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トーリスの背徳

 顔を真っ赤にしながら笑顔を見せる美女を幾人も侍らせ、訪れた町の人々から喝采を浴び続けていた、最後の勇者トーリス・キルメン。彼が普段住んでいる場所――世界最大の街にある会議場の一角に戻ってきたのは、それからかなりの時間が経った頃だった。


「ただいまー♪」


 既に辺りは夕陽に包まれ、間もなく各地の灯りが点される時間であった。ずっと前ならば、もう少し早く帰ってきたほうがありがたい、と彼の名誉を最低限保ったまま注意できる者たちがこの会議場の中に幾人か存在していた。だが、今その面影は一切無かった。


「お帰りなさいませ、トーリス様」お帰りなさいませ、トーリス様」お帰りなさいませ、トーリス様」お帰りなさいませ、トーリス様」お帰りなさいませ、トーリス様」お帰りなさいませ、トーリス様」お帰りなさいませ、トーリス様」お帰りなさいませ、トーリス様」お帰りなさいませ、トーリス様」お帰りなさいませ、トーリス様」お帰りなさいませ、トーリス様」お帰りなさいませ、トーリス様」お帰りなさいませ、トーリス様」お帰りなさいませ、トーリス様」お帰りなさいませ、トーリス様」お帰りなさいませ、トーリス様」お帰りなさいませ、トーリス様」お帰りなさいませ、トーリス様」お帰りなさいませ、トーリス様」お帰りなさいませ、トーリス様」…


 会議場の一角にずらりと並んでいたのは、皆全く同じ美女――1つに結った長い黒髪や純白のビキニ衣装で統一された存在、ダミーレインしかいなかったのである。彼女たちは、トーリスがその場を通りかかると表情をゆっくりと笑顔に変え、彼に向けて微笑みの声をあげた。中には彼の方に歩み寄ってその腕や体に抱きつき、まるで自分の体の感触を彼に味あわせるかのような行動を取る者もいた。

 どこまで進んでも、両隣には夕陽に照らされたダミーレインが延々と並んでいる――そんな光景の中、ずっとトーリスは笑顔を崩す事は無かった。ビキニ衣装の全く同じ姿形の女性が無限に増え続けるという、昔は一切考えた事も無かった光景が現実になっている事の嬉しさもあったが、それと同時に彼にはもう1つの『嬉しさ』があった。かつて自分を散々イラつかせた挙句、魔王の手下になって人間たちに復讐を始めたというあの女勇者、レイン・シュドーと全く同じ姿形をした存在を、自分の思うがままに扱う事ができると言う、下劣な心である。


「ふふ、レイン。君たちはいつも綺麗だよ♪」


「ありがとうございます、トーリス様!」トーリス様!」トーリス様!」トーリス様!」トーリス様!」トーリス様!」トーリス様!」トーリス様!」トーリス様!」トーリス様!」トーリス様!」トーリス様!」トーリス様!」トーリス様!」トーリス様!」トーリス様!」トーリス様!」トーリス様!」トーリス様!」トーリス様!」トーリス様!」トーリス様!」トーリス様!」トーリス様!」トーリス様!」トーリス様!」トーリス様!」トーリス様!」トーリス様!」トーリス様!」トーリス様!」トーリス様!」トーリス様!」トーリス様!」トーリス様!」トーリス様!」トーリス様!」トーリス様!」トーリス様!」トーリス様!」トーリス様!」トーリス様!」…


 トーリス・キルメンはどんな人間たちよりも尊敬すべき存在、トーリスに褒められるのは最上の喜び、トーリスに仕える事が出来るのは極上の幸福――冷静沈着に日々の業務をこなし続けている全てのダミーレインは、無意識のうちにこれらの命令を植え付けられていた。彼がどこまで奢り高ぶろうが油断しようが、誰も彼を批判する事無く常に褒め称え、従い続けていたのである。トーリスにとっては、まさに極楽に等しい日々であった。


 そして、そのような状況を生み出した張本人こそが――。


『お帰りなさいませ、ゴンノー様♪』

「ゴンノー……君まで真似しなくても良いんだよ」

『これは失礼致しました』


 ――遠い町から彼を魔術の力で連れ戻してきた軍師ゴンノーであった。

 老婆の姿をしたこの存在もまた、自らの持つ『魔物』としての力を駆使し、ダミーレインを数限りなく創り続けながら世界に影響力を広げ続けていた。魔物を次々に蹴散らすダミーレインを生み出したという功績もあり、ゴンノーに苦言を申し付けるものもまた、世界に誰一人としていなくなっていた。各地の代表が集まる会議も、今やダミーレインが代理として出席し、広い部屋の中をビキニ衣装の美女が何百人も埋め尽くす様相に変わっていた。最早この2人を止める人間は誰もいなくなっていたのである。


