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レイン対キリカ(2)

 以前からずっと、キリカ・シューダリアはレイン・シュドーに自らの命を差し出そうと考えていた。

 『魔王』の力によってより強化された魔物への対策を練ってこなかった自分達にも落ち度があるとは言え、世界中の人々が自ら動こうとせず全ての責任を勇者たちに押し付けようとした事、魔物を簡単に退治してくれるあまりにも都合が良すぎる存在を呆気なく受け入れ、それ無しでは生きていけないとも呼べる状態にまで成り果てた事、そして魔物に勝てないからと言う理由だけで人間達が自分たちを都合よく捨てた事――様々な事が積もり積もった結果、キリカは完全にこの世界に見切りをつけていたのである。


 確かに人間達の中では随一の魔術の使い手である彼女だが、あいにく世界を変えるほどの力は有していなかった。どこまで逃げ続けても、結局『世界』と言う大きな囲いから逃げ出すことは出来なかった。この耐え難い現実を脱却する唯一の方法として、彼女が寄りすがろうとしたのが、かつて自分が見捨てたはずの存在、レイン・シュドーだったのである。



 だが、事は彼女の思いとは全く異なる方向へと進んでしまった。


「レイン……何故私を倒さない……何故だ……!」


 先程までキリカは、目の前にいるビキニ衣装の美女をこの世から消し去ろうと言う思いで、次々に魔術の技を繰り出していた。相手の方もその殺気に危険を感じたかのように振る舞い続けていたが、キリカの真意は別のところにあった。レイン・シュドーに自分が持てる力を見せ付けることで、わざと彼女に早まってもらおうとしていたのである。今のレインが自分よりも遥かに強い力を持っている事を予測していたキリカの心の中では、散々力を使い果たした自らに冷たい視線を投げかけ、冷酷に命を奪うレイン・シュドーの姿が描かれていた。それと同時に、万が一レインが自分より力が劣っていたとしても本気を出した彼女から怒涛の反撃を受けた挙句、最後の一撃で命を落とす、と言う別の構想も練られていた。


 だが、レインはその全てを裏切った。目の前にいる本物の彼女はただ攻撃を受け続けながら、キリカに同情しようとしていたのである。


「お前の実力は……私より上のはずだ……」

「……キリカ、本当にそれを言うの、ここで……」

「構わん!」

 

 最早レインに自分の心は完全に見透かされている、と感じたキリカは、溢れ出る憤りを口から一気にぶちまけた。何故ここで『真剣勝負』の真似事を繰り返すのか、何故このような無駄な行為を続ける必要があるのか、私を舐めているのか――彼女には、レイン・シュドーが何を考えているか理解できなかったのである。


 だが、それでもレインはキリカに一切手を出す事無く、じっとその挑発的な言葉に耳を傾け続けていた。まるで彼女を哀れむかのような、悲しげな目つきで。それを見たキリカは戦慄を覚え、一瞬顔を真っ青に変えた。確かにレインから冷酷な感情を受け取る事はできたものの、彼女がずっと考えていたものとは全く違う目線だったからである。

 そして――。



「……違う……違う違う違う!!!」


 

 ――直後、キリカは大きな叫び声を上げながら、全身から次々に様々な色のオーラを作り、レイン・シュドーに向けて一気に放ち始めた。赤、青、黄、緑――様々な色のオーラが雷や光の剣、球体状の姿となり、目の前にいる『魔物』をこの世から本気で消し去ろうと迫ってきたのである。その巨大な塊は、キリカの心を表すかのように多種多様な色が入り混じり、非常に汚い輝きを見せていた。

 それを見たレインは、深く頷くと同時に静かに目を瞑り、目の前に大きな『壁』を作り始めた。かつて彼女と同様キリカ・シューダリアらに見捨てられた挙句、キリカ達の放った刺客によって儚い一生を終えた浄化の勇者、ライラ・ハリーナが操っていた『光のオーラ』を用いた技である。

 その眩い輝きが、汚れた魔術の力を文字通り消し去っていく光景を見たキリカは、さらに愕然とした表情になった。この光のオーラは、仮初の命、単純な心しか持たない魔物に対して絶対的な力を発揮する一方、複雑かつどす黒い命や心を持つ人間に対してはほとんど効果を成さない浄化の力である。純粋にその力だけで元・魔術の勇者の『心』が詰まった力を超えてしまうという事は、すなわち今のレイン・シュドーの持つ力は、キリカが想定していたものを遥かに凌ぐ事になるのだ。



