レイン、実践
例え普段より朝早く目覚め、外の世界で頭を使う議論を行ったとしても、それは決して日課の鍛錬を休むための口実にはならないことを、レイン・シュドーはよく分かっていた。今回行った議論は、その鍛錬に大いに活かすためのものであるからなおさらである。
「それでは、今日もいきますよ♪」
「「「「「「よろしく、魔王」」」」」」
今は亡きレインの仲間である可愛らしい少女ライラ・ハリーナの姿を模した魔王に、1000人のレインは普段よりも少し自信に満ちた声を出した。地下空間に広がる巨大な闘技場の中で、彼女たちは今日も『光のオーラ』を利用するための鍛錬を始めたのである。
魔王直々に行うこの鍛錬が始まってそれなりの月日が流れたが、未だにレインは光のオーラに対抗する事が出来ないままであった。闘技場の観客席を埋め尽くす数に増え、無表情で右手を構える大量のライラ――いや、彼女の姿や能力を模倣した魔王の大群が放つ逃げ場も隙も無い怒涛の攻撃の前に、レインは数えればきりが無いほど命を落とし続けたのである。そして、闘技場の中央に威勢よく構え、どこか確信に満ちたような笑顔を見せた彼女たちは――。
「「ぐっ……あああああ!!!」」
「「「「がはぁ……!うぅっ……!」」」」
――やはり今回も、無数の光に浄化されていくしかない状態であった。
周りで苦しむ声をあげる自分たちの体や手足が、光の中に抉り取られ、その中にかき消されていく様子を、レインは苦しそうに見つめていた。やがて彼女も痛みを感じる心が消えていくのと同時に、次第に光の中へと消えていった。そして、あたり一面を埋め尽くしていた光の洪水が収まった後、闘技場の周りを無数に埋め尽くした魔王の目には、まるで最初から誰も存在していなかったかのようにもぬけの殻となった砂の大地が広がっていた。
その様子をじっと眺めていた魔王たちは、何かを察したかのように頷いた後、一斉に左手を中央に広がる砂の大地へと向けた。再び無数の閃光が走った次の瞬間、光の中に浄化されたはずの1000人のレインが、これまたまるで最初から何も起きなかったかの如く、無傷のまま蘇った。純白のビキニ衣装に包まれた健康的な肉体にも傷一つ付いていなかった彼女たちだが、その顔には僅かながら疲れがにじみ出ていた。
そんな彼女たちの前へ、1人の魔王が観客席から降り立った。
「何を考えていたのですか?レインさん」
きょとんとした可愛らしい表情であったが、その言葉を聞いたレインは、まるで自分たちの心が魔王に見透かされているように感じた。気になるのでぜひ教えて欲しい、と続いた言葉も、確信が持てない考えで立ち向かおうとしている自分たちに対し魔王が挑戦を仕掛けているような意味に聞こえた。恐ろしい力を持つ魔王は、ほんの些細な状況の変化も見過ごさないのである。
とは言え、レインにも魔王に黙っている理由は特に無かった。今朝どのような事を考えたのか、どのような結果に至ったのか、彼女たちはかいつまんで目の前にいる魔王に説明した。
「「「……まあ、結局は『単純』な結果になっちゃったけどね」」」
「「「「もっともっとレインが欲しい、って言う欲望なんだけど……」」」」
だが、遠慮気味に話したレインに対し――。
「どんなに小さい存在でも、自らを侵す者は捻り潰せ。それが油断をしない、と言う事だ」
――魔王はライラの可愛い声ではなく、底冷えがするような普段の声で答えた。
意外な返事に呆気に取られ、顔を見合わせる1000人のレインを尻目に、魔王は他の自分たちが待つ闘技場の観客席へと戻っていった。そしてすぐさま鍛錬を再開する事を告げ、容赦なく『光のオーラ』を彼女たちへと投げつけた。先程の魔王の発言の意図が分からず、困惑してしまったレインは隙を突かれたかのようにまったく反撃も抵抗も出来ず、今回は呆気なく光の中に浄化されてしまった。
当然、再び蘇ったレインたちに浴びせられたのは、ライラの声を借りた魔王からの嫌味ったらしい声であった。確固たる信念も無いまま外部からの揺さぶりで困惑してしまうような脆い考えだったのか、と。
