表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
155/248

レイン、勝負

「はあっ!!」

「ふんっ!!」


 ダミーレインに最後まで抵抗していた『村』が滅ぼされ、その罪が元勇者のキリカ・シューダリア一行に全て被せられるまでの成り行きを魔王と共に目に焼き付けた日から、レイン・シュドーたちはこれまで以上に鍛錬に力を注ぐようになった。

 勿論、普段からレインたちは世界に真の平和をもたらす者として日々初心を忘れないため、基礎中の基礎である剣の素振りや魔術による新たな自分の創造から、光のオーラを駆使した攻撃や魔術と剣術を併せた遠近両用の技など高度な内容までありとあらゆる鍛錬をこなし続けていた。最早彼女達にとって鍛錬は日常の1つであり、怠けたり休んだりするという事すら思い浮かばないほどであった。だが、あの日以降レインたちの鍛錬の内容を変更していた。準備運動や基礎をこなした後は、ひたすら自分自身を相手にする模擬戦に時間を費やすようになっていたのである。


「はああっ!!」

「ぐっ……まだまだ!!」


 漆黒のオーラを攻撃用に丸く固めた球体を互いに放ちながら、2人のレイン・シュドーは互いに隙を見つけようとしていた。

 今までの彼女は多人数対多人数、もしくは1人対多人数と言う戦いを意識する模擬戦を多くこなしており、戦い方も周りに居る別の自分を庇ったり相手の大集団に空いた隙を見つけることを重点に置いたものであった。だが、ここ最近のレインは1対1の戦いを続けていた。周りに自分と同じ姿形をしたビキニ衣装の美女が無数にいることを何よりも好んでいたレイン・シュドーが、である。


「くううっ……!!」

「あああっ……!!」


 レイン・シュドーにとって、レイン・シュドーは最も見慣れた存在、自分にとって一番大切な存在であると同時に、自分と全く同じ力を持つ良き好敵手でもあった。全く同じ姿形、同じ考えに同じ大きさの胸を有する存在だからこそ、決して手を抜いてはいけない事を彼女達は承知していた。だからこそ、額に汗が出るほどに肉薄した戦いを繰り広げる事が可能なのかもしれない。

 純白のビキニ衣装のみで覆われた胸が全く同じタイミングで揺れ、それに併せるかのように2人のレインたちの体も大きく動いた。互いに同じ位置に近づき、至近距離から漆黒ノオーラを使った攻撃を浴びせようとしていたのだ。だが、そのタイミングもまた全く同じであり、互いに衝撃波を受けて体制を崩す結果に終わってしまった。何とかオーラの力で自らの体を支えて立ち上がった彼女達は、汗をぬぐいながら背中に背負った剣を取り出した。魔術よりも剣を操った方が、目の前の「相手」に勝つにはうってつけだ、と考えたように。

 しかし――。



「「はあっ!!」」



 ――互いに剣をぶつけ合った直後、2人のレインは大きく息を吐き、そして互いに剣をしまった。

 そして次の瞬間、彼女達が戦っていた広大な『闘技場』は、あっという間に何千万人ものビキニ衣装の美女の大群で覆い尽くされた。


「「「「「「お疲れ様、レイン……」」」」」」」

「「「「こっちこそお疲れ様」」」」

「「あぁん、レインそこは……」」

「「「あ、ごめんごめん……」」」


 汗と湯気に満ちた空間をたっぷり堪能しながら、レインたちは周りに居る自分たちに笑顔を見せた。

 ここにいる彼女達は皆、先程までこの『闘技場』で全く同じ鍛錬を続けていたレイン・シュドーであった。自分自身の姿を隠し、他の相手から認識されないようになる魔術の力をより高めるため、敢えて対戦相手となるレイン以外に自分と言う存在が確認できないようにしたのである。これまで何度もこの力を駆使して偵察や監視などを行っていた事が幸いしたのか、1対1の戦いの間数千万人のレインたちはぶつかる事も攻撃が掠める事もなく、同じ場所で同時に戦うことが出来た。だが、それでも彼女は今回の結果に満足していなかった。


「「「やっぱり難しいか……」」」

「「「「そうよね……魔王っぽいことをやってみたけど……」」」」


 今回の鍛錬の目的は、単に1対1の戦いの術を磨くためだけではなかった。彼女達が魔王に向けて宣言した来るべき戦い――キリカ・シューダリアとの1対1の決戦に向けてのものだった。かつてレインを見放して町に戻り、彼女が自らの命と引き換えに魔王を倒したと偽ってその地位や名誉を全て奪い取り、そして今その報いを散々に受け続けているかつての勇者である。

 彼女の二つ名は「魔術の勇者」――オーラの力を駆使して様々な攻撃や防御を行う事が出来る存在だった。剣のみを頼りにしていたかつてのレインにとって、キリカは文字通り無敵と呼んでも過言では無かった。そんな彼女との戦いに備えるべく、レインは漆黒のオーラを利用してキリカの攻撃を再現し、それに対抗する手段を編み出そうとしていたのである。だが、今回も完全に再現するまでには至らず、最終的にキリカが使う事が無かった「剣」による攻撃に終わってしまった。

 以前、光のオーラを習得する際に魔王は今は亡き勇者、ライラ・ハリーナの姿と能力を模し、その力を完全に再現していた。あのような鍛錬を目指していたが、やはり難しいのか、と互いに話していた時、その張本人である魔王が、大量のビキニ衣装の美女でひしめく『闘技場』の空中に姿を現した。



