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レイン対キリカ(0)

 非常に優れた魔術の使い手は、自らが住む空間そのものを自由に歪め、思い通りに形を変える事が出来る――世界各地に住む人々の大半は一種の例えや迷信のようなものだと考えていた。『オーラ』なる異様な波を自由自在に駆使し、様々な攻撃や防御を行える者たちがよりその力を高めれば、確かに何も無い場所から様々なものを創り出したり消し去ったり、時には空間を自在に操る事も可能かもしれない。だが、そのような神様のような事など人間が出来るわけが無い、出来るとすればあの恐るべき『魔王』ぐらいだろう――多くの愚かな者たちは、そう決め付けていたのである。

 

 しかし、魔術の腕を高めた者の中に、その可能性を信じるものがいた。

 かつて『魔術の勇者』と呼ばれていた長髪の女性、キリカ・シューダリアである。



「……」


 今や、この1人だけになってしまったが。


 彼女が静かに立ち続けていたのは、先程まで自身がいた空間とは全く異なる場所――『異空間』と呼ぶのがふさわしいであろう、奇妙なところだった。荒れ果てた大地のような地面は灰色に覆われ、空は赤、青、緑など様々な色が汚く入り混じり、まるで悪夢を見せ付けているようだった。

 何故突然自分がこの場所に連れてこられたのか、その答えをキリカは既に知っていた。彼女の目の前に、その真犯人が静かに立っていたからである。その名はレイン・シュドー、長い髪を1つに結い、健康的な肌を純白のビキニ衣装から露にする、かつての勇者のリーダーである。だが、今の彼女は勇者どころか、人々を脅かす『魔物』に近い存在に成り果てている事を、キリカは承知していた。そして、いつか自分達が「敵」として再会するであろう、と言う事も。


「……久しぶりだな、レイン」

「……そっちこそ、変わらないわね、キリカ」


 5人の勇者パーティーが仲間割れの末に崩壊してから初めての会話は、嬉しさも喜びの心も一切無い笑顔を交えた挨拶から始まった。キリカは純白のビキニ衣装に包まれたレインの体を、レインは古びた衣装に身を包み質素な杖を右手に持つキリカの体を、互いにじっと眺め続けた。

 風も吹かず、音も聞こえない、異常なまでの静寂が続いた後、先に声を発したのはレインのほうだった。


 

「……どうしても聞きたかった事があるの」

「言わなくても分かっている」

「どうしてそう言い切れるの?」

「お前も変わっていないからだ、レイン」


 冷静沈着さを装い続けるキリカの言葉に悲しそうな瞳を返しながら、改めてレインは尋ねた。何故あの時、キリカたちは自分とライラを見捨て、人々の元へ逃げ出したのか。どうしてたった2人で、魔王と戦わせると言う判断を下したのか。

 その問いを受けた彼女は、じっとレインの眼を見据えて言った。自分もレインも、その答えは既に知っているはずだ、と。


 魔術の勇者キリカを始め、長らく5人で行動しながら幾多もの魔物を蹴散らし続けた勇者たちのうち3人は、魔王征伐を目の前にしてパーティーを離脱し、リーダーであったレインと彼女の味方についた浄化の勇者ライラ・ハリーナを残して町へと逃げ帰ってしまった。その理由は三者三様であったが、共通していたのは自分の利益を守るためというものであった。レインはずっと、世界の平和を守るためなら自分の身を犠牲にしても構わない、報酬が無くとも世界が平和になればそれで良い、と言う、ある意味非常に無欲な考えだった。他の面々以上に、キリカはその純粋無垢な心に反感を覚え続けたのだ。もし世界が平和になった時、人々は自分達をどのように扱うか。脅威がなくなったとき、人々は自分たち最強の勇者をどのように弄ぶか――。



