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人の手による怪物

「正気か?」


メンテナンスには室長ひとりだった。

作戦書を室長に見せると、室長は俺の正気を疑った。


「正気さ。でも、それに書かれている内容は忘れてくれ」

「だろうな。仮に今すぐ巨大種を捕まえてきても、それを調整している時間も人員も無い」


室長の言葉に笑った。


「そうだろうと思ったよ」


そんなに簡単に調整は出来ない。

人が減り、時間も無い今の状況でやってくれと行ってもどだい無理な話だった。


「それで?目的は金星門か。逃げるのか?」


金星門を使うのに、最もまともで、ありきたりな理由だ。

あんなに便利な逃走道具は無いだろう。

国民すべては無理でも、俺ひとりならどうとでも逃げられる。

室長はそう言いながらも、笑っていた。

冗談のつもりで言っているのだろう。

普段はあまり面白いと思えない室長の冗談、それが不思議に今はおかしい。


「それも悪くない。でも、招待状が来ていてね」


隠さずにあの招待状を見せた。

誰かひとりくらいには真実を知っておいてもらうのも悪くない。

室長は黙ってそれに目を通した。

顔を上げると、そこには何とも言いがたい表情が浮かんでいた。


「分からんな。お前ひとりを呼び出してどうするんだ?お前に惚れてるとか?」


思わず吹き出した。

あの女に色恋沙汰があるとは、想像できない。


「有り得ないだろう、それ」

「そうか?男と女だろ?」

「おっさんだな、その考え方は」


あるいは思春期のガキだ。


「ん?お前は男の方が良いのか?」


わざとらしく室長が身を引いた。


「勘弁してくれ。例えレオニスとヒドレとスコルピオとティコと、その他すべての国々が同時に攻めてきても、室長に告白したいとは思わない」

「だよな。お前には既に決まった相手もいるしな」


そう言い置いて、室長が離れて行く。

何を言っているんだか。

そう思った俺の前へと運んできたのはマイアだった。


「ほら、お前の嫁だ」

「それこそ勘弁してくれ」


鱗女に欲情する趣味は無い。

マイアの脚に異常は見られない。

室長が完璧に仕上げてくれたのだろう。


そして、マイアの装備が変わっていた。

身にまとう鎧の色が赤くなっていた。


「これって」

「お前にもあるぞ。英雄様には英雄様らしい衣装が必要だろう?」


さらに運んできたのは赤い全身鎧だった。


「構造も新しくしているから、多少は軽くなってる。何よりも動きやすいはずだ」


身につけ、軽く動いた。

確かに動きやすい。

決して薄い訳ではなかった。


「魔術耐性も段違いだ。多少の魔術は無視しても構わん。それとこれもな」


最後に渡されたのは真っ黒な大剣だった。


「室長」

「まあ、餞別だ。正直、俺はお前が今、ここから逃げて行っても構わないと思っている。お前だったらどこに行ってもやっていけるだろ?好き好んで死ぬ事は無い」


室長は笑っていた。

それこそが望みだと言うように。

嬉しかった。

しかし、俺は首を振った。


「俺は俺を裏切れないよ。この国も俺の一部だ。ただ逃げ出して、この体だけの心配をして生き延びたりはしない」


室長は静かに頷く。

説得するつもりじゃないのだろう。

ただ、好きにしろ、そう言いたかったのだろう。


「そうか。それじゃあ行くか」


いつか使った金星門へと向かう。

戦力は俺ひとりだ。

後ろには操るマイアが付き従う。

招待が許されているのはそれだけだ。

ザジも、女郎蜂も、ピクシーもない。

従う必要があるとは思えなかったけれども、従う事にした。

最後くらい、あの女の言うがままになっても別に良いと思った。


やがて金星門へと辿り着く。

そこで、室長が何かを俺へと放った。

受け取ると、インカムだった。


室長が手で示すままに耳へとはめる。


「なんだ?」

「ディー、無事の帰投を」


ひと言だけ声が聞こえ、そのまま切れた。


「今まで世話になってるんだ。ひと言くらい良いだろう」

「それなら俺にも何か言わせるもんだろう」


結局、実物に会う事は無かった。

しかしこんな別れなら、知らずに済んで良かったのかもしれない。

このオペレーターが自分の担当だった事はきっと良かったのだろう。


「知らんよ。インカムは持って行けよ。邪魔になるもんじゃないんだから」


言われるままに懐へと仕舞った。


「じゃあな。デッドアイ」


室長が軽く手をあげた。


「室長、ありがとう」


礼を言い、門をくぐった。


その先はペテルギウス。


空は暗く、星が見えない夜だった。



「良かった。やっぱり来たのね」


俺が周囲を見回すよりも早く声がかかる。

そこにいたのはメアリだった。


「もしかして、転移魔術が使えるのか?」


スバル国内の門は閉ざされている。

スバル国内にいくつかある金星門はすべて厳重に管理され、おいそれとは使えないはずだった。

メアリが先回りしてここにいるのは有り得ない。

この女がふたりも三人もいるのなら話は別だったが。


いないはずの女が俺よりも先にペテルギウスの、それも俺が何となく選んだ銀星門広場に確かに存在していた。


「さて?どうでしょう?案内するわ。ついてきて」


夜のペテルギウス、その銀正門の周りには人影ひとつない。

戒厳令でも敷いているのか、そう思える程の静かさだった。


メアリは上機嫌そうに歩いて行く。

そのまま踊り出しそうな足取りだ。

皮肉のひとつでも言おうとして、やめた。

これから何が起こるか分からない。

そんな状況で、機嫌が悪い女を相手にするよりは、機嫌が良い女の方がまだマシだろう。


かつても、この女と共に歩いた街だった。

あの時の俺は殺せと言われ、この女はこの国の将軍にべったりだった。

そういえば結局、あの時、メアリはどうして兵を集めていたのだろうか?

ヒドレかスコルピオの命令で動いていたのだろうか?