「飽きずに続けているのか、変わった鍛錬を」

「「「「「まあね、近いうちに絶対に必要になるから」」」」」



 いつも通りの挑発めいた売り言葉に買い言葉を返したレインだったが、彼女達に戻ってきたのはその信念を揺れ動かそうとするようなものだった。



「……そもそも、本当に貴様らにとってこの鍛錬は必要なのか?」

「「「「……え?」」」」


 

 以前、キリカと1対1で勝負を付けたいと進言した際、魔王は無数のレインたちの動きを放任するかのような言動をした。それに従い、レイン・シュドーは自ら鍛錬の内容を考え、そしてその日に備えて自分同士の戦いを続けていた。魔王から出たのは、それを全否定するような言葉だったのである。 

 一瞬だけ苛立ちを覚えてしまったレインだが、すぐに周りの自分たちの顔を見合い、落ち着きを取り戻した。自分の存在意義を揺るがす数少ない存在である魔王の言葉を聞くと、どうしても冷静な心をなくしてしまいがちな自分達に反省しながら。そして魔王の言葉を聞くうち、次第にその「助言」も納得できるものだ、と考えるようになった。魔物が使う漆黒のオーラは勿論のこと、今のレイン・シュドーはあの浄化の勇者、ライラ・ハリーナが使用していた光のオーラも自由自在に使う事が出来る。どちらとも、キリカを含めた現在の人間はほぼ使いこなすことが出来ない特別な力、それを操ればかつての勇者などあっという間に倒す事が可能なのだ。


「「「……正直、そう思うことはあったわね、レイン」」」

「「「「ええ、流石に口に出すのはアレだったけど……」」」」



「だろう。それに、こちらの命令もあっただろうが『力の勇者』は貴様らの力で圧倒する形で抹消しただろう?」


 人間達に宣戦布告する前に、レインたちは勇者の生き残りの1人であったフレム・ダンガクをレイン・シュドーに変える事でその存在を永遠に消した。それもただ自分と同じ姿にするのではなく、彼の体を構成するありとあらゆる部位をそれぞれ新たなビキニ衣装の美女に変える事で、何十兆人ものレインを生み出す肉塊へと変貌させたのである。

 あのような手段を取ろうが一切こちらは構わない、と言いつつも、魔王はレインに改めて尋ねた。何故キリカ・シューダリアに『真剣勝負』を挑もうとするのか、と。



「「「……」」」



 しばしの無言の後、数千万人のレインは一斉に頷き、自らの確固たる考えを伝えた。

 確かに、キリカ・シューダリアは自分達にとって非常に憎らしい存在であり、追い詰められている彼女の今の姿は自業自得と呼んでも良い状態である。だからこそ、彼女を真剣勝負で追い詰め、敗北を認めさせたいのだ、と。


「「フレムみたいに苦しませるのも有りかもしれないけど、今のキリカはむしろそれを望んでる」」

「「「この目と耳ではっきりと確認したわ、キリカは自ら命を投げ出すために、あの場所へ向かってるって」」」

「「「「そんなキリカの言うとおりになんて、出来ると思う?」」」」


 あの日――キリカを含めた3人がレイン・シュドーと決別した日、レインは必死に彼らを止めようとした。一緒に力を合わせて魔王を倒す、それが勇者としての使命のはずだ、と。だが結局キリカはレインを見限り、そのまま去っていった。そして、結果として彼女は富、地位、名誉をたっぷり貰い、自らの欲望を叶える事が出来た。あのような屈辱を、もう味わいたくない。自分が負けるに決まっていると考えている彼女と敢えて真剣勝負を繰り広げ、その上で打ちのめす事こそが、自らの『復讐』そのものだ――闘技場が鎮座する空間に響くレイン・シュドーの声を、魔王は空中でじっと聞き続けていた。



「……貴様らも、随分賢い考えを持つようになったな」


 

 小馬鹿にするような物言いも、思いを全てぶつける事が出来たレインにとっては気にならない事だった。むしろ、魔王が遠まわしながらも自分の考えを認めてくれたと言う嬉しさの方が大きかった。だが、笑顔を見せるレインに、魔王はもう一言伝えた。

 真剣勝負というのは、相手の「真似」をすると言うことではない、と。



「「「「……!!」」」」 



 そういい残して魔王が消え去った直後、レインたちは一斉に何かに気づいた事をその顔に示した。

 今までの彼女達は、真剣勝負のためにキリカの動きを研究し、それに対応する事を重点においていた。だが、それは結果としてキリカの模倣をするに等しくなっていたのだ。それこそレインがキリカを舐めきっている、つまり真剣に勝負をする気が無いといっているようなものである。


「「そっか……そうよね、私は『レイン・シュドー』」」

「「うん、レインはレインなりの戦いをすれば……」」

「「「それは立派な『真剣勝負』になるよね、レイン」」」



 例え相手を圧倒したとしても、自分の力の全てを振り絞り、相手に対して手を抜く事無く挑み続ければそれは間違いなく『真剣勝負』だ――魔王の言葉の意味を知ったレインは、もう一度鍛錬を行う事を決めた。今回は今までとは異なり、剣も魔術も自由に使い、自らが思うように、ただし決して手を抜く事無く戦い続けるというものだ。

 

 そして、鍛錬のパートナーとなる新たなレイン・シュドーを漆黒のオーラから創造しながら、彼女達は苦笑いを交わした。最終目標である打倒魔王のための鍛錬は、心も体も含めてまだまだ長い時間が必要になるだろう、と……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