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隻眼の半人使い

管理された戦場で管理された戦いを続けた。

鬼宿。

南十字稜。

そして、迷宮の秘匿された区域、アルデバラン第5区。


ゴブリン。

オーガ。

オーク。

コボルト。

ウェアウルフ。

ピクシー。

女郎蜂。

ブラックドッグ。

フリアイ。


数えきれない魔物を操り、精度を上げ、練度を上げた。


鏡を見ては自分と思えなかった日々もいつの間にか遠い。

戦い、戦い、戦った。

休む間もなく体を動かし続けるうちに、余計な事を考えなくなっていた。

気が付けば別人に、ポラリスのデッドアイへと変貌している自分に気付く。

戦えと言われれば戦い、殺せと言われれば殺す。


やがて実験は十分な成果を上げたのか。

訓練は終わりと判断されたのか。


新たな戦場が用意される。


命令されるままに、小国プロキオンへと潜入した。

指示された街の一角のホテルで出会ったのは、ポラリスのエージェントだった。

室内へと通される。

窓はぴったりとしまっていた。

部屋の中は薄暗い。

薄暗いのは好きではない。


両肩に背負った巨大なザックを降ろし、スターライトの光を灯す。

それを眩しそうにエージェントは手で遮る。

自分も同じ格好をしているが、麻の貫頭衣に身を包んだ、この国ではありふれた格好をエージェントはしている。

髪は濁った赤い髪。

自分も染めてそれに似せてあった。

自分が格好で違うのは左目にした眼帯と、ベルトに付けたポシェットだけか。

剣を持って来てはいなかった。

エージェントはこの国の内通者なのか、浅黒い肌のプロキオン人に見える。

自分の肌も塗料で似せた色にしてある。


余計な詮索はしない。

エージェントから告げられた指令は、この国の王の殺害だった。


「絶対にバレないイカサマさ。君は稀代のテロリストって訳だ。名前も、性別も、出身地も。何も分からない伝説のテロリスト様の登場だ」


エージェントは語る。

明日、この街の中央で王が演説をする。

それはポラリスに対する宣戦布告。

世界のすべてを敵に回してでも反抗ののろしを上げ、そして後に続く国を待つつもり。


「既に裏で密約が交わされているのだろう。段階的にヒドレ、レオニス、スコルピオ、そしてスバルへと対応する国が順に戦争を仕掛け、ポラリスの支配から抜け出そうとしている」


ただの迷宮調査兵だった頃には知りもしなかった事だが、ポラリスが秘匿し、独占する魔術は膨大で、そして国の上の方の立場になればそれがどれほどのものなのかは自然と知れる。


