レイン、嘲笑
魔物からの防衛から日常的な仕事まで、人間のために文句も言わずに尽くしてきたダミーレインを、魔物に勝てないという理由だけで町から追い出し、外部の防衛ラインとしてただ突っ立たせておくだけの状態にする――そんな人間たちの醜く非情な光景をレイン・シュドーが目の当たりにしていた同じ頃、別のレインたちもまた、醜い人間たちの本性を敢えてその目で確かめるべく、別の町へと潜り込んでいた。
(やっぱりダミーの数が……)
(以前よりも減っているわね……)
この町でも、ダミーレインに対する人間の信頼が以前よりも低くなっているのは目に見えて分かった。頑丈に覆われた町の壁の外側にへばりつくかのように大量のダミーが配置され、その外側にも大量の彼女が大地を覆うかのように立ち続けていたからである。魔物にも勝てないような存在が自分たちの周りにいると危害が及ぶ可能性がある、だからなるべく被害を抑えるために彼女たちを遠ざけたい――人間の考えの底知れぬ愚かさに、レインたちは呆れを通り越して感心と言う気持ちすら浮かぶほどであった。
そして、世界を狙っている『魔物』が姿を隠したまま密かに潜入している事を、壁の内側に住む人々は全く知る由も無いまま、ぎこちなく日常生活を過ごしていた。誰かが苛立ちや恐怖を出せば自分を含めたこの町の人々全員が押し潰れてしまう、だから懸命に耐えるほか無いと言う、哀れな人間たちの姿であった。
そんな人々を横目に、数名のレインはそのまま大きな道を歩き続けた。この町で一番大きな通りを構成する道の両側には元気をなくしたように座り込む男女や物を売る気が見られない商人など興味深い観察対象が多数存在していたのだが、今回彼女たちが来たのはそれらの様子を見守る事ではなかった。この道が行き着く先にある、レンガ造りの大きな屋敷――この町を司る代表者とその関係者たちが住む、巨大な建物である。
世界各地にダミーレインが次々に投入され、人々の生活に欠かせない存在となっていく中、一部の人々――各地の商売で儲けている者たちや各地の町や村を纏める者たちに、必要量よりも多くダミーレインを導入する例が起き始めていた。レイン達が行っていた偵察の中では、その顧客の大半は男性であり、さらに女性を含めた多くの者たちは、各地で催されるパーティーなどで他の誰かを口説いたり、卑猥な言葉をかけたりする傾向が強いことが分かっていた。
そのような者たちが、ダミーレインをどのように扱うのか、レインたちはすぐに推測する事ができた。
(……ねえ、まだあれ続けてると思う……?)
(分からない……全部排斥した可能性もあるよね……)
(でもそれは無さそうな気もする……)
あの時、レインたちは覚悟を決めた上でその推測どおりの卑猥な光景を目と心に焼き付けた。ダミーたちを単に自分に良く似た偽者だと捉えていた頃とは言え、他人に全ての行動を支配され、思うがままに動かされる光景は本当に見るも苦しいものであった。
そして、屋敷の中にそっと忍び込んだ彼女たちが見た光景は――。
「「「……!」」」
――以前と変わらぬ、ダミーレインに覆われた空間であった。廊下を敷き詰めるかのごとく、純白のビキニ衣装の美女が立ち並び、中央にあいた空間の両隣に立つダミーたちはどうぞお触りくださいと言わんかのごとく胸を大きく突き出していたのである。だが、そんな美女が覆い続ける面積が、以前よりも増えていることにレインたちはすぐに気づいた。以前はなるべくたくさんの光を当てるため、窓の周辺にはダミーたちを密集させていなかったのだが、今はそのような事などお構いなしといった具合に、辺りが薄暗くなるほどにダミーが寄り集まっていたのだ。
ここにいる彼女たちは、単に代表者の「嗜好」のためだけに詰め込まれているのではない、ということをレインたちは察した。
ある意味代表者は、町の人々から責任を取らされるような格好で、ダミーレインをこの屋敷に収納せざるを得なくなっているのだ、と。