考える頭の内を呼んだのか、メアリがくるっと回るようにして振り返る。

そして口にした。


「ハズレ」

「何がだ?」

「んー、何かな?でも、きっとあなたの考えている事は違う」


笑い、断言する。


「ねえ、見た事のある景色だと思わない?」


夜の街はどこも同じような印象を見せている。

建物の窓から漏れる光があり、ぽつりぽつりと街灯に魔術の光が灯る。


よくよく見てみれば、遠くに見覚えのある建物があった。

この国の軍庁舎だ。


そしてメアリはその先へと向かって行く。


「そう。向かう先が分かったでしょ?」


辿り着いたのは倉庫のような印象の窓ひとつない建物。


「ここか」


それはメアリがはじめて本性を見せた、あの建物だった。



そして辿り着いた先もあの部屋だった。


何も無い空間。

床も、壁も、金属で覆われた冷たい部屋。

天井は高く、2階程の高さにせり出したテラス。


そのテラスの向かって正面にある扉から姿を現したのはスバルから消えた研究者、成瀬レイナ。


「久しぶりだね。デッドアイ」

「今更、何の用だ?」


相変わらずの白衣姿で、人を馬鹿にするようにニヤついている。

俺とレイナが話し出したのを見て、メアリが入ってきた扉から出て行った。

これであの扉は二度と開かないのだろう。


ちらりと注意を向けた所で声が降ってきた。


「なに、いつもと同じ事だよ。私は君しかいないと思っているのだが、周囲はそうはいかない」

「なにを言っている?」

「だから君に示してもらおうと思ってね。君の力を」


レイナが扉の脇へとずれた。

決して小さくない扉、それが再び開く。


そこから出てきたそれは、奇妙な存在だった。

印象としてはまるで建築物。

色は赤。

いくつもの四角い構造が繋がり、二本の脚で立っている。

そう、奇妙なそれは人の形をしていた。

二本の脚で立ち、二本の腕があり、そしてその右腕に握られている物に見覚えがあった。

ドラグノフ。

火炎を射出する魔術兵器。

左腕には二本の筒が後ろ向きに突き出している四角い箱。

おそらくはそれも魔術兵器なのだろう。


全身鎧というにはあまりにも巨大で、3メートルはあろうかという異様な怪物がテラスからこちらへと降り立つ。

着地した瞬間に地響きが生じた。

いったいどれほどの重さなのか、想像するまでもない。

体当たりし、踏みつぶすだけでも人を殺せるだろう。


胸は船首のように突き出している。

その上にある、四角く尖った頭が動き、俺を見た。

そこには鼻も口も無い。

しかし、目だけはあった。

赤く輝くふたつの目が。


「最後のテストだ。デッドアイ。君ならばやれると私は確信している」


レイナが口にした瞬間、奇妙な巨人が右腕をあげた。

ドラグノフが火を噴く。

その一瞬前に、俺は黒の剣を抜いた。

剣は炎の矢を切り裂き、霧散させる。


「ふざけるな!」


俺の叫びに、返事はなかった。

代わりに巨人が俺へと向かって、突進してきた。

走るでもなく、まるでザックを背負ったような突き出した背から炎を噴き上げて。


マイアが手にしていたドラグノフを持ち上げ、そのまま引き金を引く。

吹き出した炎は巨人に直撃する。

しかし、巨人は意にも介さず突進を続けた。

この程度の火力では、何のダメージは与えられないらしい。

衝撃もその鎧の内には届いていないのか。

そもそも、中に人がいるのかどうかすら分からない。


それでも敵意は明確だった。

俺へと接近してきた巨人が左腕をあげる。

握られた箱からコードが漏れる。

そして光が射出され、それがそのまま刃となる。


コードを読み取るまでも無かった。

魔術の刃。

天井を貫くかと思う程に伸びたそれが振り下ろされた。

横へと飛んで躱す。


重さのない長大な刃はおそろしい速さで振るわれた。

意図を読んで、一瞬早く跳んでいなければ、きっと間に合わなかっただろう。

今までに見た事の無い斬撃の速さだった。