そうしたポラリスに属していながら、支柱たる4国とは明確に下に位置づけられてしまった国の反抗、その一環のようだ。

単に知らないだけなのか、エージェントは特に国名は挙げなかった。


門をどうするつもりなんだか、とは思った。

思っただけで口にはしない。

既に世界中の至る所に設置されている銀星門。

そしてポラリスの重要機関にしか存在しない金星門。

それを確保しさえすれば何とかなると考える国が出てきてもおかしくない頃合いなのだろう。


「プロキオンの反抗を許しては、世界の安定を揺るがしかねない。宜しく頼んだぞ、デッドアイ」


そう言って、ベッドの下から木箱を引き出した。

まるで棺のように大きい。

釘を抜き、木箱を開ける。

そこに詰まっていたのは、もはや見慣れた人形だった。



「行動を開始する」

「了解」


それだけを口にし、そして耳にしてインカムを懐へとしまう。

プロキオンはポラリスには属していない、今ではごくごく少数になった国だった。

石造りの低層住宅が並ぶ都市の中央にある広場。

そこに多くの人が集まっている。


広場の突き当たりには3メートルほどの高さの即席の舞台。

教会を背にして国を治める王が演説を行っていた。


「我々は戦う!ポラリスの専横を許しては、世界はやがて大変な事になるだろう!」


ポラリスが介入した戦争、その当事者であった国の名前がいくつか挙がる。

それらの国々は今ではポラリスの傀儡。

ポラリスの欺瞞を飾り立てる象徴として利用されている。


そんな風な話を延々と続けていた。

群衆にまぎれてそれを聞く。

周囲に同化しながらも、周囲に気を配る。


エージェントは実際の作戦行動には加わらない。

多少のフォローをしてくれる手筈になっていはいたが、単独で事を成し得なければならない。


離れた位置にちらりと目をやる。

そこに立っているのはフードで頭を隠し、全身をマントで覆った立ち姿。


柱のような不気味なそれを、近くの人間は誰も気にはしていない。

熱狂が広場を包んでいた。


柱が動き出す。

1歩。

また1歩と人を押しのけ、前へと進んで行く。


静かに。

ゆっくりと。

迷惑そうに顔を向け、中にはどんと突き飛ばす者もいた。


突き飛ばされて柱がぐらりとゆらぐ。

それは人の挙動としてはやや不自然に。


舞台からは未だ遠い。

体勢を立て直し、柱はどんどん進んで行く。

やがて、大分舞台が近づいてきた所で、舞台を囲んでいた兵士が気付く。


何事か兵士が声を上げる。

兵士の前の人々がざわめく。


王は演説を続ける。

魔術で拡張された声が広場に響く。

大義はある。

自分達こそが正義なのだと。

自らの属する国が正義を成すのだと。


「ポラリス。それは腐敗した世界そのものの象徴に他ならない!」


兵士の前の人々が割れ、そこを兵士が進む。

柱は呆然と、我を忘れたかのように立ち尽くしていた。


兵士が何かを叫ぶ。

その瞬間、俺は、隠すのをやめた。

これ以上隠すのも、そしてあの王に無駄口を叩かせるのも限界だろう。

これは喧伝しなければならない。

つまりはショーだ。


マントが揺れた。

柱が奇術めいて高さを失う。

倒れた訳では無い。

ふわりと、中身を失ったかのように地へと落ちる。


代わりにマントの下から何かが飛び出した。

それは奇妙に小さく。

そして叫びが広場を連鎖する。


「ゴブリン!ゴブリンだ!」


俺の操る2体のゴブリンが舞台を目指して走り出した。



もしもコードが見えたなら、ゴブリンから俺の手元へと伸びるコードがはっきりと分かっただろう。

俺には見える。

はっきりと。


しかし、誰も俺に気を配らない。

俺にしか見えていない。

広場の前の方の混乱に、何が起きたのかと先を見ようとする群衆にまぎれ、同じように先を見定めようとする。

そう演じる。


2体のゴブリンが兵を避け、舞台へと取り付いていた。

虚をつかれ、剣を抜くのを遅れた兵が舞台へと追いついた時には既に剣の届かない所まで登っている。

汚らしい革鎧に身を包んだその動きは速い。

こんな街中にゴブリンが現れるなど、誰が想像できようか。

格好は汚くとも、臭いはしないように念入りに洗浄されているそれが、人の振りをして立っているなど。

いや、出来まい。

そして、それが操られていると、誰が想像できようか。

ニヤリと笑うのを堪えた。


確かに、これは楽しいな。

自分だけがタネの分かっている奇術。

そして誰も奇術師に気付かない。


さあ、この国に仇なすテロリストがここにいるぞ。