(……『魔物』に負けたダミーはもう頼れない、だからそんなのこの町には要らない……か)
(あら、レインにしては面白い考えね)
(一番愚かな考えを言ってみただけよ♪)
(もう、レインったら♪)
ある意味では責任感ある代表者かもしれないが、実質的には不良品を押し付けられただけのようなもの。だからこそ、こうやって屋敷の中でただ立つだけの仕事を強いられているのかもしれない、とレインたちは周りに居る『自分』に同情心を送った。そして、大量のダミーたちの中をすり抜けるように、代表者の部屋の中へと忍び込んだ。
そこで待っていたのは――。
(((うわっ……)))
――と、思わずレインが引いてしまいそうな光景だった。
大量のダミーたちが酒や食べ物を用意し、顔に優しそうな笑みを作りながらかいがいしく動く先には、ダミーたちと似たような格好――最低限の布しか身に纏わない姿の代表者がいたのだ。だが、それはダミーとは比べ物にならないほどの醜さであった。大きな腹やたぷんと揺れる首元を露出したまま、彼は大量のダミーに世話をされていたのである。
心配しないで下さい、私たちがいるから大丈夫ですよ、いつか世界は平和になります――どのレインたちも皆耳障りの良い事ばかりを告げ、用意する酒の度数もかなり高いものばかりだった。彼女たちは、まるで主人を現実から引き離そうとしているような行動をしていた。町の住民たちが望んでいるであろう世界が、代表者を包んでいたのかもしれない。
甘えたような言葉まで告げる代表者の醜い姿に、本物のレイン・シュドーたちは軽蔑の視線を送り続けた。
((戦う気力すら無いのね、この町の誰もが……))
((こんな連中のために、ダミーたちは戦ってるなんて……))
そして、目の前の悲惨な光景に、彼女たちは遥か遠くの場所にいるであろう人物をあてはめていた。あの時、自分が世界の模範だと自慢げに語りながらダミーレインを愛撫し、彼女たちをまるで愛玩動物のように扱っていた勇者――と人間たちから持て囃されている男、トーリス・キルメンを。
勇猛果敢、頼もしい勇者と言う仮面を被るのが非常に得意なあの男も、きっと今頃はこのような有様になっているのだろう、とレインたちは思った。ダミーレインが最強の存在であるという幻想に囚われた人々は、それがどれだけ打ち砕かれようともしがみ付くしかないのだ。健康的な肌を純白のビキニ衣装から大胆に露出し、大きな胸や滑らかな腰を揺らしながら優しく体を包み込む、彼らの『奴隷』たちに。
物思いにふけりつつ、現実を目に焼き付けていた、その時だった。
『『『……レイン!聞こえる、レイン!?』』』
突然レインたちの心に、別の自分たちの声が響き始めたのだ。
その発信元が別の町を偵察中のレイン・シュドーである事に気づいた彼女たちは、緊迫したような口調に一瞬心が冷えるような官職を覚えた。何か良からぬ事が起きたのか、もしかして偵察がばれてしまったのか、様々な思いを抱きながらレインたちは突然の通信の理由を尋ねた。だが、その直後に返ってきたのは、それらとはまた別の、だが非常に重要な事態であった。
(((……本当よね、レイン……ゴンノーが見せた幻想とかじゃなくて……)))
『『『ええ、間違いない。魔王から裏付けも取れてるわ』』』
偵察を中断させ、代表者を決めて急いで世界の果てにある本拠地へ集合せよ――各地のレインたちに飛び交った魔王からの言葉を、別のレインは自らの言葉で伝えた。詳細な記憶などは、向こうで魔王と行う会議の中で見るように、と付け加えながら。
勿論、レイン・シュドーにそれを拒否する事など考えられなかった。人間たちは勿論、自分たちの今後の行動にも影響を及ぼす辞退である事は間違いないからだ。
ダミーレイン導入を今まで頑なに反対し続けてきた『村』が、ダミーレインによる襲撃を受けて滅ぼされたと言うのだから……。