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メッセンジャー

レオニスとヒドレ、スコルピオとの戦争が始まっていた。

とは言っても、直接、そのふたつの勢力がぶつかり合った訳では無い。

代理戦争的に、それぞれに属する小国同士が争っていた。

それも大きくなりつつある。

それぞれがそれぞれに力を入れていき、戦場は加熱し、やがて炎を上げ、周囲へと火の粉を撒き散らす。

この炎はどこまでも燃え広がるだろう。

いつ、世界そのものが燃え上がってもおかしくなかった。


そんな世界で、スバルは地道な復興作業を続けていた。

裏で訪れるそれぞれの陣営からの破壊工作をなんとか防ぎ、そして表で今なお訪れる懐柔の手をなんとか躱しながら、多少は国としてまともな状態を取り戻しつつあった。


そんな時だった。

ポラリスに属する小国のひとつ、ティコの地上侵攻が確認されたのは。


スバルの銀星門は未だ閉ざされたままだ。

スバルを攻めようと思ったら、金星門で転移してくるか、地上を行軍してくるかしかない。

スバル国内の金星門を手に入れれば、使える金星門の数が増える。

ヒドレ、スコルピオの二国とレオニス一国との差のひとつは金星門の数だった。

それをレオニスはどうしても手に入れたくなったのだろう。


それは恐れていた事態のひとつだった。

こうなっては、ヒドレ、スコルピオ側も、直接自らの金星門を使って、スバル国内の金星門の破壊に乗り出してくるかもしれない。


ティコ軍がスバルに到達するまでどんなに遅くとも残り後1週間。

スバルに出来る事は、ただひたすらに防備を固める事しかなかった。



スバル国内のポラリス関連施設に残された魔術装置を国の外に配置し、スバルへと接収されたポラリスの残留組がティコとの戦闘の矢面に立つ事になった。


それは俺が、そして残っていたかつてのポラリスの面々が望んだ事でもあった。

デッドアイ、その両目がついに閉じられる時が来たのだと、感傷的に考えていた。


各施設を巡ってその準備に追われ、夜も深くなってきた頃に、そういえば朝に食べたきりで、何も食べていない事に気が付いた。

時間は惜しかったが、空腹で倒れるなんていう情けない理由で現場を離れる訳にもいかない。

手近に見つけた定食屋へと入り、目についた料理をいくつか頼んだ。


トイレへと立ち、そして戻ってくると、そこに座っている女がいた。

俺は思わず頭を抱えたくなった。

俺が目を細めるのにも頓着せずに、笑顔を向け、手まで振っている。

仕方なしに、その女の向かいに座った。


「メアリ、なんでここにいる」

「分からない人ね。どうしてここに私がいると思わないのかしら?」


言われてみれば、確かにメアリがいるに相応しい状況に思えた。

いや、今では世界のどこにこの女がいても、おかしくない。

つまり、ここにいるのも当然の事なのだろう。


「俺は忙しい。出来ればさっさとスバルから出て行ってくれ」


この女がいると、ろくな事が起こらない。

ただでさえ、ティコ軍を目前にして余裕が無いのだ。

この上、この女に破壊工作でもされたらたまったものではない。


「失礼ね。今日の私の仕事はそんな物騒なものじゃないのに」


普通の街娘のような服装だった。

長い髪を下ろし、顔も隠さず晒している。

今更、この国の中でこの女を捜しているエージェントもいないだろう。


「腹が減っているんだ。先にメシにしても?」


すぐに出てくる物を選んで頼んでいたので、料理はすぐにテーブルへと運ばれてきた。

尋ねる俺に、メアリは片手でどうぞと示した。


俺は無言で食べ、その間、メアリも何も言わなかった。

食事を終え、置いてあった茶を手に取り、改めてメアリを見ると、メアリはにっこり笑った。

思わず顔をしかめる。

嫌な思い出しか無い笑顔だった。


「私はただのメッセンジャーよ」


メアリはそう言うと、隣の席に置いてあったバッグから1通の手紙を取り出した。

そこに記された名前は、消えた研究者のひとり、成瀬レイナのものだった。



渡された手紙には成瀬レイナからの招待状。

それはあのペテルギウスへと来いというものだった。

理由も目的も書かれていない。

このクソ忙しい時に、実に勝手な話だ。


「色々と片付いてからにしたいんだが」

「そう?私はすぐに行った方が良いと思うけど」

「どうしてだ?」


今更、置いていった者を呼び出してどうしようというのだろうか?