刃はずっと維持する事が出来ないのか、振り切った時には既に消えている。


ちらりと後ろを確認すれば、分厚い鉄の壁が、そして振り切られて床が溶けて焼き切られたかのように煙を上げ、裂け目をさらしていた。


赤錬鋼のこの鎧で、あれが耐えられるのか。

正直、実験したいとは思えない。

確認した時にはすでに体がふたつに分かれていては笑うことすらできなくなる。


おそらくあの巨人も赤錬鋼なのだろう。

生半可な魔術は通らない。

その間に、回り込んでいたマイアが槍を掲げていた。

既にドラグノフは捨てている。

両手で握った長大な刃を持つ槍を、マイアは全力で振り下ろした。


決して小さくない金属音が響く。

マイアの槍、その刃は赤錬鋼。

同じ素材でありながら、刃は巨人の体を浅く傷つけたに過ぎない。


巨人は振り向き様に、ドラグノフを放った。

マイアはそれを転がり、かわす。

火炎はともかく、衝撃を受けるのは良くない。


その間に、今度は俺が近づき、斬撃を放つ。

放たれた斬撃は怪物の右肩を打ち、いくらかの傷をつけながらも、断ち切るにはまるで遠かった。


この怪物の製作意図は分かった。


一切の魔術は通じず、一切の斬撃が通じず。


つまりはそういう怪物を作りたかったのだろう。

おそらくは、その代わりに、中の人間は外に向かって魔術が使えないはずだ。

一切のコードが中から漏れ出てくる事が無かった。

唯一違うのはあの光の剣をつくり出す時だけだ。

実際、これほどの怪物ならば、魔術を使う必要があるとはとても思えなかった。


炎を噴き上げ突進してくる怪物は光の剣や炎の矢が無くとも、その巨体だけで脅威だった。

接近するだけでリスクが生じる。

すぐさま飛び退り距離を取る。

いつかのケルベロス戦のような無様をさらす訳にはいかない。


策を考えるためにも、動き回り、逃げ回った。

マイアも飛ばずに地を駆ける。

敵の刃はこの部屋のどこにでも届く。

細かい方向転換が利く、地にいた方がいくらか優位に動ける。


そうしている内に気が付いた。

この怪物の足には見覚えがあった。


ゴーレムを追っていたレギュラー、それの死体のすぐそばにあった足跡が、目の前の怪物と全く同じだ。


なるほど。

確かにこれだけの怪物になれる鎧を手に入れれば、どこであろうと逃げ出すのは容易い。


これで中に人が乗っているというのが確信出来た。

中には生身の人間が乗っている。

それはつまり、中にダメージを通す事さえ出来れば殺せるという事だ。


しかし、その方法がどうしても思い浮かばなかった。

おそらくは視界が良くないのだろう。

突進も直線的で、動きが読みやすい。

時折、俺やマイアを見失い、苛立たしげに体をふるわせる。

構造的に柔軟性に欠けるようで、ひとつひとつの動作には必ずひと呼吸の間が生じる。

それがなければ、既に俺はひき肉にされていただろう。


それでもこちらが不利なのには変わりはない。

決めては無く、そして体力も有限でいつまでも逃げ回る事は出来ない。

向こうの動力、おそらくはエーテルが無くなるのが先か、それともこちらの体力が尽きるのが先か。


そんなこちらの焦りを知ってか知らずか、怪物はあまりにも馬鹿らしい、しかしおそろしく有効な手段に出た。


怪物が刃を伸ばす。

天を差すように。

刃は延び、それは天井へと届き、そのままずたずたに引き裂いた。


「馬鹿か!」


崩れた天井が降り落ちる。

逃れるように部屋の隅へと飛んだ。


そこに、怪物が突進してきた。

俺がそこから逃れようとした所に、怪物の手のドラグノフが火を噴く。


直撃してしまい、壁へと叩き付けられる。


衝撃に歪んだ視界の中で、ひとつの影が俺の前へと突如として現れた。

俺は操ったつもりは無かった。

それはまるで、俺を守るように両手を広げ、そのまま怪物にぶつかった。


怪物の突進は止まっていた。

身をよじり、腕を振り、マイアから逃れようとする。

