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レイン、追跡

「「「キリカ……!」」」


 魔王から受け取った、ダミーレイン導入に最後まで反対していた『村』が滅ぼされていく光景をじっくりと味わいながら、レイン・シュドーは1人の女性の名を一斉に呟いた。キリカ・シューダリア――かつてのレインの仲間、裏切り者、そして元・魔術の勇者である、長髪の美女である。

 以前からキリカもまたダミーレイン導入に対して強烈に反対していた事を、レインは把握していた。勇者と言う名を捨て、世界最大の都市から脱走すると言う事態まで起こせば、どれだけ愚かで鈍感な人々でもその事を薄々認識するだろう、とレインたちは考えていたが、人々はまるで憑りついたかのようにダミーレインに心を奪われ続け、キリカという存在をほんの僅かしか気に留めていなかった。彼女のことを信頼していたのは、同じ思いを抱く『村』の住民たちだけだったのである。

 しかし、結局そこもキリカや彼女を慕ってお供をする弟子たちの安住の地にはならなかった。住民たちからの評判が悪くなり視線が険悪になり始めた頃、彼女たちは密かに村を脱走していたのだ。



「……キリカは……」今回の事態を……」予想していたのかもしれないわね……」



 その後の行方も勿論レインは追跡し続けたのだが、魔術の力で全く違う姿に変装し、ただ身を隠すばかりで何も行動を取る気配を見せなかった。だが、改めて思い返してみれば、キリカたちの動きは逆に外部から何かしらの動きがあるのを待っているようにも感じ始めてきた。もしかしたら、それこそが今回の『村』の壊滅だったのかもしれない――そう感じたレインたちは、早速キリカたちの動きの記憶を互いに共有しようとした。

 ところが――。


「「「「あ、あれ……?」」」」

「「「「「「ねえ、もしかして全員……」」」」」」


 ――普段からずっと続けているはずのキリカの追跡を、今日に限って誰も行っていないという事実が発覚したのである。


 肝心要の情報収集を、よりによって今の段階で忘れてしまうという重大なミスを犯してしまった事に対して互いに顔を見合わせるレインたちであったが、彼女たちには別の自分に対して責任を追及する、と言う感情は湧かなかった。もし別のレインを責めたとしても、外見も声もビキニ衣装も胸の大きさも、そして記憶まで全く同じ自分自身も同時に責めてしまうと言う事実を認識していたからかもしれない。そして、彼女たちは責任を皆で取るべく、すぐに魔王に対してキリカ・シューダリアやその弟子たちを偵察する許可を出すよう一斉に訴えた。もしかしたらキリカたちは既に行動を始めているかもしれないが、それでも彼女たちが何をしているか把握する必要がある、と考えたからである。


 だが、四方八方から次々に聞こえる同じ声の大合唱に、魔王は拒否の姿勢を見せた。

 自分たちの失敗の責任を自分で取ることが出来ないと言う事なのか、と愕然とした表情のレインたちが見つめる中、魔王は右手に漆黒のオーラを使って杖を作り出し、床を叩いて大きな音を出した。その瞬間――。



「「「「「「「「「「「「「……え、レイン!?」」」」」」」」」」」」」」


「「「「「……ごめん、本当にごめん!!」」」」」



 ――魔王の傍に、新たに数十人のレイン・シュドーが現れ、そして申し訳ない、と言う表情で謝りだしたのである。


 このレインたちは、周りを取り囲む数億人の彼女とは別に、この本拠地にあるレイン・シュドーが実る巨木『レイン・ツリー』から自ら収穫したものである、と魔王は説明した。そして生まれたばかりの彼女たちだけに、魔王は特別な指令を与えていた。キリカ・シューダリアの動きを逐一観察しろ、と。


「「「「「ま、魔王……どうしてそんな事を?」」」」」

「ただ本拠地で呑気に佇んでいるだけだと思ったか?それに、今回はあの『裏切り者』も関わる事態だ」


 そのため、敢えて既にあちこちの場所で増え続けている純白のビキニ衣装の美女にはキリカ追跡を行わせず、独自に任命した彼女たちに託したのだ、と魔王は今回の状況を告げた。


 急なことで説明したり状況を送信する暇は無かった、許して欲しい、と謝るレインたちを、他のレインたちはすぐに許した――いや、許す許さない以前に、そもそも謝る必要など無い、と告げたのである。記憶が違えど相手は世界で最も強く優しく麗しい存在、自分を信用しないで誰を信用するのだろうか――愚かで哀れな人間たちが考えるような下向きの発想は、既にレインの判断から消え去っていたのだ。


