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レグルス王の庭

その後も何度となくオーガに出くわした。

正確には、戦いになる外の距離で見つけ、やり過ごしながらじりじりと進んだ。


やがて、いつか見たような光景に出くわす。

死体が落ちていた。

まるで食い荒らされたようにバラバラな死体。


あの時はオークのそれだった。

しかし、今回のそれは人のものだ。

その顔に浮かんでいるのは恐怖。

叫びながらに死んだのだろうか。

開かれた口は極限まで開き、その目から血が流れ出ていた。


腕が千切れ、足が千切れ、そこだけ緑の草原が赤く染まっている。

そして地には奇妙な形にえぐれた地面。

さらには足跡にしか見えない、ただそれにしてはあまりにも巨大なくぼみ。

オーガにしても大き過ぎるそれが至る所に残っていた。


死体は全部で3人分あった。

ひとつだけ首が見当たらなかったが、それを探す事に意味はないだろう。


それよりも、この3人の主要な武器が見当たらない事の方が気になる。

聞いた話では魔術師がひとり、戦士がふたり。戦士はドラグノフ系統の武器を持っていたはずだった。


乾いた血の跡が伸びる。

それはどうやら、あの史跡へと続いているようだった。



史跡、と言ってもそれほど今まで歩いてきた草原とあまり変わりはない。

ただ、所々に何か石を積み上げて壁としたような物の成れの果てであろうガレキ。

不意に草原が途切れて現れる石畳。

既に自然と同化しているそうした痕跡が、ここがそうなのであろうと思わせるだけだった。


適当なガレキの影へと入り、ピクシーを飛ばして敵を探す。

レオニスで話した男の顔を思い浮かべて。

やがて、今の自分のようにガレキの影に身を隠している人の姿を見つけた。


以前に見た姿、自信に満ちあふれた古代の英雄を思わせる面影は無くなっていた。

顔の左側はひどい火傷を負ったようにただれている。

左腕は肩の辺りからごっそり無くなっていた。

左脇腹にかけて、稲妻が走るような傷跡。

他にも無数の傷が全身を覆っている。


ずたぼろになったパンツを履いただけのほとんど裸同然の姿だった。

着の身着のまま逃げ出したのだから、当然だろう。

持ち出したという兵器は特に見当たらない。


そうしたひどい怪我の痕がある事を除けば、確かにそれは以前に見たゴーレムであると分かる。

そのゴーレムがこちらを見た。

実際には空を飛び、一方的に観察していたピクシーを、白く濁った左目と以前のままの神経質な右目の視線が捉える。

ゴーレムが未だ健在の右腕を振るうと、急に視点は落下し、そこで意識を自身の体へと戻した。


ピクシーは石かナイフか、何かを投げられて落とされたのだろう。


移動して身を隠される前に、ピクシーが落ちた場所へと向かった。


「デッドアイ、君か」

「久しぶりだな。ゴーレム」


ゴーレムは動いていなかった。

ガレキに肩を預けて、ほとんど横になったような姿勢のままで俺を見る。


「何て言うか、大分想像とは違うな」

「そうか?何を聞いていた?」


作戦失敗。

再改造、そしてそれの失敗。

サンプル。

処理。

兵器を持ち出して逃走。

3人のレギュラーを屠って、今なお逃走中。


淡々と聞いたままを話した。

俺はもしかしたら、意志なんてものはとうに無くしていて、魔物のようになっているのではないかと考えていた。


「そうか。まあ、概ねそんなもんだったよ。持ち出したアレはその3人を殺すのにエーテルを使い果たして捨てた」


持ち出した兵器の詳細は聞けなかった。

着ている人間を強化する類いの鎧、その程度の情報だ。

ゴーレムが言うのに反して、あの死体の周りにはそれらしい兵器の類いは落ちていなかった。

まさかオーガか何かに持ち去られたのだろうか?


