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ゴンノーの快楽

 魔王と相討ちになり世界を救ったとされている、純白のビキニ衣装が眩しい女勇者『レイン・シュドー』。その英雄と全く同じ姿形、同じ顔に同じ声を持ち、彼女以上の剣術や魔術の腕、そして真面目さを持つ存在『ダミーレイン』の数は、毎日のように増え続けていた。

 その圧倒的な力や美しすぎる存在を前に最初は戸惑っていた人々も、一部を除いて彼女の存在を受け入れ、やがて有効に活用していくようになっていた。魔物相手に戦ってもらうばかりではなく、弱者の補助や人々の護衛、農作業や鉄鉱石の採掘など様々な仕事の手伝い、そして各地の町や村を結ぶ物流にまで、ダミーレインは存分に使われるようになっていたのである。そしてその度に、ダミーは次々にその数を増やし続けていた、と言う訳である。


 その結果、彼女たちを人々の元へ送り届ける老婆の軍師――の姿を模した上級の魔物ゴンノーの本拠地は――。


『ふふふぅ……♪』


 ――地平線の果てまで、純白のビキニ衣装の美女が埋め尽くすにまで至っていた。


 人間たちが住む町や村から遠く離れた、草木一本も無い荒れ果てた大地がどこまでも続く「世界の果て」の一角に、ゴンノーは自らの根城を構えていた。かつて自らが従事していた魔王と同様、広大な大地の下に広がる巨大な地下空間を駆使し、ゴンノーは日々ダミーレインを創造し続けていた。無数の木の実が繋がったような異様な物体の中で次々に新たなダミーが生まれ、各地に散らばっていくのである。

 だが、ゴンノーが創り続けていたダミーレインの数は、それを上回っていた。既に人間社会には数えるのも億劫になりそうなほどの美女が溢れかえり、どこへ行ってもダミーの姿を見ない事は無いほどにまで浸透し続けていたにも関わらず、その人間社会を何重にも埋め尽くしそうなほどのダミーが、荒れ果てた大地の上にずらりと並んでいた。全員ともその顔に一切の表情を浮かべず、口を真一文字に結んだまま、背筋を伸ばしてじっと待機し続けていたのだ。

 

 地平線の果てまで、どこまで見てもゴンノーの目に入るのは、純白のビキニ衣装から健康的な肌を大胆に見せつける、かつての女勇者の姿を模した存在ばかりであった。もしこのような光景を人間たち――特にあの勇者、トーリス・キルメンが目にしたら、さぞ喜ぶ事だろう、とゴンノーは静かに思い、トカゲの頭蓋骨のような顔から奇妙な笑い声を漏らした。だがそこには、ほんの僅かながら彼ら人間たちを嘲る意図も込められていた。


『ここまでダミーに頼りっぱなしになるとは、思いもしませんでしたねぇ……ぐぅふふふ……』


 魔王と争った末に追放され、さらにその魔王から一度は命を奪われたゴンノーにとっては、安全な居場所は人間たちの中ぐらいしかない状態であった。ダミーレインと言う存在を人間たちにもたらした恩人として持て囃され、人々から尊敬の念を向けられ続ける現状は、当然ゴンノーにとっては最高だった。だからこそ、あまりにも自分に頼りすぎている人間たちを哀れで愚かな存在だと感じ、そしてあまりに上手く行き過ぎている事を少し情けなく思ったのかもしれない。

 とは言え、ゴンノーはそのような状態を不快に思ってなどいなかった。むしろ、『軍師』という肩書きを持ち『勇者』からのお墨付きもしっかり得ているこの自分が、例え何をやっても人々から受け入れられる事が約束されていると言う状況を利用しない手はない、と考えていたのである。もし自分が何かの間違いで人間たちにこのダミーレインに埋め尽くされた荒れ地の様子を見られたとしても、魔王に総攻撃をかけるための前準備だ、と言えばすぐに納得してくれるだろう、と。