 そしてすぐに彼女たちは、偵察結果の記憶を共有した。

 あの『村』の近くには、ダミーレインに囲まれている別の町や村が幾つか存在している。そこから流れた噂が、既にキリカたちの元に届いているかもしれない、と考えたのだ。

 やがて彼女の心に、太った令嬢の姿に変装したキリカと、その執事に成り済ました弟子2人が、とある飲食店に佇む光景が映し出された。



「「「……周りで語り合ってる人がいるわね……」」」

「「飲食店の噂話……やっぱり……」」



 今回のレインの推測は、見事に的中した。壊滅した村から遠く離れたこの場所にも、薄々ながらも例の噂は届いていたのだ。それも、話に尾びれがついた、実際とは異なる姿になって。

 キリカが人間を裏切り魔物と一緒に町を滅ぼした、いや魔王が一緒についてきた、キリカがダミーレインの偽者を操っている――『村か町が滅んだ』『犯人はキリカ・シューダリア』と言う情報が様々に派生し、現実とは異なる形になっていく様子に対して、変装したキリカたちは一見気にしないような素振りを見せていた。当然だろう、噂と言う段階でも人間を裏切ったという悪評が流れれば、少しでも反応しただけで疑われる可能性は大いにあるからである。


 だが、自らの体を透明にして潜んでいたレインたちは、キリカの目が一瞬だけ変わった事に気がついた。自分だけが得をするような冷酷な事を考える目つきだと最初感じていたが、何度かその光景を『思い返す』中で、その瞳の中にそのような冷酷さが見えない事に気がついた。


「「これは……」口に出さなくても分かるわね、レイン」私も同じような目つきをした事が……」あまり思い出したくないけどね……」



 まだダミーレインに手も足も出ず、成す術もないまま日々敗北を続けていた頃、何も出来ない悔しさを滲ませながらレインたちはつい虚空を睨みつけるような目つきをとっていた。あの頃抱き続けていたダミーレインやゴンノーに対する恨み辛みは勿論だが、それ以上に自分の無力感に一番苛立ち、そして悲しさを感じていたのだ。

 キリカが見せた目つきも、まさにそれと同じものだったのである。



「ふん、どうやら収穫はあったようだな」

「「「……ええ、魔王。感謝するわ」」」


 

 しっかり礼は言いながらも、自分相手とは異なる真剣さを伴う言葉をレインは魔王に投げた。


 そして、レインたちの記憶の中のキリカが飲食店を去った後にどこへ向かうか、彼女たちはじっと追い続けた。町を出ても、キリカと弟子たちは元の姿には戻らず、みすぼらしい姿の少女と少年に変装していた。最早この3人は、一生元の『勇者』と『弟子』には戻れないのだろう、と考えた時だった。



「「「……え……?」」」



 何かを語った後、静かに歩き始めたキリカと弟子2人の道の先にある場所がどこか、レインたちは知っていた。自分たちがキリカ達と共に『勇者』として歩き続けた経路そのものだったのだ。それと全く同じ道のりをキリカたちが進もうとしている事の意味は何か――互いに顔を見合わせ、またもやじっくりと考えたレインたちは、揃って同じ結論に至った。

 このままあの面々がこの経路を進み続けるのは難しい。あの時立ち寄った町や村の多くが、再び魔物=レイン・シュドーの手に戻り、人間たちが侵入できない場所になっていたからである。だがそれでもただ一箇所だけ、レイン・シュドーの支配下に置かれていない場所がある事を、彼女たちは知っていた。その場所こそ、彼女が真の平和を目指すきっかけになった所、そしてキリカ・シューダリアにとってはある意味どんな武器よりも心に大きな打撃を与える所なのだ。



「「魔王……」」

「……なんだ?」



 そして、集まっていた全てのレインたちは声を合わせ、魔王に向けて自分の考えを告げた。


 浄化の勇者ライラ・ハリーナが育ち、今は空き家と巨大な墓が建つだけのとある村外れに、キリカ達は向かおうとしている。自ら命を落としに行くのか、それとも過去の因縁を全て消し去るためかは分からない。だが、これほど自分達にうってつけの場所は無いだろう、と。



「「「「……ライラの故郷で、キリカと決着を付けたい」」」」

「「「「「「「「「「私は、そこでキリカとの因縁を消し去りたい」」」」」」」」」」



「「「「「「「「「「「「「「「「「「「魔王、許可を」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」





 しばしの沈黙の後、魔王が告げた返事は普段どおり素っ気無いものだった。



 勝手にしろ、と……。 

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