レイン、決戦(7)
考えてみれば、魔王が軍師ゴンノーごと異空間を拳1つで完全に崩壊させてしまう事は、当たり前の事だった。
世界中で暴れ狂う魔物や、それを遥かに凌ぐ規模で増殖し続けるレイン・シュドーを、文字通り力で抑え込む魔王の力は、仮初の命しか持たずただ暴れるしか能が無い普通の魔物は勿論、それを産み出す事すら可能な段階の魔術を習得していたレインたちですら、未だに追いつけないほどの実力だった。当然、それは魔王との意見の相違から人間側に就き、レインを脅かす事となった魔物軍師ゴンノーもまた同等だった。あの時――レイン・シュドーがゴンノーという存在を初めて知り、何度追い詰めても蘇るしぶどさの前に苦戦していた時も、魔王は一撃でこの気持ち悪い存在を戦闘不能の状態に陥れたのである。
そして今回も、その時と似たような事態が、魔王側とゴンノー側双方のレインが認識する場所で起きていた。
「ぐ、ぐうっ……っ!!」
「……」
この無限に広がる純白のビキニ衣装の美女のみで覆われた空間の中、一体どこでこの戦いが起きているのか、最初ほとんどのレインは知る事が出来なかった。彼女達の心に飛び込んできたのは、ガラスが割れたように見える空間から飛び出し、腹に大きな穴を開けながら呻くゴンノーの顔をもう一撃魔王が殴り飛ばし、不気味な笑みを作り出す要素であった歯を文字通り粉砕すると言う、爽快さと残虐さが入り混じった、レインも見た事が無いような光景だった。
だがその直後、その様子を実際の『瞳』で目撃した双方のレイン達がすぐさま残りの全員と記憶を共有しあった事で、彼女たちはこの一方的な戦いがどこで起きているのかを知り、一斉にそちらの方を向いた。彼女達が体を動かす音が健康的な肌の間を潜り抜け途轍もない音量となって響き渡る中、どのレインも目の前の相手との戦いを忘れ、そちらのほうに意識を集中させたのである。しかし、彼女達ができるのはそこまでだった。レイン・シュドー相手なら数の力でどうにか互角に戦えることが出来るが、2体の魔物、特に魔王という何段階も強さが違う相手には、ただ見守るしか道は無かったのである。
そんな彼女の予想通り、すぐにゴンノーは魔王から受けた強烈なダメージを回復させ始めた。まるでトカゲと言う生物が自らの尻尾を再生させるかのごとく、喉を鳴らすような声を辺りに響かせた直後粉々になった歯をあっという間に生やし、漆黒の衣装ごと開いてしまった巨大な胴体の穴もすぐさま塞がれてしまった。
「ぐぅふふふ……」
「……ふん」
楽しいですね、魔王――自分が相変わらず完全に舐められていることに対する苛立ちや自虐の心を滲ませながらそう告げたゴンノーが再び魔王の元に飛び込み、勝ち目の無いであろう戦いを挑もうとする様子を、無数のレイン達がただ眺めようとしていた、その時だった。魔王の漆黒の衣装にもどてっぱらに大穴を開けようと放ったゴンノーの漆黒のオーラを魔王は呆気なく片手で受け止め、それに自らのオーラを増幅させる事で巨大な『球』を作り――。
「「「「!?」」」」
「がああああっ!!」
「「「「「「「「「きゃあっ!!」」」」」」」」」」」」
――そのまま返す事で、ゴンノーを体ごと大量のレイン・シュドーが蠢く空間へと突っ込ませたのである。しかも、ゴンノーが水から延々と作り出し続けていた方ではなく、魔王と共にこの場所へ殴り込みをかけた『本物』のレインの方へ。
一瞬魔王が行ったその行為に驚いたレインたちだが、すぐ自らが何をすべきか理解した。自分達の懐へ飛び込んできた敵を、文字通り数の暴力で打ちのめす事である。敵対するレイン・シュドーに対してそのような手を使う事に対しては、自分と全く同じ姿形をした存在と言う事もあり、ほんの僅かだけ躊躇の心が生まれてしまったものの、今回は一切容赦が無かった。四方八方から塊の如く大量のオーラを流し込んでゴンノーの体を内外から苦しめ、さらにその周りを漆黒のオーラを塗り固めて強化した拳や脚で粉砕するかのように殴り蹴る――そこには、かつて人々から『勇者』と謳われた崇高な面影はほとんど残されていなかった。それでもレインは気持ち悪い声を出し、不快な言動を続けるこの魔物を許すことが出来なかったのである。
しかし、そのような無数対一と言う圧倒的有利な状況はすぐに終わった。
「おのれぇぇぇ、レイン!!!」」」」」」」」
「「「「ぐっ……来たわね!!」」」」
ゴンノーが自らの体を爆発四散させるかの如く大量のオーラの塊を飛び散らせ、それらを全て新たな魔物軍師ゴンノーとして再生させたのである。この荒地が無限に広がる世界の果ての下で次々に生まれ続けている、この魔物と協力関係にあるレインと同じ手段――倒しても倒しきれないほどの数に増えるという手段を取ったのである。しかし、そのような事はレイン・シュドーにとって予想の範囲内だった。何をやってもしぶどく生き残り続けるであろうこの魔物がどのような卑怯な手段を取ろうが、こちらはそれを上回る力を見せ付けるのみだ――決戦も佳境に入った事を意識しつつ、レインは改めて魔物軍師ゴンノーとの最後の決戦を始めたのである。
