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阿修羅

名前も、性別も、出身地も。何も分からない伝説のテロリスト様の登場。


とはならなかった。

実際には性別と、そしていくつかの特徴が知られてしまった。

隻眼の半人使い。


どうやらそれが、俺の最初のあだ名のようだった。


「マイナス、か」


情報の完全なる秘匿に失敗している。

ゴブリンを操る術がある。

そう知らしめるのは良い。

しかし、俺自身の情報は秘匿するべきだった。


ポラリスの評価を下げてしまっただろう。

しかし、オペレーターは否定した。


「そうでもありません。ポラリスの名を表さず、それでありながらポラリスによる粛正である事を印象づけるのに、十分な作戦内容でした。示威行動を全て極秘裏に済ましてしまっては意味がありません。また今回、事前に通達された戦力のみで作戦を遂行しております。予備戦力を温存したまま帰投した事は評価されてしかるべきです」


オペレーターが告げる。

あのエージェントか、それとも別の誰かが監視していたのだろう。

報告するまでもなく、作戦内容は筒抜けだった。


予備戦力、とはザックの中につまっていた完全武装のゴブリンと、そしてポシェットの中に忍ばせていた女郎蜂の事だ。

今回、女郎蜂を使えば簡単に事は済んだ。

しかし、それでは示威行動としての目的が果たせなくなる。

他に方法が無いならともかく、エージェントが用意していたゴブリンのみで作戦を遂行する事を要求されていた。


評価されている。

ひとまずはその言葉に安堵した。


スバル国内のはずれ、五更区のぼろいアパート。

表札には夏目ケイとある。

ここがポラリスが用意した隠れ家であり、そして隠れ蓑だった。

対外的にはフリーランスのガードという事になっている。

部屋の中にはベッドと小さなテーブルセット。

後はトレーニングアイテムの数々が床に散らばっていた。

そこに半人の姿は無い。


ポラリスに所属する国まで逃げ延び、そこからは銀星門で一気に転移できたとはいえ、作戦から3日が経っている。


あの国は大変な騒動になっているようだ。

当然、あの国の中ではポラリスの仕業だ、ポラリスの専横を許してはいけない、とさかんに叫ばれているらしい。

しかし、その叫びはもはや他国には届かないだろう。

たった一度の作戦で、あの国は孤立した。

この後もポラリスによる介入を受け続け、反抗は次第に沈静化。

やがては忘れ去られる事になる。


世界中で2種類の報道がされたようだ。

ひとつは新たな知性を持ったゴブリンによる侵攻。

まるで三流オカルト誌のような飛躍した文章が踊る、眉唾物の報道。

異世界人による侵攻とまであった。

それは取るに足らない娯楽の範囲だ。


もうひとつが件の半人を操る魔術師がいた、という報道。

その者は隻眼であり、所属国籍は不明。

多数の半人を従えたそれは新たな魔人ではないか?

