく厄介であった存在は、自らの心の中の身に存在する『過去』の存在なのだ。
確かにあの時、無数に増えてレインと乱闘を繰り広げていたゴンノーは、一斉に自分の味方になり、一緒に憎き魔王を倒さないかと彼女を誘った。魔王に対して悔しさを爆発させていた彼女は勿論、あのゴンノーの方も魔王に対して全ての計画を一瞬で踏みにじられた怒りを抱えていた。双方とも、魔王を『倒したい』と言う思いは共通だったのである。そして、ゴンノーの言葉にレインは自信に満ちた笑みを見せた上で――。
「「「「……きっぱり、断ったのよね」」」」
「「「「「あの時確かに、ゴンノーはビビってたように見えた……」」」」」
「「「「「間違いないわね、レイン」」」」」
――魔物軍師が予想していたであろう展開とは全く逆、この軍師との戦いを続投し、魔王を倒すと言う目的はレイン・シュドーだけで果たすと言う決意を見せたのである。たっぷりと笑顔を見せ、ゴンノーのトカゲ頭に口元を近づけた後、心の底から思いっきりその誘惑を否定する、と言う形で。
そして直後、レインは動きが止まっていたゴンノーの体を、光と漆黒のオーラを交わらせた自らの剣で貫いた。当然、それだけでゴンノーが息絶えると言う事は無く、体に剣が痛々しく突き刺さったままゴンノーは一斉にレイン目がけて鋭い爪を突き立てようとした。まるで痛みを感じないかのごとく襲いかかるその姿に、一瞬だけ驚きの感情を抱いたレインであったが、それを抑えつけた上で刺さった剣をそのまま動かし、上下左右にいる別のゴンノーに向けてぶつけた。ゴンノー同士で攻撃させると言う『自滅』を狙ったのである。
そして、互いの詰めが痛々しく腕や体に刺さったゴンノーたちは、それまでの1対1の体制を崩さざるを得なくなった。別の自分の戦いに無理やり干渉させられてしまったからである。そこから先は、大量のゴンノーと大量のレインによる魔術の力のぶつかり合いとなった。双方とも、これが最後の一撃である事を予知していたかのように、互いに全力を出しあっていた。まるで濁流の如く絶え間なく放たれ続けるゴンノーの漆黒のオーラが、まるであの魔物の命そのものを絞り出しているように感じられたからかもしれない。
正直、このまま『同数』での勝負であったら、レインはゴンノーのオーラの中に呑み込まれ、完全に意のままに操られる存在になり果てていたかもしれない。だが、彼女はゴンノーと正々堂々の勝負、すなわち『同等の力を持った上での』勝負をするべく、あの魔物よりも数を増やした。ゴンノーと互角に戦えているとレイン・シュドー全員が納得するまで増えに増え、彼女の放つオーラの威力を引き上げ続けたのである。そう、彼女の中で正々堂々と戦えるだけの数まで、容赦無く。
その事について、レインは確かに反省はしていた。だが、その内容は「同等の数で勝負をしなかった」と言うものでは無く――。
「「……もう少し数が多かった方が良かったかな?」」
「「「でも、あれで十分にゴンノーを追い詰める事が出来たんじゃない?」」」
「「「「それもそうだけど……もしこう言う機会があったら……」」」」
――自分自身で妥協してしまう数よりもさらに上の数に増えた方が、万が一の事態により対処しやすかったかもしれない、と言うものだった。今のレインは、自分自身の実力に加えてその『数』――つまり自分自身の肉体そのものも当たり前のように戦力に数えていたのである。だがそれも当然だろう、今のレインは幾らでも数限りなく自分自身を増やす事が出来る、無数の命を永遠に有する事が出来る存在なのだから。
ともかく、レインは最終的にゴンノーの凄まじい力に打ち勝つ事が出来たのは間違いなかった。そうでなければ、今この議場の中央に立っているのは、あの忌まわしき姿をしたトカゲ頭の魔物軍師なのだから。しかし、そのような心配をする必要はもう無かった。魔王による介入があったとはいえ、あのゴンノーに止めを刺す事が出来たのは、まぎれも無くレイン・シュドー自身だったのである。これだけは十分に誇ってもよい事だ、と彼女たちは揃って納得していた。
だが、『無数』と言う数を保てなくなり、原初の1人に戻ってしまったゴンノーが、漆黒のオーラの中に消えて行く中で残した一言により、レインは人間たちのように勝利に溺れ、舞い踊り続け、そして堕落の中に無限に落ちて行く事はなかった。
自分の手を借りずに魔王に対峙する事を選択したのなら、それは非常に苛酷な道となる。
レイン・シュドーが魔王を倒す事は『不可能』だ。
そのような挑発的な、まるで勝ち逃げのような事をされながら消滅されては、流石のレインも素直に喜べる訳はなかった。どれだけ自分と嬉しさを共有しあっても、まだ世界を真の平和に導く道のりが長い事と言う自覚が、彼女の中に残されていたのである。そしてその現実は、全てを終えたレインたちが抉り取られた大地の上に静かに降り立ち、黒焦げの地表を肌色や白で埋め尽くした時に、嫌と言うほど実感させられることとなった。
彼女たちの意識の中に、姿を消したはずの『魔王』の声が現れたのである……。