これはショーだ。

自分だけのショー。

俺だけのものだ。


ゴブリンが舞台を登り切るより早く、王が兵に引き連れられて舞台から降りようとしている。

ゴブリンの上には兵が待ち構えていた。


弓兵の姿は無い。

代わりに魔術兵の姿。

魔術兵がその手に魔術を織りなしていくのがはっきりと見えた。

強化人間というのは伊達ではない。

視力は常人のそれをはるかに凌駕する。

そして死んだ左目が映すのは魔術の神秘。


コードが形を成す。

この距離からでも、それが何なのかを判別できる。

その魔術が完成する瞬間を狙って、自らが操る半人に手にしたナイフを投げさせた。


爆炎の魔術が放った直後にナイフで迎撃されて炎をまき散らす。

自らの魔術に焼かれて魔術師が倒れ、のたうち回る。


魔術に頼り、弓兵を置かなかったのは失敗だったな。

胸の内で、舞台の上の炎に驚いたふりをしながら呟く。


広場の群衆は二通りの人間に別れていた。

ひとつは舞台に近い前列。

逃げ出そうとしながらも、群衆に囲まれ、押し、倒れ、混乱する者達。


そしてもうひとつは舞台から遠く、前列の動きについていけず、逆に何が起きたのかを見ようとその場に留まる者達。


爆炎はそんな後者の者達をも動かした。

広場全体がパニックに襲われる。


広場を囲んでいた兵すらも押し倒し、わめき、逃げ惑う。

その混乱に乗じた。


手近な群れに合わせてわめき、進む。

舞台の上のゴブリン達は暴れさせる。

細かな挙動などもはやどうでも良い。

兵を引きつけ、より混乱を増すように最期まで足掻かせる。


2体のゴブリンが倒れた時には既に俺は広場から脱していた。


広場で片がつくのなら、そうしたい所だった。

初めての作戦で何もかもをうまくコントロールは出来ないという事か。

王は既に逃げ去っている。


広場の周りには至る所に兵が配置されていた。

それも混乱で寸断され、まともに機能していない。


そんな中を抜け、裏通りへと入る。

人ごみはそこには無い。


王の逃走ルートは既にエージェントから聞いて掴んでいる。

王宮へと逃げ込まれる前に、追いつかねば。


不意に、裏通りの出口をふたりの兵が塞いだ。


「xxxx,xxxxxxxxxx?」


喧噪にまぎれて、何を言ったのかは良く分からなかった。

しかし、何を言われたのかは分かった。

要は、待て、怪しいぞ貴様、とか、そんな所だろう。

困ったように笑い、両手を挙げた。

へらへらと。

軽薄そうに。


「どこへ行く?その荷物は何だ?」


片割れから壁へと突き飛ばされた。

されるがままにする。

時間が無い。

とはいえ、ここで下手に他の兵を呼ばれても困る。


始末するならふたり同時に。

そして静かに。


壁に向き、両手をそこに付けたままの姿勢でちらりと後ろを窺った。


兵は背負っていたザックを開けようとしていた。

口を閉じていた紐が引かれ、ザックが開かれる。


へらへらと笑いを浮かべたまま、口にした。


「死ね」


開いたザックから手が突き出す。

それは兵の喉を正確に突き刺す。


伸びていたのは細い腕。

それは青く輝く鎧に覆われている。

握られていたのは一振りのダガー。


もうひとりが叫び、行動するよりも早く振り返った。

ダガーが振り切られ、兵の首が掻き切られる。

未だ生きている兵の口を手で塞いだ。

そして袖に隠していたナイフを空いた手に握り、その兵の首を引き裂いた。


ザックから伸びた手が、自ら紐を引き、ザックが閉まる。

その間にナイフを再び袖に隠す。


余計な時間を食った。

走る。

返り血を何とかしたい所だが、そんな余裕は無い。


いくつもの路地を抜け、目的の建物を見つけた。

そこの前には3人の兵の姿。


時間が無い。

さすがに広場から離れると、混乱で逃げ出した群衆の姿も少ない。

しかし、少ないながらも、幾人かが通りを走っていた。


兵は縋り付いてきた民を振り払う。

混乱が生じれば民衆とは邪魔な存在でしかない。

統制が効かず、兵の動きを阻害する。

他の建物にもぽつりぽつりと兵がいた。


邪魔だ。

しかしながら排除する時間は無い。

その兵へと走り、向かいながらコードを編み上げる。

同時に懐から出したスカーフで口元を隠した。

なにも学んだ魔術は人形ごっこだけではない。


アパートに入ろうと向かうと、返り血を見とがめられたのか何事か話しかけられた。

この辺りの兵の数はそれなりに多い。

まともに相手をしてはいられない。


ノヴァ(星が生まれる)