そんな見方もされていた。


どこの国でもポラリスについては何も触れられていない。

国によってはあの国がポラリス反抗を高らかに謳っていた事すら報じられていない。

当然だろう。

滅多な事を書いては身の破滅をまねく。

どんなに馬鹿な記者でもそんな事は書けない。

書いたとしてももみ消されるのが落ちだ。


自らがポラリスとなる前だったら、どこぞの研究機関が極秘に開発でもしたんだろう、くらいには思ったはずだ。


しかし、それをポラリスと結びつけて考えたりはしなかったと思う。

特にスバル国民にはポラリスをまるで正義の組織のように捉えている者が多い。

報道、教育による印象操作。

刷り込みによる思い込み。


さすがに軍に入り、地下迷宮で兵として働き、暗い地下世界で暮らし続けて様々な情報が入ってくれば、ポラリスに対する信頼は紙のように薄くなる。


迷宮で戦う人間が必ず耳にする事になる強化人間の噂。

妙に秘匿されている情報。

はっきりと言葉にされる事は少なくとも、誰の胸にも積もっている不審。


それでも、何もかもをポラリスの陰謀だ、で片付けてしまうのは乱暴だろう。

それではただの酔っぱらいの世迷い言になってしまう。

過去の自分なら他国の争乱として受け止め、不審を持っていてもさすがにポラリスと結びつけて考えたりはしなかったはずだ。


今では世界中で起こる報道を確認するだけで、どれにポラリスが関わっているのかが、すぐに分かる。


今回のそれも、ある一定の層にはメッセージが届いたはずだ。


無駄な事をするな。半人に襲われるぞ、と。


実際、半人というのは世界中で最もありふれた魔物だ。

そんなものを操れる、という風に聞けばそれがどれだけ恐ろしい事なのか分かるだろう。


もしもひとつの国に、半人が何百、何千と大挙して現れたら。


そう考えるだけで、ポラリスに対する反抗など気が失せるはずだ。


良い見せしめになった。

そういう事だった。


実際には、そこまでの事は出来ない。

ワイアードには、コードが見える事が必須だ。

コードを目視して精密に操る事ができなければ、とても扱う事など出来ない魔術。


何しろコードが見えている自分ですら、複数を同時に操る時には混乱する事がある。

こんな事が出来る人間が五万といたりするはずがない。


それに、自分の扱う魔術はどうも、先があまり見込まれていないような気がしていた。

どんなに有用でも、これではあまりにも使える人間が少な過ぎる。

先進の、馬鹿みたいにコストがかかっても、それに見合う成果の出る魔術、そんな転移魔術のような、あまりにも恩恵が大き過ぎる魔術とはあまりにも扱いに差があった。


ワイアードはコストが掛かりすぎる。

操る魔物にしても、そこらで捕まえてそのまま使える訳では無い。

ワイアード専用に調整する必要がある。

調整には時間がかかるし、その間、研究者なり技術者なりの手がそこにかかりっきりになる。


ワイアードの改良か、それとも魔物の調整方法の簡略化か。

いずれにせよ、現状では戦略的運用なんて夢のまた夢。


局所的に、戦術的に、そして今回のように暗示的に使うのが一番効果的であり。


つまりはこれからは、今回のような暗殺めいた作戦が増えるのではないだろうか。

そんな事をひとり思った。



いくつかの作戦を無事にやり遂げた。

最初の作戦で半人使いとして喧伝されてしまったせいか、半人を操る作戦が続いた。


ゴブリンは比較的、操りやすい種族ではある。

しかし、それ故に数を操る作戦が続き、辟易していた。


多数を操る事と、多数を指揮する事をはき違えている。

多数を操る自分では状況の判断が遅れる事がある。

無理も生じれば、危うい局面にも見舞われる。

それはやがて自らの命を危険にさらしかねない。


オペレーターに幾度かそう告げたが、状況に変化はあまりなかった。


「着いたぞ」

「そうか。久しぶりだな」

「その声は」


インカムから響いたのはオペレーターではなく、あの研究者の声だった。

訪れたのは地下迷宮、ブレアデス第5区。

ポラリスしか入る事の許されない研究施設内の銀星門から秘匿された区域へと転移した。


周囲にいるのは青く輝く鎧に身を包んだ半人が5体。

1体を除いて全ての半人がダガーを握っていた。

1体だけショートソードを握っている。

ほとんどの半人が作戦中に死んでいく中、この1体だけはいつも生き残っていた。


外見的な特徴は他の半人と変わらない。

たまたま調整が他よりもうまくいっているのか、確かにこの個体は他のに比べて扱いやすい。

いつからかメンテナンスからザジという愛称まで付いていた。

最初の作戦の時にはザックの中にいたそれも隊列に加えた5体、そして自分自身が持てる戦力のすべてだった。


「もう会わないんじゃなかったのでは?」

「会ってはいないさ。そうだろう?」


その響きはからかうようで。

思わず舌打ちをしそうになって、それを堪えた。


「作戦内容を」


呼び出されてスバルの銀星門からブレアデスへ。

そのまま研究室から第5区へ。

何の説明を受けていなかった。


「すまんな。緊急の案件が生じた。私の管轄する部署だったので、最近、評価を上げていた君を推薦した」

「それで」


余計な話をするつもりはない。

いくらポラリスが管理している区域とはいえ、危険が無い訳では無い。

ランプを自ら持ち、取り合えずは進め、という雑な命令に従いつつ歩く。

既におおよその地理は訓練で把握済みだった。

そう深くまでいかなければ迷う事は無い。

しかし、目的地はどうやらその深くだった。


「目標はブレアデス第5区、その最奥にいるはずだ。探し出して撃破しろ」


6本腕の魔人が研究区から脱走。

銀星門から転移した先がこの場所のようだった。

何の研究で、とは聞かない。


余計な事を知る事は無い。

無用な責任を負う事になるのはごめんだ。


「どうして最奥にいると?」

「あれは腹を空かしているだろうからな。食事にありつきたいなら奥へ奥へと移動するだろう」


その魔人は体の維持に大量の魔力を必要とするらしい。

そのために、手っ取り早く魔力を補給しようとしている。

