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キリカの心境

『キリカ・シューダリアは人間達を裏切った!』

『魔物に味方する偽勇者を許すな!!』

『この顔に良く似た人物を見かけたらダミーレインに報告を願う』



 ある時を境に、こういった文面の張り紙があちこちの町や村に掲示され始めた。そこには瓦礫の山と化し誰一人生き残りが確認されていない『村』の様子と共に、その張本人として3人の人間の存在を挙げ、彼女達により憎しみを抱くような文面が書かれていた。有無を言わさないような内容だが、そうなったのも仕方ないかもしれない。『魔物』による被害として、ここまで凄惨なものは無かったのだから。


「「「……」」」


 そんな多数の張り紙を、じっと眺める1人の女性と2人の男性がいた。世界最大の町よりも世界の果てに広がる荒野の方が近いと言う位置にある、ごく普通の村の中にも、この情報が伝えられていたのである。だが、この3人が抱いた感情は、他の人間のような恐れや怒りではなく、悲しみに近いものであった。この文章に踊らされる人間達を、どうしようもない存在だと思っているような目を一瞬見せるほど、彼女達は不快感を抱いていたのだ。

 それもそのはず、ここにいる3人こそが、世界中を敵に回す事態となった「元」勇者キリカ・シューダリアと、彼女に最後まで付き従う覚悟を固めた2人の弟子なのだ。ただし、その姿は張り紙に書かれたものとは全く異なる、古びた衣装に穴の開いた靴、今にも破れそうな鞄を持った貧しい旅人であった。魔術の力を駆使して、彼女達は人々から身を隠していたのである。そして彼女達は、今後元の姿に戻る機会がほぼ失われた事を改めて実感した。



(キリカ様……)

(私達は……くっ……!!)


 もし今の気持ちをそのまま声に出してしまえば、キリカ・シューダリアたちに同情する存在として周りにいる村人から不審に思われる可能性があると考えた彼女達は、自身が得意とする魔術を使い、心から直接会話を行う事にした。念のために外部から読まれないようにする防御の魔術も併用し、並大抵の人間の魔術では自分達が何を考えているか読み取る事が出来ないように策も打った。ここまでしなければ、今の彼女達は人前で会話する事すら出来ない状況になっていたのだ。弟子達は、その悔しくも辛い気持ちを、最も尊敬する女性にぶつけた。



(何故人間達はこうもあっさりと信じてしまうのでしょうか……)

(こんなに酷い冤罪を受けるなんて、こんな屈辱を味わうなんて……!!)


(分かっている……)


 これまで魔物たちは何度も人々が住む村や町を襲ってはそこを巨大な漆黒の球体で包み、住民ごと二度と入れない空間を創り出しつづけていた。だが今回は以前の状況とは全く異なり、跡形も無く消え去った村の様子を人々がまざまざと見せ付けられる事態が起きていた。そして、唯一生き残る事が出来た者から得た情報のせいで、キリカ・シューダリアが人間達の救世主から人間達の侵略者へと変わってしまったのである。

 だが、その本人達は全くの無実であった。確かに彼女達はしばらくあの村に滞在し、世界中で今もその数を増し続けている純白のビキニ衣装の美女・ダミーレインに対抗する人々に協力をしていた事がある。だが、そこに住む者たちは皆自分の事しか考えず、ただ地位や名誉を求め続ける愚かな者たちばかりであった。やがてその事実に気づいたキリカたちは、見捨てるような形で村を抜け出し、再び放浪生活を始めたのである。無論、あの村を離れた事に対する未練は1つも無く、戻ってくる意志も全く無かった。だが、そんな中で容赦なく彼女達にあらぬ疑いがかけられてしまったのだ。魔物に協力してダミーレインの弱点を教えた、魔物の味方になって大量に増えて村を滅ぼした――まるであらゆる悪の根源が彼女達にあるかのような有様であった。


 あの村の住民達に対してそれなりに苛立ちはあった、と本音を語りながらも、2人の弟子はキリカに自分達の憤り、そして悔しさを露にした。キリカ様たち勇者が懸命に守り通し、自分達もいつかは守らなければならないと心に誓っていた他の人間達が、あっさりと自分達を見捨てた事を。

 だが、そのキリカ本人は、冷静――いや、冷酷に物事を見つめていた。



(よく考えてみろ。そもそも何故人間達は、あのダミーをあっさりと受け入れたのだ?)


(それは……やはり魔物を倒す姿をまざまざと見せつけたからでしょうか)

(圧倒的な力を見てしまえば、魅了されてしまうのは仕方ないかもしれません……)


 

 しかし、それ以外にもう1つ理由がある――そう言ったキリカの口から出た言葉を、弟子達は慌てて否定させようとした。大半の人間達が勇者、特にこのキリカ・シューダリアに関して恨み辛みを持つようになっていた、と言われれば当然だろう。だが、そう考えざるを得なくなるまでの過程を彼女ははっきりと覚えていた。魔王が再び復活して以降、キリカ・シューダリアとその弟子達が完全に魔物に勝った事は1度たりとも無かったのだ。幾ら世界を救った「勇者」でも、何度も何度も敗戦を重ねれば信頼が失われるのも当然だ、とキリカは諦めが混ざったような心を弟子達に伝えた。


(で、ですが……そうですよ、トーリスさんは今も『勇者』を……!)


