ワイアードコード
かつての私はただの泥棒だった。
他国へと侵入し、そこから魔術の知識を盗み出す。
私には才能があったようだ。
多くの国々へと侵入し、次々に魔術知識を盗み出していった。
しかし、それも長くは続かなかった。
私は失敗した。
何とか逃げ出すのには成功したものの、深い傷を負ってしまった。
そして私は改造された。
強化人間。
人でありながら魔物の特性を持つ人間の創造。
その実験台に。
目を覚ますと、そこはまるで別の世界だった。
後頭部に埋め込まれた魔石がもたらした魔力の影響か。
私には奇妙な糸が見えた。
まるで光ってるようにも見える糸。
それは魔術の行使には必ず現れた。
コードと名付けたそれは、どうやら誰の目にも見えていないらしい。
私はそれが見える事を隠し、そして再び元の仕事へと戻された。
そうして見る事になった魔術の知識、それは滑稽なものだった。
でたらめばかりだ。
それぞれがそれぞれの思い込みで研究し、間違った道へと進んで行っている。
魔術の進歩がちっとも進まないのも当然だった。
私には見えた。
世界の全てが見えていた。
それを言っても、誰も信じはしないだろう。
私は多くの国々で見てきた。
良いように騙され、踊り続ける愚かな人々を。
魔術師は、いや、人は信じたいものしか信じない。
誰もが自分にとっての真実が欲しいのだ。
私には全人類の謎とされていた、魔物が突如として世界に現れる理由すら分かるのに、それを信じられると信用出来る魔術師にはついに出会わなかった。
私は、人を操る事を決めた。
この魔術を操るコードのように、人を動かし、そしてより早く世界を前へと進める事を決めたのだ。
手にした情報を、話の通じる魔術師へと流す。
国を超えて動き、そしてやがてはひとつの国を目指すように誘導する。
そうしてひとつの国へと、レオニスへと多少はまともな魔術師を集める事に成功した。
そこで、私が操るひとりの魔術師に、やっと言わせた。
魔物とは転移してくるのだと。
やっと魔術の進歩が始まり、世界はその歩みを前へと向けた。
それを見て、私はレオニスを離れた。
長い年月が経った。
私の肉体は若いままだった。
でたらめばかりだった世界の魔術師が、でたらめの果てに成功させたたったひとつの存在。
それが私だった。
人でありながら、私は人では無かった。
老いず、病気にもならない存在はもはや人とは呼べないだろう。
ひとつの国に長くいる事は出来ず、多くの国を流れ、そしてかつて私が集めた魔術師たち、その末が遂に成果を出した事を知り、私はレオニスへ、ポラリスへと舞い戻った。
そこでは確かに転移魔術の研究が成果を出していた。
まだコードを見つけ出してはいなかったが、その存在にも感づいているようだった。
世界が進む。
魔術が世界を広げてくれる。
そうすれば私の居場所は増える。
もしかしたら、さすらわずとも良い世界が訪れるかもしれない。
そんな期待は、歪みだしたポラリスに叶えられる事は無かった。
転移魔術が完成してからのポラリスは歪む一方だった。
より新しい魔術を知る者が世界に先立ち、世界を良いように操っていく。
富める者を選び、そうでない者をおとしめる。
それはかつての私がしていた事にとても良く似ていた。
劣悪なコピーは世界を歪ませ、世界は広くなるどころか縮む一方だった。
その狭い箱庭を奪い合うポラリスという存在が私には許せなかった。
私はまた世界を操る事に決めた。
今度はポラリスを作った時とは逆の事をしよう。
世界を壊す。
あの劣悪なコピーをオリジナルである私が壊すのだ。
多くの国を巡り、あらゆるモノを行き来させる。
嘘と欺瞞を真実へと変えて、新しい価値を信じ込ませる。
それをするのに、転移魔術というのは本当に便利だった。
その便利さが私には世界を堕落させていると感じた。
ポラリスを壊すのは、容易ではなかった。
卵を生み、温め、雛から育て、やがて成鳥となったそれをポラリスという鶏舎へと放す。
ポラリスに私自身が手がけたコピーを少しずつ放していき、その勢力を増やしていった。
やがて鶏舎いっぱいになった私のコピーが鶏舎を破壊してくれるように。
その中で、私はついに見つけたのだ。
私自身に良く似た存在を。
ほとんどオリジナルと差が無いコピーを。
やっとチャンスが訪れた。
きっとこの子が世界を動かしてくれる。
この子に世界をあげよう。
瞳に魔力の輝きを宿した愛しい子よ。
この子には何が正しいのかが必ず見える。
私はこの子にいつか出会う。
その時には言ってあげるのだ。
心配しなくて良い。
私がうまくやるから。
だから、世界はあなたのものよ。
デッドアイ。