そんな物騒なのが外ではなく、迷宮の中へと逃げ込んだのは幸いか。


渡された地図を広げた。

さすがに最奥までは把握し切れていない。


「コードをたぐれ。デッドアイ。君なら見えるはずだ。あれが垂れ流す魔力の糸が」


言われて、目をこらしても特別おかしなコードは見えない。

もっと近づかないと見えないのかもしれない。


「しかし、6本腕の魔人?ですか?」

「興味があるのか?」

「いえ、そうではありません。手強そうだな、と」


見た事も聞いた事もなかった。

新種の魔人が現れたのか。

想像するだけでも手強そうだった。


俺が半人を操るのとは訳が違う。

3人を自身の手として同時に操れるようなものだろう。

武装は警備の兵から奪った剣が最低でも4本はあるらしい。

さらに迷宮内で奪って確保していたら、全ての手に武器が握られているかもしれない。


そう思い、進む前に残骸が転がっているのに気付く。

それは食べ残しだろうか。


オーク。

本来は豚の顔に人の体を持った亜人。

背はゴブリンよりも多少高いが、人から見れば子供の背丈の範疇だ。

しかし、ゴブリンと違うのはその体は背丈以上に大きく見える。

太っているように見えて、その肉体は筋肉の塊。

力が強く、まともに剣を打ち合えば力負けしかねない。

ゴブリンと同じように身にまとうのは酷い皮鎧。

手にするのは岩を削り出しただけの粗末なこん棒。


目の前に転がっているのはそんなオークのバラバラ死体。

その身を刻まれ、はらわたが飛び散り、そして至る所に歯形が残る。


「オークの死体を発見。血の跡がある。何とか追えそうです」

「良し。進め」


簡単に検分してから進んだ。

歯形は決して大きくはない。

人のそれと同じくらいか。


人が泣きわめくオークに食らいつく様を想像して、げんなりした。

これだから魔物は。


血の跡は点々と続き、そしてすぐに消えた。

魔人自身が傷ついた訳ではないようだ。

単にオークの返り血が落ちていただけか。

それでも進む方向は分かった。


敵とは遭遇しなかった。

あるのは食い散らかした後ばかり。

心臓を引きずり出され、食べられたもの。

頭を砕かれ、脳を食べられたのか、脳漿を垂れ流すもの。


後で掃除するのが大変だろう。

どうでも良い事を考えて、淡々と進んだ。


楽な道中だ。

余計な雑魚は目標が全て片付けてくれていた。


やがて、妙な痕跡を見るようになった。

宙に見慣れない魔力の糸が漂う。

治療系のコードだろうか。

読み解くにはいたらなかったが、何らかの治療に使う魔術に似ている。

それがふわふわと浮いていた。


「見慣れないコードの痕跡を発見。治療系のそれかと」

「あれには自己を再生する疑似コードをとりつける予定だった。完全ではないとはいえ、多少の効果はあるはずだ。生半可な攻撃は無駄と思え」


新たな魔術の開発。

それが自己再生だったのだろうか。

確かめたりはしないし、相手も特にそれ以上の言及はしない。

必要な情報と判断したから公開しただけだろう。


そんな厄介な能力があるなら、オーガでも寄越せば良いものを。

ゴブリンではいかにも腕力が足りなそうに思えた。

腕力に優れるオークを餌として屠って進むような怪物相手では役者不足も甚だしい。


オーガはそんなオークよりもさらに強い膂力と巨体を誇る人型の魔物だ。

ワイアードは操る魔物が巨大になればなるほど、太いコードが必要になり、近距離でしか操れなくなる。

その難点を補える程の膂力がオーガにはある。


恐らく準備が無かったのだろう。

ずっと作戦にはゴブリンを用いてきた。

その小さな体はある程度の遠距離でも、そして複数でも運用できるゴブリンは確かに便利に使える。

優先的に捕獲、調整するのも自然、そんな半人ばかりになり、不足の事態に備えてなかったのではないか。


相手がこの研究者ならそれくらいの文句を言っても良いかとも思った。

しかしそれを口にする前に、敵とついに出くわした。


魔術が使えるのか。


伏せ、体を揺らす巨体がそこにある。

傍らには明るい光。

スターライトよりも数段明るい魔術の光がその姿を照らす。


どうやら食事中のようだ。

くちゃくちゃと何かを咀嚼する音がこちらの耳にまで届く。


よほど夢中なのだろう。

手にするランプの灯りを遮って、一方的に観察するこちらに気付いていない。


背は意外にもそれほど高くない。

自分と変わらない程、180より多少高いくらいか。


まるで巌のように、見るからに硬そうな筋肉が体を覆っていた。

鎧の類いは着ていない。

上半身は裸で、下半身は申し訳程度に布で覆われていた。


異様なのはその肩だ。

そこだけ見れば本当に岩石が付いているかのように膨れ上がっている。

そしてそこに付いている腕は左右に3本ずつ。


胸に近い、やや前側に1本ずつ。

肩の頂上部分に1本ずつ。

そして、やや後方の脇近い部分に1本ずつ。

それぞれが三角形を描くように配置されていた。


武器は頂上の2本に剣が、そして脇の2本にオークから奪ったらしきこん棒が握られていた。


影になっていて、前側の2本は体を揺すった時にちらりと見える程度で武器の確認は出来ない。


そこまで確かめて、地図に記された座標を研究者へと報告した。


「目標を発見。座標は……です。これより行動を開始します」

「ああ。頼んだぞ。デッドアイ。良いか、何があっても気を抜くな。一切の慈悲無く殺せ。生かして捕らえる必要は無い。始末しろ」


手始めに通常の2体のゴブリンを走らせる。


それに気付いた魔人が振り向いた。

両目と、そして額にも付いたもうひとつの目、3つの目がこちらを睨んだ。

黒髪を短髪に刈り上げ、体と同じく異様についた筋肉で顔の形が歪んでいた。


その目が宿すのは怒り。

その怒りを受け止めながら思った。


どこかで見た事のあるような目だな、と。

それがいつ見た目だったか、思い出す前に戦闘は始まった。



ザジ = The G

ゴキブリ並みの生命力。死なず!滅びず!!

※別段、骨のあの人のキャラクター枠ではありません。無いはず。

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