「……な、な……」


 

 最早キリカの表情からは、レインと最後に語らった時の冷静沈着さは一切感じられなかった。

 全ての魔術の力が消え再び辺り一面に異様な荒れ地が広がる中、再び目を開いたレインはただ無言で口を開き続けるしか出来ない彼女をじっと見つめ、そして告げた。



「……ライラ・ハリーナ……彼女なら、私の力を退けられるはずよ」

「……くっ……ここに来て偽りの弱点晒しか……」

「どうしてそう言いきれるの?」



 『光のオーラ』の操り方も知らない貴方が――その言葉の意味を、キリカは瞬時に理解した。

 今のレインが行っているのは、自らを見捨てた者に対する文字通りの復讐。わざと思い通りに動かず、じわじわとキリカを追い詰めていくと言うやり方だ。しかし、その行為に込められていたのは、単にレイン・シュドーだけの思いではなかった。彼女に最後まで付き従う事すら叶わなかった小さな勇者、ライラ・ハリーナと言う存在の無念も、レインは背負い続けていたのである。

 ライラを自ら切り捨てたが故に、光のオーラの操り方も防ぎ方も分からず、その原理すらすべて理解しきれないまま――何度も何度も報いを感じ続け、それでも必死にもがき続けようとしたキリカにとって、『魔術』と言うプライドすら崩壊させるに等しい事実が突きつけられた。



「……う……う……うわああああああ!!!」



 言葉にならない絶叫と共に、キリカは再びレインに襲い掛かった。だが、もうその攻撃にはどんな意図も、どんな策略も込められてはいなかった。闇雲にオーラの雷をぶつけ、投げられるだけオーラのナイフを創り出し、悪あがきをするかのごとく大量のオーラの柱を投げ飛ばし、ありとあらゆる手段でレインを追い詰めようとしたのである。もう何の言葉は聞きたくない、レイン・シュドーという存在も要らない――そう言いたいかの如く襲い掛かる攻撃は、まるで自分の思い通りに行かなくなった鬱憤が限界に達した、小さな子供の駄々のようであった。


「……キリカ……」


 そんな哀れな存在の名を呟き、レインは襲い掛かる幾多もの攻撃を素手と素足で跳ね飛ばし続けた。全身に漆黒のオーラと光のオーラを何重にも纏わせ、普通の人間の攻撃が一切通じないような鉄壁の守りを作り出した上で、彼女は淡々とキリカの『駄々』を受け止め続けた。純白のビキニ衣装やそこから大胆に露出した健康的な素肌には、一切の破れや擦り傷も現れなかった。精神面ばかりではなく、肉体的な意味でもキリカ・シューダリアがレイン・シュドーより遥かに劣った存在である事を、彼女はまざまざと突きつけたのである。

 やがて、あたり一面を覆っていた色とりどりの光が次第に薄れ始めた。さしものキリカも、自分の体力を度外視して闇雲に魔術の力を放ち続ければやがてその限界は訪れると言うものである。その様子に気づいたレインは、静かに目を瞑り、一度大きく息を吸った。そして、瞼を通じてキリカの攻撃が収まったのを確認したところで静かに口を開き、ゆっくりと息を吐き出した。再び目を開けたとき、彼女の瞳には決意が宿っていた。


 立ちすくむ長髪の女性は、完全に無防備だった。泣いても喚いても自体が解決しない事を悟ったかのように、静かに佇んでいた。まさにレインにとっては、この戦いに完全なる勝利を収める絶好の機会であった。だが、それでもレインは『復讐』を終わらせなかった。一思いにこの女性の存在を永遠に消し去るという事は、まさに彼女の掌に踊らされるのと同じだからである。

 

 そしてレインが取った手段は、全身に纏っていた大量のオーラを右手の拳に込め、それをあの女性の腹を殴り飛ばす――。


「……」

「……ふう……」



 ――その直前に右腕の動きを止め、無傷のままへたり込んだ女性――元魔術の勇者、キリカ・シューダリアとじっと目を合わせる事だった……。

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