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魔石

しばらく進むと、綾瀬が何かを発見した。


「小太刀さん。これ」


呼ばれるままに、綾瀬へと近づき、壁を見る。

壁に親指ほどの、赤く輝く宝石に似た結晶が頭を出していた。


魔石。

高い魔力を宿す結晶。

周囲の魔力を集めて成長し、その色を変化させていく。

最初は緑。

やがて黄に。

そして赤へと変ずる。


さらにこの上に、紫、さらに最終的に黒へと変わるという話だったけれども、赤で既に最高級と言えた。

迷宮にはこうして壁や床、天井にこうして魔石が顔を覗かせている事があった。


綾瀬が見つけたそれは、頭をほんの少し覗かせただけで、欠けも最小限に見える。


「さすが、綾瀬」

「でしょ?」


調子に乗るな。

簡単に言いおいて、腰のピッケルを外した。

もしも採れるようならば採っておきたい。

魔石を持ち帰る事は大きなポイントになる。

出世欲はそれなりでも、魔石を持ち帰ってもらえるボーナスは魅力的だ。

綾瀬もそれを望んで、メンバーの中でも比較的熱心に探す方だった。


「小太刀、あまり時間はやれんぞ」


新堂が周囲を見回しながら、小言をこぼす。

新堂は逆にあまり熱心でないクチだ。

ランプの事もある。

それに新堂は仕事はなるべくさっさと確実に済ませたい質だった。

もしもランプに余裕が無ければ、私も回収は次回に回すか、報告して掃除屋に回収させる。

報告するだけでもポイントにはなる。

それをランプに余裕がある今、諦める理由は無いだろう。

苦笑いを返して作業を進める。


焦って魔石が半分に折れてしまうのは最悪だ。

折れた魔石ではボーナスはもらえない。

大きく削った後、慎重に周囲の岩を削る。


そして、ついに壁から手のひら大の細長い魔石が私の手の内へとこぼれ落ちた。

周囲の岩がまとわりついているのを何とかするのは帰ってからだ。


空いた手を隣で見ていた綾瀬へと差し出すと、綾瀬はそこに自分の手を合わせるように叩いた。


「今日はうまい酒が飲めますね」


吉佐が笑って言う。

寡黙な並木も微笑んでいた。


「よし。じゃあ行くぞ」


新堂が号令をかける。

特にその表情に変化は無い。

いつの間に近づいてきたのか、離れた綾瀬と入れ替わるように隣に来た佐藤が。


「内心、嬉しいはずなのになぁ」


と、私にだけ聞こえるか聞こえないかの大きさで口にした。

魔石のボーナスは隊全員に出る。

ならばそう考えるのが当然だろう。


「まあ、隊長は生真面目な方が良いだろ?」


と、佐藤に耳打ちする。

それに、佐藤は糸のように目を細めて「だね」と笑って返した。


この隊の中では佐藤とが一番古い。

佐藤と別の隊に居た時には不真面目な隊長で苦労した。

魔石を見つけたりなんてしたら、隊全員を黙らせて自分のポケットに入れるほどだった。

今はどこの隊にいるのやら。

剣の腕だけは良かったので、意外に精鋭部隊にいたりするのかもしれないな。

そんな事をぼんやり思い、魔石を背後のザックへとしまい、意識を切り替えた。


酒、酒ー、と暢気に呟いていた吉佐を新堂がたしなめる。


うまい酒が飲める。

私もこの時にはそう思っていた。

浮かれていた訳では無い。

それでもどこか、慣れ親しんだと感じていた暗闇を甘く見ていたのかもしれなかった。



暗闇を進んでいくと、水路に出た。

道を塞ぐように横たわるそれの幅は広い。

道はその先に続いている。

飛び越えて渡るには対岸は遠い。


新堂がおもむろに水中へと剣を突き刺した。

どうやら深いようだ。

肘までつかっているのに、底へと届かなかったのが見て取れる。


「戻るぞ」


無理に渡る必要は無い。

水棲の魔物に襲われても面白くない。


「どうします?ここまでにしますか?」


既に一度、タンクを予備と交換した。

未開区域へと侵入してから2時間を超えている。

水路の発見は十分な成果と言えるだろう。

私の問いかけに、新堂は考え、そして。


「途中の分岐、あれを少し覗いておこう。戻る途中だから、それほどの手間でもないだろう」


ここまでに3度、分岐があった。

その中の最後の分岐で小さな道があった。

よくある行き止まりへと通じる小道だ。

他の分岐よりも小さいそれを、新堂はそう断じて先へと進んだ。


それを戻る途中で潰しておきたいのだろう。


「了解」


私が賛成すると、誰も異を唱えなかった。

隊は分岐を目指して、来た道を戻る。


やがて、そこへと至る。

タンクの消耗は少ない。

問題はないだろう。


前にふたりも並べばそれでいっぱいになるような小道を、新堂を先頭にして進む。