マイアはそんな怪物を抱きしめていた。

そして、その背中の羽根が羽ばたく。


既に降り落ちる物は無くなっていた。

天には月が見える。

マイアがその真っ黒な空へと向かって飛翔する。

怪物を抱えたまま。


その時に、はっきりと感じた。

コードからマイアの意志が伝わってきていた。


守る。


それは彼女に残されていた、たったひとつの意志だった。

マイアと怪物の姿が消える。


どれほどの上昇を続けたのか。


時折、空に怪物のものであろう炎が輝いた。

やがて、それも途切れた。


落ちる。

落ちてくる。

それがマイアへと繋がるコードから分かる。


衝撃はすぐに降ってきた。


怪物が最初に降り立った時とは比べ物にならない衝撃が轟く。


そして怪物は半ば床にめり込んだ状態で、ほんの僅かな動きすら見せなかった。

落下の衝撃で、怪物から弾き飛ばされた影へと近づく。

その首が奇妙にねじれていた。

体は裂け、血が流れている。

その首を正そうとして、気が付いた。


その瞳が薄く開いている。

それはまるで微笑んでいるようにも見えた。


マイアへと繋がるコードを切り、その体をきちんと横たえさせた。


そして見た。

ずっと戦いを見つめ続けてきた女の姿を。


「やっぱり君は素敵だよ」

「試験は合格、か」

「私は君を試す必要があるとは思っていないよ。でも、これで満足するだろう」

「誰が、だ?」


レイナは語る。

満足そうな微笑みを浮かべて。

それはいつもの笑い方とは少し違っていた。

どこか寂しげでもあった。


「いざという時に、これを止められる人間でないと、という事さ。他にも候補はいた。しかし、そいつらは敗れ去った。最後に君が残り、そして合格してくれて良かった」


それはいつもの通りに、まるで筋道の通らない説明だった。

察しようにも、あまりにも情報は少なく、そして意味が不明だ。


「私たちはずっと考えていた。どうしたらうまく世界を壊し、そして再生させられるかを」


ポラリスの分断。

それによる組織の崩壊。

それによって歪みを正す。

そのために、今まで行動してきたのだと。


「世界を選ばれた人間から、もっと多くの普通の人々へと返す。そしてそれをデッドアイ、君が成すのだ」

「国としての体裁すら怪しい国のちっぽけな英雄に何が出来る?そんな力など無い」


閉じられていた扉が開いた。

そこにいたのはメアリだった。

メアリは何も言わない。

メアリに気を取られていた間に、どうやってかレイナが降りてきていた。


「力が必要なら、用意しよう」


メアリとレイナが歩き出す。

こうして並んでいるのを見ると、髪の色も、容姿もまるでちがうのに、不思議と姉妹のように見えた。


「私は君に義理がある」


今、言ったのはメアリだったか、それともレイナだったか。


「私には義理がある」


歩き、通された先には大量の怪物の姿があった。

その抜け殻が整然と並んでいた。

数十か、それとも数百か。


「強化外装、と今は呼んでいる。魔術に頼る兵も、力に頼る兵も、これには通じないだろう」


その威力は身をもって実感した。

多対多の状況の中で、こんな物が群れを成して攻めてきたら、戦場は簡単に地獄へと変わる。

何しろ止めようが無いのだ。

味方もろとも吹き飛ばすだけの魔術を使ってやっとどうにかできるくらいだろうか。


ふたりは進んで行く。

その奥へと。


そこには1体の巨大種が眠っていた。

赤いドラゴン。

ティアマト。


圧倒的な力。

それがそこにあった。


その前で、ふたりは振り向いた。

その表情は笑っていた。

気味が悪い程に、似た笑いを浮かべて。


「さあ、ここに力はある。君ならば世界を壊せる。あの歪み切ったポラリス、それによって作られた歪んだ世界を。歪んだ意志を」


これをスバルへと持ち帰れば、戦況は変わる。

むしろ圧倒的な優位に立てる。

半分を残し、半分を金星門で他国へと送り出すだけで、それは簡単に成せる。