 とは言え、そのゴンノーとトーリスの間だけは別であった。


『それにしてもトーリス殿、随分長く楽しんできましたねぇ』

「いやぁ、あれだけ歓声を受ければね♪」


 たっぷりと人々から持て囃される毎日にすっかり浸かりきっていた彼に対し、ゴンノーはやんわりと釘を刺した。何をしても注意されることは無いとしても、一応『勇者』としての心得は保っていた方が良いのではないか、と。ダミーレインを何人も侍らしたままあちこちを巡るのは、人々からも呆れられるのではないか、と告げたのである。どんな形であれ、トーリスの行動に異議を申し立てる事が出来るのは、『魔物』であるゴンノーぐらいしかいなかったのだ。

 ただ、ゴンノーが用意したその釘を、受け手である彼はそう簡単に打ち込ませようとはしなかった。確かにダミーレインを侍らせたのは、自分自身が楽しいからと言うのもある、と軍師の考えを一部受け入れた上でこう返したのである。


「でも、『勇者』だからこそ僕は、ダミーレインを侍らせたのさ。人々に見本を見せるためにね」

『見本……ですかぁ?』

「ダミーレインは人間の味方、愛すべき存在だって言う事を、世界中の人々に教えた、って訳さ」


 とは言え、いちいち自分が教えなくとも、既に世界中の人々は知っているかもしれないが――そう言いながらトーリスは笑った。自分の考えを一切曲げず、忠告も受け付けない事を暗に示した彼の行動に、ゴンノーは苦笑しながらもこれ以上深く責めようとはしなかった。心の中で老婆の姿をしたこの魔物が何を考えていたのか、トーリスは全く知る由も無かった。


『……さて、そろそろ夕食の時間ですねぇ』

「そうだね。ゴンノーはどうする?」

『今日はのんびり休みますよ。魔物ですからねぇ、食べ物が無くても平気なんですよぉ♪』


 その言葉を受け、トーリスはゴンノーやダミーレインたちに留守番を託し、夕食を食べる部屋へと移動する事にした。勇者である彼にとって本日最後の業務でもあった。

 通路には相変わらず左右の壁を覆い隠すかのようにずらりとダミーレインが並び続け、トーリスが近くに来る度に無表情から満面の笑みへと顔を変えていた。絨毯が敷かれた豪華な場所でも、長い階段でも、ダミーレインの姿を見ない場所は無かった。あらゆる場所が彼女で埋め尽くされている状況は、トーリスにとって背徳的な嬉しさを促すようなものであった。そして、夕食が待つ部屋の中もまた――。


「トーリス様、いらっしゃいませ」いらっしゃいませ」いらっしゃいませ」いらっしゃいませ」いらっしゃいませ」いらっしゃいませ」いらっしゃいませ」いらっしゃいませ」いらっしゃいませ」いらっしゃいませ」いらっしゃいませ」いらっしゃいませ」いらっしゃいませ」いらっしゃいませ」いらっしゃいませ」いらっしゃいませ」いらっしゃいませ」いらっしゃいませ」いらっしゃいませ」いらっしゃいませ」いらっしゃいませ」いらっしゃいませ」いらっしゃいませ」いらっしゃいませ」いらっしゃいませ」…


 ――彼が座る席を残し、一面をダミーレインが埋め尽くしていた。勿論、そこに置かれた豪華な食事も彼女たちが創り上げたものであった。

 憎たらしい存在と同じ姿形をした者たちを無数に増やして自分に従わせ、日常生活の何もかもを任せっきりにする――毎日のように『復讐』を行い続けているトーリスの顔は、まさに最高の笑顔に満ちていた。そして彼を称えるかのように、辺りからは次々に食べ物を載せたスプーンがトーリスの方に向けられていた。ダミーレインたちもまた、この『勇者』と言う名義しか持たない男に従う日々を幸せだと感じ続けていた。


 「あははは!」


 自分たちの行いに疑問を持つ者は、誰もいなかった……。


「うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」うふふ♪」…

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