レイナ
2体のゴブリンが走る。
コードを集中させた2体の動きは通常の半人をはるかにしのぐ。
筋繊維が痛むのを恐れずに、無理矢理に動かしていた。
早晩、まともに動けなくなろうとも、ただの一撃を見舞えればそれで良い。
魔人といえども、血を流しすぎれば死ぬ。
主要な血管が破れれば死ぬ。
心臓の機能を止めれば死ぬ。
頭を砕けば死ぬ。
手なり、脚なりの腱を断ち切れば動かせなくなるし、目を突けば視界は消える。
肺が破れれば呼吸は乱れる。
倒せない相手ではない。
分類で言うならゴブリンとて魔人だ。
同じ魔人同士で殺し合え。
6本腕の魔人へと2体の半人が襲いかかる。
1体を正面から、もう1体を右脇へと跳ばす。
見えなかった魔人の正面の腕にはやはりそれぞれ剣が握られていた。
本来なら両手で扱うそれを枝のように軽々と振るう。
右前腕の横薙ぎの斬撃をしゃがむようにして正面の半人はかわす。
その間に右脇へと回った半人が飛び込む。
それを両目とは別に額の目が動いて確認していた。
そのための3つ目か。
両目とは別の視界を確保する事で、死角を無くす。
両目は正面の半人を捉えたままだ。
額の目のみが動いてもう一方を監視している。
左肩が別の生き物のように蠢いて、左脇腕のこん棒が突きを繰り出した。
それを何とかダガーでガードさせる。
火花が散った。
目を見張ったのはその瞬間。
突きをおさえたその刹那、左頂腕が剣を打ち下ろしてきた。
さらに正面の半人には一の剣に続くように右脇腕による二の剣が振るわれている。
こん棒を受けた方は既に突き飛ばされていたので、何とか打ち下ろしの外へと逃れていた。
しかし、正面の半人は対応できずにまともに受け、その首が切り離されていた。
それでもまだ動かせる。
首の無い半人の足を前へと進ませようとして、そして魔人の右頂腕の落とした剣に叩き潰された。
突き飛ばされた1体を下がらせる。
すぐにもう1体を前衛へと回す。
あの首無しはもう駄目だろう。
「でたらめだ」
独り言に返事がきた。
「そうだろうな。後少しで完成する所だった。出来損ない、と単純に断ずるのは難しいだろう」
クソ研究者め。
厄介なのは腕よりも、あの額の目かもしれない。
どういう視野になっているのか分からないが、とにかく視界が広い。
普通なら死角になる角度から2体目を飛ばしたのに、あっさり落とされた。
一番良いのは、爆裂魔術でもかましてやる事だろう。
使える攻撃魔術が無い訳では無かった。
しかし、そのためには傀儡を解かなければならない。
一度解けば、再度操るのには時間がかかる。
下がったゴブリンを追って魔人が走る。
その動きは速い。
考える時間欲しさにもう1体を送り出す。
攻撃に1体も回さず、とにかく周囲を翻弄するように走り回らせる。
爆裂魔術を構築する時間は無いだろう。
今、傀儡を解けば、真っ先に俺に襲いかかってくるはずだ。
接近した状態で爆裂魔術は使えない。
基本、攻撃魔術に接近した相手をどうこうする魔術は少ない。
ノヴァで目を潰すのが一番良さそうではある。
しかし、潰しても、あの6本腕を振り回されたら近づくのは難しそうだ。
それ以前に、この魔人には自己再生が付いていると言った。
目くらましが効くのかどうかという問題もある。
傀儡を解いて、目くらましが効かなかったでは死ぬしか道がなくなるだろう。
十分な間合いを取っているはずなのに、気が付くと全ての半人が魔人の間合いに入ってしまっている。
とにかく間合いが広く、動きが速い。
間合いとなる空間にあらゆる角度から凶刃が降り注ぐ。
裸同然の相手に、ただの一刃も加えられない。
半人で何とかするしかない。
試されているのだろう。
そう気軽に判断し、用意された戦力のみを引き連れて来た事を悔やんでも仕方が無い。
飛び跳ねるノミのような半人の相手にいらだったのか、不意に魔人の動きが止まった。
そして右肩から体当たりするように、1体へと向かう。
右のすべての腕が突き出されていた。
咄嗟に横っ飛びに躱させた。
突進する魔人の左肩の逆へと回り込むように。
そちらなら左肩からの追撃は無い。
はずだった。
突きを避けたその瞬間、魔人は体を左に回した。
避けた半人に大きく背を向けるように。
しかし、そこにはやや後ろ側に配された左脇の腕がある。
そしてそれを追うように頂の腕が、そして前腕が剣を伴って続いた。
視界で捉え切れていないはずの死角へと、線ではなく面の斬撃が襲いかかる。
そしてそれは未だ宙を翔る半人を捉えた。
激しい既視感がめまいのように訪れた。
振り返り様に振るわれるその剣筋を見た事がある。
それも親しい仲間として。
なぜだ?