「はああっ!!」「ぐわあああっ!!」「はああっ!!」「ぐわあああっ!!」「はああっ!!」「ぐわあああっ!!」「はああっ!!」「ぐわあああっ!!」「はああっ!!」「ぐわあああっ!!」「はああっ!!」「ぐわあああっ!!」「はああっ!!」「ぐわあああっ!!」「はああっ!!」「ぐわあああっ!!」「はああっ!!」「ぐわあああっ!!」「はああっ!!」「ぐわあああっ!!」…
先程のレインの場合とは異なり、全てのゴンノーの動きはほとんど違わぬものだった。ほぼ同じタイミングで同等の威力を持つ漆黒ノオーラを放ったり、両手を切れ味抜群の剣に変え、レインが操る剣を打ち破らんと襲い掛かり、それが弾かれれば隙を狙って剣の先から再びオーラを放ち、レインのその美しく健康的な肌を貫こうとする――何とかこれらの猛攻に耐え、ビキニ衣装の紐を含め傷を負う事無く立ち向かい続けているレインたちであったが、一方で周りで全く同じようにゴンノーと戦うほかのレインへの援護は出来ない状況だった。確かに魔王に比べれば劣るかもしれないが、それでも無限にダミーレインを創り出して来たという実力は今もなお大きかったのである。
これではまるで最初に戦った時と全く同じ状況だ、このまま追い込んだとしてもまた漆黒のオーラやら難やらの力を使って再生し、蘇ってしまうに違いない――恐らく最後から二番目になるであろうこの戦いで勝利を掴む方法を懸命に模索しようとした、まさにその時だった。突然、彼女とゴンノーが響かせ続けていた無数の唸り声や喚き声が、耳を破壊するかのごとく響いた爆発音によって上書きされてしまったのである。
そういえば、自分達がこうやって戦いに明け暮れ、別の自分がどのような行動を取っているかに全神経を注ぎ続けている中で、明らかに周りに居る『自分』と同じレインとは別の声、それも悲鳴のような声が聞こえてきたような気がする。一体何が起こったのか、とゴンノーとほぼ同時に下側の方に意識を向かせた瞬間、その要因が双方の予想を超えた事態となって現れた。
「「「「「な、な……!?」」」」」
「「「「「え……!?」」」」」
世界の果ての上空を埋め尽くしていた両者の眼下に広がっていたのは、あの荒れ果てていたはずの大地では無かった。無数の煙が四方八方から立ちのぼり、その下には灰色の地表の下に広がっているはずのどす黒い地層がくっきりとその姿を見せていたのである。しかも、それは一部のレインとゴンノーが感じることが出来る範囲に留まらなかった。地平線の果てまで延々と、大量の瓦礫のようなものが埋もれる地面がどこまでも続いていたのだ。そして、その『地面』が存在する場所は、レイン・シュドーが知る地表があった高さから凄まじい規模で抉り取られたかの如く、非常に低い位置にあった。
それが意味する事は、考え方によってはこれまた非常に当たり前の事だった。現状のレイン・シュドーの力では到底不可能だとしても――。
「「「「「「「「ま……」」」」」」」」
「「「「「「「「魔王……っっ!」」」」」」」」」」
――魔王ほどの実力があれば、この世界の果ての地下にどこまでも広がっていた、ゴンノー側のレインを無数に生産する施設を、文字通り根こそぎ壊滅させる事も容易いのだから。
そして、レインとゴンノーは同時にもう1つの事実を認識する事となった。
純白のビキニ衣装の美女と、醜いトカゲ頭の魔物が覆いつくす空間の下には、その魔物に味方をしているはずの別のビキニ衣装の美女が虎視眈々と反撃の機会を狙うかのごとく埋め尽くしていたはずだった。レインたちも、ゴンノーの相手をする中で彼女達がいつ襲い掛かってくるかと言う警戒を僅かながら抱いていたのである。だが、次第にその心が薄れていった事からも分かるように、敵対する自分達がこの戦いの場に乱入することは無かった。
いや、そもそも乱入する事すら不可能だったのである。
「……レイン」
「「「「……」」」」
たった1人、誰もいない空間の中を静かに浮いていた魔王は、自らと『協力関係』にある存在の名を呼んだ後、こう指令を出した。後は好きにしろ、と。
そして、魔王はそのまま自らの体をまるで膜のようなオーラで包み込み、それが破裂すると同時にこの戦場から姿を消した。レイン・シュドーが長い間幾多も苦い汁を飲まされ続け、何度も何度も敗北を続け、それでもなお諦めず懸命に努力を重ねたことでようやく打ち破ることが出来た相手を、何の苦労も努力もする事無くほんの僅かな時間で生産施設もろとも完全に壊滅させた、と言う事実を残したまま。
「「「「……うっ……うぅぅぅ……うぁぁぁ……うわあああああ!!!」」」」
「「「「ぐ…ぐわああああ!!!」」」」
それに対して感情を爆発させたのは、ゴンノーだけではなかった。
目から涙を次々に溢れさせながら、トカゲ頭の魔物を打ち破らんとするレイン・シュドーもまた、心の中から溢れ出す感情を抑えられなかったのである……。