(あのような「無様」な姿を見ても、か?)


(ぶ、無様……!?)

(な、何を言うんですかキリカ様!貴方は『勇者』なのですよ!)


 正確には「元」勇者だ、と返す彼女の表情は、魔術の力で人相を変えても分かるほどに悲しそうだった。まるで弟子2人に、自分達は勇者でいることができなかった存在だと告げるようだった。ダミーレインを積極的に推薦し、彼女達を利用して世間を渡り歩く事ができたトーリス・キルメンが、最後まで残った勇者になったという事実が、彼女の悲壮な思いをより強くさせていたのかもしれない。


 まるで今までの自分の行いの全てが無駄だったかのような師匠の言葉を聞いた弟子達は、しばしの無言の後、はっきりと自らの気持ちを伝えた。


(……キリカ様……その言葉を聞く限り、最早世界には絶望しかない、とお考えなのですか?)

(……少なくとも、人間達がいる場所には、な)


(それは、私達も含むのですか?)

(……!)



 自分達が見つめる事が出来る人間達の数には限界がある、どうしても救えない命も出てしまうかもしれない。だが、その「命」の事を思い続ける事は決して不可能ではない、それを行う者こそが勇者なのではないか――例えどんな状況でも自分達がキリカ・シューダリアの味方である事を、2人の弟子は懸命に伝えようとした。冷静沈着、いつも厳しいがその中に確固たる信念や優しさが詰まっていた彼女の姿こそが、彼らにとっての憧れであり、そして最も理想に近い姿だった。荒みきった世の中で何もかもが絶望に覆われても、尊敬するキリカ様のためなら命を投げ出しても構わない――彼らの意志は固かった。


(……すまない、またお前達に迷惑をかけてしまったな……)

(いえ、とんでもない!私達は一向に構いません!)

(『勇者』キリカ・シューダリアのためなら、どんな命令でもお受けいたします!)


 

 彼らの言葉のお陰で、キリカは幾分心を落ち着かせることが出来た。全てを利用し最も有利な選択肢のみを選び続けていたはずの彼女にとって、今や目の前にいる2人の男だけが、自分を信じてくれる最後の存在だった。しかし、そのような計算を抜きにしても、彼らを絶対に守り通さなければならない、とキリカは考え始めていた。この狂った世界の中で真っ直ぐな思いを持つ者が、最低2人は存在する事がはっきりと分かったからかもしれない。

 そして3人は、再び次の場所へと旅立つ事にした。貧乏な旅人となってトボトボと歩くその姿に秘められた真実に気づく村人は誰一人としていなかった。


 やがて村から長く続く一本道が見えてきた時、キリカは自らの口元に防御魔術をかけ、弟子から声も表情の変化も読み取れないようにした上で密かに呟いた。



「……すまない……」



 それは、純粋な心を持ち続ける弟子2人を完全に信じきることが出来ていない事に加え、彼らに伝えていない重大な事実があると言う意味も込めた謝罪だった。既に彼女は、自分達の行動が魔物軍師ゴンノーに加え、魔王とそれに仕える「魔物」――かつて彼女が見捨てた勇者、レイン・シュドーに読まれている事を感づいていたのだ。

 あの『村』から脱走することを告げた際、彼女は既に弟子たちに自分達の行動が何者かに利用されている可能性がある事を告げた。だが、未だにキリカはそれ以上の内容――本当に自分達が、ゴンノーや魔王によって監視されていたり利用されているかどうかの実証を行うまでには至っていなかった。その行動を行うだけの「魔術」の腕が、今のキリカには備わっていなかったのだ。


 弟子達が抱く理想の存在と自分が大きく引き離されている事実を、キリカは辛い気持ちで受け止めていた。何とかその本心は誰にも明かさないまま過ごし続けていたが、それも間もなく限界だろう、と彼女は冷静に考えていた。そしてもしその時が訪れれば、間違いなく自分達の行動を監視しているであろう勢力が本格的な行動に出るはずだ、と。



「……そうだ……じきにこの世界は滅び、新しい世界が生まれる……ならばせめて……」



 口元の魔術を解き弟子達に次の目的地を告げる直前、キリカはある人物の名を呟いた。全てが消え去った後に待つであろう漆黒の世界を支配するのなら、こちらの方がよっぽど理想的だ、と考えた者を。

 そして、全ての責任を他人に押し付けると言う、人間と全く変わらない行動を取ってしまった自分自身を、悲しそうに笑い飛ばした……。

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