レイン、議論
魔王と手を組み、世界を征服するべく暗躍する立場になってから、レイン・シュドーは規則正しい生活を過ごすようになっていた。勿論作戦によっては深夜に行動する事もあるが、世界が朝を迎える少し前に目覚めて他の自分と挨拶し、夜空が世界を覆えば夕食や入浴などを済ませて眠りに就くと言う、ある意味理想的な生活が彼女の日常であった。
人間たちを守る『勇者』であった頃のレインもなるべくそのような生活習慣を目指し、朝早く起きては一人鍛錬を積み重ねたりしようとしていた。だが、朝昼晩関係なく襲い掛かる魔物への警戒の他、勇者たちに感謝する飲み会や歓迎式が日を跨いでも続く事が多く、なかなか果たせない夢であった。皮肉にも、仲間たちや人間たちに裏切られた事で、レインは彼らの規範となるような生活を送ることが出来るようになったのかもしれない。
そんな彼女たちであるが、この日は普段よりも早い時間に目を覚ました。
「「「ふわぁ……」」」
「「「ふわぁ……あ、おはようレイン」」」
「「「「おはよう……えへへ」」」」
まだ薄らとしか陽の光が差し込んでいない空が、あっという間に大量のビキニ衣装の美女によって覆われた。黒から青へと変わる情景を遮るかのように、健康的な肌が幾重にも埋め尽くしていく、狂おしいほど美しい光景である。
互いに眠そうな目を見せたりあくびをしたりしていたレインたちだが、そんな自分自身と微笑み合うにつれ次第に心や体を本格的に覚醒させ始めた。今日はいつもより早起きして、今いる『本拠地』から遠く離れた別の場所――大量のレインプラントが待つ森へと向かう事にしていたからだ。朝ご飯もそこで食べる事にした彼女たちは、早速そこへ瞬間移動をする事にした。勿論、世界の果てに広がるこの場所をがら空きにするような事は考えていなかった。
「「「「じゃ、良い結果を待ってるね、レイン♪」」」」
「「「「「「「「「「「「了解♪」」」」」」」」」」」」
空を覆うほどの数ではないが、レインたちはまた新しい自分を漆黒のオーラから創造して留守番を任せることにしたのである。
そして、瞬間移動を行い目的地の森にたどり着いた彼女たちを待っていたのは――。
「おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」おはよう、レイン!」…
――空や大地どころか森の木々の隙間をも埋め尽くしながら、来訪者の自分自身を満面の笑みで迎えた、大量のレイン・シュドーであった。昨日この場所にやってくると連絡があったので、喜んでもらうよう準備をしていたという言葉に、来訪者のレインたちも笑顔で感謝を伝えた。大量の自分と抱き合ったり握手をしたり、肌の感触を確かめ合う彼女たちから眠気はすっかり吹き飛んでいた。
この空間は、世界の果てにある『本拠地』と同様に魔王が防御を固め、ダミーレインは勿論裏切り者であるゴンノーの力でも侵入する事が出来なくした場所の1つであった。他にも同じような箇所がいくつか存在するが、どこも中は一面広大な森に覆われ、レインたちが佇む屋敷や家などを除けば人間が作った物体は皆無だった。ここに生えている植物の全てが、新たなレイン・シュドーを日々生産し続ける『レインプラント』である事が、一番の理由である。
そして今日も、新たなレインたちが、この世に生を受けようとしていた。木々の隙間を縫うように浮き続けるレインたちの傍に、大きく膨れ上がった木の実のような物体が下がり、その中で自分たちと全く同じ姿形をしたビキニ衣装の美女が目覚めの時を待っているのが透けて見え始めたのである。
やがて、まるで卵の殻のようにあちこちで物体が割れ始め、その中から――。
「うふふ、レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」レイン♪」…
――新たなレイン・シュドーが、産声代わりの笑い声を響かせながら現れた。
この美しく神秘的な様子を、レインたちは眼を輝かせながら見つめ続けていた。健康的な色をした肌を純白のビキニ衣装のみで包み込み、凛々しくも優しい表情や1つに結った滑らかな髪を持つ、世界で最も美しく麗しい存在が生まれる過程を見つめ続ける事で、心が癒されていったのである。
