ドラグノフ
オペレーターから「新兵器が導入されました」と聞いたので、メンテナンスへと顔を出した。
相変わらず、ごちゃごちゃとした機材が並び、何人もの白衣を着た男女が動き回っている。
「それで?何です?これは?」
長い筒、それの根元にはいくつかの薄い鉄の箱が組み合わせられている。
長さはショートソードと変わらない程。
おおよその形は斧に似ている。
「これもお前が望んでいたって聞いているけどな」
最近、声を聞く事も無くなった研究者の顔が思い浮かぶ。
言われるままに薄い箱から伸びた握りを掴んだ。
「そう。持ち方はそれで良い。人差し指を出せ。そうだ。ちょうどそこに指が掛かるだろう?」
言われるままに掴んだ手の人差し指を伸ばすと、そこに爪のような細い棒に指が掛かる。
「ああ、今は引くなよ。それは外でやってくれ。引き金って言うんだが、それを引くと、攻撃魔術が飛び出すって寸法さ」
言われるよりも、実際にそれを見たくなった。
「これを試したいんなら、それこそ鬼宿とかそこらに行ってからにしてくれ。かなりの威力だからな」
言われるままに、マイアを連れて、鬼宿へと行く事にした。
◇
構造としては、疑似コード、エーテルを溜めるタンク、そして魔術を発動させるためのコード変換装置で出来ているようだ。
インカムの攻撃魔術版という訳だ。
魔術なら何でも使えるという訳では無く、単機能、つまりひとつの魔術しか使えない。
適当な山の斜面へと打ち出す。
引き金を引くと、筒の先から炎の塊が飛び出した。
それは飛び出した瞬間から炎の矢へと変じ、山の斜面へとぶつかると業火を撒き散らす。
火はしばらく燃え盛った後、魔力が切れてすぐに消え去る。
後には焼けこげ、えぐれた地面が残った。
威力はまずまずだ。
今度はマイアに持たせて、炎の矢を放った。
中のエーテルが疑似コードへと流れ込み、そこから魔術へと変換される。
マイアの手に握られた鉄の塊から炎の矢が飛び出す。
矢は狙った位置から逸れて着弾した。
俺自身が魔術を使っている訳では無いので、これならマイアを操りながらでも、攻撃魔術が使える。
俺自身が支援として使っても良いし、操る魔物自身に持たせても良い。
後者の場合の問題は狙いをどう付けるかだろう。
この武器そのものの難点はあまり連射が出来ないという事だった。
立て続けに放ち続けると、暴発するらしい。
決まった威力で、決まった魔術しか使えないので、状況によっては使いにくいかもしれない。
しかし、剣や槍を振り回して戦い続けるよりも、余程便利で状況を作りやすい兵器であるのは確かだ。
しかし、これは。
「オペレーター」
「なんでしょう?ディー」
インカムに話しかけると、即座に反応が返ってきた。
「これは何て名前なんだ?」
「ドラグノフです」
「ドラグノフ。そうか。これはどこまで配備されるんだ?」
「しばらくは一部のレギュラーにのみ配備されますが、試験期間を置いた後に量産、スバル、レオニス、ヒドレ、スコルピオの軍部にも配備される予定のようです」
「……そうか」
これはつまり、攻撃魔術を誰でも使えるようにしようという事だ。
明かりを灯す魔術を誰でも使えるようにランプが開発されたのと一緒。
ドラグノフの性能をより詳しく知るために、鬼宿の奥へと、マイアと共に歩き出した。
◇
固まって走り寄ってきたゴブリンの一団がまとめてドラグノフの一撃で吹き飛ぶ。
そこから逃れた2体が走り込んできた。
その時には既にドラグノフから槍へとマイアは持ち替えている。
マイアが槍を振るうと、2体がまとめて切り伏せられた。
以前のように、宙で衝撃を吸収される事無く、マイアの剛力は確実に死へと誘っている。
ドラグノフを拾い、さらに先へと進む。
途中、二度、エーテルのタンクを取り替えている。
今の所、命中精度は変わらない。
一度、放つ度に、きちんとドラグノフが冷却するのを待ち、それから次の魔術を放つ。
弱いゴブリンが相手だからとは言え、これではまるで作業だ。
害虫駆除と何も変わらない。
今倒した半人どもは、全部で6体いた。
以前だったら頭が沸騰しかねない程の負担だった相手が、なす術も無く死んでいく。
敵を見つけては倒し、進み、やがて予備のエーテルが無くなった所で鬼宿からスバルへと戻る事にした。
「帰投する」
「了解。お疲れさまでした、ディー」
ゴブリンだけでも47体を死体へと変えていた。
間違い無くベスト記録だ。
こんなにも簡単に、負担無く、そして大量に倒した事は無かった。
その事に嬉しさは無い。
むしろ、虚しさすら感じている。
これで多くの魔物はただの獲物、それこそ狩りの対象でしか無くなるだろう。
それくらいに簡単な仕事だった。
こんな物があれば、あの迷宮の探索なんてあっという間に片がつく。
間違い無く。
そう思いながらも、別の事を考えていた。
今はまだ、迷宮の探索があるから、世界の意志はある程度ひとつにまとまっている。
迷宮探索には、これくらい強力な武器だって必要だ。
特に最前線で魔物と戦っている兵には、まさしく救いの神になる。
しかし、迷宮の探索が終わったらどうなるだろうか?