問い掛けようとして、それよりも先にゴーレムが話し出す。


「なあ、デッドアイ。こんな身になって初めて気が付いたんだが、おかしいとは思わないか?」

「……何がだ?」


ゴーレムは静かに話す。

まるで何かを諦めたかのように。

憑き物が落ちたように。

あるのは自信ではなく、自嘲だけ。


そんな男を前にして、俺は武器を構えない。

傍らにザジとマイアを立たせ、ゴーレムが答えるのを待った。


微かに笑い、息を吐いた後にゴーレムは一気に話した。


「世界が、だよ。思えば不穏な作戦が多過ぎた。戦った。争った。殺し合った。そんな作戦ばかりだった。世界はどうなっているんだ?世界はポラリスによって平和になった、そうじゃ無かったのか?ポラリスがあれば世界は平和で、そんなポラリスである自分こそが世界を平和にしていると思っていた」


ゴーレムは微笑んだままだった。

それを見て、抜け殻のようだと、胸の内で言葉にした。

ゴーレムが言う通り、不穏な作戦が多過ぎる。

ポラリスになる前には思いもしなかった作戦の数々。

いくらポラリスに暗い噂があるとは言え、ここまで血まみれの公にされない作戦が多いとは思ってもみなかった。


ゴーレムの言葉ではっきりと分かった。

今いる世界は、ポラリスによって選ばれた者のみが平和を享受し、そうした者たちのために用意された平和で成り立っている。

それはつまり選民思想に他ならない。

選ばれなかった国は恨み、妬み、そして考え、行動する。

いかにすれば、自らを世界だと標榜するポラリスを打倒出来るのかと、そのために出来る事を。


「ゴーレム、お前は選ばれた人間だった。選ばれたお前は幸せだった。でも、結局、それは選んだ者の都合でしかない。お前は選ばれなくなった。その結果、不幸せになっただけだ。世界は随分前からきっとこんなもんだったんだよ」