まさか今更スバルを裏切れ、とでも言うのだろうか?

そんな俺の考えを見透かしたのか。

メアリは声に出さずに唇を動かした。


ハズレ。


「言いたい事があるなら、話せ。馬鹿馬鹿しい」

「彼女はあなたの事を今でも考えている。そう、彼女流に言うならば、義理があると思っている」


眉根を寄せた。

口を開きかけて、そのまま閉じた。

義理、ね。

確かにそれはあの女が度々口にしていた科白だった。


「少しだけヒントをあげる。彼女はいつもあなたが必要なものを用意してきた。ずっと。今も」


今の俺に必要なもの。

はたしてそれは何だろうか?

考えてみても、あまりにも多すぎて、何の手がかりにもならなかった。


「俺は今のスバルを見捨てる気は無い」


あの女が、そして目の前の女が何を考えているのか分からなかった。

それでもこれだけははっきりと言っておくべきだと思った。

自らの保身のために、今いる世界をあっさりと見捨てるような人間だとは思われたくなかった。


メアリは俺の言葉を聞いて、もともと笑い顔だったのを、一層強くした。

そのまま声を上げて笑い出す。


俺はそれに何も言わなかった。

滅びの美学、とでも思われたのかもしれない。

どう考えても滅ぶしか道のないスバルと共に沈もうとしている俺を笑いたければ笑えば良い。

やがて、こらえるように笑うのを止め、やっとメアリはしゃべりだす。


「ごめんね。あなたの事をおかしいと思った訳じゃないの。ちょっと嬉しかっただけ。行きなさい、デッドアイ。あなたは死なないし、この国も滅びない。あなたが彼女に会う、たったそれだけで救われる世界があるの」


戯言だ。

そう断じようと口を開きかけ、その口をメアリのひとさし指で止められた。


「信じて。あなたが私の事を好きじゃないのは分かる。彼女の事もそうでしょう。でも、私はあなたを死なせようとした事は一度も無い。彼女もそう。それに」


指が俺の口から離れる。


「例えこれが罠だとしても、死ぬのが早いか遅いかの違いよ。そうだとしたらあなたひとりを罠にかけるために努力した彼女の事を気に掛けてあげるのも悪くないでしょ?死ぬつもりなら最後にきちんと命の恩人に、ありがとう、くらいは言っておきなさい」


メアリは席を立つ。

店の出口で振り返り、言った。


「あなたにも、そのくらいの義理はあるんじゃない?」



店から出て行ったメアリを目で追い、俺はそのまま席で考えた。


俺があの女に会う事で何が変わるというのだろうか。

情報があまりにも無さ過ぎて、考えようがなかった。

なので、別の事を考える。


あの女が俺ひとりを罠に掛けて、何が変わるというのだろうか。

何も変わらないだろう。

俺がスバルにいても、いなくても結果はあまり変わらないはずだ。

個人の有無で、大勢に影響が出るような状況じゃないのは明らかだ。


俺ひとりを誘い出した所で、得られるものは少ない。

ほとんど無いに等しい。


ただ、最後にメアリが言った科白は確かに気になった。

そうだ、俺はもともと死んでいたのだ。


デッドアイ。


死神に睨まれた男。


既に死んだ身で、今更、死に場所を考えて何になるんだろうか?