「「「「一旦お昼寝して頭をすっきりさせた方が良いですよ、レインさん♪」」」」
だが、一瞬感じた憤りの感情を、レインは何とか抑えることが出来た。
この鍛錬を始めたとき、彼女は魔王に対し、何故かつて最期を見届ける事ができなかった大事な仲間の姿を模したのか、魔王に尋ねた。その時に魔王がライラの声を借りて言った内容を思い出したからである。自分と全く同じ姿形で世界を埋め尽くそうとするダミーレインと同じように、レインが大事に思う存在の姿形を模した上で彼女の心や体を抉り続ける事も、鍛錬の一環である、と。
魔王の前に萎縮しかけてしまった自分の心に反省したレインは、邪念を払いのけるかのように自らの頬を軽く叩いた後、一斉に魔王に伝えた。次に光のオーラを放つのは、自分たちの合図を待ってからにして欲しい、と。今度は大丈夫なのか、と凄みのある普段の声で尋ねた魔王に、レインは自信たっぷりなように頷いた。
ただ、正直なところ「自信」満々と言うわけではなく、まだ不安は大きかった。本当に大丈夫なのか、試した事が無かったからである。だが、ここで怖気づいてしまっては前に進む事ができない。レイン・シュドーの覚悟は決まった。
「「「「……ごめん、待たせたわね」」」」
「「「「お願い、魔王」」」」
「「「「「「「「分かりました、行きますよー♪」」」」」」」」」
そして、楽しそうな声と共に、今までよりもさらに大きく明るい『光のオーラ』が、中央に立つビキニ衣装の美女たちへ向け一斉に放たれた。だが、レインは昨日まで――いや、今日の一度目とは異なる行動を始めた。光のオーラを見ても決して避けず、その場に踏みとどまりながら目を瞑り、まるで何かを静かに考えるような体勢を取ったのである。
当然ながら、今回もレインたちの体は周りを取り囲む眩い光の中で抉り取られ、少しづつ浄化され始めた。激痛が体全体を襲い、やがて立っていられなくなる彼女も現われ始めた。だが、それでもレインはずっと同じ事を必死に考え続けていた。
こんな所で、レイン・シュドーが消えるなんて嘘だ。
レイン・シュドーは永遠に増え続け、世界を平和に導く美しい存在に決まっている。
もっとレインを増やしたい、もっとレインを創りたい。
痛みに耐え、思考判断が失われかけてもなお、レインは自分の数を増やし続ける事だけを心に描き続けたのである。純白のビキニ衣装のみを身に纏い、健康的な肌を大胆に見せつける、無敵の女剣士の事を。それでも光のオーラは容赦なく彼女の心や体を蝕み、次々に眩い光の中へと消し去っていった。
「「「「レイン……!!」」」」
「「レイ……ン……」」
そして、ついにレインの数がたった1人にまで減らされ、今にも全てが消滅しそうになった、まさにその時だった。
突然、レインは自分の心が、今までとは異なる状況にいるように感じた。具体的に言葉に示したり身振り手振りで表すのは困難であったが、それはまるで自分自身がこの闘技場に満ちている――いや、闘技場自体がレイン・シュドーになったかのような感覚であった。確かに漆黒のオーラを自在に操って自分自身を次々に増やしさえすれば闘技場を覆うことは簡単なのだが、それとはまた異なる存在の自分が増殖するような、異様な心地だったのである。
だが、それが一体何を意味するのか分からないうち、結局最後のレインも光の中に包まれ、浄化されてしまった。魔王によって蘇らされたレインの数も元の1000人のままであり、あの時感じた無数の自分自身が目の前に現れる事は無かった。蘇らされた際、同じ記憶を共有させられた彼女たちは皆、どこか落胆したような顔であった。やはり、あのやり方も失敗だったのか、と。
そんな彼女たちに、魔王の1人がライラの声を借り、鍛錬を続ける事を告げた。
だが、その次に続いた言葉を聞いたレインたちの表情は変わった。
「ふふ、そうですか、ここで諦めちゃうんですねー♪
『ダミーレインを倒す』きっかけを見つけたって言うのに♪」
その直後、魔王たちは一斉に光のオーラをレインたちに向けて放った。
だが、4度目の攻撃を全身に受けるべく動き出したレインの顔は、喜びに満ちた表情へと変わっていた……。