レイン、成長
何かに夢中になると、どれだけ長い時間が経っても非常に短く感じてしまう――レイン・シュドーにとって、今日の鍛錬はまさにそのような時間となった。以前も魔王から終了の合図が出るたび、彼女たちはもっと鍛錬を続けたい、『光のオーラ』に負けない力を身につけたいと言う思いが浮かんでいた。しかし、それは何度やっても一向に魔王の真意が分からず前進できない焦りを含んだものであった。
だが、今回は違った。魔王が終了の合図を出した時、レインたちは焦りよりもそんなに時間が経っていたのかという驚きの感情の方が大きかったのである。
「当然だ、25度も貴様らに付き合う身にもなれ」
「「「え、そんなに……」」」
「「「『光のオーラ』を受け続けてたんだ、私……」」」
ついその思いが言葉に出た彼女に対し、厳しく冷たい口調はそのままに魔王ははっきりと伝えた。四方八方から『光のオーラ』を浴びせ続ける鍛錬の4回目以降、明らかにレインたちの『光のオーラ』の受け止め方が変わった、と。それまでは必死に光のオーラに浄化され、身も心も光と同化してこの世界から抹消されるのをただ耐え続け、そして苦しみの中で消失していくしか無かったのに対し、これ以降のレインたちは光のオーラを拒絶するのではなく、これを身体の中に受け入れながら自分の力として利用しようともがき始めたと言うのだ。
何故それからレインたちが笑顔で鍛錬を続けたか、何故数を忘れるほど夢中になったのか、魔王には全てお見通しであった。レイン・シュドーは、間違いなく恐るべき脅威『ダミーレイン』に対する力を手に入れるための道を見つけていたのだ。
「……貴様らも、それなりに策は練っていたようだな」
挑戦的な口調ながらも、魔王は彼女を称えるような言葉を述べた。
しかし、闘技場で嬉しさのざわめきを起こした1000人のレインに対して釘を刺す事も忘れていなかった。例えこのまま鍛錬を続けてたとしても、それがダミーレインにどれだけ対抗できるかはまだ分からない、下手すれば相手はその一歩先を進んでいるかもしれない、と。口を酸っぱくするほどに魔王が何度も何度も言い続けている「油断大敵」の信念である。
当然、レインがその信念を忘れる訳は無かった。相手を心の奥底で侮った結果、度重なる敗北に繋がった事を嫌と言うほど認識していたからである。
「「「了解、魔王」」」
「「「それに、私たちの最終目的は打倒ダミーじゃないからね」」」
「ほう……?」
そして、彼女たちは一斉に魔王を指差しながら告げた。自分たちの真の目的は、この世界をレイン・シュドーと言う名の笑顔溢れる平和な世界に変える事、そしてやがてその障害となって立ちはだかる事になるであろう『魔王』を倒す事だ、と。その言葉は決して有頂天になったから発しているものではない事を、無表情の仮面の下で魔王はしっかりと認識しているように見えた。
「……明日も同じ内容を続ける。今日得た力、決して忘れるな」
「「「「了解!」」」」
そして、今日の鍛錬は幕を閉じた。
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闘技場の外に出た1000人のレイン・シュドーは、早速他の自分たちと今日の鍛錬の内容やその成果を伝えた。漆黒のオーラを応用した、言葉ではなく身体や心に直接伝える魔術を用いているため、あっという間に他のレインたちも1000人の自分と全く同じ存在――自分をもっと増やしたい、と言う想いこそが、打倒ダミーレインの切り札に相違ないと言う事を身をもって確かめた存在となったのである。
外に広がる『本拠地』や各地に残るレインプラントが茂る森を覆う彼女たちは勿論だが、闘技場もある広大な地下空間にいるレインたちもまた、揃って同じ心、同じ記憶を有する集団になっていた。
「「「やっぱり早起きした成果はあったみたいね、レイン」」」
「「「うん、レインとじっくり考えあう機会って意外と無かったし……」」」
外の世界に蠢く愚かで哀れな人間たちとは違い、レインたちの会議は頑固に自分の考えを持ち込む者も、会議を長引かせようと碌でもない流れに持ち込もうとする者もおらず、どのようにすれば問題を解決するのか全員とも建設的な意見を述べ合い、前向きに進む、まさに理想的な内容である。今後も何か困難な問題があれば、同じ心を持っているからと億劫に考えず、積極的に意見を出し合おう、とレインたちは自分たちの言葉で誓い合った。