そこまで考えて、笑ってしまった。

ひとり笑う。


個人の有無で大勢に影響が出ないのなら、それはつまり俺がここで死のうがどこで死のうが一緒という事だ。


メアリが、そしてあの女が何を考えているのかは分からない。

しかし、それを知らないままに死んでいくというのも癪だった。

裏でこそこそ何をしていたんだか。

どうせ死ぬなら、あの女の考えた策を知り、その上で笑ってやろう。


なんだ、そんな事か。

ご苦労さん。


そう言って死んでやれば良い。


席を立ち、店を出る。


どこかに何かを期待している自分がいるのも確かだ。

メアリは裏切ったようでも、俺を助けた。

あの女は確かにいつも俺に必要な装備を用意した。

そんな期待を押し殺すように、唇を噛んだ。


助かる目もあるかもしれない。

それと同じくらいにそうではない目も。

それでも決めた。


あの女、成瀬レイナに会いに行く事を。


そう決めてしまえば、俺がやるべき事はそんなに多くはなかった。


目指すべきは軍庁舎。

まずは矢来に会う必要があった。



作戦室に矢来はいた。

周囲には多くの将校の姿。

作戦のための情報が刻一刻と集められていき、それをもとに準備が整えられていく。


出来れば内密に話したいところだったが、そうはいかない状況だった。


「夏目君か。どうした?そっちの準備はもう良いのか?」


ちらりと書類から目を放し、語りかける矢来の目はいつになく厳しい。

あまり余裕がありそうではない。

さて、何と話したものなのか。


馬鹿正直に死なせに行かせてくれ、なんて言っても仕方が無い。

もしかしたら矢来には通用するかもしれないが、脇で聞く将校たちがそれで納得するはずがなかった。


なので、俺は全く別の事を話し出す。

笑ってしまいたくなるようなでたらめを、真顔で話す。


「閣下、私に金星門を使わせて頂けないでしょうか?」


矢来が書類から完全に目を離した。

厳しい目で俺を見る。


周囲の将校も俺を見る。

何を言っているんだ?この若造は?

そういう目で。


「何に使うんだい?」

「この苦境から脱するための手段を講じます」

「それは何だと聞いているんだ。さっさと話せ」


脇に立っていた副官が半ば怒鳴るように言う。

時間が惜しい状況で、無駄な時間を使わせるなと言いたいのだろう。


「迷宮へ行きます。そこで巨大種を捕まえてきます」


途方も無い嘘だった。

しかし、俺がこれを言えば、全くの嘘とは思われないはず。


「何を馬鹿な」


副官が言いかけ、矢来が手を挙げてそれを制した。


「私が単独で巨大種と戦えるのは、誰もが知っている事でしょう。そして魔物を操れるという事も」


これも嘘だ。

ケルベロスが死んでいた理由を俺は今でも知らないままだ。

そして、魔物も調整無しでそのまま操れる訳では無い。

どちらも嘘だ。


しかし、作戦室の中の誰もが手を止めて俺を見ていた。

いくつかの視線には懐疑が、そしてそれと同じくらいに俺に期待している視線があった。

英雄、夏目ケイ。

その名前を有効に使うべき時は今だ。


「この街で、親1体でどれだけの被害が出ましたか?それを今度はこちらがやるのです。幸いな事に、ブレアデスの探索は終わっていません。まだ巨大種は存在しています」

「今から捕まえに行って間に合うのか?」


矢来が問い掛けてくる。

問題はいつだって時間だ。

どんなにそれが有効な策でも、間に合わなければ意味が無い。

探索時間を含めれば、かなりの時間を要するはずだ。


笑いをこらえる。

どうせ嘘だ。

間に合わないに決まっている。

何しろ巨大種なんて捕まえには行かないのだから。


「間に合わせます。私自身が最も有効なのは、この作戦においてだと確信しております」


戦闘屋は戦闘屋。

事務作業させていても仕方が無い。

こんな事はわざわざ言われなくとも分かっているだろう。


そういえば、これが初めて自ら立てた作戦だった。

いつも言われるままに動いていた俺の最初の作戦、しかしそれは失敗だと決まっている虚構の作戦。

フィクションだ。


矢来は口を開かなかった。

矢来の手は挙がったままだった。

副官も、他の誰も、矢来の言葉を待った。

俺も、その言葉を待った。


「分かった。良いだろう。許可を出す。装備も、人員も好きなだけ持って行け」


矢来が僅かに微笑んでいた。

それはどこか自嘲的だ。

俺が裏切る可能性と天秤に掛けて、結局は俺に近い思考に至ったのかもしれない。

どうせ、俺がいても、いなくても、戦況は変わらないはず。

ならば、多少は期待出来る方の目に掛けてみよう。

その程度の判断だったのかもしれない。


それでも良い。

矢来に頭を下げた。

これは嘘じゃない。

本心から下げた。


「ありがとうございます」


金星門さえ使えれば、どこにだって行く事が出来る。

後は俺自身の結末に向かって進むだけだった。



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