レイン、疲労
「「「「「……はぁ……」」」」」
『光のオーラ』を利用するための、短いようで非常に長く感じた鍛錬が終わったとき、1000人のレインはこれまで感じたことの無い気だるさに包まれていた。ビキニ衣装から覗く全身に見えない何かが重くのしかかり、立っている事すら億劫に感じかけてしまうほどであった。肉体的なものではなく、彼女の心そのものが疲れ果てていたのである。
何故そのような状態にまで至ったのかは、レインたち自身が嫌と言うほど認識していた。この状態に至るまでの間、彼女たちは何度も何度も光の中に体や心の全てが浄化されこの世界から存在を消滅させられ、その度に魔王によってもう一度何事も無かったかのように蘇生させられ続けたからである。
今回の鍛錬はこれで終了する、と言う意志を示すかの如く、魔王の姿はライラ・ハリーナから漆黒の衣装と無表情の仮面に包まれた普段どおりのものに戻っていた。
「……今回は20回も蘇生させる必要があったか……」
ここまで『光のオーラ』に対して脆弱になっているとは思わなかった、と魔王はレインたちに向けて嫌味を吐いた。だが、それが真実である事を認識していた彼女は、一切の反論も出来なかった。無数の自分たちや魔王と共に、人間が決して学ぶ事が出来ない『漆黒のオーラ』を身につけ、世界を覆いつくす愚かでか弱い人間から離れていくにつれ、人間たちが本来持っていた光のオーラを一切受け付けない複雑な心をレインは失い続けていたのを嫌と言うほど思い知らされたのである。
その上で、光のオーラを浴びせられた感触がどのようなものだったのか魔王に尋ねられたレインは、正直に答えた。
「「「生きたまま光に食べられてる感じ……」」」
「「「「そうよね、しかも鋭い牙を体中に刺されて……」」」」
「「「「「あちこちに穴を開けられて抉られた感触もあったし……」」」」」
魔王の力で蘇らせられ、何事も無かったかのように健康的な肉体や純白のビキニ衣装を取り戻しても、レインたちの心には逃げ場が無いほどに大量の『光のオーラ』を受けた記憶が鮮明に残されていた。反撃や防御という選択肢を取る事が出来ないこの鍛錬では、彼女たちはこれらの苦痛を受け入れざるを得なかったのである。
だが、この感覚を覚えておく事が、今回の鍛錬では非常に重要になる、と魔王は述べた。何度も苦痛を味わい、何も出来ない屈辱を味わいながら命を落とし続ける事こそが、『光のオーラ』を利用する手段を見つけることに繋がる、と。そして、こう言う事を口にするとすぐ有頂天になる、と前置きを付けながらも、魔王はレインを励ますような言葉を告げた。
「貴様らは全く気づく余裕が無かっただろうが、生き延びる時間が長くなっている」
「「「「「「……ほ、本当!?」」」」」」
驚くレインに対し、調子に乗るな、とすぐに魔王は釘を刺した。長くなったとは言え、所詮は瞬きをする程度の時間しかなく、根本的な対策を身につけるには程遠いのだ。
そして、今後も日々同じような鍛錬――光のオーラを乱射し、レイン・シュドーの命をわざと奪い続ける中で、レイン自身が『光のオーラ』を利用する手段を発見出来るようにすると言う鍛錬を続けていく事を魔王は告げた。勿論、レインも了承した。自分自身の命が奪われる感触はあまり経験したくないが、だからこそそういった経験を味あわないために強くならなければならないのだから。
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「「「「「「「……ほんとお疲れ様ね、レイン」」」」」」」
「「「「「「ありがとう、レイン……」」」」」」
20回命を落とし、20回蘇る――妙な経験の記憶を共有させてもらったレインたちも、実際に経験した1000人の自分たちと同様に複雑な表情をしていた。あの恐ろしいほど眩い光を自らの物にするまで、精魂共に疲れ果てそうなこの経験を何度も繰り返さなければならないのである。とは言え、この鍛錬を怠けたり断ったりする選択肢は与えられておらず、レインたちも一切そのような選択を取る事を考えていなかった。辛く苦しい時間を乗り越え、その中で解決策を見つけなければ、世界を真の平和に導くという自らの目標が達成できないのだ。
とは言え、肉体的にはまだまだ幾らでも鍛錬が出来そうな状態でも、生と死を繰り返すという精神的な疲れは自分たちといちゃついてもなかなか解消されず、レインたちはこれ以上体を動かす事を避け、静かに自分たちを癒す事を決めた。今までより遥かに長く巨大に広がった地下空間の中で、大量のビキニ衣装の美女が壁に寄りかかったりあぐらをかいて座ったり、思い思いの格好で身を休め始めたのである。
そんな中、ふとレインの中にある考察が浮かんた。あの闘技場の中で、普段と全く異なる姿を見せた魔王の事である。
「「「それにしても……魔王がねぇ……」」」
「「「「そうよね、レイン……まさかライラの姿になるなんて……」」」」
『勇者』であった頃のレイン・シュドーに最後まで寄り添った味方であった『浄化の勇者』ライラ・ハリーナの姿を、魔王はそっくり模していた。彼女の大事な存在の偽者になる事で、より実戦に沿った鍛錬となると言う理由だと魔王本人はライラの口調で述べていたが、どことなくレインにはそれ以上の理由があるように感じていた。
あそこまで軽々とライラの口調や姿、そして能力を模倣し、さらに容赦なくレインを攻撃できると言う事から推測すると、もしかしたら魔王の仮面の中には――。
「「「「……いや、流石にそれは、ねぇ……」」」」
――ライラの顔がある、なんて分かりやすい答えを魔王が持つはずは無い、とレインは自分の考えに突っ込みを入れた。毎回の如く複雑な考えを巡らせ、レインの考えが及ばない事を次々にやってのける魔王に限って、そのような事は無いだろう、と。とは言え、完全に自分自身の考えを否定したわけではなかった。初めてライラに変身した魔王を見た時、間違いなくレイン・シュドーたは最愛の親友の面影を見たからである。ただ、逆に言えばそれほどにまで完璧に模倣した、と言う見方も出来るかもしれないし、それも鍛錬の一環ではないか――気づけば、レインたちは互いに心の中に生まれた思いをぶつけ合っていた。
「「「魔王はライラ?」」」
「「「「ただ姿を真似ただけ……?」」」」
「「「「「じゃあ、魔王の正体は……」」」」」
だが、同じ考えを持つ存在が数限りなく集まっても回答が出る訳も無く、結局この疑問は持ち越しとなってしまった。ここで話し合っても、実際に魔王の仮面を剥ぎ取るどころか傷一つも付けられない今の状況で、正体など分かるはずがないのだ。
「……まあ、明日からまた頑張ろうね、レイン」
「「そうね、レイン……ふわぁ……」」
「おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」おやすみ……」…
まだ疲れが完全に取れていないレインたちは、自らの心を治癒するために全身を漆黒のオーラで包み、しばし眠りに就く事にした。地下空間の外――地上に広がる本拠地や、まだダミーレインの侵攻を受けていない『町』や『村』、そして無数のレイン・ツリーで埋め尽くされた森などで、今回の鍛錬の結果を待ちながら数を増やし続ける何億何兆ものレインたちには、起きた後に記憶を共有する事を決めながら。
そして、どす黒い麻袋のような漆黒のオーラに包まれ、あらゆる場所でビキニ衣装の美女が静かに眠る異様な空間を――。
「……ふん」
魔王は静かに眺め、そして再びどこかへと姿を消した。
今のレインたちの腕では、魔王がどこへ行ったのかを調べる事すら不可能であった……。