それは転移魔術を使って次々と攻め込んだかつてのポラリスのように。

この赤いドラゴン1体を俺が操るだけで、いったいどれだけの街を破壊出来るだろうか?

想像するまでもない。

国によっては、1日と掛からずに破壊し尽くせるだろう。


「今度はスバルがポラリスになるだけじゃないのか?」


結局は誰が勝つか、負けるかの違いしか無い。

それで世界はどうなるというのだろうか?

どう変わるというのだろうか?


あまりにも大き過ぎる力だった。

極端過ぎる。

極端な力はバランスを崩す。


かつてのポラリスのように。


「君がいるじゃないか」


ふたりが同時に言った。

答える。


「たったひとりの人間に何が出来る?」

「君は英雄だ。巨大種を単独で倒す勇者であり、そしてこれを持ち帰れば戦う力を国にもたらす文句無しの英雄となる。軍勢を率いろ。世界を渡り歩け。邪魔者を殺し、ポラリスがつくった価値観をすべての人間から破壊しろ。君の発言は世界で最も重くなる。必ずそうなる。スバルが、じゃない。君が、天の支配点たる極北となるのだ。」


レイナが言う。

そしてメアリが言った。


「デッドアイ。君が操るべきは魔物じゃない。世界だ」


レイナが俺へと近づいてきた。

その手を伸ばす。

それは俺の左目へと伸ばされ、ずっと付けたままだった眼帯が外された。


「私は興奮したよ。眠っている君を眺めていて。視神経と魔石とを魔術的に結合させた初めての成功例だ。そして結局成功したのは君だけだった」

「いったいそれで何人の人間が犠牲になった」


夢見るような目でレイナは俺の左目を見ていた。

硬く、赤いその左目を。


「さあな、覚えていないよ。そんな事は重要ではない。これほど他人を愛おしいと思ったのは初めてだ。デッドアイ、君は素晴らしい」

「最初から俺を英雄にするつもりだったのか?」


薄々感づいていはいたが、俺を単独で多くの作戦へと向かわせていたのはレイナだったようだ。


「君にはありとあらゆるコードが見える。何が正しくて、何が間違っているのかひと目で分かるはずだ。そのまま研究所送りにしてしまっては、君はきっと潰される。君が間違っていると告げる者たちによってだ」


コードが見えれば、魔術の研究は飛躍的に進む。

その研究機関たるポラリスの中で、それは大きな力になる。

しかし、それは危うい事でもあった。

正しさが人を追いつめる事だってある。


「だから君には戦ってもらった。英雄になってもらった。英雄になった君には誰も手が出せなくなる。最も強い力を手に入れれば、この腐敗したポラリスを、それによって形作られた世界を変えられる」


レイナの伸ばされたままだった手を、俺の左目に触れるか触れないかの所に留まっていた手を俺はそっとどけた。


「それでお前は英雄の母親気取りか」


気色悪い。

どろりとした感情が俺へと向けられている。

命の恩人に礼を。

メアリはそう言ったが、今の話を聞いて、とてもそんな事を言う気にはなれなかった。

レイナは後ろへとさがった。

陶然と笑ったまま。

そして否定した。


「いいや。違うよ。君がリーダーになるなら、私の存在はもはや不要だ。私自身も腐敗した側の人間だ。理想も無く、思想も無く、自らの研究に対する欲望だけを膨れ上がらせた研究者達が群がる組織、ポラリス。それは私自身の事でもある。私にもそういう心根がある事を否定しない。私はこれからの君にとって邪魔者になるだろう」


笑ったまま懐からナイフを出した。

握られたナイフを見て、はじめて気が付いた。

この女の手が、こんなにも小さかった事を。


「さようならだ、デッドアイ。私は君に対する義理をすべて果たした。だから頼む。君も義理を果たしてはくれないか?命を助けたこの私に。そして今も歪んでいるこの世界に」


ナイフは簡単に、その胸へと差し込まれた。


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