右目へと手を当て、目をきつく閉じる。

左手から離れたコードに一瞬で魔力が駆け巡り、閃光を放つ。

まばゆい光は直視しなくとも視界を奪う。

一瞬の輝きはあっという間に消え去った。


目を開ける。

そこには目に手を当てうつむく兵士。


時間が無い。

突き飛ばし、建物の中へと入った。


中には兵の姿は無い。

当然だろう。

一気に2階へと駆け上がり、目的の部屋へと入った。


そこには住人の姿は無い。

窓の下にベッド。

手前に小さなテーブル。

後はクローゼットがひとつあるだけのまるでホテルのように簡素な住まい。

生活の臭いの薄い部屋のベッドに手を掛けた。


マットを投げ捨て、ナイフを手にベッドへと叩き付ける。

早く。

兵はすぐにでも追って来るだろう。

その前に。


幾度も叩き付けると薄い板が破れた。

板を力任せに引きはがす。

中には木箱。

ふたの隙間にナイフをこじ入れる。

釘がゆるみ、出来た隙間に指を入れて無理矢理に開けた。


中には8体ものゴブリンが押し込められている。

みすぼらしく、まるで迷宮から今出てきたかのような。


すぐにコードを編み上げる。

魔物へと己の意志を接続し、自在に操る世界が未だ知らざる脅威の魔術。


魔術が編み上がると同時に扉が開いた。

階下を調べていたのか、間に合ったのが僥倖だ。


ワイアード(私の星座よ)


8体のゴブリンが身を起こす。

すぐさま2体が扉へと飛びかかった。

一瞬の隙が兵たちに生じる。

その間に残りの6体は窓へと躍り出て、その後に俺も続いた。


衝撃はすぐに。

転がるように着地をして、それを殺す。


その間にも6体は走り出していた。

幾重にも張り巡らされた通りを抜ける。

出くわした兵には数と勢いで押し切り、出くわした民衆にはゴブリンを前面に押し立て、混乱でもって押し通る。


パレードが行く。

それは異形。

それは恐怖。

醜い半人が走り、悲鳴が上がる。

その後ろに付き従う。


そうして王が通る裏通り。

そこへと出た。


兵の数は7人。

そしてその中央に王の姿。


6体のゴブリンはすぐさま走り、一団へと到達する。

さすがにこの数を精密に操る事は出来ない。

4体のゴブリンをただただ走らせ、一団へとぶつけた。

その4体を囮に本命2体を操る。


精鋭たる護衛の兵はひるまずに剣を抜いた。

魔物と繋がっている間には別の魔術は使えない。

つまりはこのゴブリンで何とかするしか無い。


前衛が最初にぶつかったゴブリン達に斬り掛かる。

その瞬間に1体は頭上を飛び越えるように跳び、もう1体が地を這うように駆ける。

その動きは速い。


跳んだ1体が剣で叩き落とされた。

それに目を奪われたのだろう。

狙い通りに。

地を這う1体の対応が誰も出来ていなかった。


跳んだ1体の操作を放棄する。

操るのはただの1体。

その動きが正確になる。

まるで歴戦の精鋭のように鋭く、速い。


豪華な衣服に身をまとった王の脚をナイフで切り裂き、そしてそのままゴブリンが跳ねた。


ナイフは王の胸をひと突きし、そしてゴブリンは兵によって地へと叩き落とされた。


それはほんのひと呼吸の差。


ナイフが確かに王に突き刺さったのを見届け、通りを走り去る。

残ったゴブリンの内の1体を自らの元へと戻し、残ったゴブリン達に兵の足止めをさせた。


楽しい。

ポラリスに入ってから、自らがポラリスとなってからはじめてそう思えた気がした。


口元が歪むのを抑えられない。

笑いを噛み締め、代わりに懐からインカムを取り出し、告げた。


「行動は終了した」

「了解。無事の帰投を。ディー」


足下を走る半人を眺めた。

さあ、いかなる混乱を起こそうか。

自分の進む速度を落とし、半人の方を先行させる。


この国には金星門も銀星門もない。

なにしろこの国はポラリスの影響下には無いのだから。

つまり転移はできない。


裏通りから本通りへと出ると、早速に悲鳴が上がった。

まるで歓声だ。

それは俺を賞賛する声にも似て。


「もっとだ。さあ、もっと俺を賞賛してくれよ!」


ゴブリンが走る。

混乱は続く。


色々と危険はあったものの、俺は最初のショーを無事にやり遂げた。

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