これが人に向けて放たれるようになったら、世界はどうなるだろうか?
こんな物が人同士の戦争へと配備されたら、それこそアルフェラスの光の雨の再現になる。
数百の兵がこれを握るだけで、似たような事象が再現されかねない。
世界は英雄を必要とする。
世界は変わる。
これは確かに世界を変える。
誰しもが有用な魔術師たりえ、そして状況によっては誰しもが英雄にすらなり得る。
そういう兵器だ。
そんな強力な兵器を手にした人間が、それをどこへ振り回すのか、それを常に見張らなければならない。
誰が見張るのだ?
ポラリス、その名の下に?
その意志は誰が決めているのだ?
ポラリスの上だ。
それを具体的に考えた事は無かった。
しかし、それはどこかに確かに存在している。
その意志によって、こんな武器が俺の手にまで渡ってきた。
確かにこれは俺が望んだ武器だ。
これがあれば今まで以上に戦える。
そう考えた瞬間に、自らに問う声が湧き上がる。
その戦う相手は誰なのか?
あの敵も味方も無く傷つき倒れていた大災害の現場が目に浮かぶ。
実際に頭を振って、その景色を振り払った。
最近、以前とは違う事を良く考えている。
それは他人に話せば考え過ぎだと一笑に付されるような事だ。
ドラグノフの性能の事で、オペレーターがいくつかの質問をしてきたので、淡々と答えた。
現状では特に改良の必要があるとは思えない。
それこそ冷却時間の短縮ぐらいのものだろう。
オペレーターも、その事は想定の範囲内だったのか、淡々と受け止めていた。
オペレーターと話しながらも、誰と戦うのか、その声が胸の内にこだました。
◇
レグルスの庭。
レオニスとアルフェラスの間に広がる平原。
街はおろか、道すら無い。
完全なる動物と魔物の土地。
そんな場所へとひとりのレギュラーが逃げ出したと言う。
ポラリスが秘匿する魔術によって作られた強力な兵器を持ち出して。
自室ですぐにでもメンテナンスに向かうように言われ、歩きながらインカムでオペレーターと話す。
逃げ出した者の名はゴーレム。
アルフェラス攻撃の指揮を任されたエース。
ゴーレムはあの光の雨によって負傷、左半身を失った。
治療院へと送られ、そこで治療を続けていたが錯乱。
治療院にいた28名もの人間を殺害し逃走。
それが最初にオペレーターが話した表向きの説明だった。
オペレーターは続けて話す。
実際に何があったのかを。
「実際にはゴーレムは魔術による再改造計画の検体となったようです。結果は失敗。いくつかのサンプルを残して処理する予定でした」
淡々とオペレーターが告げる。
「……待て、なぜそこまで俺に話す?」
明らかに以前なら知らなくて良かった事まで話しているように思えた。
「あなたのこれまでの作戦ポイントが規定ポイントへと到達しております、ディー」
「規定ポイント?」
それは初めて聞く言葉だった。
そういう評価体制があったとは。
「今、ポラリスのバランスは大きく崩れようとしています。あなたのいる位置も変わりました……失礼。今の言葉は忘れてください」
「なに?」
「状況の説明を続けます」
オペレーターは以降は淡々と説明を続けるだけで、どう聞こうとも自分達が属している組織については二度と話さなかった。
作戦失敗。
再改造、そしてそれの失敗。
サンプル。
処理。
考えたくも無い言葉が並んでいる。
それはいずれ俺が辿る事になる末路じゃないのか?
「レオニスが単独で処理しようとして、レオニス内のレギュラー3人が向かいました」
作戦は失敗。
3人の消息は不明。
おそらくはレグルスの庭のどこかに死体が転がっているのだろう。
「失敗と判断し、レオニスはスバル、ヒドレ、スコルピオに改めて事の発端を通達。協議された結果、スバルへと一任される事が決定しております」
「3人がかりで失敗した作戦を俺ひとりに任せるのは?」
「以前にも強力な魔人の討伐に単独で成功している事が評価された事と、そう望まれたからです」
ちらりと6本腕の怪人の姿が思い浮かぶ。
そして女研究者の姿が。
それにしてもなぜひとりなのだ?
