キリカの旅路
魔王とレイン、ゴンノーとトーリス――世界の覇権や自らの名誉、そして渇望し続ける欲望を満たすため、かつてともに肩を並べて戦い続けた者たちが、大量の人間たちを巻き込みながら憎しみ合い、戦い続けると言うのが、世界の現状であった。世界のあらゆる場所で、人間とは全く違う異形の存在や全く同じ姿形をした純白のビキニ衣装の美女たちがそれぞれの戦いを続けているのである。
だが知ってか知らずか、この両者は偶然にも同じ作戦を遂行する事となっていた。
「……あと少しか」
「ええ、この一本道を歩いていけば、日が沈む前には十分辿り着けますよ」
「魔術の力を使う必要などありませんでしたなぁ」
2人の男を引き連れ、たくさんの草に囲まれた細い道を進み続ける1人の女性――かつての魔術の勇者であるキリカ・シューダリアを、目的地の村に誘い込む、と言う内容である。
彼女たちが向かっていたのは、勇者トーリスや軍師ゴンノーによる支援の元世界各地で次々に導入が進んでいる魔物に対する最強の戦力ことダミーレインを頑なに断り続け、自らの力だけで魔物を蹴散らそうと血気盛んな村であった。その村を治めている女性の村長が、純白のビキニ衣装をさらけ出し、人間たちのいう事を聞くだけの破廉恥かつ失礼な姿をする存在を受け入れるわけにはいかないと厳しい態度を取ったのがきっかけである、というのは、以前からキリカたちも承知していた。彼女が『勇者』だった頃から、そこの村長は非常に頑固でしっかりとした、悪く言うと融通が利かない存在であることを示す光景を何度も目撃していたからである。
だが、次第にその噂を聞きつけた反ダミーレインの考えを持つ人々が集まり出し、さらには本当に魔物を倒してしまった、と言う内容に関しては、流石の彼女たちも驚きを隠せなかった。特に後者に関しては、未だに2人の男は信じられない、といった表情を見せていた。魔王からの攻撃が熾烈になり、悔しいがダミーレインでないと立ち向かえないような状況になっている中、そのような事は偶然でもありえないだろう、と。
しかし、目的地へ進む中でその思いを口にした2人をキリカは咎めた。『弟子』として従うなら、もっと噂の背景を考えてみろ、と。
「す、すいませんキリカ様……」
「それで、キリカ様はどのようにお考えを?」
「……私たちをこのような状況に持ち込ませるための『罠』だろうな」
「「……へ!?」」
彼女の言葉を聞いた途端、男たちの足は止まった。当然だろう、今こうやって目的地である村へと向かうのが『罠』ならば、今すぐ向かうのを中止するのが普通だからだ。しかし、キリカはもし彼らの考えるとおりここから逃げ出しても、現状は変わるどころかますます深刻になるだろう、と考えていた。
彼女たちをこの道に立たせる要因となった件の噂がもし真実でなかったとしても、既に世界はダミーレインを受け入れる方向へ全体的に傾いており、その動きは自分たち3人が幾ら奮闘しても変わることはないだろう、と彼女は現状を悲観的に考えていた。トーリスやゴンノーがその世相を煽っているのは目に見えていたが、それに加えて魔王――いや、2人の弟子にはまだ伝えていないが、魔王に加えてその軍門に下った本物のレイン・シュドーもまた、これを上手く利用している節がある、と彼女は睨んでいたのだ。そうでなければ、自らの勢力が潰されているのに魔王が何ら対処をせず撤退させてばかりだと言うのは不自然である、と。
彼女は、自分たちが両者に利用されていると言う事を、薄々感じ取っていたのだ。
「だが、逃げる事はもう出来ない。いや、私が『勇者』の名を捨てた時から……」
「そんな!キリカ様の考えは正しかったと思います!」
「そうですよ、あのようなレイン・シュドーさんの紛い物を大量に増やすなんて……」
彼女のことを信頼している旨を必死になって伝える2人の弟子に、キリカは感謝の言葉を伝えた。