そして、改めてレインたちは今回自分たちが得た成果を互いに褒めあい、そして明日以降もこの事を絶対に忘れないようにしよう、と誓い合った。魔王が自分たちに伝えた通り、まだ『光のオーラ』を利用するきっかけを掴んだだけに過ぎず、これからさらに鍛錬を続けていかなければダミーレインも魔王も倒せない事を当然の如く認識していたからである。
明日も頑張ろう、と言い合っていた時、地下空間に新たなレイン・シュドーが加わった。顔には笑みがこぼれているものの、身体は明らかに力を消耗しきったようなその姿を見て、他のレインたちはすぐに状況を理解した。また1つ、レイン・シュドーたちによって占拠されていた町がダミーレインに奪還されてしまったのだ。
「「「「大丈夫、レイン……?」」」」
「「「大丈夫よ……ちょっと逃げるのに時間がかかっちゃっただけで……」」」
確かに悔しいけど、これも自分たちが勝つために必要な『敗北』だ、と語る疲れ果てたレインたちに、他のレインはその言葉は間違いなく正しいと述べ、今朝からここまで行ってきた自分同士の会議や魔王による鍛錬、そしてそこで得た成果を心で伝えた。全ての記憶を共有された彼女たちは最初驚きの顔を見せたものの、すぐに状況を理解し、そして嬉しさを滲ませながら真剣さも帯びた笑顔に変わった。
「「「「良かった……これでまた一歩『平和』に近づいたね」」」」
「「「今残っている町や村もだいぶ少なくなったけど……」」」
「「「心配ないわ、レイン。今の心のまま鍛錬を続ければ……」」」
そして、地下空間に広がるレイン・シュドーは、一斉に同意の頷きを見せた。
ところがその直後、彼女たちは近くの壁に寄りかかったり座り込んだり、一斉に力が抜けたような姿勢を見せ始めた。心も身体も存分に使用した事で、全員ともだいぶ疲れてしまったのである。このまま魔術の力で疲れを抜く事も出来るが、今回はそのまま一旦眠りに就くことにした。夕食を食べる前に起きれば規則正しい生活習慣を守ることは可能だと考えたからである。
「「「寝過ごしたら大変だからそれも考えないとねー」」」
「「「「心配ないよレイン、漆黒のオーラで……♪」」」」
「「「あ、そうか♪」」」
自分たちがなにをするか確認しあった後、レインたちは各自で漆黒のオーラを全身に纏い始めた。ベッドのように柔らかい感触を持ち、優しく大地を包む夜を思わせる空間は、程よい時間になるまでレインを眠りに就かせ、そのまま彼女の目を覚まさせるよう工夫を加えてあるのだ。ダミーレインのように外敵を排除するために魔術を使うのではなく、日常生活や娯楽、そして自分自身の生産など様々な用途に漆黒のオーラを用いる事が、レインの強みの1つなのかもしれない。
「「「「それじゃおやすみ、レイン♪」」」」
「「「「おやすみ、レイン♪」」」」
そして、純白のビキニ衣装を纏った美女たちは、しばしの休息に入った。
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レインが漆黒のオーラに包まれながらあちこちで眠りに就く地下空間に、新たな人影が現れた。
どこからかやって来た、別のレイン・シュドーである。それも100人や1000人ばかりではない、何万何億と次々に現れ、あっという間に地下空間を埋め尽くしてしまったのだ。
胸や腰つきの感触を確かめ合うかのように互いに身を寄せ合い、地下空間を心地良い声で満ちさせたレインたちは、そのまま漆黒のオーラの中で静かに眠る自分たちの姿をじっと見た。
そして、身体を包むオーラ越しに、そっと彼女の両頬に潤んだ唇を付けた。その感触が伝わったかのように、眠り続けるレインたちは顔を赤らめ、笑顔を見せた。
それを見て安心したかのように、数億人のレインたちはそのまま地下空間から離れていった。この場所の上に広がる巨大な本拠地か、それとも別の場所か、それは分からない。
だが確かな事が2つある。目覚めたレイン・シュドーたちが自分たちの予想以上に元気を取り戻していた事と、揃って全く同じ夢――前後左右上下、世界のあらゆる場所がレイン・シュドーに埋め尽くされ続けると言う素晴らしい内容を見た事である……。