 実際の所、ゴンノーがここまで大量のダミーを創り出した理由の1つがそれであった。


『魔王……本当に、厄介な相手ですよねぇ……ふふぅ……♪』


 確かに本物のレイン・シュドーはダミーレインに対し全く対抗手段を持っておらず、現段階では何もせずともレイン・シュドーの大群なら僅かなダミーだけであっという間に蹴散らすことが出来るだろう。だが、そのような甘い考えが魔王に通用するはずは無い事を、ゴンノーは嫌と言うほど心と体に刻んでいた。魔王に少しでも傷を負わせなければ自分に勝ち目は一切無い、だからこそ自らに加えてダミーたちの力を全て結集させるしかない――ゴンノーはそう考えていた。だが、同時にそれは無謀かつ無意味な作戦になる可能性がある事も大いに理解していた。何千何万何億何兆、それ以上の桁に至るまでダミーレインを創り続けたとしても、魔王の前に勝てるかどうかは分からない、と。様々な要因があったとは言え、あのレイン・シュドーを完全に圧倒したどころか、彼女の心を魅了して自らの配下にしてしまった魔王の底知れぬ恐ろしさをたっぷりと経験してきてからこそ、ゴンノーはそのような悲観的な考えも有していたのである。


 ならば何故、ダミーレインを地上に溢れさせるほどに作り続けていたのか――。


『ぐぅふふ……』


 ――もう1つの理由は、ゴンノーの満足げな笑みに込められていた。

 ゴンノーもまた、愚かで哀れな人間たち同様に『レイン・シュドー』という存在に惹かれ、そして魅了されていた。一つに結った長い黒髪、きりりとした目つき、大きな胸に滑らかな腰つき、健康的な色の肌、そして強さの象徴である純白のビキニ衣装――かつて自分たち魔物を苦しめ続けていた存在を思いのままに操れる事に、快感を覚えていたのである。人間たちと同じような愚かな考えである、という背徳感も、ますますゴンノーの心を躍らせていたのかもしれない。


 この調子なら、まだまだ大量のダミーをこの荒れ地に溢れさせる事が出来るだろう、とゴンノーは考えていた。

 魔王のいる「世界の果て」と、この「世界の果て」の場所は遠く離れており、無限に広がる荒野で両者が鉢合わせになる事はほぼ無い。さらに双方とも自らの本拠地を魔術の力で防御し、相手の様子が探れないようになっている。魔王側がどのような事をしているのか、ゴンノーもはっきりとは把握できないものの、それは相手とて同じ、という事である。ならばもっともっとダミーを増やし、自分の快楽を味わい続けるのと同時に魔王との決戦に備えた準備を進行させるのが善だ、とゴンノーは結論付けていたのである。

 とは言え、あまりこちらの作業に入り浸りすぎると人間たちの方が疎かになってしまう。不満を漏らされるのではなく、ゴンノーに相談できない、ゴンノーに会えないという不安を抱いた人間たちに付き合わされる羽目になるかもしれない。たっぷりとダミーレインに覆われた荒れ地を堪能したゴンノーは、軍師としての本拠地――世界最大の都市にある城の中へ戻る事にした。

 

『それじゃぁ、戻りますか……』


 白い骨のような指を鳴らすと言う合図を受けて――。


「いってらっしゃいませ、ゴンノー様」いってらっしゃいませ、ゴンノー様」いってらっしゃいませ、ゴンノー様」いってらっしゃいませ、ゴンノー様」いってらっしゃいませ、ゴンノー様」いってらっしゃいませ、ゴンノー様」いってらっしゃいませ、ゴンノー様」いってらっしゃいませ、ゴンノー様」いってらっしゃいませ、ゴンノー様」いってらっしゃいませ、ゴンノー様」いってらっしゃいませ、ゴンノー様」いってらっしゃいませ、ゴンノー様」いってらっしゃいませ、ゴンノー様」いってらっしゃいませ、ゴンノー様」いってらっしゃいませ、ゴンノー様」いってらっしゃいませ、ゴンノー様」いってらっしゃいませ、ゴンノー様」いってらっしゃいませ、ゴンノー様」いってらっしゃいませ、ゴンノー様」いってらっしゃいませ、ゴンノー様」いってらっしゃいませ、ゴンノー様」…


 ――大地に響くダミーレインの挨拶を聞きながら……。 

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