しかし。


「長いな」


小道はすぐに行き止まらず、どこまでも伸びていく。

道幅もそのまま。

下るでもなく、登るでもない。


新堂は無言で進む。

意外に長いかもしれない。

その背中に、声をかけるか迷った。


タンクの消耗は進んでいく。

それでもこうした小道はなるべく潰しておきたいのは確かだ。

まだタンクには余裕がある。

もしも新堂が進み続けるなら、その余裕がなくなるぎりぎりまで粘ろう。


新堂は慎重な男だ。

そうそう無謀な判断はしない。


そういう仲間への過信が確かにこの時、みんなに、そして私にもあった。


「これは……小太刀」


呼ばれて前へと出る。

新堂の脇へと並んで絶句した。


広い。

私が持つランプでは照らしきれないほど広大な広間。

望まざる光景に眉をしかめる。


こういう空間を見た事がある。

無闇に大きく、そして妙に空気が澄んでいる。


「親の巣だ」


誰かが口にした。

親。

巨大種。

そいつが自らの部屋とし、子を育てる巣。


どう見ても、出た場所はそれそのものだった。


「戻るぞ」


灯りの向こうは見えない。

暗闇の向こうへと伸びる光を新堂が覆い隠した。

もしも、この先に親がいたら。


いない可能性の方が高い。

なにしろ子の姿が無い。

親の周りでは特定の魔物の数が極端に増える。

精鋭部隊はそうした場所を探し求めて進んでいく。


それがこの静けさは無いだろう。

とても親がいるとは思えなかった。


だが、この澄んだ空気。

これがどうにも良くない。


あれほど臭う魔物も、巣の周りでは不思議と臭わなくなるのだ。

親が子の体を舐めて綺麗にするから。

おぞましい想像が頭をよぎる。


もしもこの先に休眠状態の親がいたら。

もしもそれが目を覚ましたら。

もしも、一緒に大量の子が眠っていたら。


もしも。もしも。


胸の中の冷たく、嫌な予感が体温を下げた。


隊列を入れ替えるのも、もどかしい。

そう言うように後方にいた並木が戻ろうとして、綾瀬が声を出した。


「止まれ。敵だ」


綾瀬が並木を押しとどめて元来た道の先に耳を澄ます。


「多いぞ。これは半人か……隊長。敵、半人、数は11です」


敵は、半人どもの群れだった。

数が多い。

迷宮の中で出会う中では最大の部類だ。

そして道は狭く、戦うにはひとりしか前衛に出せない。


狭い道で立体的に襲ってくる半人を相手にひとりでは戦えない。

後ろに何が潜んでいるのか分からない状況でも、取れる手はひとつしか無かった。


「小太刀、灯りをぎりぎりまで落とせ。全員出ろ。出てきた端から殲滅しろ。良いか、入り口で仕留めろよ。俺たちの後ろに逃すのだけは絶対に阻止だ。良いな」


全員が、新堂の指示に声もなく頷いた。

ランプを地面に置き、灯りの照度を落とす。

ぎりぎりまで暗く、小道の入り口が見える限界まで。

そして、背中のタンクを降ろした。

タンクで暗闇の向こう側に光が届かないように遮り、肩を回す。

軽くなった。

この後に新堂が言う事は分かっている。

新堂は私を見て、軽く頷いた。


「良し、全員剣を抜け。綾瀬、連中が走り出したら合図しろ」


綾瀬が少しでも良く聞こえるようにと前へ出た。

全員が息をのんだ。

耳を澄ます。

そこにかすかな足音が聞こえた気がした。

臭いはしない。

むしろ、こちらの臭いが狭い道へと流れ込んでいるのだろう。

その臭いを嗅いだのか。


「来ます。先頭、2体同時です」


そう言う綾瀬の言葉に新堂と佐藤が前へと出た。

吉佐と並木がその両脇をフォローするように少し後方に待機する。

そして猫のような足音が響き、狭い道の入り口から、半人の群れがその姿を現した。


最初の2体が同時に中央の綾瀬へと走る。

それに合わせて綾瀬が引いた。

そこへ新堂と佐藤がそれぞれに刃を落とす。

その瞬間に、別の半人が姿を見せる。5体の半人がほぼ同時に飛び出し、そしてやや前に出ていた新堂へと殺到する。


「隊長!」


思わず並木が声を出していた。

馬鹿。

そんな声を出すな。


声は巨大な空間を響き渡り、暗闇の向こう側へと去っていく。

何もいるな。

何も来るな。


祈るような気持ちで前を見る。

今、敵は前にいる。

後ろを気にする余裕は無い。


新堂を襲った5体を新堂自身が、そして並木が、綾瀬が、佐藤がフォローに入り、刃を振るった。


「吉佐」


吉佐はそちらには加わらずに下がり、私の横へと並ぶ。

同時に襲ってきた5体は確かに脅威だ。

しかしまだ4体いる。

今回の半人は統制が取れている。

恐らく指揮官がいるのだろう。

