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女勇者、決意

 剣を操る女勇者レイン・シュドーと、白いオーラで魔物を浄化する少女ライラ・ハリーナ――彼女たち2人を残したまま、他の3人の勇者は魔王を目前にしながら仲間割れを起こし、レインたちの元から去って行ってしまった。

 だが、それはただリーダー格であったレインや、それに素直に従い続けていたライラの態度に愛想を尽かしたという理由だけでは無かった。理想だけで動き続けていると彼らが称した彼女たちに対しての、一つの復讐劇だったのだ。レインたちが『魔王』を倒した後、自分たちがその手柄を取ってしまおう、と言う事を。


 ただ、その真実を魔王によって伝えられたレインは、自分がいつかはこういう目に遭わされる状況にいた事を僅かながら察知していた。あの時の『勇者』の一行は、ただ無表情で歩き続け、一切の言葉も交わさないほど険悪なムードになっていたのを、120人の彼女ははっきりと覚えていたのである。戦いの際も事務的な事しか話さず、終わればすぐ無言になり、励ましも無い。いつ仲間割れを起こしてもおかしくなかったのだ。


 しかし、それでもなおレインには分からない事があった。


「それで、私は魔王に負けて……」「今こうやって囚われている」「だけど……」


「「「「「「「「「「『ライラ』は?」」」」」」」」」」


 あの日、濃い霧と押し迫る闇に包まれた山道の途中で、たった2人になってしまった魔王征伐に挑む勇者たちは、互いの姿を見失ってしまった。その時を最期に、レインは唯一の仲間であったライラ・ハリーナの行方がを掴む事が出来なくなった。

 そして、彼女が再びライラと再会した時、優しくも芯の太い5人目の勇者は物言わぬ冷たい石の下で眠りについていたのである。


 ライラに一体何が起こったのだろうか。それを知る機会は今しかない。



「……後戻りは出来ない。良いか?」

「「「「「「「「「「うん」」」」」」」」」


 決意を込めたレインの頷きを見た魔王は、黒手袋で包まれた掌を泉に向けた。すると、水面に映る過去の場面が再び変わり始めた。


 泉の表面の波が収まった時、映し出されていた光景にレインは自分の眼を疑った。

 そこに見えていたのは、どこかのみすぼらしい小さな山小屋だった。彼女も知らないこの場所で、数名の男と一人の女が向かい合い、互いに真剣な顔付きで何かを語っていた。

一方の3人は、先程までずっと見せられ続けてきた、レインの元を去ったはずの勇者である。だが、レインが最も驚いたのは、彼らが話し合っている相手であった。


「「「「「「「「う、嘘……!」」」」」」」」



 そこにいたのは、無精ヒゲを生やし、ふてぶてしい態度を見せつけながら話に耳を傾ける、『盗賊団』の男たちだったのである。


「な、なんで……」「あの『盗賊団』がいるの……!?」


 レインが驚くのも無理はない。ごく普通の人間であるはずの彼らだが、これまで何度も自分たち『勇者』の一団と遭遇する度に戦いになっていた連中なのだから。

 彼らは魔物によって荒らされた村や町を見つけては、火事場泥棒の如く次々に色々な物を奪い取り、やりたい放題の限りを尽くす卑劣な奴らであった。当然、人々の平和を守るという使命の元で魔王退治に進んでいた『勇者』の一行がその悪行を赦すはずは無く、旅の中で『盗賊団』の数名をお縄につけていたのである。

 しかし、泉に映っていたのは、そんな悪人であるはずの彼らと結託しようとしていた3人の『勇者』であった。


『何、『魔王』を倒すだと……?』『それでどうなるんだ?』


『考えてみて、もしレインとライラが魔王を倒せば……』

『魔物が消えて、お前たちがやりたい放題出来る場所は無くなる……』

『そして、この俺たちも……』


 男たちのその後を憂いるように語り掛ける勇者たちの様子を、レインはその目でその耳で、余す事なく捉え続けていた。


 魔王が倒されれば確かに世界は平和になる。魔物が消え、町や村には活気が戻るだろう。しかしその一方で、『盗賊団』が自由に暴れ回る事の出来る場所は失われ、やがて魔物に向けられていた人々の怒りの矛先は、彼らの方に向かうだろう。最悪、人々の手によって彼らは血まみれの塊になってしまうかもしれない。