誰が、なぜそう望んだのか。
再改造。
その言葉が重くのしかかった。
「俺は何を望まれている?」
「……私には分かりかねます」
「……状況は確認した。装備を受け取り次第、急行する」
お互いに、言葉の前に間が生じた。
「よろしくお願いします。ディー、気をつけて」
メンテナンスへと辿り着くと、すぐに装備を受け取り、金星門で俺はレグルスの庭へと飛んだ。
◇
レグルスの庭には、かつて小国があったという。
その国の王の名がレグルス。
分かっているのはその国に、そういう名前の王がいたという事だけだ。
常に魔物が溢れ出す危険な土地で、どのようにして国を作ったのかは未だ謎のままだった。
レグルスの庭の中央にはその史跡がある。
今までに簡単な調査しか行われていないが、そこには壁が築かれた痕跡が無いという。
城跡と城下町の跡があるのみで、その周囲と街の間を隔てる物の無い不思議な国。
そんな国と繋がったままの平原を指して、レグルスの庭と呼ばれるようになったようだ。
庭と呼ばれるように、膝にも達しない短い草が見渡す限りに覆い茂っている。
時々、ぽつりぽつりと背の低い木が現れる以外は何も無い、広大な庭が広がっていた。
上空にピクシーを飛ばし、その目でもって周囲を警戒しながら進んで行く。
俺の前をザジが歩く。
後ろにはマイアが。
ザジはいつもの黄錬鋼の装備。
マイアも、姿を隠す必要が無いので、鎧と鱗の混じった姿を晒している。
俺は鎧では無く、アルフェラスに侵入した時に着ていたジャケットと、腰にはショートソードを下げた。
ドラグノフは取り合えずマイアに持たせてある。
マイアはそれ以外にも、柄の短いハルバードのような槍を持っていた。
金星門によって送られたのは、消息不明となった3人が最後にレオニスへとインカムで告げたポイントだった。
レグルスの国の跡よりはレオニス寄りの位置。
ゴーレムか、あるいはその3人によって踏みしだかれたであろう足跡は、生い茂る草からは既に消えている。
周囲を色々と探る回って見つけた僅かな痕跡、何かと戦ったような跡を中心に、そこから更に周囲を探り、進んだ。
やがて、進む方向の前方に1体の人影を見つけた。
ピクシーの目に映るそれは巨大で、一瞬ゴーレムかと勘違いしそうになる。
しかし、その人影はほとんど全身裸に近い、粗末な皮を身にまとっただけの獣のようだ。
オーガ。
人とは比べるべくも無い強力な力を持った魔人。
距離はまだまだあったはずなのに、どうやらオーガもこちらに気が付いたようだった。
まっすぐにこちらへ向かって駆け出す。
ザジを後ろに下げ、マイアを前に出した。
その手からドラグノフがポトリと落ち、手にしているのは槍だけになる。
半人どもを連れ回していた頃だったら、苦戦必至の相手も今では大した敵では無い。
マイアは槍を突き出すように構え、そのままピタリと止まった。
意識をマイアに重ねる。
そんなイメージを抱いてコードを操る。
マイアへと注がれる視線に力が入り、その先にオーガの巨体を見た。
ゴーレムよりも大きいその体は2メートル半は優にある。
オーガは無手だった。
マイアへとつかみ掛かるように、その右手を伸ばす。
突き出された槍を気にも止めずに。
右手は赤く、太陽の光を跳ね返す肌は見るからに硬く強靭そうだ。
事実、生半可な斬撃では、その筋肉を断ち切る事は難しい。
オーガの右手と突き出された槍が交錯する刹那、マイアの体が沈み込んだ。
それはほんの少しだけ。
そして次の刹那にはマイア自身が槍と化した。
マイアの脚のひと蹴りで地が爆ぜ、投げ放たれた槍のようにその体が前へと進む。
オーガの右手をかいくぐり、あっさりと槍の穂先は赤い肌の胸へと届く。
刺し貫くと、オーガの体がびくりと震えた。
刺し貫かれて尚、オーガの両手がマイアを抱きしめるように動く。
そのまま抱え込んで潰すつもりか。
しかし、既にマイアは動いていた。
槍から手を離し、その手をオーガの腹へと突き入れる。
内蔵をつかみ出し、そのまま引きずり出す。
マイアへと伸ばされていた腕は力を失う。
体の支えが無くなったように、ぐらりと巨体が前に傾く。
マイアが後ろへと跳ぶと、そのままオーガは倒れた。
ピクシーの目に意識を移す。
周囲に他の敵の影は無い。
一度、息を吐き、マイアへと近づいた。
レグルスの庭が危険なのは、このオーガの数が圧倒的に多い事だった。
マイアにかかった血を拭い、先へと進む。
先程よりも、より警戒する距離を広げて。