世界は変わらない。

それは願いだ。

平和を享受する人間が抱く願望だ。

そんな平和を享受する側にかつての俺も、そしてかつてのゴーレムも入っているつもりだったのだ。


世界は変わっていく。

より強い武器が生まれ、それによって人の上に人が、さらにその上に人が増えていく。

下の方になればなるほど、どんどん下へと下がっていくだけの世界。

それがポラリスという組織が牛耳る世界の真実だろう。


ゴーレムが乾いた笑いを吐き出す。


「いつだって誰かが死んでいる。どこかで死んでいるんだ。平和なんてまやかしさ」

「そうか。俺は世界のほとんどが平和だと思っていた。それを一部の人間が崩そうとしているんだと思っていた。魔物と同じように、何も分からない人間がそうしているんだと」


ゴーレムは自らとガレキとの間の影から一振りのナイフを取り出した。

その刃をじっと見つめる。


「分かっていないのは俺の方だったのかもな」


ゴーレムはナイフを構える事無く、俺へと向かって緩く放った。

それは緩やかな弧を描いて俺の前へと落ち、地へと突き立つ。


「餞別だ。君にあげよう」


ナイフを抜いた。

大振りの、真っ黒なナイフ。

手にした瞬間、はっとなった。

これは、普通のナイフではない。

魔力のこもった品は、そのこめられた魔力によって色が変わる。

青から緑。それから黄へ。それから赤へ。

それから紫へ。そして黒へ。

日の光を吸い込むような深淵なる黒。

その黒が手の中にある。


「さて、そろそろ始めようか」

「やるのか?」

「それはそうだろう。君はそのために来たのだから」

「そうか。そうだな」


ゴーレムはゆっくりと立ち上がった。

背にしていたガレキにはべったりと赤い染みが付いている。

ゴーレムは特にそれについて口にしない。

俺も何も言わない。


マイアを前へと出す。

その手からドラグノフを受け取った。

受け取っただけで、それを構えたりはしない。


「そう言えば、見るのは初めてだった」


魔物そのものの姿を晒したマイアが俺の前へと俺の意のままに動くのを見て、ゴーレムは今初めて知ったかのようにマイアを眺めた。


「悪いが、手を抜くつもりは無いぞ」


ゴーレムは無手だ。

何も持っていない。

唯一の武器であるナイフは既に俺へと渡されている。

マイアが槍を構えた。


「構わない。すまないが、早く始めよう。何だか疲れてきたんだ」

「……じゃあ、お別れだ」


ゴーレムが構えるのを見て、俺はマイアを走らせた。

一直線に。


終わりはすぐに。


ゴーレムは構えたまま動かなかった。

そこへ、マイアの槍が胸をひと突きにした。

切り裂くように槍を抜き放つ。


ゴーレムは流れ出ていく血を手に取って、ぽつりと呟いた。


「綺麗だ。俺は赤が好きなんだ」


それが、かつてエースと呼ばれた男の最期の言葉だった。



「行動は終了した」

「お疲れさまです、ディー」


オペレーターへと報告を行う。


「ひとつ気になった事がある」

「なんでしょうか」

「今回、どうしてゴーレムは逃げ出せた?そんなにあいつが入れられていた場所はザルな警備だったのか?」

「いいえ。違います。警備は厳重でした。逃げ出せるはずがありませんでしたが、彼はこつ然と姿を消しました」


未だ世界にとって未知たりえる兵器を持って、か。


違和感があった。

俺はてっきり、ゴーレムが佐藤みたいになっているのではないかと考えていた。

しかし、実際に見た彼は、通常の人間の範疇に収まる姿であり、人としての意志を持っていた。


きちんとした体制で警備が行われ、それなりの人数で囲めば逃げられなんてしなかっただろう。

俺が目にする事は無かったが、持ち出した兵器があったというのも気になる。

そしてそれはどこにも見当たらない。

誰かが持ち去ったはずだ。

その誰かというのが気になって仕方がなかった。


俺が見てきた今までの作戦の中でも、明らかに意志を持って動いている者たちの影が感じられた。

実際に、その影のうちのひとつとは面識を持ち、何らかの期待もされている。


「そうか。しかし、前にも同じような事はあった。俺が知らない所でも何か起きているんじゃないのか?」


オペレーターは俺の問いには直接は答えなかった。


「……たまたまと判じるべきでないと認識しているのは、あなただけではありません」


誰かが目的を持って、こういう事をしているのは確かだ。

何のために?

ポラリスの非道な研究を表沙汰にするためか?

それとも、消えた兵器を手に入れたかったからか?

その両方?


ゴーレムの言葉が蘇る。


おかしいとは思わないか?


ポラリスの実質的な支配から逃れようとする勢力があるのは確かだ。

それはメアリの存在からも明らかな事。

メアリひとりであの光の雨を降らせた訳では無いだろう。

仲間がいたはずだ。

そして、それはいたる所に身を潜めている。


不穏な事件は増え続けている。

それはポラリスの目が行き届きにくい小さな国を中心にして。

そしてその規模がだんだんと大きくなってきている。


光の雨が降ったアルフェラスは決して小国などではなかった。

そしてゴーレムが逃げ出したレオニスは、ポラリスの中心たる国だ。

そんな国の中ですら行動を起こせる者が潜んでいる。


もはやポラリスという組織が限界に来ているのではないのだろうか。


「なあ、ポラリスっていうのは一体なんなんだ?」


気が付けば口に出していた。

ポラリス。

その主体とはなんなのだろうか?

こうしてただ指示され、動いているだけの俺にはその実像は観察出来ない。


「私ではあなたが満足する答えを言う事はできません」

「なら誰なら出来るんだ?」


長い沈黙があった。

聞こえてきたのはいつも通りの淡々とした声だ。


「ディー、あなたならきっと誰に言われなくとも、やがて辿り着けるでしょう」

「……それは期待か?」


今度はすぐに答えが返ってきた。


「はい。あなたはそれに足る人物です、ディー」


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