それならばきっと狙ってくるはずだ。


そう考えた私に同意するかのように、4体が飛び出した。

新堂たちを無視するように。

その脇を抜けて。


佐藤がそれに気付き、剣を振り向きざまに振るった。

自らの死角へと、背中側からバックハンドで。

1体の脚に剣が引っかかり、半人が派手に転ぶ。


残りの3体が迫ってきた時、私はコード(魔術ひも)を脳裏でより合わせる。

魔術とは魔力でつくり出したコードに魔術的な命令を込め、それをより合わせて大きな構造物をつくる事。

構造物がより複雑に、そして大きくなればなるほど完成した魔術はより大きな効果を発揮する。

ただし、そのコードは肉眼で見る事は出来ない。

つまりイメージのみで構築するしかなかった。

これが難しく、特別な才能が無いと単純な魔術にすら苦労する事になる。


3体の前へと吉佐が飛び出した。

3体の進路を邪魔するように剣を振るうと1体が生意気にもそれを受け止め、そして膂力の違いから剣に弾き飛ばされる。

2体がその間にすり抜ける。


その2体に対応しようと構えた私に、予想外の攻撃が加わった。

頭に衝撃。

それは軽く、ヘルムをかぶった頭には何のダメージも残さない。

しかし確実に意識が一瞬だけそちらへと離れた。

目前の2体から、飛来した何かへと。


弾き飛ばされた半人の投げたナイフだった。

弾き飛ばされながらも、なんて余裕。

暗闇へと飛んでいくその姿をちらりと見ただけだったのに、はっきりと見た気がした。

その口元が歪み、笑うのを。


意識を戻す。

既に2体が目前にいた。

それは右と左に別れ。


こうなったか。


諦めにも似た納得があった。


左を抜けようとした1体に刃を落とし、すぐさま振り返るように放った蹴りは空を切る。


半人がランプへと到達する。

弾き飛ばされた彼奴が指揮官だ。

ここまで読んでた。

その事実に感心が、そして怒りが去来する。


半人はランプを蹴り飛ばし、そのまま跳びつき、世界は闇へと返った。


すぐによりあわせていたイメージを解放した。

世界を再び薄明かりの元に照らす事を。

そして目を閉じる。


スターライト(一番星見つけた)


再び、世界に光が戻る。

それがまぶたの裏で分かる。

すぐに目を開けた。

浮遊し、静止する巨大な蛍のような光は、消えたランプよりも明るい。


視線を走らせると、3体が私へと殺到してきていた。

先程のランプを壊した1体が右後方から。

肩から胸までを切り裂かれながらも、荒い息を繰り返す、私自身が剣を落とした1体が右前方から。

そして無手の指揮官たる1体が左から。


吉佐のフォローを期待するより早く、右前方へと走る。

手負いを最初に始末する。


最初の一撃をなぞるように斬撃を振るうと、そのまま股まで裂け、その身はふたつになった。


すぐに振り返る。

指揮官は無手だ。

ならばより脅威なのはもう1体。


そちらを、と意識すると既に2体が並んでいた。

指揮官の方がナイフを手にしている。


ランプを壊した1体が渡したのだろう。

指揮官の方が腕利きという事か。


迫る2体の内、指揮官の方へと意識を向けた。

いくらまとわりつかれようとも無手ならばその脅威度は下がる。

先に指揮官を始末し、すぐにもう1体を。


迫る2体から隠すように剣を後ろに、そのまま斬撃に移ろうとすると、指揮官が下がった。


フェイク?


そのまま溜めて1歩を踏み出す。

間合いの外で止まったとはいえ、こちらの方が1歩の間合いは大きい。

たった1歩踏み出せばそれで済む。


踏み出しながら振るった横薙ぎは指揮官を捉えた。

その間にはナイフが差し込まれている。


それはもう見た。


半人は軽い。

跳び、宙に浮いたそれを斬り付けても、吉佐の一撃と同じ結果を生むだけだ。


当てた刃をそこから直角に下へと剣を向けるイメージで握りを回しつつ、振り下ろす。

斬撃は指揮官の脚を捉え、その肉を皮鎧ごと削いだ。

脚が使えなければ、半人の脅威は皆無に等しい。


もう1体が私へと飛びついていた。

私の左半身に取り付き、すぐに肩へとよじ登り。


両手で握っていた剣から右手を離した。

殴りつけて落とせば済む。

そう思って目を向けた先でスターライトを反射して何かが煌めいた。

無手。

そのはずの半人の手に煌めきが宿る。

一瞬、手が止まった。

何を手にしているのか?

疑問がよぎった。


これまで築き上げてきた「私」を殺す事になるそれは、私自身が掘り出した、たったひとつの魔石だった。


魔石=青→緑→黄→赤→紫→黒

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