そして、新しく生まれたレインの元にレインたちが集まり、自分たちの記憶を分け与えようとした、その時であった。突然別のレインたち――『本拠地』から駆けつけた彼女たちが、少しだけ待って欲しいと動きを止めたのである。いつもの日課を変えるというのはどういう事なのか、と疑問混じりの顔で見つめたレインであったが、次第にその意味を理解し始めた。今回はるばる世界の果てから大量の自分たちが来訪したのは、この美しい光景を眺めるためだけではない事を。
「「「「「「そうよね、レイン。ここはひとつ……」」」」」」
「「「あれ、どうしたのレイン?」」」
きょとんとした顔のまま、『レインプラント』から生まれたばかりのレインは周りを埋め尽くす大量の自分たちを見回した。同じ記憶を持っていない彼女たちに対し、周りのレインたちは自らの口で説明を始めた。今の状態だからこそ、たっぷりと皆で今の状況を打開できるアイデアを考える事が出来る、と。
「「「状況を……ダミーと『光のオーラ』ね、レイン」」」
「「「「うん。どちらかと言えば、『光のオーラ』の方よ」」」」
強固な防御によって、ゴンノーやダミーレインたちの進撃から守られているこの森でも、影響は目に見える形で現れていた。ダミーの猛攻撃によって奪還された町や村から脱出したレインたちが『本拠地』に溢れかえっているのと同じ事態が、各地の『レインプラント』で覆われた森でも起きていたのだ。その結果が、今朝レインたちを出迎えた大量の美女であり、こうやって木々の隙間を埋め尽くすほどの数にまで膨れ上がっていたレインなのである。
彼女としては、自分のたわわな胸や健康的な肌にいつでも触れることが出来る事に快感はあるものの素直に喜ぶ事は出来ないと考えていた。世界全てを平和にするはずの自分たちが、このような狭い空間に引きこもりながら増え続けるなどもってのほかだったのだ。しかし、そんな現状を打破するためには、何としても『光のオーラ』を利用する手段――魔王から与えられた非常に困難な課題に挑まなければならない。その答えを導き出すための助けを得るため、敢えて自分たちとは少しだけ違うレイン・シュドーを生み出した、と言う訳である。
「なるほど……責任重大ね、レイン」
「生まれたばかりだけど……でも頑張らないと」
いきなりの話で申し訳ない、と言うレインたちだが、勿論相談を受ける側のレインが怒るわけは無かった。自分たちにも関わる重要な問題だからである。そして早速、森を覆うレイン・シュドーは一斉にこの問題を解決するために悩み始めた。
確かに、難問である事はレインたちもよく分かっていた。これまで幾度となく『光のオーラ』に耐え、自分の物にしようとしても、結局は容赦なく降り注ぐ光によって浄化され、命を奪われてしまったからである。だからこそ、レインは別の視点を求めたのだ。しかし――。
「「「「「「うーん……」」」」」」
「「「「「「「……光のオーラを『利用』……」」」」」」」
――どれだけ様々な考えを頭に浮かべても、どれだけ他のレインと意見を交わしても、一向に良い案は浮かばなかった。いくら記憶にずれが生じていたとしても、結局は同じレイン・シュドー。話し合っているうち、次第に『本拠地』のレイン、元からこの森にいたレイン、そして生まれたばかりのレインの区別は薄れていき、皆全く同じ考えで問題に向き合うようになってしまったのである。どうすれば良いかいくら考えても思い浮かばない、と言う方向に。
レイン・シュドーにとって、まさに敗北を突きつけられたかのような心持ちであった。
「「「「「「……駄目、全然分からない……」」」」」」」
「「「「「「やっぱり魔王にもう一度聞いてみる?」」」」」」
「「「「「「ううん、絶対聞いてくれないわよ……」」」」」」
何をやっても八方塞がり、一切答えが見えないまま、状況は悪化していく一方。
そんな時、どうすれば良いのか――。
「「「「「「……そっか」」」」」」
――レイン・シュドーは、ある教えを思い出した。どうしても解決できない問題があった時は、一度立ち戻り遠くから見直してみれば、問題を解く鍵が落ちているはずだ、と言う『勇者』の心である。その勇者に牙を向く存在になった今、この心が役に立つとは思わなかった、と皮肉めいた事実に苦笑しながらも、彼女たちはここに至るまで、どのような思いを抱きながら突き進んでいたのか、改めて振り返る事にした……。