「……レイン・シュドー、お前も知っているだろう。その結果を」

「ええ、『生き残れた』お陰で十分身に染みたわ。私達が守ろうとしていた者の愚かさ、醜さ、情けなさをね」


 ――もしもあの時レインが「欲」に目覚め、魔王を倒した後の自分達の地位や名誉をもっと真剣に考え、どんなに邪な考えでも人々の元に帰還することが出来れば、『死人』の名誉を極限までしゃぶりつくすようなダミーレインがはびこる事はなかっただろう、とキリカは語った。魔王を倒して世界が平和になればそれで良い、と言う甘い考えを持った結果、一切傷を負わず決して脱がされることも無い純白のビキニ衣装を纏う勇者は、人間が好き勝手に崇拝する都合の良い存在となり、その力を思う存分に利用されるだけになったのだ、と。


 確かにその言葉には、彼女を見捨てた事への正当性を決して疑わないキリカの執着心が浮き彫りになっていた。だがそれ以上に、キリカが抱くこの世界への失望感をレインは嫌と言うほど感じていた。今までずっと耐え続けていたものを全て噴出させるかのように、『勇者』と言う猿轡に縛られていたキリカの口からは途轍もない憎悪の念が吐き出され続けていたのである。


「……」


 レインは気づいた。キリカが抱くその考えは、汚らわしき世界に対して憎悪の念を抱き、魔王と手を組んだ自分と全く同じである、と言う事に。そしてキリカもまた、自分と似たような道――それまでずっと利用し続けていた人間に掌を返され、僅かな者たちと共に放浪せざるを得ない状態を辿ってきた事実にも、改めて気づかされた。



「……貴方も、私と同じね。この世界が、救いようも無い汚らわしきものだって思ってる」

「……その言葉……レイン、お前はそれを『実行に移している』のか?」

「流石ね、キリカ。お察しの通りよ。ま、とっくにゴンノーからは聞いていただろうけど」


 ここに至るまでの全ての経緯――魔物軍師ゴンノーに唆され、反抗し、勇者を捨てて世界を放浪し続けた日々が全てレイン・シュドーによって見透かされていた事を察したキリカは、諦めたような笑顔を作った。その表情を見たレインは、その顔を作るのを中断させるかのごとく、少し早口で自身の心情を明かした。確かにゴンノーが漏らしたとおり、かつての勇者レイン・シュドーは、今や魔王と手を組み世界の全てを手に入れようとする邪悪の根源である。しかし、だからと言って自分は決して魔王に屈したわけではない、と。



「私の平和な世界を、『魔王』なんかに託すわけにはいかないわ。勿論、貴方達人間も含めて、ね」



「……相変わらず、腐りきったところも変わらないな。未だに魔王に挑もうとするとは」

「キリカにもその言葉を返すわ。自分の事ばかり考えて行き当たりばったりな所、全然変わってないもの」


 互いに心に突き刺すような皮肉を言い合ったにも関わらず、レインもキリカもずっと笑顔だった。勿論そこには純粋な嬉しさなど無かった。雌雄を決する意志を固めるために本音をぶつけ合う、最後の会話を楽しんでいたから、と言うのが理由なのかもしれない。

 だが、その時間は決して永遠ではない事を、彼女達は知っていた。最後の微笑を見せた後、彼女達は真剣な目を向け合いながら互いに尋ねあった。


「……キリカ、『私』と一緒に、世界を平和にしない?」

「……レイン、『私』と手を組み、世界を平和にしないか?」


 それぞれの志は非常に似通ったものであったが、その中身は全く違うものだった。レインもキリカも、目指す平和は他の人々ではなく、自分にとって理想的なものだった事、そしてその両者の共存は不可能である事を、彼女達は互いに確認しあうように問い質したのだ。


 勿論、その答えは拒否以外に無かった。

 それと同時に、両者は互いの武器を構えあった。レインは得意の剣をキリカに向け、キリカも杖をレインに静かに向けた。これが、敵として向かい合う最初で最後の時となる事を理解し合いながら。


 そして――。


「はあっ!!」

「はあああああっ!!」


 ――キリカが杖に込めて放った攻撃用のオーラを、レインが剣で消し飛ばした時に生じた爆発をもって、かつて勇者だった者同士による最後の戦いが始まった……。

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