そして、だからこそ自分の事を信用して欲しい、と彼女は言った。最早逃げ道が無いなら、その状況で出来る限りの事をし続ける。そしてほんの僅かでも活路を見出せば、そこから一気に相手の懐を狙えば、起死回生も可能である、と。彼女の言葉を聞いた弟子2人は、先程の自分たちが抱いた浅はかな考えを反省するかのように俯いた後、彼らの魔術の腕を磨いてくれたキリカ――彼らにとっては永遠の『勇者』である彼女に、これからも一緒に歩きたい、と自らの意志を伝えた。
「……ありがとう」
キリカが笑顔を作ったのは、久しぶりの事だった。
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途中で一時歩みを止めてしまったために早足になってしまったものの、魔物にもダミーレインにも遭遇する事無く、キリカと弟子2人は目的地である村に辿り着く事が出来た。普段なら新しい町や村に到着する際、前もって自分たちの姿を魔術の力で全く別のもの――老婆とその孫2人、我がままな富豪とその付き人など――に変え、正体を隠して潜伏するのだが、今回は違った。彼女たちはキリカ・シューダリアとその弟子2人として、村に入る事にしたのである。
勿論、これも魔王かトーリスたちの狙い通りである事をキリカは薄々感じていた。だが、自分たちが安定した地位を築き、自分たちの実力を存分に活かせるのはここしかないというのもまた事実だった。
一行を見た村の面々は、あまりの驚きように最初誰も本物のキリカたちだと信じなかった。当然だろう、何の予告もなくごく普通に行方不明になっていた元勇者たちが現れたのだから。だが、彼女たちの目に嘘偽りが無い事、村人の中にキリカを待ち望む声が大きかった事、そして――。
「……これで、信じてくれるか?」
――ダミーレインに対抗するべく集まった村の誰よりも凄まじい『魔術』の腕前を見せ付けられた事で、全員とも彼女たちが正真正銘本物であると信じたのである。
「も、申し訳ありません!!」
「ほ、本物だ!本物のキリカ様だ!!」
「す、すげえ……俺、この場所にやってきて正解だった……!!」
村人たちは皆一様に嬉しそうな笑顔を見せていた。中には感極まって涙を流すものまで現れていた。この村を治めるという少し体格が大きめの中年女性もその1人であった。嬉しそうにキリカの手を握りながら、よくこの場所を忘れないでくれた、と感謝の言葉を伝え続ける彼女の様子に、魔物相手に苦戦を強いられ続けて世界からの信頼が下がり続けた中でも、キリカ様を信じる者たちがいたのか、と弟子2人も嬉しそうな表情を見せた。
ところが、そんな彼らの『心』に、そのキリカからの声が響いた。目の前で笑顔を返し続ける本人とは対照的に、どこか冷酷さも垣間見えるほど静かな口調だった。
『……お前たちには悪いが、あまり本心を表に出さない方がよい』
『ど、どういう事ですか……?』
『キリカ様、こんなに皆嬉しがってますよ?』
その気持ちは本物かもしれないが、その嬉しがる面々の中には、かつて自分たちが魔物を倒せないまま町や村を奪われ続ける間、勇者に対して失望の念を抱いたものが混ざっているはずだ――その声には、冷静沈着さに加えてどこか失望したかのような響きが混ざっていた。だが、弟子2人は敢えてそれを考えない事にした。今の自分たちが出来るのは、この村で精一杯彼らの力になり、ダミーレインに負けないほどの力を蓄える事しかないのだから。
『……キリカ様、受け入れるしかないと私たちは考えます……』
『その通りでございます』
『……そうだな。すまない、あくまで私の考えだ』
そしてキリカは、今はたっぷりと村人の感謝の念を味わいつくそう、と提案した。これから3人がやってきたことを祝福するパーティーが急遽行われる事になったからである。久しぶりに、キリカ・シューダリアとその弟子2人という姿で、多くの人々とたっぷり交流が出来る機会が訪れたのだ……。