疑問。それが一瞬の空白になったのか。
無理な体勢で振るった剣の勢いそのままに魔人はあおむけに倒れ込んだ。
魔人の恐るべき腕力による斬撃の下敷きとなった半人の鎧はへこみ、そしてその胸からは血が溢れ出している。
ただし、それにより最初の斬撃と化した脇の腕のこん棒は折れていた。
あの1体はもう駄目だ。
操るコードからそれが分かる。
この隙を逃すな!
操る半人を叱咤するように動かした。
2体の前衛たる半人は飛ぶように駆ける。
刃を前面に突き出したまま。
操る半人は飛翔するナイフのように魔人へと至った。
左右から襲わせた刃の1本はその左肩へと突き刺さる。
頂上の1本の付け根近くに。
もう1本は胸を狙ったが、それはガードするように掲げられた右腕へと刺さった。
魔人は無言だった。
悲鳴ひとつ、うめき声ひとつ上げなかった。
咄嗟に後退させようとしたが間に合わない。
身をよじるようにして蠢いたそれぞれの肩から伸びた腕が半人を捕らえていた。
こん棒を失った無手の左脇腕と、剣を手放した右頂腕によって。
魔人が身を起こす。
ダガーを抜き、再び刺そうとした所で、半人が振り回される。
そして、壁へと突進し、2体ともその壁へと叩き付けられた。
だらりと首が垂れる。
それをぼんやり眺めてはいられない。
今、武器を手にしているのは左前腕と左頂腕の剣、そして右脇腕のこん棒だけだ。
これだけでも、あの恐るべき間合いは十分に失われるだろう。
自ら剣を抜いて走る。
残っている戦力は自分ともうひとつのみ。
ただの1体だけならば操りながらでも、自ら戦える。
俺があの怪力を受けるのは無理だろう。
着ている鎧は、半人のそれと強度は同じだ。
すべての攻撃を避けろ。
そう自らに命じる。
自分は相手の右側へと回った。
そちらに握られているのはこん棒だけだ。
ザジと呼ばれるショートソードの半人は相手の左側へと回らせる。
魔人が手にしていた半人をそれぞれに投げつけた。
ザジを先に操って横へと飛ばし、自らも反対側へと飛ぶ。
ちょうど魔人を中心に左右に分かれるように。
魔人は半人が操られている存在である事には気付いていないのだろう。
術者である俺を倒せばすべてが終わる。
しかし、魔人は俺ではなく、ザジの方へと向かっていった。
ザジの手の側には2本の剣。
それですぐに片付けるつもりか。
魔人がザジに向かった事によって、ザジが魔人の影に入った。
「ちっ」
これでは見えない。
操るのに邪魔だ。
ザジを走らせ、魔人の背中側へと回り込むように動かす。
そこに頂上の剣を握った右腕が動いてその動きを止めようと動き、そして動かなかった。
魔人の動きが止まった。
自らを確認するようにその頭が右頂上の腕へと向かう。
そうか。
直前に刺した半人のダガーがその肩には刺さったままだった。
それが頂上の腕の神経を傷つけたのか。
頂上の腕から剣が落ちた。
その瞬間にザジが跳ねた。
魔人がそれを防ぐように左脇の腕でつかみ掛かる。
不意の事態に戸惑ったのか、その間、魔人は完全に俺の存在を忘れていた。
相手の後ろを完全に取っていた。
がら空きの背中が目の前にさらされていた。
ザジが左脇の腕を切り裂いた。
そして、それと同時に俺は魔人の背中を深々と切り裂いた。
◇
倒れた魔人を蹴り、あおむけにした。
魔人は大量の血を流し、荒い息を吐いている。
その顔を改めて見た。
その目からは怒りは既に失われている。
まるで人のように、悲しげな目をしていた。
その目を俺は見た事がある。
インカムを外した。
あの研究者には聞かれないように。
「佐藤」
呼びかけた。
佐藤リョーマ。
最も古くから迷宮探索を共にした、かつての仲間。
あの背中越しの斬撃は、確かに佐藤の技だった。
「佐藤。お前なのか」
魔人は何も言わなかった。
肯定も否定もしない。
本来、魔物ならば当然だろう。
魔物に人の意思は分からない。
反応しないのが当然だった。
ただ、佐藤、と呼びかけたその時だけ、その目が動いた。
糸のように細められたその目はやはりかつての仲間のそれに見えた。
あの研究者は魔人と言った。
強化人間ではない。
確信があった。
あの研究者は異常だと。
やっている研究は間違い無く、ろくでもない何かだ。
そして、俺にもこうなる可能性があったのではないだろうか?