 

 だから、勇者を『始末』しないか。


 3人の仲間、いやかつて仲間だった人間たちの口から出た言葉が、衝撃と共にレインの心に刻まれた。交渉が成立した時、『勇者』たちが微笑んでいた事も。



 そして、泉に最後に映された光景で、彼女はライラに起こった全てを把握した。



 元気を失い、悲しみに支配され続けていたライラの母があの時言っていた言葉は、全て正しかった。

 暴れる魔物に宿る作り物の魂を浄化し、魔王の持つ強大な魔術に抗うことすら可能と言う『光のオーラ』。しかし、一切効かないものが確実に存在していた。夜の空よりもどす黒く汚れた人間の心そのものである。頑丈な心の鎧に包まれた邪悪な感情の前には、どんなに清らかな光も歪められてしまい、意味を成さなくなってしまうのだ。

 皮肉にも、レインはその事実を、彼女の大事な仲間の命が奪われる間際の様子で知る事となってしまった。


 霧のたちこめる山の中で魔王退治に歩き続けていた勇者『レイン・シュドー』が目を離した隙に、その現れた筋肉質の3人の男によってライラは自由を奪われた。


 この時、男たちは非常に大きな勘違いをしていた。


『へへっ、結構簡単だったな』

『この山にいるって事は、きっと魔王を退治した後だな、ぐへへ……』


 一目でその金髪の少女が勇者の一員であり、魔王の退治に向かうライラ・ハリーナであると分かってしまった。

 やめてください、と言う彼女は、必死に自分の力で男たちを追い払おうとした。だが、それはもはや不可能であった。


 そして――。



「……」


 ――あどけない少女が、物言わぬ肉の塊になっていく様を見たレインは、言葉を発する事が出来なかった。

 大事な友の命が失われていく様を彼女に見せつけた魔王の泉は、元の青さを取り戻していた。だが、レインの心からは、そのような清き感情は消え去っていた。


 

 彼女の記憶にいた『3人』は、もはや仲間でも何でもなかった。

 レインを利用し、ライラの命を奪い、名誉や報酬を全て奪い尽した、魔物以上の極悪人である。

 それに、彼らと共謀した盗賊団も。


 そして、思いをはせる中、次第に120人のレインは同じ考えに至ろうとしていた。外見も心も寸分違わぬ全員の頭の中には、「外の世界」に対する、諦めや絶望に似た感情が浮かびあがっていた。

 彼女の母が沈み込む、誰もいないライラの墓。彼女たちが必死になって守り抜いた人たちは全員その事を忘れ、つかの間の平和を貪り食っている。誰も、それが偽りであることには気づいていない。


 あのような存在を、ずっと守ろうと決意していたのか。あのような存在が蠢く、平和な世界を――。


「……」



 ――やがて、レインの1人が立ち上がった。それに続き、1人、また1人とレインが立ち上がり続けた。

 彼女の瞳には、ある決意が芽生えていた。


「……ねえ、魔王、先に言うわ」



『魔王』の側にいたレインが、堂々とした顔で伝えた。


「これは、私の意志で決めた事。決して、貴方に操られている訳じゃない」


「ほう、それはどういう意味だ?」


 もう、後悔は絶対にしない。

 『平和な世界』を作るために。

 だから――。


「「「「「「「「「「「魔王、貴方に力を貸すわ」」」」」」」」」




 ――そして、その日から勇者レイン・シュドーによる、真の平和を目指す長い戦いの日々が始まった……。

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