魔人とは何か。
強化人間とは何か。
何なのだ、これは。
目を背ける。
もう見てはいられない。
どうせこの魔人はもう助からない。
お互いに命を掛けて戦った結果だ。
刺さったままだったダガーを抜くと、傷口が蠢いていた。
自己再生。
放っておけば、これくらいの傷なら塞がるのかもしれない。
ただし、俺が背中へと見舞った斬撃は駄目だろう。
それは確かに内蔵へと達し、そしてそれを傷つけている。
魔人の息が細くなっていった。
既に目は閉じられていた。
「今、楽にしてやる」
剣を振り上げ、そして下ろした。
◇
「聞こえますか」
「ああ。聞こえるとも。途中から何も聞こえなくなったから、てっきり死んだのかと思ったが」
再びはめたインカムから声が響く。
その声は笑っていた。
笑っていた。
死んだ魔人を。
死ななかった俺を。
「おめでとう。これで君もレギュラーになれるだろう。君は単独でアレを倒した。アレを単独で、それも攻撃魔術の支援無しで倒せる者はポラリスでもそう多くはない」
研究者は言った。
レギュラー。
ポラリスの常備戦力のひとつ。
今までのようなポラリスの魔術実験用の備品扱いから、正式にポラリスの人材として認められたという事か。
そんな事はどうでも良かった。
この女は知っていたのだろうか。
佐藤が俺の仲間だった事を。
いや、こいつは俺の事を知っていた。
ならば佐藤の事も知っていたはずだ。
同じ隊に所属していたのだから、経歴をちょっと確認すればそれで知れる。
そうだ。この女は言っていたではないか。
良いか、何があっても気を抜くな。一切の慈悲無く殺せ。生かして捕らえる必要は無い。始末しろ、と。
俺が何に気が付いても良いように、念を押していたではないか。
知っていながら、この作戦に俺を選んだのか。
「あんたの名前は」
名前を聞いた。
名前を聞く必要があった。
この女は許せない。
「やっと聞いてくれたな」
嬉しいよ。
ぽつりと漏らしたその言い方は、いつもの人を見下したそれとは違っているようにも聞こえた。
知った事か。
こいつの感情なんてどうでも良い。
「成瀬レイナ。覚えておいてくれ」
「ああ。忘れないよ」
すべての死体をそのままに、ザジだけを連れて俺は迷宮を出た。
◇
レギュラーになった。
そうは言っても急に作戦内容が変わるという訳ではないようだ。
これから徐々に変わっていく事になるのだろう。
おそらくはスバル国内、およびその周辺の国の武力的問題解決に出されていたのが、より広範囲に、それこそポラリスの勢力内を飛び回る事になる。
あれから1ヶ月が経っていた。
変わった事といえば装備だろうか。
今までは青錬鋼の鎧と剣だった。
新たに支給されたのは黄錬鋼のそれらへと変わっていた。
魔術によって精錬された鋼は、こめられた魔力に応じて色が変わる。
こめられた魔力が大きければ、実際の防御力が、そして攻撃力も上がった。
青よりも黄の方が上のグレードだ。
何故かザジの装備も同じく黄錬鋼のそれになっていた。
操る半人の全てが、という訳では無い。
ザジの物のみが黄になった。
メンテナンスの趣味なのか。
それくらいに考えた。
正直、そんな事をするくらいなら、より戦力の高い魔物を支給して欲しい。
それと、装備といえばもうひとつ変わった事がある。
今までは私的に魔物を持ち歩くのが許されなかったのが、申請さえすれば持ち歩いても良くなっていた。
俺にとっては魔物は装備と変わらない。
剣や鎧が普段の生活で必要になる事が少ないように、持ち歩けると言われても、別段使う宛てなど無かった。
せっかくなので、予備戦力として持ち歩く事の多い女郎蜂だけをポシェットにつめているくらいだ。
やはり、何も変わらない。
世界も変わらず、俺も変わらず。
そう振る舞った。
ポラリスという組織はまともじゃない。
俺がそこから抜け出す事はきっと適わないだろう。
それはもうとっくの昔に諦めている。
ベッドの上で、あの女に会った時から。
それでもポラリスには知られないように、以前のように振る舞いながら、俺は自分自身のために出来る事を始めた。
すぐにどうこうできたりはしない。
まずは準備が必要だ。
言われるままに動きながらも、考え続ける。
自分自身の可能性をすべて試す。
ただの操り人形にはならない。
そのための力を。
準備が終わるまでは、変わらない振りをしよう。
俺が変わってしまっても、その準備が終わるまで、世界の方には変わらないでいてもらいたい。
振りなどではなく。
今のままで。
願わくば。
ここまでが第1部ですかね。もうこういう腕いっぱい的な妙な敵は出したくない……ヘカトンケイルとか出したらもう訳わからん。
12月1日から再開します。




